市民のためのがん治療の会
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『がんサバイバーが治療中・後に抱える問題に対する栄養療法・リハビリテーションの重要性』


横浜市立大学附属病院リハビリテーション部 稲田 雅也
NPO法人医療ガバナンス研究所 谷本 哲也(内科医)
がん治療の成績は年々向上してます。 新たな抗がん剤や手術・放射線療法の導入などの、現代医学の成果によるものです。 治療成績の向上ととも、長く病気と付き合っていく「がんサバイバー」も珍しくなくなりました。 これまでは、がんの治療方法にばかり大きな注目が集まっていた面がありますが、がんサバイバーの方々を支援する取り組みがますます大切な時代に入っています。 そこで今回は、作業療法士の稲田雅也先生に、栄養療法やリハビリテーションの重要性についてわかりやすい解説をご寄稿いただきました。 皆様のお役に立つ情報と思いますので、是非ご一読いただければ幸いです。
(谷本 哲也)

私はリハビリテーション専門の作業療法士ですが、臨床現場で10年前と比較すると、治療中や治療後に副作用や後遺症の訴えを聴取する機会が増えている印象を持っています。 それには、「がん」は不治の病から、治療を継続しなければいけない慢性疾患へなってきていることも関係しているでしょう。 そのため、がん治療の際に必要な栄養の摂取、体力や生活能力の維持、向上を図り、治療後も継続して今までの社会生活や余暇活動を楽しむ生活の質を担保していく必要があると感じています。

本稿ではがんサバイバーの治療中・後の栄養療法、リハビリテーションの対象、対処方法についてご紹介します。

■がんサバイバーの中長期的な問題

近年のがん領域における薬物療法、放射線治療の進歩は目覚ましいものがあります。 最新の薬物療法では、病気の原因に関わる特定の分子だけを選んで攻撃する特徴をもつ分子標的薬や、免疫のブレーキを外すことで、がん細胞に対する免疫の働きを高める特徴をもつ免疫チェックポイント阻害剤などが臨床で活用されています。 これらは各がん種の治療に利用され、放射線治療と並行してがん細胞の増殖抑制、従来の抗がん剤による副作用リスクの軽減、生存率の向上につながっています。

しかし、どの治療においても治療期間中の副作用やその後の生活につながる中長期的な後遺症にがんサバイバーが苦しんでいることも事実です。

2013年に発表された「がんの社会学」に関する研究グループによるがん体験者の悩みや負担等に関する実態調査報告書によると、抗がん剤の治療による副作用(吐き気、倦怠感など)と脱毛が上位になっています。 しかし、それに続き、治療中・後の末梢神経障害や異常感覚(痺れ、違和感など)、治療後の体力低下、体力回復への不安、リンパ浮腫による症状、持続する術後の後遺症など、中長期の問題も多く報告されていることが注目されます。

また、診断時から現在までの仕事に関する悩みの調査で、約4割以上を占めているのは、体力の低下、病気の症状や治療の副作用や後遺症による症状、通院や治療のための勤務調整や時間休の確保といった事象です。 これは、がん治療を受けながら仕事を続けていく中で、治療中や治療後の副作用や後遺症への対処方法をめぐり産業衛生的な問題があることを示唆しており、近年のがんサバイバーの社会活動を反映する事実であると思われます。

■がんサバイバーの治療中・後の後遺症(障害)の種類

がんが直接的にもたらす後遺症として、脳卒中や脳外傷と同様に脳腫瘍(原発性・転移性)による片麻痺(体半身の麻痺)や高次脳機能障害(運動や感覚の範囲を超えた言語・認知・行為・記憶などの高次脳機能が脳損傷のために障害を起こしている状態)があります。 また、脊髄・脊椎腫瘍によって脊髄神経が圧迫、脊柱管が狭窄することによる四肢麻痺(上肢・下肢の麻痺)・対麻痺(下半身の麻痺)もあります。 進行がんでは、がんの転移に伴って起きる骨転移による疼痛、病的骨折や、腫瘍の直接浸潤による末梢神経障害が挙げられます。

また、がん悪液質(がんが体の栄養を奪い取ってしまってしまい、体の栄養状態が悪化していく様態)、がん関連認知機能障害(がんの診断あるいは治療に関連する認知機能障害)もあり、 近年ではそれらに対するリハビリテーションの研究や実践がなされています。

次に治療の過程で起こりうる障害として、化学療法や放射線治療による全身倦怠感、四肢の筋力低下、体力低下があります。 血液がんの患者さんは特別な治療法として造血幹細胞移植を行うこともあるため、倦怠感や体力低下が顕著になる傾向があります。

手術治療による障害も、近年の周術期リハビリテーションの普及により、大幅に軽減していますが、まだ課題があるのも事実です。 主に脳腫瘍術後や開胸・開腹術後の呼吸器合併症、頭頸部がん術後の嚥下や構音障害、発声障害、頚部リンパ節郭清後の僧帽筋麻痺 (副神経麻痺)による頚部や肩関節拘縮が挙げられます。

