『東北・北海道初の重粒子線がん治療施設『東日本重粒子センター』の現状と将来展望』
山形大学医学部東日本重粒子センター診療部長
佐藤 啓
2021年2月25日、山形大学医学部東日本重粒子センターで1例目の重粒子線照射が実施され、重粒子線治療施設としての照射治療が開始されました。 がん治療の最先端医療として注目されている重粒子線治療は、患者さんへの負担が少なく、先進のがん治療として国内のみならず世界に普及が見込まれている治療法であります。 現在、本邦には東日本重粒子センターを含め、治療を行なっている重粒子線治療施設は7施設存在しますが、 東北・北海道地区において当センターは唯一の重粒子線治療施設であり、この地域における重粒子線治療を一手に担うことになります。 本稿では、東日本重粒子センターの特長を紹介し、重粒子線診療の現状と将来展望について述べたいと思います。
東日本重粒子センターの4つの特長
1. 総合病院と直接往来できる『総合病院接続型』の施設
東日本重粒子センターは、重粒子線(炭素線)を加速するための加速器(シンクロトロン)を地下1階に、治療室を地上2階に配置した『キューブ型』の建屋構造を採用することで、45m×45mという世界最小の建屋面積を達成しています。 このことによって、山形大学医学部附属病院と同じ敷地内に重粒子センターを設置することが可能になり、世界で初めて、総合病院と直接往来可能な重粒子線治療施設(写真a)を実現しました。 これまでの重粒子線治療施設は、建屋も組織も独立していることが多かったのですが、当センターでは総合病院との連携を活かし、心臓病や糖尿病などの合併症のある方でも安心して治療を受けられる診療体制ができています。
写真a センター外観
2. 医療ITネットワークを含めた広域医療連携の強化
広大な東北地方の各地から患者さんを受け入れるために、東北6県ほか60以上の基幹病院との間で、既に『T Vカンファレンスシステム』が構築されており、重粒子線治療の適応に関する相談、病歴や画像の照会を行うことが可能です。 さらに、主治医からの電話またはメールによる適応相談窓口を新たに開設したことで、患者さんは当センターに来院されなくても、重粒子線治療を受けられるかどうかが分かるケースが増えています。
3. 先進的な建屋デザイン
東日本重粒子センターの内装デザインは、東北芸術工科大学と共同で考案されたものを採用しています。 重粒子センターを『スペースシップ』に見立て、患者さんのがんと闘う決意と勇気を後押しするデザインとなっています。 附属病院から重粒子センターに向かう渡り廊下には、『重粒子治療へ向かう旅 それは人類の英知、その結晶へのアプローチ 最先端の医療でがんと戦い生還することがミッションだ。』とあり(写真b)、このメッセージが毎回患者さんを迎え入れています。 この他にも、受付や待合スペースの随所に、先進的なデザインが施されています(写真c)。
写真b 渡り廊下
写真c 待合スペース
4. 治療待機個室を完備
待合スペースの奥には治療待機個室が8室あり、それぞれの部屋には地球を除く太陽系の惑星の名前が付けられています。 治療待機室を個室としたことで、患者さんのプライバシーが守られ、また、重粒子線治療を受けるまでの不安な時間をご家族と一緒にお過ごしいただけるのが特長です。
重粒子線治療装置の特長
重粒子センターは、水平方向から前立腺がんの重粒子線治療を行う『固定照射室』(写真d)と、世界で3台目となる、回転ガントリーから前立腺がん以外の治療を行う『回転ガントリー照射室』(写真e)の2室構成です。 『医療者にゆとりのある治療環境』と『患者さんにやさしい治療』という2つのニーズに応えるための『山形大学モデル』の重粒子線治療装置が東芝エネルギーシステムズにより開発されました。
写真d 固定照射室
写真e 回転ガントリー照射室
1. 位置決めにおける患者さんの負担を軽減
重粒子線治療で最も時間が掛かり、患者さんの負担が大きい『位置決め』は、ロボットアーム型の治療台と独自の位置決めシステムを採用し、 『位置決め』に掛かる時間をできるだけ短縮し、患者さんの負担の軽減に努めています。
