市民のためのがん治療の会
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『いずれ日本も…米国のコロナワクチン接種率「7割で頭打ち」の背景』


星槎グループ医療・教育未来創生研究所 ボストン支部 研究員
内科医師、医学博士
大西 睦子
新型コロナウイルス感染症はヨーロッパやアメリカなどでは爆発的な感染が収まるところを知らない。 例外的ともいえる日本でも、今のところ極めて低いレベルだがよく見ればこのところかなりの割合で増加しつつあるようだ。
今のところ最も有効な予防策としてワクチン接種があげられているが、健康上の理由で接種できない人や宗教上などの理由で接種を拒否する人が一定数存在するため、 接種率の進んでいる諸国でも接種率は国民の7~8割程度で頭打ちになっているようである。
そこでワクチン接種について先行したアメリカの事例はわが国にも参考になることも多いと考えられるので、 星槎グループ医療・教育未来創生研究所 ボストン支部研究員の大西 睦子先生のアメリカの状況についてのご報告をご許可を得て掲載させていただいた。 ご厚意に感謝いたします。
なお、本稿は初出は11月7日幻冬舎ゴールドオンラインです。
(會田 昭一郎)

現状において、新型コロナウイルスを抑え込む最大のカギは「ワクチン接種」に他なりません。 現在、国内では2回目まで接種を完了させた人の割合が7割を超えました。 しかし接種完了率は8割前後で頭打ちになると予測され、コロナ第6波が到来すると言われる中、感染再拡大が懸念されています。 接種率を上げるには、どうすればよいのか。接種率が伸び悩んでいるアメリカから、ヒントを探ります。

夜の接種会場で気づいた、「やっと接種した人」の事情

日本では、新型コロナウイルスワクチンの2回接種完了者が70%を超えました。 日本政府は以前、10月末までに70%の完了を見込んでおり、予定通りに大きな目標を達成したことになります。

10月25日の首相官邸の年齢階級別接種実績によると(※1、2)、 2回目接種完了者(カッコ内は1回以上接種者)は、12~19歳で48%(67%)、20歳代で57%(69%)、30歳代で61%(72%)、40歳代で70%(79%)、 50歳代で80%(86%)、60~64歳で85%(88%)、65~69歳で87%(89%)、70歳代で92%(93%)、80歳代で94%(95%)、90歳代で92%(93%)、100歳以上で86%(88%)。 今後、若い層も接種を完了することが期待されますね。

そんな中、私がお手伝いしている自治体では、ほとんどの希望者は接種が終わり、じきに会場を閉鎖する予定です。 ただしその前に、日中では接種できない人のために、夜の部(午後9時まで)が始まりました。

夜の部は仕事や学校の帰りに接種できるので、接種者はリラックスして心境を話してくれます。 そこでよく耳にするのは、次のようなお話です。

「金曜日の夜に接種できると本当に便利ですね。 仕事帰りに寄れるし、明日は家でゆっくりできますから」

「しばらく様子を見ていましたが、最近感染者が減ってきて、ワクチンが有効であること、しかも安全であることがわかりました。 それでようやく接種する気持ちになったんです」

「コロナが流行ってから職につけません。 面接をもう何十と受けたけど、すべてダメでした。コロナ以前はすぐに探せたのに…。 一人暮らしで収入もなく、ワクチンの副反応が心配です。 でも就職するのにワクチン証明書が必要になるかもしれないから、接種しないと」

――ある金曜日の夜、無口で無表情な若い男性が接種にきました。 彼はワクチン接種後、椅子で待機していると、迷走神経反射による失神を起こしました。 しばらくベッドで休んでいると、ようやく会話が始まり「日々の仕事のストレスが大きすぎて、疲労と睡眠不足が溜まっていました」と伝えてくれました。

そのうち表情が変化し、恥ずかしそうな笑顔で「ご迷惑おかけしました。本当にありがとうございます」と言って無事、帰宅されました。

このように夜の部の接種に従事して気づいたことは、多くの人がワクチンを躊躇していた理由には、政治的な問題や非科学的な嘘の情報によるものでだけはなく、 ワクチン接種によって日常生活に支障をきたすことへの不安もあった、ということです。

※1 https://www.kantei.go.jp/jp/headline/kansensho/vaccine.html
※2 https://www.kantei.go.jp/jp/content/nenreikaikyubetsu-vaccination_data.pdf

日本と米国、「ワクチン接種をしたがらない人」の傾向

独立行政法人経済産業研究所(RIETI)が2021年5月に発表した「どういう人々が新型コロナウイルスのワクチンを接種したがらないか:インターネット調査における検証」(※3)という分析の結果によると、 ワクチン接種について「まだ決めていない」「接種しないつもり」と回答した人の中には、 「女性、高齢者以外、社会経済状況(学歴、世帯収入、預貯金額)が低い人々、他人を信用しない人々、うつや不安の傾向がある」という人々が多く見られました。

本調査は、日本でワクチン接種が開始したばかりの2021年4月下旬に行われ、11,846人を対象としています。 まだ接種していない人々(11,637名)のうち、「接種するつもり」は61%、「まだ決めていない」は30%、「接種しないつもり」は9%でした。

ところで米国でワクチン未接種の人はどんなタイプでしょうか?

