市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『小児がん経験者の心理社会的課題』


国立成育医療研究センター 社会医学研究部
半谷 まゆみ

小児がんとは

小児がんは、子どもがかかる様々な悪性腫瘍(がん)の総称です。 子ども7,000~10,000人に1人の頻度で発症し、日本では年間2,000~2,500人が小児がんと診断されています。 種類は、白血病、リンパ腫、脳腫瘍、神経芽腫、胚細胞腫瘍・性腺腫瘍、軟部腫瘍、骨腫瘍、網膜芽腫、腎腫瘍、肝腫瘍など多岐に渡り、成人では見られないがん種も多くあります。

ほとんどの小児がんは、原因がはっきり分かっていません。 遺伝的な要因に、胎児期や小児期の環境要因が重なって発症されるのではないかと考えられていますが、まだ十分に解明されていません。 小児がんと診断されたお子さまの親御さんの中には、「どうしてうちの子が…あの時私が○○したのがいけなかったのでしょうか?」とご自分を責めてしまわれる方がいらっしゃいます。 しかし、本当の原因は誰にも分からず、予防することも困難ですので、親御さんがご自分を責める必要は全くありません。

治療と合併症

ひと昔前まで、小児がんは不治の病でした。 しかし、治療法の進歩により、現在では(がんの種類にもよりますが)約80%は治癒が見込めるようになりました。

一方で、発達・発育途中の体で強力な治療を受けることにより、成長障害、生殖機能の障害、内分泌障害、臓器障害、高次脳機能障害など様々な問題が、治療中・治療後に起こってくることがあります。 原病克服後の人生が何十年もあるため、二次がんのリスクも見過ごせません。

このため、がんが治った後も、疾患、治療内容に応じて長期にわたるフォローアップが必要です。 がん自体は、治療を終えてから5年間再発しなければそれ以降に再発することは稀とされていますが、治療に伴う合併症の検査やケアはその後も、大人になってからも続けていく必要があります。

心理社会的課題

治癒率の向上に伴い、前述のような医学的サポート以外に、様々な心理的・社会的問題についても、サポートが必要なケースが少なくないことが明らかになってきました。 小児がんの治療は長期入院が必要となることが多く、家族機能・関係性の変化、学校生活の中断や支障などの問題が生じることがあります。 治療中に生じるこれらの問題は、治療後にも影響を及ぼします。

心理的な問題として、抑うつや自殺念慮、心的外傷後ストレス症状(Post-Traumatic Stress Syndrome; PTSS)などがあり、注意が必要です。 また、小児がん経験者は非経験者と比較して『私は同年代の友だちのように健康だ』などのポジティブ・ヘルスビリーフが少ないことが分かっています。

社会的な問題も深刻です。治療のために約1年間学校に行けないと、子どもたちにどんな問題が起きるでしょうか? 最近は院内学級を整えた小児がん治療施設も増えてきていますが、闘病しながらペースを保って勉強することはとても大変です。 長い入院生活で体力も落ちます。がんの治療を終えて復学した際に、勉強面・体力面で周りについていけず悩む子どもたちは少なくありません。 また、脱毛など容姿が気になったり、そうでなくても友だちとの距離感・関係性に悩んだりすることがあります。 影響は、その後の人生でも長く続きます。進学や就職、恋愛や結婚、様々なライフステージで困難に直面することがあります。 そしてその悩みを誰にも打ち明けられず、ひとりで抱えてしまっている方も多いと考えられています。

一方で、困難を乗り越えた経験をばねに大きく成長される方もいらっしゃり、この現象は心的外傷後成長(Post-Traumatic Growth; PTG)と呼ばれます。 闘病経験を活かしたいと医療職を志す方、ボランティアをされている方、自分の周りの方にこういう病気があるということを知ってもらえたらと活動されている方、家族への思いやりを強くもち行動されている方、……、 形は十人十色ですが、ご自身の病気経験をプラスに変えて前向きに生きておられる姿は本当にまぶしいです。

