市民のためのがん治療の会
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『世界初の条件付き早期承認された光免疫療法が抱える問題点』


東北大学医学部医学科4年
村山 安寿
本稿は初出は医療タイムス9月22日配信ですが、転載にあたり村山先生に手を入れていただいたものです。 なお、本稿につきましては福島県立医科大学の尾崎章彦先生、常磐病院の谷本哲也先生のご指導をいただきました、御礼申し上げます。
(會田 昭一郎)

もし「光を当てるだけでこれまでどんな治療法も効かなかった癌が治る」としたら。

近年、外科手術、放射線治療、抗がん剤、免疫療法に続く「第5のがん治療法」として光免疫療法という治療法が世界中から大きな注目を集めています。 この光免疫療法は日本人医師の小林久隆先生が主導し、三木谷浩史氏が代表を務める楽天メディカル社の支援で開発が進みました。 昨年2020年9月、この光免疫治療薬であるアキャルックス(一般名セツキシマブサロタロカンナトリウム、楽天メディカル社)は条件付き早期承認で医薬品として世界で初めて承認されました。 最近ではテレビ番組や新聞などでも盛んに紹介されているため、ご存知の方も多いことでしょう。

光免疫療法というのは特殊な抗がん剤を投与し特定の部位にレーザーを当てると、レーザーを当てている部分にだけ抗がん剤が効果を発揮するという治療法です。 つまり特殊な治療薬を投与し癌が存在する部分にレーザーを当てることで、癌がある部位にだけ強く抗がん剤が効果を発揮するようになるということです。

条件付き早期承認制度とは、希少疾患などの患者数が少ない医薬品を対象に、第二相試験の結果をもとに薬の審査・一定期限付きの承認を行い、 承認後広く患者さんに使用し有効性が認められれば、正式な承認を行うという制度です。

条件付き早期承認という制度は日本特有の制度ではありません。 1992年に米国で始まった迅速承認制度やヨーロッパの条件付き販売承認などの薬事制度を原型に、2014年より日本においても再生医療医薬品を対象に導入された承認制度です。 京都大学の山中伸弥先生がiPS細胞の開発でノーベル生理医学賞を受賞したのがこの条件付き早期承認制度導入の前年である2013年になります。

日本の条件付き早期承認制度については承認条件の不確かさや承認後の有効性・安全性評価の信頼性の低さなどからこれまでNatureやScience、Cellなど世界中の主要学術誌が論陣を張り、批判を繰り返してきました。

しかし、日本政府は世界中の科学界からの猛烈な批判とは裏腹にそれまでの条件付き承認された唯一の医薬品であるハートシートが正式に承認されないうちから、17年10月に審査対象を再生医療から医薬品全般に適応対象を拡大する改変を行いました。世界初の光免疫治療薬アキャルックスはこのような状況下で条件付き早期承認されたわけです。

これまでに日本で条件付き早期承認された新薬の承認状況を海外と比較した研究はされていませんでした。 この度、私はアキャルックスの承認事例から米国、欧州、日本の承認制度を比較し、日本の条件付き早期承認制度の問題点を腫瘍学領域で最も影響力のある米国の学術誌であるCancer Cell誌より発表しました。 本稿ではこの論文の掲載までの経緯と論文の要点について紹介いたします。

まず本調査の結果、日本で条件付き早期承認された医薬品はこれまでに5剤あり、そのうち4剤は抗がん剤でした。 そのため、本研究では特に抗がん剤に注目しました。 条件付き早期承認された4つの抗がん剤は頭頸部癌を対象とした光免疫治療薬のアキャルックス(セツキシマブサロタロカンナトリウム、楽天メディカル株式会社)、 乳がん治療薬のエンハーツ(トラスツズマブ、第一三共株式会社)、 免疫チェックポイント阻害薬のキイトルーダ(ペムブロリズマブ、MSD株式会社)、 肺がん治療薬のローブレナ(ロルラチニブ、ファイザー株式会社)です。

そのうち、アキャルックス以外の3つの抗がん剤はすでにアメリカ、ヨーロッパでも承認を得ていた一方で、 アキャルックスだけは日本での条件付き承認後1年以上経った2021年12月現在でも、日本以外の国では承認されていません。

