市民のためのがん治療の会
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『2022年4月から保険適用疾患が増える粒子線治療』


兵庫県立粒子線医療センター 院長 沖本智昭

日本において粒子線治療が先進医療として開始されてから約20年経過しました。 現在、日本の粒子線治療における一番大きな問題は、未だに保険診療として粒子線治療を行える疾患が非常に少ない事です。 一方、世界では粒子線治療施設が加速度的に増加しています。 その理由は、悪性腫瘍に対する粒子線治療の安全性と有効性が次々と証明されている事と粒子線治療施設のコンパクト化と低コスト化が進んだ事によります。 このままでは、粒子線治療をリードしてきた日本において粒子線治療の恩恵を受ける患者さんが世界より少ないという事態になりかねません。 このような事態を回避すべく日本の全粒子線治療施設は、先進医療で行われている多くの悪性腫瘍に対して粒子線治療を保険診療で行えるために全力で取り組んできました。 その努力は着実に実を結び、2022年4月から新たな悪性腫瘍5種に対する粒子線治療が保険診療として認められたので、本号ではその事に絞って情報提供します。 粒子線治療に詳しく知りたい方は、癌治療の今(No.223、No.298、No.371、No.417)を見ていただければ幸いです。


2022年4月1日以降に粒子線治療を開始した場合、保険診療となる事が決まった疾患は以下の5疾患です。


  • 長形4㎝以上の肝細胞癌(陽子線治療と重粒子線治療)
  • 肝内胆管癌(陽子線治療と重粒子線治療)
  • 局所進行性膵癌(陽子線治療と重粒子線治療)
  • 手術後に局所再発した大腸癌(陽子線治療と重粒子線治療)
  • 局所進行性子宮頸部腺癌(重粒子線治療のみ)

これら5疾患が保険診療となった事について様々な質問を受けるので、よくある質問と回答を以下に記載しますが、一番大事な事をまず述べます。 それは、粒子線治療が手術より優れた治療法という事が証明されたわけではないという事です。 今回認められたのは、上記5疾患に対する治療法の中でX線治療またはX線治療と薬物療法を組み合わせた治療法より粒子線治療が有効性と安全性の観点から優れているという事が証明されたという事です。

私が敬愛する恩師、西尾正道先生の著書に『患者よ、がんと賢く闘え』があります。 手術で完治できる患者さんが『切られたくない』という理由だけで、手術を拒否して粒子線治療を選択する事は決して賢い選択ではありません。 がんは切らないと治せない。がんを治すには切るしかない。 などと今でも患者さんに話している医者がいるのは困ったものですが、根治切除が可能な患者さんに対して、患者さんが希望するからと安易に粒子線治療を行う事は絶対ありません。 日本の全ての粒子線治療施設は、複数の診療科医師やコメディカルとベストの治療法が何かを検討するキャンサーボードを全症例に行って最終的な治療方針を決めているからです。

よくある質問と回答

Q:保険診療として粒子線治療を受ける事が出来る条件はありますか?

A:あります。①明らかな遠隔転移がない事 ②手術による根治的な治療法が困難である事。 大前提はこの2つです。 関連する診療科の医師と当院医師およびコメディカルによるキャンサーボードで上記2項目を満たしているか。 満たしているとしても、粒子線治療以外にベターな治療法が無いかについて議論し最終的に保険診療として粒子線治療を行うかどうか決定します。 ちなみに、手術による根治的な治療法が困難である事の意味として、技術的に手術が不可能な場合はもちろん、 技術的に手術可能であるが年齢、基礎疾患、合併症などにより手術のリスクが高い場合や患者さんの個人的な理由で手術が困難な場合も該当します。

Q:長径4㎝以上の肝細胞癌についてどのように判定するか教えて下さい。

A:肝細胞癌の長径は、粒子線治療計画時に測定する事になります。 具体的には、まず複数の当院専門医により造影ダイナミックCT、造影MRI、CTHAやCTAPなど全ての画像検査を参考に腫瘍と正常組織との境界を決めます。 腫瘍境界が決まればコンピューターで3次元的な腫瘍長径を計算させます。 他院の画像検査で腫瘍径が4㎝未満と判断されていても、当院での正確な計測で4㎝以上になる事は十分ありえます。 ちなみに、正確な計測で4㎝未満の場合は、保険診療では無理ですが先進医療であれば粒子線治療は可能です。

Q:保険診療で粒子線治療を受ける場合の費用は?