いま悩みを抱えていらっしゃる小児がん患者さん、経験者さん、ご家族の方には、悩んでいるのは決してあなただけではないこと、きっと道は拓けることを知っていただきたいと思います。 対処法を下に3つお示しします。やってみたことのないものがあればぜひ挑戦してみてください。

対処1:身近な人に相談

小児がん経験者に限らず、人は様々なストレスにさらされて生活しています。 そして、人はお互いに助けあうことで強くなれる生き物です。 画期的な解決策を教えてもらえることは少ないかもしれませんが、新しい視点で物事を考えるヒントがもらえるかもしれません。 気持ちを聴いてもらうだけで心が軽くなることもよくあります。 ひとりで頑張るのではなく、ほかの誰かの助けを借りながらストレスと付き合っていくことが大切です。

誰かに話してみる、相談してみるのが元々苦手な方もいます。 過去にある人に相談した際の苦い経験が足かせになって、躊躇してしまうという方もいます。 1人目に相談した人がいまひとつなら(残念ですがよくあることです)、あきらめずに2人目、3人目に相談してみましょう。 家族、友人、上司のほか、主治医や後述の「がん相談支援センター」のスタッフもよいでしょう。 必ず誰かが力になってくれるはずです。

対処2:専門家に相談

主治医に相談してみるのもオススメです。 「医者にこんなことを相談してもいいんだろうか…」とためらってしまう方がよくいるようですが、その心配はありません。 医師は、がんや病気のことだけでなく、患者さんやそのご家族が心身ともに健康であることをサポートするためにいます。 お金のことや容姿のことなど、医師自身がその場で答えを持ち合わせていないこともあるかもしれませんが、誰か助けになってくれる人やヒントを教えてもらえる可能性は十分にあります。

また、全国にある小児がん拠点病院には、小児がんに関して信頼できる情報を提供し、治療や療養生活全般の質問や相談に応えてくれる「がん相談支援センター」があります。 疑問や不安を感じた時、ひとりで悩まずにご相談いただければと思います。

小児がん拠点病院
https://www.ncchd.go.jp/center/activity/cancer_center/cancer_kyoten/index.html

対処3:仲間の力

同じ病気をした仲間だからこそ分かる、気持ちや体験もあるはずです。 成人のがんほど多くはありませんが、小児がんにも患者会、経験者の会、家族の会などがあります。 自分に合いそうなところを探して、参加してみるのもよいでしょう。

小児がん経験者の方に数名ずつ集まっていただき各々のご経験についてお話いただく研究をした際、 「自分と同じ悩みを抱えている人の話が聞けてとても励みになった」というご感想をたくさんいただきました。 他の人が悩みを克服した話がヒントになったという方もいらっしゃいました。 現在、国立成育医療研究センターでは、小児がん患者さん、経験者さん、ご家族の方が気持ちや体験など《物語》を共有できるツールを開発しています。 実際の《物語》やツールへのご意見などを大募集しておりますので、ご関心のある方はホームページをご覧ください。

Story みんなの物語
https://www.ncchd.go.jp/center/activity/story/index.html


半谷 まゆみ(はんがい まゆみ)

小児科医。 平成22(2010)年3月東京大学医学部卒。 東京大学医学部附属病院ならびに関連病院で研鑽を積む。 平成28年4月東京大学医学部附属病院特任助教。 平成30年3月東京大学大学院医学系研究科公共健康医学専攻修了。 平成29年10月より国立成育医療研究センター社会医学研究部研究員。 専門は小児血液・腫瘍、公衆衛生。 小児がん経験者の心理社会的課題に関する研究、 小児がん経験者の心理社会的課題共有ツール開発プロジェクト「Story みんなの物語」、 小児がんの疫学研究、コロナ禍におけるこどもたちの生活と健康に関する調査研究「コロナ×こどもアンケート」などに取り組んでいる。
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