市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『製薬企業との金銭関係は、がん患者の医師に対しての信頼度を低下させる 市民のためのがん治療の会で実施した製薬企業と医師の金銭的な関わり合いに関する意識調査(Part1)』


ときわ会常磐病院乳腺外科、医療ガバナンス研究所研究員
尾崎 章彦
医師に対して講演料、原稿料などの金銭などが支払われているが、 このような金銭等の授受により治療に使用される医薬品や治療方法などが影響を受けるとなると、 患者にとっては重大な、場合によっては命に関わる影響も考えられ、見過ごすわけには行かない。
消費者問題の中でも最も消費者と事業者の情報ギャップが大きく、消費者である患者にとっては問題解決に非常に困難である問題に、尾崎先生は果敢に取り組み、 次々にデータに基づいた鋭い指摘を続けておられる。
この調査はそのような活動の一環として尾崎先生からご相談があり、 「市民のためのがん治療の会」会員の皆様のご協力を得て行った調査の報告である。 ご多用の中、調査の企画から集計・分析、論文の取りまとめにご尽力いただきました尾崎先生に御礼申し上げますとともに、ご協力いただいた当会会員の皆様には御礼を申し上げます。
なお、本報告書の元となった論文 「Awareness and perceptions among members of a Japanese cancer patient advocacy group concerning the financial relationships between the pharmaceutical industry and physicians: a mixed-methods analysis of survey data」は プレプリントサーバーmedRxiv(https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.06.26.21259442v1.full)に投稿され、現在医学専門誌の査読を受けております。
また、尾崎先生の乳がん抗がん剤「ゼローダ」についてのレポートはTansaのホームページ(https://tansajp.org/investigativejournal_category/breastcancer/)をご覧ください。
本報告は長文ですので、今回と次回の2回に分けて掲載します。なお、お問い合わせは、尾崎医師(ozakiakihiko@gmail.com)までご連絡ください
(會田 昭一郎)

要約

背景

製薬企業と医療者の間の金銭的な関わり合い・利益相反(Financial Conflicts of Interest、以下FCOI)は、患者ケアに不当な影響を与える可能性があります。 しかし、日本のがん患者がそのようなFCOIをどの程度、そして、どのように認識しているのかについては、十分な情報がありません。 本調査においては、日本人のがん患者を対象に、製薬企業と医師の間のFCOIの認知度、FCOIが主治医への信頼度に与える影響を評価することを目的としました。

方法

2019年1月から2月にかけて、日本のがん患者団体を対象に、自記式調査票を用いた横断研究を実施しました。 主な評価項目は、製薬企業と医師の間のFCOIに関しての認識と認知、それらFCOIが主治医の信頼度に与える影響、および、医師および他の専門職におけるFCOIに関しての捉え方などです。 また、調査票においては、回答者には自由回答を行っていただく欄を設け、それに対してのテーマ分析を行いました。

結果

524名に調査票が配布され、96名(18.3%)が回答しました。 このうち、69名(77.5%)ががん患者でした。 製薬企業と医師のFCOIの存在について認知している回答者の割合は、FCOIの種類によって、2.1%から65.3%の範囲でした。 参加者は、FCOIによる主治医の信頼度への影響について、おおむね中立的な捉え方をしていましたが、 同時に、回答者の多くは、このようなFCOIが非倫理的であり、医師の処方行動に影響を与えて不必要な処方につながる可能性があり、 かつ、医師の信頼度に悪影響を与えるとも捉えていました。 自由回答(n=56)の分析の結果、患者は、医師が健全な倫理的判断を行い、謝金を受け取らないことを期待しており、 また、患者は、FCOIが自分の治療や医師に過度の影響を与えることを懸念していました。

結論

ほとんどの参加者は、製薬会社と医師の間のFCOIについて少なくとも1つは認識しており、否定的に捉えている方も少なからずいました。 製薬企業と医師の間のFCOIを規制するためのさらなる取り組みが必要であると思われます。

