市民のためのがん治療の会
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医療界が放置してきた2つの闇

『自由診療とサプリメントの危うい実態』


ジャーナリスト 岩澤倫彦

世界が新型コロナウイルスに翻弄された2020年、東京で一人の医師(50代)が逮捕された。 「新型コロナ、がんに効く」とサプリメントの効能効果を宣伝して販売した、医薬品医療機器法(通称:薬機法)違反の容疑である。 医師は、クリニックが入っている同じビルで、サプリメント の販売会社も経営していた。

この事件には、日本の医療界が見て見ぬふりをしてきた2つの闇というべき問題点が関係していた。 「自由診療」と「サプリメント」である。

私のもとには、自由診療クリニックで高額な免疫療法を受けた患者から様々な相談が寄せられる。 〝有効性が証明されていない治療も、自由診療は許されている〟と告げると、呆気にとられる人が多い。 信じるべき医療と、疑うべき医療が混在しているのが、日本の現実なのだ。

また、がんの再発予防などを期待して、高額なサプリメントを常用している患者は少なくない。 ただし、サプリメントの「効く」イメージは、マーケティングの理論によって〝作られた〟ものであることは知られていないようだ。

そこで、冒頭の事件を中心に、「自由診療」と「サプリメント」の実態を明らかにしたうえで、注意すべきポイントを挙げてみたい。

なお、本稿に関する法的な責任は、すべて筆者の岩澤倫彦が負うことを断っておく。

有効性が定かではない〝自由診療〟

薬機法違反で逮捕された医師は、名門私大医学部を1989年に卒業して3年後に東京でクリニックを開業した。 臨床医の場合、平均40歳前後まで病院の勤務医として経験を積むケースが多いので、この医師の開業は、異例の早さだ。

この医師は、一般的なクリニックとは大きく異なる診療方針を打ち出していた。 その一つが、自由診療の「低身長治療」である。

成長ホルモン分泌不全などの病気が原因で、同年齢よりも身長が大幅に低い子供がいる。 その場合、小児科専門医による複数の検査を受けた上で、保険適用の治療として、成長ホルモン投与などを行う。

一方、逮捕された医師は、保険適用外となる子供を自由診療で治療する方針を打ち出した。 対象となる子供の例をHPに記しているが、違和感が拭えない。(※逮捕後、医師のHPは閉鎖された)

1、小学生で背が非常に低い男女(クラスで背の順に並んだときに前から1番目~3番目)
2、中学生で伸びが悪くなって、周りの子たちに追い抜かれている男の子
3、声変わりが早く始まった男の子
4、身長がまだ147cm以下なのに生理が始まった女の子
……(中略)……
8、プロスポーツ選手、宝塚を目指しているので、もっと背を伸ばしたいという男女

 このような子供たちに、副作用のリスクがあるホルモン剤の治療などを実施するのは、決して妥当とは思えない。 同医師による低身長治療は、生活指導やサプリメント、ホルモン剤の投与などを行い、費用は15万円(税別)。 また、医師が経営する通販サイトには、「低身長対策」のサプリメントが紹介され、こんな一文が添えられていた。

『栄養素であるアルギニンの投与でぐんぐんと伸びだす子供が大勢います。 (中略)成長ホルモンの舌下投与型スプレーと並んで、診療現場で定着した逸品です。』

しかし、小児内分泌学会は、「サプリメントでアルギニンを服用しても、有効な血中濃度にはならない。 成長ホルモンを含むスプレーも同様の理由で、身長を伸ばす効果はない」という見解を公表している。

関連学会が有効性を否定している治療であっても、自由診療なら医師個人の裁量権によって堂々と行えてしまうのだ。

巷に氾濫している自由診療のがん免疫療法も、実は臨床試験で有効性は証明されていない。 こうしたクリニックの免疫療法は、むしろ、〝効かない〟ことが証明されている。 勝俣範之・日本医科大学教授は、この実態を厳しく批判している。

「効く確証のない治療は人体実験というべきで、国際的にもヘルシンキ宣言で禁止されています。 しかも、高額な治療費をとるのは医療のモラルに反した行為です」

保険適用のがん治療は、有効性が臨床試験で証明されている。 ただし、がんが進行していくと、保険適用の治療が使えなくなることもある。

その時、治る可能性を求めて自由診療の免疫療法を選ぶケースが後を絶たない。 効く確証もないのに、治療費は数百万円から数千万円かかる。
(※2020年に逮捕された医師は、がん免疫療法は行っていない)

<効能効果を暗示させる広告手法>

警視庁は、2020年の事件を公表する際、押収した証拠品をメディアに公開した。 その中に逮捕された医師が経営するサプリメント販売会社の通販サイト画像があり、薬機法違反に該当する部分にマーキングがされていた。

