市民のためのがん治療の会
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『コロナと感染症法の見直し』


医療ガバナンス研究所 理事長
上 昌広
皆さんは新型コロナウイルス感染症を政府内で2類相当からインフルエンザ相当の5類への引き下げを容認する考えが出ているというようなニュースをご存じだろうか。 通称「感染症法」では感染力と罹患した場合の重篤性等によって1類から5類などのほかいくつかの類型に分類されている。
これらの分類などは専門外の市民にとっては縁遠いものではあるが、 「2類から5類への引き下げ」については、重症急性呼吸器症候群(SARS)などの重篤性の強い分類から今まで毎年冬になると流行するインフルエンザのレベルに引き下げるといわれれば、「おいおい、大丈夫かよ」といいたくなる。
ところが不思議なことにはメディアも「2類から5類への引き下げ」についてはほとんど報道されない。
そこで医療ガバナンス研究所理事長上昌広先生のご寄稿をJapan In-depthより転載させていただいた。 いつもながらのご厚意に感謝申し上げます。
(會田 昭一郎)

【まとめ】

  • コロナは鳥インフルやSARSと同様の「二類相当」に分類。
  • 国はコロナを二類相当から外し、宿泊療養施設の確保するべき。
  • 厚労省はエッセンシャル・ワーカーへの保障を充実させる必要がある。

新型コロナウイルス(以下、コロナ)対策の見直しが進んでいる。 コロナの世界的な流行が続く以上、第三波の襲来は避けられない。 特に冬場は危険だ。 インフルエンザが流行し、街中に発熱患者が溢れる。 体制を整備しなければ、混乱は避けられない。 まず対処すべきは、コロナ対策の基本である感染症法の見直しだ。

厚労省が取りかかったのは、コロナの感染症法での位置づけの見直しだ。 8月26日、共同通信は「コロナ、2類相当の見直し検討―軽症・無症状を入院除外も」と報じた。 記事には、「厚労省に助言する専門家組織で議論し、結論を踏まえ政府として「できるだけ速やかに対応する」(加藤勝信厚労相)方針だ。 政府内には2類相当からインフルエンザ相当の5類への引き下げを容認する考えが出ている」とある。 これは筆者が入手している情報とも一致する。

現在、コロナは感染症法の「2類相当」と定められている。 これは鳥インフルエンザやSARSウイルスと同じ扱いだ。 原則として、感染者は指定医療機関に入院し、濃厚接触者はPCR検査を受け、その後も保健所が定期的にフォローする。

その後の臨床研究で、コロナ感染の大部分が無症状あるいは軽症であることが判明した。 このような感染者を強制的に入院させることは、医学的には適切ではない。 個人の人権を侵害するし、また引き受ける病院に過大な負担をかける。 時に院内感染を引き起こし、入院中の患者を死亡させることもある。

厚労省は、このような理由からコロナを二類相当から外すことを検討している。 28日には安倍総理が方針を表明するそうだ。 メディアも、この方針を支持している。

私は、「二類外し」は大きな問題を孕んでいると考えている。 場合によっては、厚労省や都道府県が責任を回避し、負担を感染者に押しつけるだけになりかねない。

それは現在の感染症法の枠組では、二類相当を外せば、五類相当とするしかないからだ。 表は2014年3月厚労省が作成した感染症法の分類だが、これを見れば、この問題がご理解いただけるだろう。 五類の代表が季節性インフルエンザだ。 二類を外すということは、季節性インフルエンザと同じ扱いになることを意味する。(下の図)


▲図 感染症の分類と考え方 出典:厚労省

コロナは未知の感染症だ。 多くの国民がインフルエンザと同等には考えていない。 致死率は全く違う。 8月25日現在、国内で6万4,086人が感染し、1,217人が亡くなっている。 致死率は1.9%だ。 インフルエンザの致死率は0.01~0.1%と考えられており、比べものにならない。

コロナに感染すれば、軽症で済むとわかっていても、周囲、特に高齢者へ移すことを危惧する。 だからこそ、ホテルなどの宿泊施設での療養が必要となる。 ところが、宿泊施設の確保が容易でない。 8月4日の日経新聞に掲載された「コロナ軽症者の受け皿整わず 自宅療養、2週間で3.8倍」では、 「7月31日に独自の緊急事態宣言を出した沖縄県は、同30日に那覇市内のホテルで60室を確保するまで軽症者向け宿泊施設はゼロだった。 8月4日時点でも250人以上の療養先が決まっておらず」と紹介されている。

追い込まれた厚労省は自宅療養の基準を緩和した。 8月7日の日経新聞には「自宅療養の基準明確化 宿泊施設不足受け 厚労省」との記事が掲載され、 「同居家族に高齢者など重症化リスクのある人や医療介護従事者がいる場合も、生活空間を完全に分けられると保健所が判断すれば自宅療養が可能とした」と紹介されている。

ただ、「宿泊施設を十分に確保できている自治体では従来通り宿泊療養を基本」の姿勢は変えないようだ。 この記事を普通に読めば、宿泊施設不足を糊塗するため、厚労省が基準を変更したことがわかる。 第二波で、この状況だから、冬季にコロナ流行すればどうなるか想像に難くない。

もし、コロナが五類相当となれば、感染症法に基づき都道府県の義務とされてきた入院施設の確保と入院措置、宿泊療養施設の確保から解放される。 さらに、入院治療費用は公費でなく、通常の健康保険でまかなわれ、自己負担が生じる。 そして、休業補償もなくなる。 これでは、誰のための二類相当外しなのだろう。

