市民のためのがん治療の会
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『対談 千葉県がんセンターの外来薬物療法』


千葉県がンセンター外来化学療法科部長 辻村 秀樹
NPO法人医療福祉ネットワーク理事長  竜  崇正
竜先生には2010年に「がん患者に食の楽しみを! 『おいしくて食べやすい食事を目指して』」と題してご寄稿いただきました。
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20101110_ryuu
ずいぶんご無沙汰してしまいましたが、先生が瑞宝小綬章に叙されたのを記念して「不断探求の道を進む」という立派な書籍をまとめられましたのを機に、同書に収載の対談を掲載させていただくことといたしました。 対談は「千葉県がんセンターの外来薬物療法」と「千葉県がんセンターの外来薬物療法を支える看護師・薬剤師」の二本立てですが、 長文ですのでそれぞれに分けて、2回にわたりご紹介いたします。
先生は文字通り「患者に寄り添う」を実践しておられ、ケアフードの普及についても、ただ柔らかくして食べやすくすればよいという考え方から、 人間らしい喜びとしての食を目指されるなど、患者としても本当に尊敬できる先生です。 また、登山や山スキー、写真もプロ級で、「不断探求の道を進む」にはたくさんの山岳写真が溢れています。
北海道 知床斜里岳 滑走
(會田 昭一郎)

竜:化学療法、抗がん剤治療と今言わなくなって、薬物療法というようになった。 薬物療法が私の時代は、入院して行われていた。 それが、現在は、ほとんどの治療が外来で安全に行われている。 その外来薬物療法部長の辻村先生に、薬物療法のいろいろなことをお聞きしたいと思っています。

薬物療法受ける方の7割が通院で治療

竜:世の中には、まだ「化学療法、薬物療法は副作用が強いから、とてもそんなものやるもんじゃない」というふうに思っている人もいますね。 それが今や、入院も必要なくて、外来で仕事しながら治療できるようになった。 薬物療法を外来でできるようになった一番の要因は何ですか。

辻村:まず、第一の理由は、薬物療法が有効な治療法になったということです。 竜先生が抗がん剤を扱っていた時代、特に消化器は抗がん剤が効かなったと思います。 今は効くようになった。 つまり、すぐに具合が悪くならないので、現在の生活、日常生活だけでなく社会生活も維持できるようになった。 これが一番の要因。 それから、もう一つ。 こちらがもっと大きな理由かもしれませんが、副作用を抑える支持療法がとても上手にできるようなったことです。

副作用を抑える対策が充実

竜:そういう意味では、患者さんへの効果も判断して、副作用対策もちゃんとできる。 それが、外来で薬物療法が安定して行える理由なんですね。

私は肝胆膵、治らない癌を一生懸命治そうとしていたのですが、肝胆膵の領域もだいぶ良くなってきたと思います。 最も治りにくかった。

辻村:肺がんは、新しい薬がたくさん出ているのと、あとはいわゆる個別化医療ですね。 肺がんといっても、以前は小細胞肺がんと非小細胞肺がんの二つぐらいのくくりしかなかったのです。 それが種々の遺伝子検査をやるようになった結果、それぞれの遺伝子の異常によって、選ぶ薬が変わってきました。 その患者さんに最も合わせた治療を選べるようになっているんです。 そのことも、治療成績が伸びている理由だと思います。

竜:もっとも大きく変わった点としては、その患者さんの持っている特徴ですね。 遺伝子検査をして、遺伝子変異に合わせた治療薬が選べるような時代になった。 それが一番大きいように思います。 そうしますと、昔は、抗がん剤といって、細胞障害性の薬剤が、癌細胞も含め代謝の強いところに効いて、その勢いを弱める。 そうすると、代謝の強い血液や白血球とかも非常に少なくなって、患者の具合が悪くなった。 現在は分子標的薬、つまり遺伝子変異に合わせた治療薬、さらには免疫チェックポイント阻害薬が一般薬としてかなり使われるようになった、ということですね。

「薬物療法」とは…
化学療法、分子標的薬、免疫療法、ホルモン療法を合わせた総称

辻村:竜先生も先ほどから、薬物用法という言葉を盛んに使っておられますが、おそらくまだ一般的な言葉ではないですね。 もともと化学療法と言っていたのが、細胞障害薬といって、がん細胞が分裂する時の遺伝子を標的にする薬だった。 ですから、髪の毛が抜ける、血液が減る、気持ちが悪くなるといったことが起きていた。 現在では、がんが増えて増殖するのに必要な分子を突き止めて、その分子を潰しにかかる、いわゆる分子標的薬という薬ですね。 あとは、免疫療法ですね。 もともと私たちの身体の中には、がんと闘う免疫というシステムを持っている。 本来持っているその免疫にブレーキをかけてしまう仕組みが分かってきた。 そのブレーキをかける分子を潰して、免疫を正常に働かせるようにする。 いわゆる免疫療法ができるようになった。 これで、もともとの化学療法、分子標的薬、免疫療法。 もう一つ加えるとホルモン療法。全部合わせて「薬物療法」と呼ばれるようになった。 治療法が非常に大きく広がってきた結果の象徴が「薬物療法」という言葉なのではないかと思います。

