『利益相反 製薬会社から医師へ支払われるお金について』
総合内科・血液内科医師
谷本 哲也
なお、谷本先生には「がん医療の今」No.407 2019年12月24日に「ジェネリック医薬品に発がん性物質が混入!?」『インドや中国での製造現場で明らかになるずさんな生産管理体制』(http://www.com-info.org/medical.php?ima_20191224_tanimoto)をご寄稿いただいておりますので、併せてご高覧いただけますれば幸いです。
今回ご紹介するのは、手前味噌になりますが、私たちのグループで発表した利益相反に関する論文です。利益相反というのは少し難しい言葉です。手元にある広辞苑第七版にも載っていません。
ウィキペディアによると、ある行為により、一方の利益になると同時に、他方への不利益になる行為が利益相反とされています。政治家や医者などは、立場上、市民の皆さんや患者さんのためになる仕事をすることが求められます。しかし、政治家や医者が営利企業とも仕事で関わることは珍しくありません。そんな時、その仕事相手の営利企業の顔を立てるような判断をすると、それが市民の皆さんや患者さんが逆に不利益をこうむることがあります。あっちを立てるとこっちが立たない、この相反した状態を指す言葉になります。
たとえ話をすると、もう少しわかりやすくなるでしょうか。仮に学校で教材を売る業者がいるとします。業者は勝手に学校に入って教材を売りさばくわけにもいきません。そのため、学校の先生に販売の許可をもらいます。先生は学生にとって良い教材なのかどうかチェックし、公平に判断して決めることが期待されます。教材が客観的によいものであれば採用するし、質が十分でなければ断るわけです。
ところが、業者から先生に対して、紹介料として個人的にお金が支払われていたらどうでしょう。先生は業者からお金をもらったために判断が歪んでしまい、レベルの低いだめな教材でもオーケーしてしまうかもしれません。先生が業者からお金をもらう利益を優先して、学生に不利益をもたらす判断をしてしまう可能性があるのです。業者と先生はもうかりますが、学生は損をしてしまいます。このような構図があるとき、この先生は利益相反状態にあるわけです。
学生のための教材を決める先生のような立場では、理想的には中立で公平な判断ができる方が良いでしょう。しかし実社会では気をつけてないと、業者からお金をもらうような場面がしばしば起こります。そのため、どうすれば公正な社会になるのか、利益相反に関してルールを作ったり研究したりする作業が必要になるのです。
今回私たちが研究し論文発表したのは、日本の国レベルでの薬の販売に関する利益相反です。日本で薬を売る場合、厚生労働大臣の許可が必要です。ちゃんとした薬が使えないと国民が困るので、製薬会社が作った薬を行政がチェックした上で、製造販売許可を与えるわけです。
しかし薬が良いものかどうか判断するのは専門的で難しく、たくさんの専門家が関わります。その仕組みの中の1つに、大学教授や病院長など偉い先生を集めた薬の審議会というものがあります。製薬企業が日本で売りたい薬について、この審議会で、ああでもないこうでもないと議論し、作って売るための許可を与えるかどうか決めているのです。
ところがここに、利益相反が登場します。審議会のメンバーになっている偉い先生が、薬を売る製薬会社からお金をもらっていることがよくあるのです。なぜなら、偉い先生は薬や病気についてくわしく教えて欲しい、みたいな機会がよくあり、製薬会社と一緒に仕事することが多いからです。これ自体は悪い事でも何でもありません。ただし、薬の販売許可が公平に出来るように、いくら以上もらっている場合は会議に参加できない、などのルールが細かく決まっています。
偉い先生が製薬会社からお金をもらっているのは、医療の世界では常識でした。しかし、お金の話なので、誰がいくらもらっているのかなど、これまでは詳しいことは分かりませんでした。しかし最近、ジャーナリストチームのワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所の共同プロジェクトによって、そのようなお金の事情が分析できるようになりました。そのデータを使った私たちの調査では、審議会の108人のメンバーのうち、約半分の47%の人がお金をもらっていることがわかりました。その額は合計で、約1億2000万円にのぼりました。30%の人は50万円以上、7%の人は500万円以上で、もらっていない人も含め全員で一人あたりにすると平均で100万円ちょっとの計算です。