現在、このような点について厚労省は態度を明らかにしておらず、メディアも問題視していない。

国がやるべきは、コロナを二類相当から外し、宿泊療養施設の確保の責任を放棄することではない。 宿泊療養施設の必要性を訴え、関係者の理解と協力を得て、その確保に務めることだ。 これが感染者の療養の選択肢を増やし、感染拡大抑制に寄与する。

厚労省は、二類相当外しを議論する前に、もっとやるべきことがある。 それは医師や看護師、介護士などのエッセンシャル・ワーカーにPCR検査の機会を保障することだ。

エッセンシャル・ワーカーとは、社会の営みには欠かせない職種のことで、コロナの流行下でも働いてもらわなければならない。 彼らは自らの銭もうけのために働いている訳でなく、社会のために自己犠牲を払っているのだ。 通常の職業と同列に論じるわけにはいかない。

東京都世田谷区は保育士や介護施設職員など約2万人を対象に、一斉にPCR検査を実施し、その費用約4億円を公費で支出する方針を決めた。 複数人の検体を混ぜ合わせて検査し、陰性の場合は全員陰性と判断する「プール方式」を採用する。 一日の検査能力は約3000件という。

これこそ、厚労省がやるべきことだ。 繰り返すが、エッセンシャル・ワーカーは、自らの経済的利益のためだけに働いている訳ではない。 保育士や介護士が一斉に休めば、子どもや年老いた親を持つ医師や看護師も働けなくなる。 コロナ対策は行き詰まる。

エッセンシャル・ワーカーには、この他に消防士、警察官、さらに公務員なども含まれる。 多くの先進国では、一般人と別枠で対応されている。 PCR検査を受ける権利も保障されるべきだ。

ところが、日本はそうはなっていない。 私が知る限り世界での先進国では例を見ない。 なぜそうなのか。 それは感染症法で、エッセンシャル・ワーカーに対する検査が規定されていないからだ。 現行の感染症法でPCR検査が規定されているのは、感染者、感染疑い、および濃厚接触者だけだ。 第一波で保健所が濃厚接触者への対応に忙殺される一方、発熱した一般市民には「37.5度4日間」という基準を作って検査を抑制したのは、感染症法に準拠して対応したからだ。

エッセンシャル・ワーカーには検査を受ける権利があるはずだ。 ところが、日本は逆だ。 厚労省と専門家が率先して、検査を絞っている。 7月16日、コロナ感染症対策分科会は「無症状の人を公費で検査しない」と取りまとめた。

厚労省のクラスター研究班のメンバーを務める医学部教授も、世田谷区の対応に対し、フェイスブックで「まあ自分の市長(原文ママ)がこんなことしたら一度は電話するだろうね。おやめなさい」とコメントしている。 また、「症状がない人に税金を用いて検査することの意義は少ない」とも記している。

「無症状の人」の中にエッセンシャル・ワーカーが含まれることは、彼らも理解しているだろう。 それで、この発言をするのだから、悪質と言わざるをえない。

また、彼らの主張は世界のコンセンサスとも食い違う。 8月19日、英国政府は全人口を対象に定期的に検査を実施する方針を表明している。 また、社会も当然のこととして要求する。 米国ニューヨーク州の公立学校教員13万3000人が加盟する「ニューヨーク市教員連盟」は、PCR検査などコロナ対策が整備されないまま、9月に学校が再開されればストライキも辞さないという姿勢を表明している。

流石に、厚労省も自分たちの分が悪いことは認識している。 では、どう対応しているのだろうか。 それは感染症法の拡大解釈だ。 感染者が多発する地域やクラスターが発生した地域では、医療機関や高齢者施設の職員や入所者も公費で検査を受けられるという通知を出した。 これは、このような地域で働く医師や看護師を「感染症にかかっていると疑う正当な理由がある者」を拡大解釈したのだ。

さらに8月21日には、接触確認アプリで通知があれば、全員が無料で検査を受けることができると発表した。 これも濃厚接触者の拡大解釈だ。

こんなことをしていたら、感染対策が後手に回るし、エッセンシャル・ワーカーの人権を何とも思っていないことになる。 感染症にかかっていると疑う正当な理由のある者や濃厚接触者の拡大解釈は厚労省に委ねられる。 検査を受けることができるのは、「厚労省の恩寵的な措置」ということになる。 これは我が国の公衆衛生が戦前、内務省の衛生警察業務だったことに由来するのだろう。 国民の人権よりも国家の都合が優先されている。

エッセンシャル・ワーカーは検査を受ける権利がある。 流行地域では、濃厚接触の有無とは無関係に検査を実施できるすべきだ。 まずは、臨時国会で、感染症法を改定し、このことを明示すべきだ。 国民目線で感染症対策をかえる時期に来ている。


上 昌広(かみ まさひろ)

特定非営利活動法人 医療ガバナンス研究所理事長。 1993年東大医学部卒。 1999年同大学院修了。医学博士。 虎の門病院、国立がんセンターにて造血器悪性腫瘍の診療・研究に従事。 2005年より東大医科研探索医療ヒューマンネットワークシステム(後に 先端医療社会コミュニケーションシステム)を主宰し医療ガバナンスを研究。 2016年3月退職。 4月より現職。星槎大学共生科学部客員教授、周産期医療の崩壊をくい止める会事務局長、現場からの医療改革推進協議会事務局長を務める。
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