竜:なるほど。私はつい抗がん剤治療、化学療法とか言ってしまう。

分子標的薬のところから分からなくなってしまった…。 今迄は、胃がんに効く薬、大腸がんに効く薬ということだったのが、今は臓器を超えた、遺伝子変異に応じた治療ということで、治療法を選択できるのでしょうね。

辻村:おっしゃる通りですね。 例えば、乳がんの領域で進んだ治療薬にHER2 というたんぱく質に対する治療薬がある。 HER2 は、がん細胞の表面にあって、がんの増殖を刺激する分子です。 乳がんの世界ではトラスツズマブなどHER2 の働きを制御する薬が発達しました。 胃がんにもHER2 というたんぱく質が発現している場合がある。 そうすると、HER2 に対する治療薬はなにも乳がんだけでなく、胃がんにも使える。 そうなると、「この薬は、このがんに効く」というだけでなく、臓器を超えて幅広い範囲で使える、そんな薬が増えています。

臓器を超え、幅広い範囲で使える薬も増えている

竜:それは私にとってはびっくりで、HER2 は乳がんの薬だよねぇとなる。 乳がんだけではなのですね。 胃がんに関しては、特にピロリ菌の感染が原因になっていることも指摘されて、ピロリ菌の除菌から始まって、胃がんが減ってきている。 減ってはきているけれども、まだまだ気が付いたら進行がんということも多いですね。 胃がんが減ってきて、死亡率が下がっているけれども、油断していると、進行した胃がんになっている。 進行した胃がんになっても、あぃらめる必要はなくて、そこから遺伝子検査をして、分子標的薬を探せばいろんな治療ができるということですね。

遺伝子検査で“ 自分に効く薬” を探す

竜:あとは、肺がん。 いろんな肺がんに効く薬が出てきていますね。 私の頃は、肺がんだったら終わりで、治療もできないかなというイメージでしたが、そのあたりはどんな感じになっていますか。

辻村:小細胞がんは小細胞がんで、それに対する分子標的薬もできてきました。 もともと、肺小細胞がんは化学療法が効きやすい。 薬の量を以前は加減しないといけなかった。 今は、白血球が減った場合にその白血球を増やす薬なども開発されており、有効な薬を十分量使えるようになったので、かなり制御できるようになってはきています。

竜:肺がんになったら終わりという時代ではなくて、それぞれに合わせた治療ができるようになったわけですね。 あと、一時期、イレッサがけしからんと言って、イレッサの裁判もおこされたりして、いまだにやっている人もいますね。 イレッサに関してどうですか?

辻村:イレッサも開発された当初、間質性肺炎といって、治らないくらいのひどい肺炎を起こしてしまう、命にかかわるような肺炎をおこしてしまう方が続出して大きな社会問題になった。 イレッサも効く方と効かない方といる。 これを最初段階で判別できるようになった。 効かない方に命の危険をおかしてまで使うようなことはなくなった。 選別できるようになってきた。

竜:遺伝子の検査で、陰性か陽性かで分かるようになったのですね。

辻村:あとイレッサの第二世代、第三世代という同じ分子を標的にしていても効果が高いような毒性が低いものも開発されているので、そちらの方に移行したりもしています。

竜:私、浦安に行ったばかりの時に、脳転移を伴うような肺がんの方がいらして、「どうしてもイレッサが恐ろしくて使いたくない」という患者さんがいた。 胸水がたまって呼吸苦があったので、痛くないように胸水を抜いたら呼吸が楽になって、私のことを信用してくれて。 そして、私の方から説得してイレッサをやった。 見事に脳転移は消えて、すごく元気になった。 それで、分子標的薬の遺伝子変異に合わせた薬はすごくよく効くんだなと実感しました。 でも、それがずっと効く訳ではなく、進行してしまうケースもありますね。 その場合は次の手はありますか?