医薬品ではないサプリメントなどが「効能効果」を宣伝することは、薬機法で禁じられている。 そこで、サプリメントの〝含有成分〟の「効能効果」を強調する広告手法が使われるようになった。 逮捕された医師の会社もこの広告手法を使っていたが、違法とみなされたのである。

「β-グルカン&カルシウム」という製品名のサプリメントには、次のような説明が添えられている。

『βグルカンはアガリクス茸の主成分。元気になろうとする力をサポートします。 人気のカルシウムも含有。健康維持のパートナーとしてお役立てください。』

製品の説明文に、違法性はないだろう。 ただし、警視庁がマーキングしていたのは、これとは別枠に記された「含有成分」の説明部分だった。

『β-グルカンはキノコの成分です。 免疫力を高め、ガンの予防、風邪、インフルエンザなど感染症の予防、口内炎の予防に欠かせません。』

これはβグルカンという〝含有成分〟の説明であって、製品の効能効果を宣伝しているのではない──、そんな会社側の意図を感じる。

だが、警視庁は他の製品に関しても〝含有成分〟の説明部分にマーキングしていた。

『EPAは青魚の成分です。 (中略)大腸ガン、胆のうガン、前立腺ガン、乳ガン、子宮ガン(中略)の予防に欠かせません』
(※いずれも原文ママ)

製品紹介とは別枠で〝含有成分〟の説明をつけたり、掲載サイトを別にするなどして、効能効果を「間接的」に宣伝する業者は多い。 この広告手法なら、摘発されないと考えられてきたからだ。

厚労省・医療機関ネットパトロールの評価委員を務めてきた中川弁護士は、サプリメントの広告規制が厳しくなる可能性を指摘する。

「このケースでは、含有成分の効果を断定的にうたっていますが、科学的に実証されていません。 まずそれが問題。1998年の厚労省通知では、客を誘引する意図が明確で、商品名を一般の人が認知できる状態であれば、広告とみなす、としました。

総合的に判断すると、含有成分の説明はサプリメントを医薬品のように効能効果をうたって、売り込む目的なのは明らか。 こうした行為は正面から摘発していく姿勢を捜査当局は示したのでしょう」

<サプリメント本当の効果とは>

がん治療の専門医として、公開セカンドオピニオンや、YouTubeで医療を情報発信している、腫瘍内科医の押川勝太郎医師。 サプリメントを求める、がん患者が多いのには理由があるという。

「人間はどうしても希望が必要なのです。進行がんで、完治が難しいことが事実であっても、あえて聞きたくないのが人間の心理。 だから、たとえ嘘でも1%の可能性があるならサプリメントを求めてしまう。

高ければ高いほど、効くような錯覚に陥る患者も多くて、(サプリ業者の)餌食になりやすい人はたくさんいます」

 押川医師は公開セカンドオピニオンで、高額なサプリメントを購入した患者から質問を受けた。 そのアドバイスが秀逸だった。

「サプリメントを服用するために、水をたくさん飲んで食事が取れない、という人がいますが、それでは本末転倒です。 購入した高額のサプリメントを服用すべきか?

(仏壇などに)全部お供えしたら、いかがでしょう。 高いサプリなので、ご利益がありますようにと。それで美味しいものをたくさん食べて、体力をつけてください」

そもそも医薬品ではないサプリメントに、がんの治療や予防効果は期待できないのだ。 しかも、深刻な健康被害も起きている。

国立健康・栄養研究所の調査では、サプリメントによる肝障害(8 例)、呼吸器障害(3例)などが確認された。 とくにアガリクスなどのキノコを原料にしたサプリメントに有害事象が多い。 薬物アレルギー、自己免疫疾患、肝障害、薬剤性肺炎、多発性神経障害、薬疹など。

大半のサプリメントは、天然素材を原材料にしているが、医薬品との併用で「相互作用」が起き、重篤な状態になったケースもある。 天然素材だから、身体に優しいというのは幻想でしかない。

「サプリメントは、一部の成分だけを抽出しているので、摂取過剰になりやすく、副作用も多い。 私が担当する患者で、抗がん剤の治療中に突然、肝障害を起こした人がいました。 聞いてみると、サプリメントを飲み始めていたのです。 服用をやめさせたら、すぐに治りましたが、肝障害はサプリメントの副作用で頻繁に起きています」(押川医師)

<効果を信用させる3つのカラクリ>

「がん細胞が自滅する」と効果を謳って、2019年に逮捕されたサプリメント業者は、 約3,000円で仕入れたフコイダンというサプリメントを約20倍の価格で販売、総額28億円以上を売り上げていたという。 まさに現代の錬金術である。

