『電解濃縮装置トリピュア(TRIPURE) ®を使用したトリチウム分析法と
政府が発表した処理汚染水の海洋放出』
測定ラボ 木村 亜衣
1.
2021年4月13日、政府は福島第一原発のタンクに貯蔵されているトリチウム等が除去されていない汚染水を、 数十年間かけて海に流す方針を決定し、2023年春頃をめどに放出を開始すると発表しました。 汚染水の海洋放出は、福島で生きる私たち地域住民にとって大きな不安となります。 放出前のトリチウム濃度を把握し、放出後の濃度変化を知る体制を整え、測定データを可視化し公開することは、人々の不安の払拭につながると考えています。 現在の環境水中のトリチウム濃度は0.1~1Bq/L程度といわれています。 たらちねのこれまでのトリチウム分析法では、検出下限値が約2Bq/Lと高く、環境水中のトリチウム濃度を数値化することが困難でした。 そこで、検出下限値を下げ環境水中のトリチウム濃度の測定値を可視化するため「電解濃縮装置トリピュア」を導入しました。
2.
2020年12月 デノラ・ペルメレック株式会社のトリピュア®を導入しました。 文部科学省発行「トリチウム分析法」の電解濃縮法にも記載されたトリチウム電解濃縮装置です。 従来のアルカリ電解濃縮法のような試料水へのアルカリなど電解質の添加が不要で、 試料水を蒸留後そのまま電解濃縮することができ、私たちスタッフもすぐ操作することができました。
3.
自由水トリチウム測定までの分析手順となります。
3.1 前処理
試料水1000mL以上を、2Lナス型フラスコに入れ過酸化ナトリウム、過マンガン酸カリウム約1gずつ加えます。 ロータリーエバポレータに、ナス型フラスコをセットし毎分60回転程度で回転させ、乾固するまで減圧蒸留を行います。 蒸留後、蒸留水の純度を分光光度計で確認しています。
3.2 電解濃縮
蒸留水1000mLをトリピュアにセットし、おおよそ65時間かけ50mL程度まで濃縮します。
3.3 測定
20mL容量のプラスチックバイアルに、電解濃縮後の試料水8mL、シンチレータ(PerkinElmer Ultima Gold LLT)12mLを混ぜ合わせ一晩静置します。 その後、PerkinElmer Quantulus GCT 6220 液体シンチレーションカウンタで測定を行います。 バックグラウンドは、トリチウムを含まない地下水で、測定時間は2時間繰り返しです。 BG計数率は0.62cpmで、計数効率は29.2%です。どちらも、2021年12月時点のものです。
4.
装置定数の決定を、日本アイソトープ協会で購入したトリチウム標準溶液を10Bq/Lに希釈調整し求めました。 2021年11月時点の装置定数Zの平均値は、10.3です。
測定結果の信頼性を確認するため、分析専門機関と2回クロスチェックを行いました。 福島県富岡港の海水は、2020年4月に採取したものです。 分析機関は、0.072±0.02Bq/L、たらちねは不検出で、検出下限値0.14Bq/Lでした。 福島県いわき市小名浜の水道水は、2021年10月に採取したものです。 分析専門機関は0.27±0.018 Bq/L、たらちねの測定結果は、0.29±0.16 Bq/Lで、誤差の範囲内で一致していたことを確認できました。
5.
電解濃縮を使用しての 測定結果の一部です。
福島県の海水は、すべて不検出でしたが福井県や鹿児島県の原発周辺からは検出されました。 陸水は沖縄県の小川の水、雨水は不検出でしたが、その他のものからは検出されています。
6.
電解濃縮ありなしでのデータを、福島第一原発周辺で行っている海洋調査の結果で比較してみました。 上記の前処理は、減圧蒸留後電解濃縮なしでの結果です。 この時点では検出下限値が、約2.0Bq/Lでした。
しかし、下記の表のように 前処理をし、減圧蒸留後電解濃縮を行うことで検出下限値が0.17Bq/Lとなり、約1/10まで下げることができました。
7.