辻村:セカンドライン(二番目の治療、二次治療)、それが駄目ならサードライン(三次治療)がある。 肺がんの場合や、消化器がんの場合はガイドラインもあり、エビデンス(臨床試験で効果が実証されているという)に基づいた治療薬もありますので、 最初の治療が駄目ならもう終わりと思わなくてもいいのです。 もちろん、病気によって、遺伝子変異にもよるので、すべての患者さんにそれが適用できるわけではなのですが、そういう時代になっています。

竜:今、がんセンターのホームページ見ても、一次医療だけでなくて、二次医療、三次医療まで大体決まっていて、それが一般の方にも分かるように述べられている。 そういうところまで来た。 特に外来で、安全に化学療法、薬物療法ができる時代になったというのは、薬が効くようになっただけでなく、副作用対策が工夫され、 安全に薬物療法を行うシステムができたのも大きかったのではないかと思いますが、そのあたりはいかがでしょうか。

薬の副作用は自宅で起きる

辻村:そこが当施設の自慢したい部分であります。 外来で治療を行う場合の副作用はご自宅で起こる。 薬物量錠を受けたその場で起こるわけではなく、数日後、一週間後、二週間後にご自宅で起きる。 それを予測しなければならない。 予測に基づいて、対策も事前に立てておかなければいけない。 この予測の仕方も対策の仕方も、われわれスタッフの実力差が出てはいけない。

支持療法、ご自宅で何かあった場合にこの薬を飲んでください、そういったところも全部標準化して、この治療でこの副作用が出たらこの薬を処方しましょう、というセットが作ってあって、 電子カルテの中で簡単にそれが使えるようになっている。 これが一つ。 何といってもご自宅で起きる副作用は、患者さんかご家族が発見するので、患者さんやご家族に良く治療のことを知っていていただきたいんですね。 そのために、この時期にこんなものが出る可能性がある、というカレンダー「副作用カレンダー」と呼んでいるのですが、 薬剤部の薬剤師さんが治療薬ごとに作ってありまして、最初の治療の時にそれを渡しています。 副作用は出るのですが、それを最小限に食い止める工夫をしています。

副作用を最小限に抑える工夫

竜:私、数年前に千葉県がんセンター長をやっていた時に、ため息ついてなかなか治療室に入っていかない患者さんがいた。 これから先生に「具合が悪いって言わなきゃならないけど、そんなことを言ったら先生に悪い、治療やってもらえない」という人がいた。 そんな時に、看護師さんや薬剤師さんが患者さんに寄り添って話を聞いていた。 そして、あの患者さんは「こんなことが大変」「こんなことが辛い」ということをドクターに伝えていた。 こんな辛いことは先生に言った方が良くなるし、その方が他の患者さんにもメリットになる。 その積み重ねが電子カルテの中で標準化されていったのだなと思っています。 最初に外来化学療法が立ち上がって、化学療法にシフトしていく時に、多くの看護師さんや薬剤師さんが患者さんの訴えを聞いて、それを医師に伝えた。 その情報を、個人的な経験にするのではなくて、電子カルテの中で標準化して副作用対策を作っていった。 その繰り返しがきちんと千葉県がんセンターの中でできていたということの結果なんだなと、今思い返しました。

薬剤師、看護師が拾い上げた患者さんの声をデータ化、副作用対策に活用

辻村:先ほど薬剤師さんが頑張ったという話をしましたが、看護師さんの役割もものすごく大きい。外来で点滴を受ける。 そこで点滴をしている間、かなりの時間を外来で過ごすんですね。 治療は一回だけでなく、繰り返し来られます。 そうすると、看護師さんと対話する時間が必ずできる。 リピーターですので、だんだん顔見知りになってきて、何に苦しんでいるのか、何が辛いのかということを看護師さん方がうまく拾い上げてくれる。 それをデータ化する。 データ化してこの治療をすると、患者さんはこんな辛い思いをする。 そういうことが分かると、対策も立てやすくなる。そのような活動の積み重ねですね。

竜:私、浦安の薬剤師会から講演頼まれたことがあって、薬剤師さんのこと全然知らなかったので、千葉県がんセンターの薬剤部長さんにここで何やっているのか聞いてみたのですが、 聞いて本当にびっくりした。 この薬剤を投与したら何日後にはこんな症状が出ますからこうしましょうね、というのがカレンダーになっていて、それを渡していたと分かったんですね。 現役の時、そんなこと全然知らなかった。 現場ではそういう取り組みが行われていた。 その積み重ねで、現在は安全に外来で入院しなくても、化学療法が行われているんだなというのが分かった。 その時に初めて現場の人の力はすごいなと思いました。 現在、入院してやらなければならないような治療はありますか?

辻村:入院で行う場合は、一日だけでなく、数日間連続で行うような治療の場合。 これは血液のがんの場合に多いのですが、消化器がん(食道癌、大腸がん、胃がん)、あるいは頭頚部がんなどに多いですね。 毎日通うのは難しい場合には入院していただいています。 後は、血液のがんでは白血球などが減ってしまうのですが、これはご自宅にいると感染症で危ないと判断すれば、入院でやります。 あとは骨軟部腫瘍は(骨肉腫など)やはり入院しての治療となります。

竜:外来に通うのは辛いから入院させてください、という要望があった場合はどうしますか?