2. 最先端の3次元スキャニング照射法を実施
重粒子線の照射には、数mm程度の細いビームを動かし、腫瘍の奥から一筆書きのように腫瘍の範囲を塗りつぶしていく3次元スキャニング照射法を採用しています。 この方法は、従来の腫瘍の大きさまでビームを拡げて重粒子線を照射する方法に比べて、周囲の正常臓器に余剰に照射される範囲が少なく済み、腫瘍だけに集中した重粒子線の分布を可能にしています。
3. コンパクトな回転ガントリー装置を搭載
通常のX線治療や陽子線治療では、360°どの方向からでも照射を行うことのできる回転ガントリーを用いることが一般的でありますが、 重粒子線治療においては、高速に加速した重粒子線を曲げるための磁石が巨大であり、それを精度よく回転させることは非常に困難でありました。 そのため重粒子線治療では、水平方向や垂直方向など、決まった方向からしか重粒子線を照射できず、正常臓器への照射を避けるために、『患者さんを傾けた状態で』照射する必要がありました。
当センターの回転ガントリーには、超伝導技術が用いられ、重さは約200トンです。 これは、ドイツで開発された世界初の約600トンの回転ガントリーの約1/3、千葉で開発された世界で2番目の約300トンの回転ガントリーの約2/3の重さであり、非常にコンパクトな世界最小の回転ガントリー装置です。 この回転ガントリー装置を用いることで、患者さんは楽な体勢で治療を受けることができ、治療中の精神的・身体的なストレスは軽減されます。
重粒子線診療の現状
放射線治療医10名のうち3名は1年以上の、4名は3年以上の粒子線治療の先行施設での診療経験を有し、日々の重粒子線診療を行なっています。 医学物理士6名のうち4名は重粒子センター専従であります。
2021年2月25日に、前立腺がんに対する重粒子線治療を開始し、10月現在、既に550名超の前立腺がん患者さんの照射治療が完了し、850名超の重粒子線治療依頼を受けております。 その内訳は、山形県内の患者さんが約8割で、山形県外の患者さんが約2割であり、徐々にではありますが、東日本のがん医療の拠点機能を果たしつつあると考えています。
2022年5月17日に、回転ガントリーによる『頭頸部腫瘍(耳鼻科領域のがん)』に対する重粒子線治療を開始し、世界最小の『回転ガントリー装置』が遂に稼働しました。 7月には、当センターで重粒子線治療を実施できる対象は骨盤領域にも広がり、骨盤部の骨軟部腫瘍(骨や筋肉のがん)と大腸癌術後の骨盤内再発に対しても重粒子線治療を実施しています。 そして10月からは、呼吸の動きに同期して治療を行う胸部腹部領域の肺癌、食道癌、肝癌、膵癌、腎癌などに対する重粒子線治療を開始しました。 胸部腹部領域の治療開始を以て、重粒子線治療が適応となる全ての領域を当センターで実施できる体制が整いました。
東日本重粒子センターの展望
小型化の実現など、東日本重粒子センターの装置自体に画期的な要素が多数あることに加え、重粒子線治療施設を大学病院に併設することも世界初でありました。 大学病院には様々な専門家が揃っており、その知識を結集した重粒子線治療を目指すことが大切だと思っております。
抗がん剤治療と重粒子線治療、免疫チェックポイント阻害薬と重粒子線治療、手術と重粒子線治療をどのように組み合わせていくかについては、解明されていない課題がまだまだ多くあります。 がんの集学的治療をさらに進化させる武器の一つとして重粒子線を活用し、治療法を開発していく必要があります。 ここ山形大学医学部東日本重粒子センターから新しく画期的な治療法を患者さんに提供することが、我々の使命だと思っております。
山形県出身。2006年新潟大学医学部医学科卒業。 2015年新潟大学大学院卒業。 新潟県立がんセンター等を経て2016年山形大学医学部放射線腫瘍学講座助教。 2019年QST病院(旧放射線医学総合研究所病院)。 2020年山形大学医学部放射線医学講座放射線腫瘍学分野講師、医学部附属病院放射線治療科長、東日本重粒子センター診療部長を兼務。 2022年山形大学医学部附属病院病院教授。