市民のためのがん治療の会
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『オンライン診療で変わる在宅医療の現場』


東京大学医学部
小坂 真琴
オンライン診療は今後普及してくることが予想されます。 私なども定期検診で簡単な問診を受け薬をもらいに行くだけでわざわざ電車に乗って医療施設まで出かけなければなりません。 オンラインで顔を見ながら問診を受け、近所の薬局で薬を処方してもらえるようになれば大変助かります。
そこで東京大学の小坂先生のご寄稿を転載させていただきました。
このご寄稿は2021年9月28日 MRIC by 医療ガバナンス学会発行(http://medg.jp)に掲載されたものをご許可を得て転載させていただきました。 ご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

早期のがんと慢性心不全を患っている90代の女性。 施設に入所していて、病院まで自力でいくのが難しくなっていたので月に二回の訪問診療を受けていました。

ある晩、1週間以上にわたり痰と息苦しさが続いたため、施設の看護師からクリニックに連絡をしてもらいました。 12日前の前回の診察の際には声がかすれていたものの目立った症状がなく、何かあればすぐ連絡をするよう伝えられていました。

クリニックの医師はすぐに向かうことができなかったので、訪問看護師が現場に向かい、医師とのビデオ通話を行いました。 立ったり座ったりがスムーズに行えることや明確な肺の雑音がないこと、患者の顔色なども考慮して肺炎の可能性は低いと考えられました。 感染症や心不全の悪化について精査するために、医師が採血を指示、訪問看護師が採血を行い、検体をクリニックに持ち帰りました。 同時に、症状緩和のため、一旦漢方薬が処方され、訪問薬剤師が施設まで薬剤を持って行きました。 その後、採血の結果から心不全の悪化が明らかとなり、利尿薬が開始され、症状は改善しました。

これは在宅医療における対応でビデオ通話を利用した一例です。

医師が現地に赴けなくても、訪問看護師のサポートによって、採血など原因精査に必要な情報を得られたこと、ビデオを通じて迅速に診療ができたことができました。 さらに訪問薬剤師との連携で薬の服用に至るまで施設にいながらにして行うことができました。 無事に対処され、次の定期の訪問診療を迎えました。


オンライン診療は職場や自宅から待ち時間なしで診察を受けられるということで、近年徐々に広がっていました。 しかし、基本的には対面診察を通じて患者さんについてしっかり把握している状態で行うことが望ましいとされ、コロナ流行下で、2020年4月10日に、ようやく初診でのオンライン診療が特例的に認められました。 その点で、定期的に訪問を行っている在宅診療における緊急時の対応は、オンライン診療ととても相性の良い環境です。 しかし、その有効性や安全性についてはあまり議論されていませんでした。


私たちの研究チームでは、在宅診療での緊急時の往診の代わりとして行われたビデオ通話診療について分析し、英文学術誌「Journal of Medical Internet Research」に発表しました。 以下に内容を紹介します。


福井県福井市の在宅診療専門クリニック・オレンジホームケアクリニックでは、2018-19年の2年間で計17件、ビデオ通話で対応した例がありました。 全体のうち15件では、訪問看護師または施設看護師が現場に赴ける状況で、ビデオ通話の際に患者さんのそばで必要な対応を行いました。 これは厚労省のオンライン診療に関する通知でも紹介されているDoctor to Patient with Nurse(D to P with N)と呼ばれるもので、看護師は患者のもとに赴いた上で、医師とオンラインでつながる診療形態です。 訪問看護ステーションは、在宅診療クリニックよりもさらに細かく地域に密着した形で分布しているので、現地に行ける可能性が高くなります。 採血などの処置が行えるのも大きな強みですが、患者家族が普段スマホなどを使わずビデオ通話を行うのが困難な場合に、ビデオ通話自体をサポートするのも重要な役割です。


17件を分析したところ、2件は救急搬送が必要だと医師によって判断されて実際に搬送され、そのまま入院となりました。 他15件については、医師の指示のもと、新たな薬の処方、注射、手持ちの薬の内服、経過観察などの対応がとられました。 そのうち後から救急搬送になったのは1件で、残りの14件は問題なく予定通りに次の訪問診療をむかえました。 実際に医師が訪問する場合に比べて、より迅速に状況を判断できるという点で患者さんにメリットがあり、医師の負担も大きく減らすことができます。


もう一つ事例をご紹介します。

脳性麻痺のために寝たきりとなっている30代の男性です。ある日、左手に赤みがあり、低温やけどのようだと家族からクリニックに連絡がありました。 医師が緊急に訪問する必要があるかを確認するため、家族の携帯電話とつないでビデオ通話を行いました。 ビデオを通じて赤くなっている部分を視診した上で、家族に話を聞いて、左手が湯たんぽに長時間触れていた後に赤くなったこと、赤みだけがあり痛みがないことを確認しました。 そこで、元々胃ろう周囲の炎症に対応するために処方されていたステロイドで対応し、症状が悪化した場合には改めて連絡するように伝えました。


この事例では、家族がビデオ通話を行う環境を持っていたため、看護師の訪問を待つことなく直接医師の遠隔診療を受けることができ、 さらに自宅の薬で対応できる症状だったため、誰も移動することなく迅速に症状に対応できたということです。


以上のようにメリットが多くある在宅医療におけるオンライン診療ですが、対面の診療に比べるともちろん劣る点もあります。 実際にオンライン診療にあたった宮武医師は、 「医師の五感を必要とする身体所見はどうしても制限される他、オンライン診療では視野の外になってしまいがちな家族の様子を含めた『臨場感』が大事だと感じます。 やはり話に納得いただいているか、言葉だけではわからない部分もあります」と話します。 オンラインで一旦は対応したとしても、必要性があればできるだけ早く直接対面の診察に赴くことを判断することが大事です。


すでに在宅診療を受けている方、これから受ける可能性がある場合には、通信機器をしっかり使えるようにすることによって受けられる在宅医療の質が上がる可能性もあります。 一方で、メインで医療を受ける70歳代以上では、2017年時点でインターネット使用率が未だ50%以下の状態であり、しばらくは看護師がサポートするD to P with Nが主流になりそうです。 今回研究の対象とした例では全てiPhoneのアプリ「FaceTime」で通話を行いましたが、将来的なことを考えると何か一つ使いこなせる状態にしておくことが大事になるかもしれません。


小坂 真琴(こさか まこと)

1997年滋賀県生まれ。 灘中学校・灘高等学校を経て東京大学医学部在学中。 医療ガバナンス研究所やオレンジホームケアクリニックにてインターンとして研究に従事している。
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