背景

近年、世界的に、製薬企業と医療者の間の金銭的な関わり合い・利益相反(Financial Conflicts of Interest、以下FCOI)が、大きな注目を集めています。 なぜならば、製薬企業とのFCOIは、医療者において処方パターンを歪め、患者ケアに多大な影響を及ぼす可能性があるからです。 過去10年間、このような金銭関係に透明性を確保する目的で、世界的に様々な取り組みが実施されてきました。 代表的なのは、米国のOpen Payments DatabaseやフランスのTransparency in Healthcare、イギリスのDisclosure UK、オーストラリアのDisclosure Australiaなどです。 これらのデータベースは、一般に、国や製薬企業によって運営され、医療者や医療機関に支払われた寄付金や謝金をインターネット上で公開しています。 一方で、日本においては、国や製薬企業において、同様なデータベースの公開はなく、現在に至るまで、日本製薬工業協会に所属する製薬企業が、 それぞれホームページ上で、医療者や医療機関に支払った金銭を公開するに留まっています。 そこで、医療ガバナンス研究所やTansa(旧ワセダクロニクル)が中心となり、これらの謝金や寄付金を統合し、 「マネーデータベース」として、2019年よりインターネット上で公開しています。 この活動は、2021年7月末日までに、40万人以上の方々に利用され、600万以上のページビューを獲得するなど、製薬企業と医療者の間のFCOIについて、透明性を高めています。

しかし、一般論として、これらの取り組みが、製薬企業と医療者のFCOIについて、広く一般の認知度を向上させているかについては、疑問視されています。 例えば、米国で実施された調査では、Open Payments Database開始以降も、FCOIに関する認知度はほとんど向上しませんでした。 むしろ、これらの取り組みの開始後、医療従事者に対する市民の信頼低下が報告されるなど、本来の目論見とは反対の結果が得られているような調査結果も存在します。 これらの結果は、透明性に重きを置いた現行の対策のみでは、製薬企業と医療者の間のFCOIが患者ケアに及ぼす影響を排除することが困難であることを示唆しています。

ただ、日本において同様のテーマで実施された調査はほとんど存在しません。 加えて、これまで欧米諸国で行われてきた類似の調査は、広く一般の方々を対象としていることが多く、特定の疾患に絞って実施された調査は限定的です。 そのような背景があり、今回、我々は、日本のがん患者やその関係者を対象とした調査を計画しました。 現在、製薬企業にとって、がんは戦略上、極めて重要な領域です。抗がん剤は高い収益性が期待でき、また、多くの製薬企業が優先的に開発しているからです。 日本の医薬品市場は、米国、中国に次いで世界第3位の売り上げを誇る他、2018年時点で、抗がん剤の年間医薬品売上高は1兆2,400億円を超え、日本の年間医薬品売上高全体の12%を占めています。 近年、日本の医薬品売上高は全体的に減少していますが、がん治療薬市場は拡大を続けており、2025年には130億米ドルを超えると予測されています。 今後、がん患者やその家族をはじめとする関係者が、製薬企業と医療者の間のFCOIを理解することは、適切な医療を受ける上で益々重要となってくるでしょう。

以上より、本調査は、日本人のがん患者を対象として、 1)製薬企業と医師のFCOIに関する認識、 2)FCOIが主治医への信頼度に及ぼす影響、 3)FCOIに対しての規制の必要性に関する考え方、 4)製薬マネー一般についての捉え方、この4点を調査するために実施されました。

方法

調査の概要

本調査は、「市民のためのがん治療の会」の会員を対象に実施されました。 印刷された調査票を、2019年1月9日に、会報に同封して、会員524名に郵送しました。 調査の参加に同意いただいた場合には、調査票に記入いただいた上で、2019年2月10日までに同封の返信用切手付き封筒で返送していただきました。 回答の偏りを軽減し、個人情報を保護するため、アンケートの配布や回収には、「市民のためのがん治療の会」の関係者のみが関わりました。

調査票

筆者らは、先行研究や日本のがん医療の地域的背景を考慮して、調査票を作成しました。 調査票は、51の質問で構成され、以下の6つのテーマに分かれています。

1) 疾患の進行状況および性別、学歴、病歴などの人口統計学的特性

2) 製薬企業と医師の間のFCOIに関する認知。具体的には、贈答品や対価としての謝金など (例「医師は、製薬企業の営業職から、製品に関する情報をまとめた冊子やリーフレットなどを受け取ることがあります。 あなたはこのことをご存知ですか。 あてはまる番号ひとつに○をつけてください。」)