また、がん生存率が高い乳癌や婦人科系のがんでは乳がん術後の肩関節拘縮、腋窩・骨盤内リンパ節郭清術後のリンパ浮腫・蜂窩織炎などがあります。 希少がんでは、骨軟部腫瘍や皮膚がんで患肢温存術後の機能障害や歩行障害、進行の程度によって四肢切断術を実施する例もあり、切断後のリハビリテーションも行われています。 私の施設では、これらの障害に対応する頻度が多く、入院中に機能回復できない場合は外来でリハビリテーション治療を継続する場合があります。

化学療法や放射線治療が直接的に神経や口腔器官に影響を与える場合があります。 特に一部の抗がん剤では末梢神経障害(手足症候群、爪や皮膚の黒色化、変形など)がよく知られています。

また、放射線治療では、局所照射することで神経に障害が出現する腕神経叢麻痺や脊随炎、反回神経や喉頭周囲の皮膚硬結による嚥下障害があります。 これら発生頻度自体は少ないのですが、近年では支持療法の必要性で注目されている分野になります。

■がん治療中・後の栄養療法や運動、認知トレーニングの重要性

がん治療を受ける前に医療者側が必ず確認することがあります。それはどの程度の身体活動があり、どの程度の生活能力があるのか?ということです。 医療専門用語ではPerformance Status(以下,PS)という指標を用いており、Gradeが0から5の6段階で構成されています。 主にGrade0~2までの活動能力の患者さんが治療に耐えうる体力、活動能力があるとされ、治療方針に反映されています。

逆にPSが高いと抗がん剤治療や手術治療に耐えうる体ではないと医療者側に判断されてしまう可能性があります。 これに関して、がんの進行でPSが保てない場合を除いて、基本的にはがんと診断されてからも栄養補給と習慣的な運動を行い、活動能力が維持できるよう注意する必要があります。

また、栄養補給や運動療法の重要性を支持する研究、エビデンスも現在まで多数存在します。 例えば、有酸素運動とレジスタンス・トレーニング(抵抗をかけた運動)の併用が四肢筋力の増加をもたらすとの研究結果が報告されています。 また、進行がん患者の倦怠感に関する研究では非薬物療法の中で運動療法が最もエビデンスのある治療とされ、 56の臨床試験のメタ解析(複数の個別研究結果を集めて、まとまった分析をする手法)では運動療法が身体機能、作業機能、社会機能、倦怠感の改善に効果があると示されています。 このように、がん患者における運動療法の効果は充分なエビデンスを有するものであると考えられます。

推奨されるがんに対する栄養療法は、糖質や脂質(主に中鎖脂肪酸)、タンパク質をバランスよく摂取し、一日あたりの熱量が体重×30キロカロリー程度となるよう摂取することです。 この栄養療法を行いながら、週3~5回、中等度のレジスタンス・トレーニング(ゴムバンドや重錘負荷を利用して筋力訓練をする等)と有酸素運動(ヨガや散歩、ハイキングなど)を行うことで、 体力の衰えを防ぎ、治療と生活を両立できるということになります。 これは治療後も継続して頂きたい点になります。

また、化学療法中・後における認知機能障害も最近、指摘されています。 がんの化学療法が原因による記憶力・集中力・作業能力の低下などの軽度の認知機能変化で、「ケモブレイン」と呼ばれています。 発生頻度は17~70%とされています。 私は作業療法士として、身体機能への支援は勿論のこと、この認知機能の低下による日常生活活動へ与える影響も加味しながら疾病管理教育、指導を実践するようにしています。

がんの治療で悩まれていることがありましたら、一人や家族だけで悩まず、がん治療に関わる治療施設にはがん相談支援センターがありますので是非ご相談ください。


稲田 雅也(いなだ まさなり)

2006年北里大学医療衛生学部リハビリテーション学科作業療法学専攻卒
横浜市立大学附属市民総合医療センター、国立病院機構豊橋医療センター、横浜市立脳卒中・神経脊椎センターを経て、現在横浜市立大学附属病院 リハビリテーション部に至る
【認定資格】
日本リウマチ財団認定作業療法士
日本義肢装具学会義肢装具認定士 ほか
【学会・研究会所属】
日本作業療法士協会、神奈川県作業療法士会
日本高次脳機能障害学会
日本心臓リハビリテーション学会
日本がんサポーティブケア学会
日本がんのリハビリテーション研究会 ほか

谷本 哲也(たにもと てつや)

1972年、石川県生まれ、鳥取県育ち。 鳥取県立米子東高等学校卒。内科医。 1997年、九州大学医学部卒。 ナビタスクリニック川崎、ときわ会常磐病院、社会福祉法人尚徳福祉会にて診療。 霞クリニック・株式会社エムネスを通じて遠隔診療にも携わる。 特定非営利活動法人医療ガバナンス研究所に所属し、海外の医学専門誌への論文発表にも取り組んでいる。 著書に、「知ってはいけない薬のカラクリ」(小学館)、 「生涯論文!忙しい臨床医でもできる英語論文アクセプトまでの道のり」(金芳堂)、 「エキスパートが疑問に答えるワクチン診療入門」(金芳堂)がある。
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