2015年9月から福島第一原発1.5㎞沖での海洋調査を開始し、季節はまちまちでしたが 年2~4回の調査を実施してきました。 また2020年からは沿岸での採水調査も頻繁に行うようにし、福島県の相馬港や請戸港、小名浜港などでの調査も随時実施しています。
東京電力が発表した海洋放出を行った場合の拡散シミュレーションの特徴は、均一に広がるとは限らないこと。 沖合に流れていくよりも南北の沿岸に沿って流れていく海流が多いこと。 季節によって海流が変わっていくこと。などが示されていました。 仮に海洋放出が始まってしまうと、放出していない状況でのデータが取れるのは、何十年後になってしまうかもしれません。 そこで、万が一放出された場合放出後と比較するための、海洋放出前のデータ収集の必要性。 春夏秋冬の四季を通じたより体系立った調査の必要性。 南側だけではなく原発北側のモニタリングの必要性。 などから、海洋調査の内容や回数を見直しより充実させていくことにしました。
真ん中の図は、東京電力が2021年11月に発表した拡散シミュレーションです。 この、拡散シュミーションをもとに、従来の沖合調査や港湾での調査だけでは第一原発から流れてくる放射性物質や海洋放出された汚染水の行方を十分に捉えきれない可能性があると考え、 昨年11月から南北におおむね等距離になるように、8ヶ所の定点を決め定期的に沿岸で採水することにしました。
右図が昨年11月に採取した放射性セシウムの測定結果です。 Cs-134は、全て不検出でしたので、Cs-137の数値のみ記載してあります。 数値を見ていただくと分かる通り、北側も南側も福島第一原発から遠ざかるにつれて数値が下がって行きます。 私たち測定スタッフも、この結果を見て「数値は正直だな」と改めて実感しました。
8.
たらちねで行っている海洋調査です。 沖合での海洋調査は、海水採取、魚採取、プランクトン採取をします。 まず、富岡港で海水を汲み、それから船に乗り、福島第一原発の1.5km沖4ヶ所で、それぞれ表層・下層の水を汲みます。 表層は水汲みバケツで汲みますが、下層は、海の底に筒を沈めて、海底に着いたら、蓋を閉じる仕掛けになっているバンドーン式採水器で採水します。 セシウム用20L、ストロンチウム用20L、トリチウム用2Lを汲みます。
魚は釣りで採取しますが、船長の判断で少しずつ移動しながら釣りをします。 以前はほとんど釣れないこともありましたが、最近はヒラメやメバルをはじめ、さまざまな魚種が安定して釣れています。 釣り上げたらすぐに、船上で血液採取を行います。 採取する魚の数は、10匹程度を目安にしています。 プランクトンもプランクトンネットで採取しています。
測定結果は、たらちねホームぺージから随時確認できます。 https://tarachineiwaki.org/
まとめと終わり
政府は、「福島第一原発のタンクに貯蔵されている汚染水を何十年もかけて海に流す方針を決定し、2023年春頃をめどに放出を開始する」と発表しました。 母なる海の環境保全のため、市民目線の測定を実施し科学的な状況を確認することは重要と考え、現在の環境水中のトリチウム濃度と同レベルの測定ができる電解濃縮装置トリピュア(TRIPURE)を導入しました。
以前、「科学者である私から言わせると、今回流す汚染水は安全なものだと言い切れる」と言われた事がありました。 「私たちの故郷をこれ以上汚されてたまるか!」と強く思う私にとっては、あまりにも残酷で返す言葉を失ってしまうほどでした。
福島県は、山・海・高原・湖と豊かな自然に恵まれている地域です。 福島県で産まれ育った子ども達が、将来どこかで故郷の自慢を聞かれたとき「きれいな海です」と、胸を張って言えるような海であってほしいと願っています。 一番大切なことは、これ以上自然を汚してはいけないということではないでしょうか?そのためにも今、私たちがすべきことを一つ一つ行って行きたいと思います。