3)製薬企業と医師の間のFCOIが主治医への信頼度に及ぼす影響 (例:「あなたのがん治療の主治医が、製薬企業の営業職から、製品に関する情報をまとめた冊子やリーフレットなどを受け取っていたとすると、主治医への信頼度にどのように影響しますか。 あてはまる番号ひとつに○をつけてください。」)

4)製薬企業と医師の間のFCOIについてのさらなる規制の必要性 (例:「製薬企業から医師への贈り物や食事などの接待、講演会の講師謝金は、法律でのより強力な規制が必要である。 あなたはこのステートメントに賛成するか。」)

5) 様々な領域における、営利企業と専門家の間のFCOIについての捉え方 (例:「医師が、製薬企業の営業担当者から贈り物をもらったり、食事などの接待を受けることは問題である。 あなたはこのステートメントに賛成するか。」)

6)製薬会社と医師の間のFCOIに関する回答者の認識を問う自由形式の質問 (例:「製薬企業から医師への研究目的以外での利益供与(例:贈り物や食事などの接待、講演会の講師謝金)についてのあなたの考えについて、自由に意見を記載いただけますか。」)

データ分析

テーマ1)−5)に関する質問については、記述的に解析し。 また、6)の回答については、過去文献に則り、質的なテーマ分析を実施しました。

倫理的承認

本研究は,日本の厚生労働省および文部科学省のガイドラインに準拠し,医療ガバナンス研究所の倫理委員会により倫理的承認を得ました(MG2018-07-0928).

結果

参加者

2019年2月10日までに返送された全ての調査票を対象としました。 対象となる524名の調査参加者のうち、96名がアンケートに回答しました(完了率=18.3%)。 回答者は、男性が67.7%、70歳以上が52.3%であり、53.8%が大学を卒業していました。 さらに、55.9%が無職で、46.5%の世帯年収が400万円以上と、2018年の日本の世帯平均とほぼ一致しました。 原疾患の有無を回答した89名のうち、69名ががん患者、20名が非がん患者(がん患者の家族など)でした。

がん患者であると回答した69名のうち、52人(75.4%)が2015年以前に診断を受けていました。 また、このうち20人(29.4%)ががん専門病院で治療を受けていましたが、42人(60.9%)は調査期間中に積極的な治療を受けていませんでした。 最後に、39人(56.5%)が、抗がん剤、分子標的薬、ホルモン療法など、がんに対する過去の薬剤治療を受けたことがあると報告しました。

製薬企業と医師の間のFCOIに関する認識

図1は、回答者における製薬企業と医師の間のFCOIに関する認識を示したものです。 これらのFCOIを認識している回答者の割合は、FCOIの種類によって、2.1%から65.3%でした。 参加者が認識している割合が最も高かったFCOIの種類は、「パンフレット・リーフレット」(65.3%)、 次いで「文房具」(64.2%)、「医薬品の無料サンプル」(53.1%)でした。 日本製薬工業協会に所属する日本企業は、2014年から医療者や医療機関への寄付金や謝金を開示していますが、 それについて認識しているのは回答者の10.5%に留まりました。 全体では、80.2%(77/96)の回答者が、少なくとも1つの金銭関係については認識していました。