A:保険診療で粒子線治療を行った場合、高額療養費制度を利用できます。 高額療養費制度による個人支払額は、患者さんの健康保険の種類、年齢、所得、外来か入院か等によって異なるので、当てはまる患者さんが多い医療費負担が1割または2割の人の例を示します。 粒子線治療とそれに付随する検査等のひと月総額が300万円で、高額療養費制度を利用した場合のひと月の上限額は、外来治療18000円、入院治療57600円となり、患者さんの自己負担額は大きく軽減されます。

Q:ほかに保険診療で粒子線治療が出来る疾患を教えて下さい。

A:以下の4種はすでに保険診療として粒子線治療が行われています。

  • 小児腫瘍(限局性の固形悪性腫瘍に限る。)
  • 限局性の骨軟部腫瘍(手術による根治的な治療法が困難な症例に限る。)
  • 頭頸部悪性腫瘍(手術による根治的な治療法が困難な症例に限る。口腔、咽喉頭の扁平上皮癌を除く。)
  • 限局性及び局所進行性前立腺がん(転移を有するものを除く。)
※小児腫瘍は陽子線治療のみ

Q:今後、他の疾患も保険診療で粒子線治療が出来る可能性はありますか。

A:あります。例えば、肺がんと食道がんについては、あと一歩で保険適用となるレベルまでエビデンスが出ているので、2年後に保険適用となる可能性は非常に高いと思います。 肺がんと食道がん以外にも、脳腫瘍、腎がん、肝転移などは保険適用となる可能性があると思っています。

Q:粒子線治療には、陽子線治療と重粒子線(炭素イオン線)治療の2種類ありますが治療効果に違いはありますか?

A: 先進医療として行われている陽子線治療と重粒子線治療に明らかな治療効果の差は証明されていません。 従って、現段階では、小児腫瘍(陽子線治療のみ)と子宮頸部腺がん(重粒子線治療のみ)を除き、どちらの粒子線治療を受けていただいても問題はないと思います。 しかし、保険診療として粒子線治療を行える事になると、粒子線治療の方法に様々な工夫が加えられより進化した高精度粒子線治療へ発展していきます。 高精度粒子線治療になっていく過程で、陽子線治療と重粒子線治療の違いが明らかになる可能性が高いと思っています。

Q:粒子線治療を行った実例を見せて下さい。

A:肝臓に約10㎝の巨大肝細胞がんが発見された60歳代の患者さんです。 技術的に根治切除は可能と判断されましたが、切除後の肝機能低下などリスクがあり重粒子線治療を行う事になりました。 粒子線治療の効果を更に高めるため、肝動注と呼ばれる腫瘍近くの動脈に留置したカテーテルから高濃度の抗癌剤を注入する方法も併用しました。 治療から2年6か月経過した時点で肝細胞がんは縮小し再発はありません。


沖本 智昭(おきもと ともあき)

平成2年 長崎大学医学部卒業後同放射線科入局、同放射線科医員、広島県立広島病院放射線科医長、山口大学医学部附属病院放射線科講師、 北海道がんセンター放射線診療部長を経て平成26年から兵庫県立粒子線医療センター副院長、平成27年から同院長となり現在に至る。 この間平成8年から2年間テキサス大学ヘルスサイエンスセンター・サンアントニオ研究員。
専門 放射線腫瘍学 粒子線医学 放射線病理学
資格 医学博士、放射線治療専門医 がん治療認定医、神戸大学連携大学院教授、大阪大学招へい教授
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