市民のためのがん治療の会
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がん患者はインフルエンザワクチンを

『主治医と相談し、許可がおりれば、インフルエンザワクチン接種を』


医療ガバナンス研究所理事長
上 昌広

新型コロナウイルス(以下、コロナ)の第二波の拡大が続いている。がん患者は何をすべきか。私は主治医と相談し、許可がおりれば、インフルエンザワクチン(以下、インフルワクチン)を接種するように勧めたい。

なぜ、コロナ対策でインフルワクチンなのだろうか。それは、インフルとコロナ感染は発熱や上気道症状を呈し、臨床症状だけでは区別できないからだ。

インフルとコロナは同時に感染することがあるし、抗原検査やPCR検査が陰性でも感染は否定できない。感染早期などで体内に存在するウイルス量が少なければ、検出できないことがあるからだ。今冬、インフルとコロナが同時に流行すれば、発熱患者は全てコロナ感染の可能性があるとして取り扱わねばならなくなる。インフルに罹ると面倒に巻き込まれることになる。

これは杞憂ではない。それは、インフルは一冬で1,000万~1,400万人程度が感染するからだ。感染のピーク時には一日で約30万人が診断される。つまり、今年の冬以降、コロナの感染が否定できない発熱患者が大量に生まれると考えた方がいい。

各国政府は対応に懸命だ。6月24日、中国国家衛生健康委員会が、一日あたりのPCRの検査能力を3月はじめの126万件から378万件まで拡大したと発表したのは、今冬のインフル流行を念頭においたものだろう。

一方、日本のPCRの検査能力は最大で一日あたり約3万件だ。自民党新型コロナウイルス関連肺炎対策本部の田村憲久本部長(元厚生労働相)は、PCR検査や抗原検査について、「1日10万件の検査能力を持つべきだ」と数値目標案を示しているが、これでは話にならない。

日本が貧弱な検査体制でコロナの第一波をやり過ごすことができたのは、2019-20年のシーズンは1月以降にインフルの流行が収束したためだ。発熱で病院を受診する患者が少なかった。もし、インフルが流行していれば、大混乱に陥ったはずだ。

今冬、インフルが流行すれば、発熱患者に対しては、長期間の自宅や病院での隔離を勧めざるを得なくなる。がん患者さんなら、治療に支障が出る。治療の遅れは時に命に関わる。このような状況に陥るのは避けたい。

そのためにはインフルやコロナに罹らないようにすべきだ。手洗いやマスクなど基本的な対策に加え、状況が許すなら、インフルワクチンの接種をお奨めしたい。インフルに罹らなければ、コロナ感染疑いとして扱われずに済む。

では、インフルワクチンは、がん患者にとって安全で有効なのだろうか。前者については「安全である」というコンセンサスが確立している。それは、インフルワクチンが不活化ワクチンだからだ。免疫力が低下したがん患者が接種しても、インフルに感染することはない。

では、効果は期待出来るのだろうか。これはケースバイケースだ。一般論として、免疫力が低下したがん患者では、ワクチンを打っても効果は期待しがたい。ただ、がん患者の免疫力は原疾患の状態や、受けている治療法によって大きく異なる。読者の皆さんがワクチンを接種して、どの程度効果が期待出来るかは、主治医と相談して頂きたい。

実はインフルワクチンを推奨するのは、もう一つ理由がある。それはインフルワクチンがコロナの感染を予防する可能性があるからだ。

6月4日、米コーネル大学の医師たちは、イタリアの高齢者を対象にインフルワクチン接種率と、コロナ感染時の死亡率を調べたところ、両者の間に統計的に有意な相関が存在したと報告した。インフルワクチン接種率が40%の地域の死亡率は約15%だったが、70%の地域では約6%まで低下していた。

もちろん、この結果の解釈は慎重であるべきだ。ワクチン接種率が高い地域は経済的に豊かで、健康状態がよい。両者の関係は単なる交絡かもしれない。ただ、彼らはこの点も解析し、その可能性は低いと述べている。

彼らが考えるもう一つの可能性は、インフルワクチンが免疫力を高め、インフルだけでなく、コロナに対する抵抗力を強めることだ。これはインフルワクチンに限った話でなく、結核予防のために接種されるBCGワクチンが、コロナの感染予防に有効であると報告されているし、エジプトでは、MMR(麻疹・おたふく風邪・風疹)ワクチンを医療従事者に接種し、コロナ感染の予防効果を評価する第3相臨床試験が進行中だ。多くの専門家が、ワクチン接種による非特異的な免疫活性化に期待を寄せているのがわかる。

繰り返すが、この考え方は現段階では仮説に過ぎない。結論を得るには、今後の臨床研究の結果を待たねばならない。しかしながら、がん患者はコロナ感染のリスクが高く、感染した際には重症化しやすい。ご紹介した2つの可能性を考慮すれば、今年はインフルワクチンを接種しておく方がよさそうだ。

ただ、今冬のインフルの流行については懐疑的な声もある。インフルは世界中を循環し、南半球から赤道を通って冬場に日本で流行する。海外との交流が激減している日本では流行は小規模かもしれないと考える専門家もいる。

私は、このような楽観論は禁物と考えている。日本経済を考えれば、いつまでも海外渡航を制限するわけにはいかず、インフルの流入は避けられないし、インフルは2019-20年のシーズンは流行していないため、日本人の集団的な免疫力は低下している。一旦、流入すれば、大流行へと発展する可能性が高い。そうなれば、インフルワクチンの需要が高まり、品薄になるだろう。万全の準備をするに越したことはない。

例年、早い施設ではインフルワクチンは9月半ばから接種が始まる。確実に接種するためには、主治医と相談することをお奨めしたい。


上 昌広(かみ まさひろ)

特定非営利活動法人 医療ガバナンス研究所理事長。 1993年東大医学部卒。 1999年同大学院修了。医学博士。 虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の診療・研究に従事。 2005年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(後に 先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年3月退職。 4月より現職。星槎大学共生科学部客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。
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