承認根拠となった臨床試験のデータに関する比較について、 エンハーツ、キイトルーダ、ローブレナの3剤は有効性を主要評価項目とする合計約150〜275人規模の第二相試験をもとに条件付き早期承認されていることが分かりました。 そして、エンハーツ、キイトルーダ、ローブレナについては日米欧でほぼ同じ大規模な国際共同試験の結果を用いて承認を行っていたことが分かりました。 しかし、問題はアキャルックスの場合です。アキャルックスは、安全性を主要評価項目とする30人規模の国際第二相試験と3人を対象とした国内第I相試験が根拠となっていました。

注目すべき点は、患者数の少なさと主要評価項目の違いです。 他の3剤の試験は薬の有効性を評価する試験の結果が条件付き早期承認の根拠です。 つまり、他の3剤は有効性を評価する臨床試験で一定程度の有効性が認められたことになります。 しかし、アキャルックスの試験は薬の安全性を評価するための試験で、ついでに有効性も示せたことで承認根拠としているわけです。 また他の3剤では、最低でも155人規模の臨床試験の結果を用いて有効性を評価していますが、 アキャルックスの有効性の評価対象となった患者数はわずか30人、日本人のデータに至っては3人中2人で有効性が認められたから「この薬は67%の患者さんに『効く』」と判断されています。 いわずもがな、明らかに他の3剤よりも安全性・有効性の質が劣っており、その有効性・安全性には疑問が残ります。

日本からの心不全治療薬として開発されたハートシート(テルモ株式会社)が日本で最初の条件付き承認をされてから、今年で6年経ちましたが、 いまだにハートシートは条件付き承認後の安全性・有効性を示すことができず、日本以外の先進国では医薬品として承認されていません。 また、今回条件付き承認された光免疫治療薬アキャルックスも、アメリカやヨーロッパでは承認審査すらされていません。 現在、楽天メディカル社のアキャルックスは国際共同第三相試験を実施中であり、アメリカ、ヨーロッパ諸国はこの試験の結果次第で承認をするか決めるといわれています。

アキャルックスを紹介するテレビ番組や新聞記事にはアキャルックスの新規性や画期的治療効果の文字が踊りますが、 実際の試験結果を精査すれば高い期待を抱くにはまだまだ時期尚早であることがわかります。 今回の早すぎるアキャルックスの条件付き早期承認が吉と出るか凶と出るか、今後の結果に注視していく必要があります。


表1、これまでに日本で条件付き早期承認された抗がん剤の一覧

治療薬の名前 製薬企業 適応症 承認根拠となった臨床試験
研究デザイン 主要評価項目 治療薬を投与された患者数
アキャルックス
(セツキシマブサロタロカン
ナトリウム)
楽天メディカル 頭頸部癌 1.国際共同第1/2a非盲検・非ランダム化 非対照試験
2.国内第1相非盲検・非ランダム化・非対照試験
1.安全性
2.安全性
1.30人
2.3人
エンハーツ
(トラスツズマブ)
第一三共 乳癌 国際第2相非盲検・無作為化・非対照試験 有効性
(代替エンドポイント)
184人
キイトルーダ
(ペムブロリズマブ)
MSD マイクロサテライト
不安定性を有する固形癌
1.国際共同第2相・非盲検・非ランダム化 非対照試験
2.国際共同第2相・非盲検・非ランダム化 非対照試験
1.有効性
2.有効性
どちらも代替エンドポイント
1.61人
2.94人
ローブレナ
(ロルラチニブ)
ファイザー 肺癌 国際共同第1/2・非盲検・非ランダム化・非対照試験 有効性
(代替エンドポイント)
275人

村山 安寿(むらやま あんじゅ)

1999年北海道帯広市生まれ。 2015年、函館ラ・サール中学卒業。 2018年、日比谷高校卒業、東北大学医学部入学。 大学2年次より、ときわ会常磐病院医師の尾崎章彦先生、谷本哲也先生に師事し、 探査ジャーナリズムNGO・ワセダクロニクルと医療ガバナンス研究所の共同プロジェクトであるマネーデータベース「製薬会社と医師」に参加する。 現在は製薬マネーや薬事承認に関する調査研究を行う。
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