サプリメントが、こんなにも売れるのは、がん患者を納得させて購入に導く、マーケティング理論と心理学のロジックが駆使されているからだ。 「①証拠」「②権威」「③物語」。これら3つの要素が、サプリメントの広告戦略に組み込まれている。

例えば、がん患者に人気が高いサプリメントの「アガリクス」。ブラジル原産のキノコで、含有成分のβグルカンに「抗がん作用」、「免疫力を高める」と信じられている。 1ヶ月分で10万円前後する商品もある。

各社のHPには、アガリクスが効く「①証拠」として、研究論文が紹介されているが、調べてみると意外なことが分かった。

アガリクスの論文が掲載されていたのは、医学誌よりも、食品系やキノコ関連の雑誌が圧倒的に多いのだ。 しかも「in vitro」と呼ばれる基礎実験や、マウスを対象にした研究が大半を占める。 患者を対象にした臨床試験で、アガリクスの明確な有効性が証明された論文は見当たらなかった。

フコイダンは、ガゴメコンブやモズクなどの海藻類から抽出された成分で、これもがん患者の人気が高いサプリメント。 実は国立大学の研究室が公式HPなどで、フコイダンの効能効果を明言している。 「②権威」によるお墨付きだ。

『ある病院で2003年3月からフコイダン療法を始めました。 低分子化フコイダンを飲用した患者さん82人(うち末期がん47人)の約80%に容態の改善が認められました。 数あるサプリメントの中でも約80%という有効率はかなりの数値です』

前述の勝俣教授は、この国立大学の研究内容を一蹴した。

「ここに記載されている研究は、症例報告と呼ばれるもので、エビデンスレベルとしては最も低い。 容態の改善80%とありますが、何が改善したのか分からないですね。 フコイダンの宣伝目的だとしたら、誇大広告として、薬機法に違反するレベルです」

あるNPO法人のHPには、フコイダンを服用した患者のX線画像や、体験談が掲載されている。 中には、顔写真や実名を記す人もいた。

がん患者の「③物語」性は、強い説得力と信憑性を感じさせ、購買動機につながる。

ただ、奇妙なことに、肝心のフコイダンの関連商品が、NPO法人のHPには見当たらない。 そこで直接電話で尋ねたところ、こんな返答があった。

「販売は別のところです。 〝○○○○○○○○フコイダン〟というのを、ネットで叩いてみてください」

その会社名を入力すると、フコイダンの関連商品を販売しているサイトが出てきた。

患者の体験談や症例画像は広告として禁止されているので、販売サイトを分けて掲載していたのだろう。 冒頭で触れた、「効能効果」の間接的な広告手法と同じ手法である。 これも総合的に判断すれば、NPO法人のサイトは、宣伝目的である可能性が高い。

一方、大手食品メーカーは競って、消費者庁許可のマークが付く「特定保健用食品(トクホ)」の新商品を販売している。 ヨーグルト、清涼飲料水など、幅広い。 「コレステロールを低下させる」などの表示が可能になると、売上増につながるからだろう。

トクホは人間を対象にした試験を行い、科学的な根拠を国が審査するが、その情報は公開されない。

「機能性表示食品」は人間での試験、または文献や論文引用で科学的根拠を示す必要があるが、国の審査はない。

いずれも、「効能効果」に近い内容を宣伝することが認められるが、医薬品と同じレベルで有効性を証明したわけではないことに注意してほしい。

2021年は、新型コロナの克服が最大の課題となるのは必至だ。

だが、日本の新型コロナによる死亡者数は、この1年間で約3千人(2020年12月時点)に留まっている。 がんの死亡者数が、約37万人(2018年のデータ)であることを考えると、新型コロナの対応を冷静に見直すべきではないだろうか。

同時に、患者に期待ばかりを抱かせて有効性を立証しようとしない自由診療の免疫療法と、イメージだけが先走っているサプリメントについて、医療界は明確に見解を示す責任があるだろう。


─END―


岩澤 倫彦(いわさわ・みちひこ)

ジャーナリスト、ドキュメンタリー作家 1966年、北海道札幌生まれ。 報道番組ディレクターとして、肝炎問題、救急医療、臓器移植などのテーマに携わり、 「血液製剤のC型肝炎ウィルス混入」スクープで新聞協会賞、米・ピーボディ賞を受賞。 ドキュメンタリー「岐路に立つ胃がん検診」(関西テレビ)を演出。 著書に『薬害C型肝炎 女たちの闘い』(小学館)、 『バリウム検査は危ない』(小学館)、 『やってはいけない歯科治療』(小学館新書)などがある。
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