米疾病対策センター(CDC)によると、10月28日時点で、18歳以上の米国人のうち2回目接種完了者は70%(1回目接種完了者は80%)。 つまり、3割の成人はワクチンの接種を終えていません(※4)。

世論調査の分析などを中心とした米ウェブサイト「Five Thirty Eight(ファイブサーティーエイト)」によると、 ワクチンを接種しない米成人は一枚岩ではなく、背景、政治的立場、そして最終的にワクチンを接種する意思があるかどうかは、それぞれ異なるようです(※5)。

接種したがらない米国人の中でも「断固として拒否する人たち」の割合が最多で、全人口の約14%を占めています。 新型コロナウイルスの大流行は、これまで以上に「ワクチン接種を受けていない人々の話」となっていますが、彼らは考えを変えているという証拠はなく、割合も何ヵ月も一定しています。

また、ワクチン接種をしていないグループの中でも、断固拒否派には白人の割合が高いことや、 共和党支持者や地方在住者、キリスト教福音派が多いこと、保険に加入している割合が高いといった特徴が見られます。

カイザーファミリー財団の調査によると、ワクチンを接種していない成人、特にワクチンを「絶対に受けない」と答えた人は、 新型コロナウイルスによって自分が重篤な病気になる心配はないと答え、感染よりもワクチン接種のほうが自身の健康にとって大きなリスクであると考える傾向が見られました(※6)。

一方、ワクチン接種資格を持つ米国人の約10%は、接種するかどうかを決める前に、ワクチンが他人にどのように効いているのか、「様子を見てから決めたい」と考えています。 この「様子見」グループは、昨年12月時点では人口の約40%を占めましたが、時間の経過とともに大幅に縮小しています。

様子見派には幅広い層が含まれていますが、「断固として拒否する人たち」に比べると黒人やラテン系アメリカ人といった有色人種が多く、 さらに民主党支持者や若年層、低学歴・低所得層の割合も多くなっています。 彼らはワクチンについて懸念を抱いていますが、接種当日や接種後の回復のために仕事を休むことができなかったり、ワクチンの質問ができるような信頼できる医療機関がなかったりなどの障壁にも直面しています。

※3 https://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/21050005.html
※4 https://covid.cdc.gov/covid-data-tracker/#vaccinations_vacc-total-admin-rate-total
※5 https://fivethirtyeight.com/features/unvaccinated-america-in-5-charts/
※6 https://www.kff.org/coronavirus-covid-19/poll-finding/kff-covid-19-vaccine-monitor-july-2021/

ワクチン義務化に抵抗した「大量離職」が発生

こうした状況においてバイデン政権は、従業員100名以上の企業に対して、従業員のワクチン接種、 もしくは、少なくとも週1回は検査を受けて、陰性証明として検査結果を提出させる方針を明らかにしました。 また、雇用者に従業員がワクチン接種をするとき、副反応からの回復するまでの時間を、有給休暇として与えることを要求しています(※7)。 労働安全衛生局(OSHA)は、この要件を実行するために緊急一時基準(ETS)を発効しました。

すでにマクドナルドからデルタ航空、ユナイテッド航空、ウォルトディズニーカンパニー、グーグル、マイクロソフト、ツイッター、フェイスブック、 フォード、ゴールドマン・サックスなどの企業は、すべてまたは一部の従業員にワクチンを義務付けています。

ただし、カイザーファミリー財団の世論調査によると、ワクチンを接種していない米労働者の30%が「ワクチン接種や検査の義務化に従うなら仕事を辞める」と主張しています。

CNBCニュースによると、米トラック協会は「多くのドライバーがワクチン接種を受けるより辞めてしまう可能性が高い。 現時点ですでに8万人のドライバーが不足している状況では、国内のサプライチェーンがさらに混乱する」と政府に警告しました(※8)。

すでに米国では、2021年8月に過去20年間で最高レベルの離職者数に達し、430万人が辞めました(※9)。 中でも小売業界は72万1,000人の労働者が離職し、特に大きな打撃を受けています。

ワクチン義務化による従業員の大量退職問題が悪化することを懸念して、企業のグループは、ホワイトハウスにホリデーシーズンが終わるまで規則を延期するよう訴えています。

一方でゴールドマン・サックスは、ワクチンの義務化によって新型コロナウイルスの感染が減り、 労働力参加の足かせとなっている健康リスクを軽減させることで、パンデミック以降、雇用市場から離れていた労働者500万人のうち、多くが職場に復帰し、実際に雇用が増えるだろうと主張しています。

※7 https://www.whitehouse.gov/covidplan/
※8 https://www.cnbc.com/2021/10/25/businesses-ask-white-house-to-delay-biden-covid-vaccine-mandate-until-after-holidays.html
※9 https://www.kff.org/coronavirus-covid-19/press-release/surging-delta-variant-cases-hospitalizations-and-deaths-are-biggest-drivers-of-recent-uptick-in-u-s-covid-19-vaccination-rates/

「ワクチン未接種」は社会全体に関わる問題

米感染症対策トップのアンソニー・ファウチ博士は、前述の「Five Thirty Eight(ファイブサーティーエイト)」で、次のように述べています。

「ワクチンはデルタ変異体に対して効果的であることが証明されていますが、未接種の人が感染することで、デルタ株よりさらに危険な変異株が発生する可能性があります」

「未接種の人々は、接種するかどうかは個人の問題だと勘違いしています。 しかし、そうではありません。 他のすべての人にも関係しているのです」

日本は順調にワクチン接種が進んでいますが、特に若者の接種率は頭打ちになる可能性があります。 また、いま議論されている3回目接種の進み具合も心配です。 打開策として、義務化が厳しいようなら、接種しないグループの話に耳をかたむけるといいかもしれません。


大西 睦子(おおにし むつこ)

内科医師、米国マサチューセッツ州ケンブリッジ在住、医学博士。 1970年、愛知県生まれ。 東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。 国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。 2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。 2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。 ハーバード大学学部長賞を2度受賞。 現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。 著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。 『「カロリーゼロ」はかえって太る!』(講談社+α新書)。 『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)などがある。
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