市民のためのがん治療の会
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薬のおカネを議論しよう

『『MR』~エンタメ小説ワクチン開発  久坂部 羊 著』


医療ガバナンス研究所 医師
谷本哲也
MRとは「Medical Representative」の略で、日本語では「医薬情報担当者」と訳される。 MRは製薬企業の営業担当者で、医薬品の品質、有効性、安全性などに関する情報の提供、収集、伝達を主な業務として行う。 多くのMRは製薬会社に所属し、自社の医療用医薬品情報(品質、有効性、安全性など)を医師をはじめとする医療従事者に提供し、 実際に使用された医薬品の副作用情報を収集し製薬会社にフィードバックすることを主な業務としている。
ただ、かつてはプロパー(宣伝者という意味の propagandistプロパガンディスト に由来)と呼ばれており、 MRは製薬業界における、医療従事者相手の営業職にあたり、 どうしても売り上げ志向になりがちで帯にあるように「患者が苦しめば苦しむほどおれたちの給料が上がるんだよ」というようなことになりがちだろう。

「がん医療の今」にたびたびご寄稿いただいている谷本先生や尾崎先生が取り組んでおられる製薬企業からの医師への金品等の授与の問題とも大きくかかわる問題を、 医師で作家の久坂部羊先生が上梓されたので、小説ではあるが理解を深めるために役立つものだと思い転載させていただいた。
本稿は医薬経済2021年6月1日号からの転載で、https://iyakukeizai.com/iyakukeizaiweb/detail/175724、 2021年7月2日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jpに掲載されたものです。
転載をご許可いただき、感謝いたします。
(會田 昭一郎)

医師・作家の久坂部羊先生による最新作、『MR』が出版された(幻冬舎単行本・4月13日発売)。 代表作である『破裂』をはじめ、医療小説を約20年にわたり発表し続けてきた手練れだけあって、一級の医薬業界エンタメ小説に仕上がっている。 544頁にわたる分厚いハードカバーにもかかわらず、現実の事件を髣髴とさせるさまざまなエピソードが次々と繰り出され、最後のページまで読者を飽きさせることがない。
https://kusakabe-yo.com
https://www.amazon.co.jp/gp/aw/d/4344037634/ref=tmm_hrd_swatch_0?ie=UTF8&qid=1625104444&sr=8-1

多数のキャラクターが登場する群像劇だが、そのタイトル通り主役はMRだ。 小説や漫画、テレビドラマや映画といった医療系フィクションの主役は、画になる外科医が定番である。 久坂部先生の同窓の大先輩にあたる手塚治虫先生の名作『ブラック・ジャック』を聞いたことがない日本の医療人はよもやいないだろう。

一方、近年では医療系エンタメ界も進化・多様化しており、 主役には内科医、小児科医、産婦人科医、病理医といった医師だけでなく、看護師、薬剤師、放射線技師など多彩な職種が躍り出ている。 しかし、MRの仕事をここまで真正面から取り上げた作品は、本邦初ではないだろうか。

舞台は商都大阪。 内資系・外資系製薬企業のライバル同士の確執、社内の出世争い、大学病院のエリート医師や医学会の重鎮たちも巻き込んだ販売合戦はもちろんのこと、 面従腹背、巧言令色、外巧内嫉、阿諛追従、権謀術数などなど、波乱万丈の人間模様が鋭い筆致で描き出される。

現代の医薬業界が直面している課題を誰もが楽しめるエンタメ作品に昇華させるうえで、意外性のあるMRに着目した久坂部先生の慧眼には敬意を表したい。 なぜなら、赤ひげ診療譚的患者ファーストの価値観と、利潤の追求を是とするプロテスタンティズム的資本主義の精神の矛盾が、火花を散らして交差するのがMRの現場だからだ。

主人公の営業所長は、「MRの目的は医療に貢献することだ。 俺たちがやっているのは単なる金儲けじゃない」と啖呵を切る。 すると相対する敵役は、「よくそんな欺瞞的なことが言えるな。 営利企業が金を儲けなくて、社会に貢献できるのか。 倒産すればすべてパーだ」と反駁する。

製薬企業の利潤追求が現代社会でどこまで是認されるのかという問題は、新型コロナウイルス禍の下、世界的に改めてクローズアップされている。

巨額の利益をもたらすワクチン開発に成功した製薬企業に、特許の放棄を迫るのは是か否か。 公的資金の拠出で開発されたコロナ関連医薬品は公共財ではないのか。 パンデミック終息のために、先進国と新興国で著しく偏りのあるワクチンの配分は見直されるべきではないのか。

格差社会に警鐘を鳴らすノーベル賞経済学者ジョセフ・スティグリッツ教授は、 英医学誌『ランセット』5月15日号で「資本主義変革のために武器を携えよ」と題する長文の書評を著した。 経済活動における政府の役割を重視し、EUの政策に大きな影響を与えたロンドン大学のマリアナ・マッツカート教授の最新刊を紹介した論考が、 世界トップレベルの医学誌で大きく誌面を割いて扱われていることの意味合いを考えなければならない。
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(21)01004-7/fulltext
https://www.amazon.co.jp/Mission-Economics-Moonshot-Approach-Economy-ebook/dp/B07YFBDHVY/ref=sr_1_3?__mk_ja_JP=カタカナ&dchild=1

『MR』のような医療小説には、医学論文やルポルタージュでは掬いきれないような事象や感情に形を与え、一部のインテリ層だけでなく広く一般の方へアプローチできるという強みがある。

外からは窺い知れない業界の内部事情に驚嘆するもよし、MRの業務の描き方が現実離れしていると憤慨するもよし、 本書を手に取りさえすれば久坂部ワールドの術中にはまってしまうことは間違いなしと太鼓判を押しておこう。


谷本 哲也(たにもと てつや)

1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。 鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。 1997年、九州大学医学部卒。 ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。 霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。 特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。 ワセダクロニクルの「製薬マネーと医師」プロジェクトにも参加。 著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、 「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、 「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。


1 脱落者
2 処方ミス
3 地獄の駐車場
4 コンプライアンス違反
5 潔癖ドクター
6 セクハラの罠
7 騙しあい
8 MR戦略
9 患者ファースト
10 偽りの副作用
11 在宅の光
12 発達障害MR
13 ブロックバスター
14 タウロス・ジャパンの鮫島
15 論文ねつ造事件
16 キー・オピニオン・リーダー
17 妨害工作
18 厚労省の監視モニター
19 還暦祝賀パーティー
20 架空講演
22 韓国への調査出張
23 ヒュンスン・メディカルセンター
24 メタ分析論文の危機
25 篤志家からの出資
26 オネスト・エラー
27 日本代謝内科学会総会
28 ガイドラインの行方
29 薬害訴訟の決着
30 犠牲者の思い
31 根回し
32 あと一歩の壁
33 疑心暗鬼
34 高慢と暗躍
35 紀尾中の疑惑
36 裏切者
37 社長万代の決断
38 経営戦略
◆参考文献

久坂 部羊(くさかべ・よう)

1955年大阪府生まれ。 小説家・医師。大阪大学医学部卒業。 大阪大学医学部付属病院にて外科および麻酔科を研修。 その後、大阪府立成人病センターで麻酔科、神戸掖済会病院で一般外科、 在外公館で医務官として勤務。同人誌「VIKING」での活動を経て、『廃用身』(2003年)で作家デビュー。
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