もちろん政府の審議会に参加するためには、この偉い先生たちはお金をもらっていることを自分でちゃんと政府に報告する決まりになっています。ところが5%の自己申告では、製薬会社からもらっているお金が少なめに報告されていました。さらにその4分の1では、金額が多い場合は薬の販売許可に関わってはダメというルールを守っていなかったことまでわかりました。
たとえ話で出した、学校の先生が業者からお金をもらって教材販売の許可を出しているのと同じ話が、薬の許認可に関わる国レベルでも普通に起こっているというわけです。国の仕組みとして果たしてこれで大丈夫なのでしょうか?これはなかなか難しい話になりますが、少なくともこういう実態があることは、国民みんなが知っておく必要があると私たちは考えています。
今回の論文は、「臨床医薬品と治療」という国際的に評価が高い専門誌で発表されました。この薬の利益相反の問題が、日本だけでなく世界でも関心を集めていることを意味しています。利益相反の話は、私が小学館から出している「知ってはいけない薬のカラクリ」という本にもくわしく書きましたので、興味のある方は読んでいただければと存じます。
ちなみにこの本は、「業界タブー」と言うジャンルに分類されました。大学教授や病院長といった権威のある偉い先生が関わる話なので、これまではお金の話は公然の秘密みたいな扱いになっていたからです。ところが利益相反の問題は放っておくと、とんでもないことが起こる可能性があります。
そのことを痛感したのは、10年近く前に起きた高血圧の薬の研究不正事件です。日本で1兆円以上売れた大人気の薬でした。しかし、その薬による病気の予防効果が、実はデタラメだったと分かり大事件に発展しました。医療にはお金がかかるのですが、それにしてもすごい金額です。薬をたくさん売りたい製薬会社と、その会社からお金をもらって利益相反があるお医者さんが暴走すると、日本国民全体に結構な被害が出てしまうわけです。
利益相反は業界タブー的なテーマであり、私たちの研究について大学教授などの偉い先生や薬に関わるお役人や製薬会社の中には、面白くないと思う方もいるかもしれません。そのため、今回のような論文を書くのは尻込みする人も多いのですが、実は私たちのグループではたくさんの若いお医者さんや学生さんが参加して取り組んでいおり、これまでも関連していくつか論文を発表しています。また、この問題は海外でも研究が進められており、つい最近もBMJ(イギリス医学誌)という有名な専門誌に、アメリカでの利益相反に関する論文が発表されていました。
今回の論文は、澤野豊明さん、尾崎章彦さん、斎藤宏章さん、嶋田裕記さんの4名と一緒に作成しました。いずれも民間の病院で働いている優秀な医者ですが、難しい社会的なテーマに勇気を持って挑戦してくれました。長いものに巻かれるのも世渡り術ですが、健全な批判精神を持って意見を出すことも、社会のバランスを取る上では大切なことだと思います。
以上、今回は私たちの発表論文から、薬の利益相反について解説しました。この問題について、よりいっそうの議論が進むきっかけになれば、と考えています。
参考文献
澤野豊明他、今回の発表論文。
https://ascpt.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1002/cpt.1892
https://www.wasedachronicle.org
1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。鳥取県立米子東高等学校卒。 1997年、九州大学医学部卒。内科医。 ナビタスクリニック、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会、霞クリニック、株式会社エムネス、特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所。 年間延べ1万人以上の診療に携わる他、 「the New England Journal of Medicine(NEJM)」、 「the Lancet」 とその関連誌、「Journal of the American Medical Association(JAMA)」 とその関連誌などでの発表に取り組んでいる。 著書に『生涯論文! 忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり』(金芳堂、2019年4月)、 『知ってはいけない薬のカラクリ』(小学館、2019年4月)がある。