図1. 医師と製薬会社の間のFCOIについての回答者の認識

製薬企業と医師の間のFCOIが主治医への信頼度に与える影響

図2は、製薬企業と医師の間のFCOIが患者の主治医に対する信頼度に与える影響を示しています。 一部の項目においては、主治医に対しての著しい信頼度の低下が認められました。 例えば、治験に患者を登録する際に医師が謝礼(「信頼度が低下する」52.1%、「信頼度がやや低下する」26.0%)や 講演料(「信頼度が低下する」31.6%、「信頼度がやや低下する」30.5%)を受け取った場合、主治医に対しての信頼度に負の影響を与えました。 また、もし医師が特定の製薬企業の株式を保持していた場合、 60.4%(「信頼度が低下する」32.3%、「信頼度がやや低下する」28.1%)の回答者が、主治医への信頼度に負の影響を与えると回答していました。 また、一方で、処方薬の無料サンプルの受け取りについて、主治医への信頼度を低下させると回答した回答者は少数派でした(「信頼度が低下する」12.8%、「信頼度がやや低下する」25.5%)。 また、治験に医師が参画することについて、13.6%の回答者は医師の信頼度が上昇すると回答しました。 (「信頼度が上昇する」2.1%、「信頼度がやや上昇する」11.5%)。 全体では、90.6%の回答者が、少なくとも1つの質問に対して、「信頼度が低下する」、または、「信頼度がやや低下する」と回答しました。

図2. 製薬企業と医師の間のFCOIが医師への信頼度に与える影響

医師と医薬品の間のFCOIに関する認識

図3は、製薬会社と医師の間のFCOIとそれに関連する規制に関しての回答者の捉え方を示したものです。 全体として、大部分の回答者が、製薬会社からの贈答物が医師の処方行動に大きな影響を与えるということに同意するか、わずかに同意するという結果になりました (「そう思う」35.8%、「どちらかと言うとそう思う」38.9%)。 また、同様に、このような贈答物は非倫理的であり(「そう思う」31.6%、「どちらかと言うとそう思う」30.5%)、 不必要な処方を助長し(「そう思う」34.7%、「どちらかと言うとそう思う」37.9%)、 患者の医師への信頼度に悪影響を与える(「そう思う」38.9%、「どちらかと言うとそう思う」31.6%)と考えていました。 また、多くの回答者が、製薬会社と医療者のFCOIを規制する必要性を認めていますが、 法的規制(「必要である」45.3%、「どちらかと言うと必要である」29.5%)だけでなく、 製薬企業(「必要である」60.0%、「どちらかと言うと必要である」26.3%)や医師(「必要である」60.2%、「どちらかと言うと必要である」24.7%)による自主規制も、 より強化されるべきだと考えていました。

図3. 医師と製薬会社の間のFCOIやそれに伴う規制に関しての回答者の認識

図4は、製薬企業から医師への研究目的以外のFCOIの許容範囲と頻度についての参加者の認識を示したものです。 全体では、75.9%の回答者が1回あたり1万円以下を許容範囲と考え、92.8%は医者が年間100万円以下の金銭供与であれば許容範囲と考えていました。 また、77.8%の人が数ヶ月に1回程度の金銭供与を許容範囲と考えていました。

図4. 回答者から見た許容可能な製薬企業から医師へのFCOI

多分野の専門家におけるFCOIに関しての回答者の捉え方

図5は,裁判所の裁判官,審判員,政治家,医師,企業関係者など,多分野の専門家におけるFCOIに対しての回答者の認識を示したものです。 全体として、裁判所の裁判官、政治家、審判員がそれぞれ、 弁護士(「同意する」92.6%、「やや同意する」6.3%)、 ロビイスト(「同意する」75.5%、「やや同意する」20.2%)、 スポーツ選手(「同意する」89.4%、「やや同意する」4.3%)から贈り物や食事を受け取ることについて、 医師が製薬会社から贈り物を受け取ること(「同意する」58.5%、「やや同意する」23.3%)よりも、より高い割合の回答者が問題を感じていました。

図5. 医師を含む多分野の専門家におけるFCOIに関しての回答者の捉え方


尾崎 章彦(おざき あきひこ)

外科医、平成22(2010)年3月 東京大学医学部卒 平成22年4月 国保旭中央病院 初期研修医 平成24年4月 一般財団法人竹田健康財団 竹田綜合財団 外科研修医 平成26年10月 南相馬市立総合病院 外科 平成29年1月 大町病院 平成29年7月 常磐病院 外科研修医時代に経験した東日本大震災に大きな影響を受ける。 平成24年4月からは福島県に移住し、一般外科診療の傍,震災に関連した健康問題に取り組んでいる。 専門は乳癌。2017年には乳癌の臨床試験CREATE-X試験における利益相反問題、公的保険の不正請求疑惑について追及した。 
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