辻村:状態によって、状況に応じて対応しています。 ご自宅がとても遠くて一回目で強い副作用が出てしまったというような場合には、入院して頂きしっかり見ます。

竜:化学療法がこんなに進歩したということで非常に安心しました。 それにやはり、この辻村先生のにこやかな笑顔ですね。 これも患者さんに安心を与えると思いますので、そういう雰囲気でこれからもご活躍ください。

『余談』

辻村:竜先生がこの病院にセンター長として赴任された2005 年。 2005 年に化学療法のレジメンをすべて整理しようということになった。 当時はプロトコールと呼んでいた。 それぞれの職種のリーダーを任命した。 医師が私で、看護師が山田みつぎさん、薬剤師が浅子さん、あの人事が絶妙だった。 私が腫瘍血液内科のナンバー4、浅子さんもまだ中堅よりちょっと上、山田さんも副師長だった。 皆ものすごくエネルギーがあって本当に良かった。 浅子さんが良く言っているのですが、「薬剤師にこれだけ光を当ててもらったのは初めてで、すごくモチベーションが上がった」って。 それまで、ただの薬を運ぶ機械、歯車だと思われていたらしいのですが、あれで本当に生き生きと働けるようになったってしょっちゅう言っています。

竜:それは嬉しいね。 あの後、一緒にアメリカに研修に行ったメンバーは本当に意識が高かったですよね。

辻村:みんな活躍していますよ。


竜 崇正(りゅう むねまさ)

医学博士
昭和18年(1943年)11月1日 東京都武蔵野市吉祥寺 生まれ
本籍:千葉県千葉市柏台281-2

現職 浦安ふじみクリニック 院長
 千葉県立佐原病院非常勤職員
 NPO法人「医療福祉ネットワーク千葉」理事長
 正力厚生会専門委員会 委員長
 公益財団法人 千葉ヘルス財団理事
叙勲 令和4年(2022年) 5月 瑞宝小綬章

学歴及び職歴
1962年(昭和37年)3月 私立成蹊高校卒業
1962年(昭和37年)4月 千葉大学医学部入学
1968年(昭和43)  3月 千葉大学医学部卒業
    千大学第二外科入局 消化器外科学 画像診断の研究に従事
1974年(昭和49年)4月 国保成東病院 外科医長
1978年(昭和53年)10月 文部教官助手 千葉大学医学部付属病院(第二外科)
1986年(昭和61年) 4月 千葉県がんセンター消化器外科 主任医長
1992年(平成4年) 7月 国立がんセンター東病院 手術部長
1999年 (平成11年) 4月 千葉県立佐原病院 院長
2005年(平成17年)4月  千葉県がんセンター長
   千葉大学医学部臨床教授(2009年3月まで)
2009年(平成21年)3月31日  千葉県がんセンター 定年退職
2009年10月 おゆみの診療所院長
2010年5月  同  退職
2011年(平成23年)4月 浦安ふじみクリニック 院長
2012年4月 – 2013年3月 筑波大学医学部臨床教授
2023.1 現在に至る

役員等
2010年4月 NPO法人「医療福祉ネットワーク千葉」理事長 現在まで
2011年5月 正力厚生会専門委員会委員長  現在まで
2022年5月 公益財団法人 千葉ヘルス財団理事 現在まで

千葉県がん対策審議会 副会長(2009年3月まで)
千葉県庁医師会会長(2009年3月まで)
第45回日本胆道学会会長(平成21年9月)
日本
癌治療学会抗がん診療ガイドライン委員会評価委員
重粒子線ネットワーク会議評価委員

学会活動等
 International Hepato-Pancreato-Biliary Association 会員、
International Gastro-Surgical Club 会員
International College of Surgeons 会員、
日本肝胆膵外科学会名誉会員、日本胆道学会名誉会員、
日本臨床外科医学会名誉会員、日本消化外科学会特別会員、

専門領域
 がん医療、在宅医療
消化器外科 特に肝胆膵外科, 肝胆膵の画像診断、
著書
がん告知 患者の権利と医師の義務 2002年 医学書院
肝癌の治療戦略 A to Z 医学書院 2002年
肝門部の立体外科解剖医学図書出版 2004年5月
肝臓の外科解剖 医学書院 2004年10月
臨床に役立つ消化器立体画像の作り方 医学図書出版 2005年5月
New liver anatomy. Springer、2009年8月
肝臓の外科解剖第二版 医学書院 2011年10月
不断探求の道を歩む さくら印刷 2022年10月

伝記  紹介本
鈴木久仁直 著 「患者中心主義が医療を救う。竜 崇正の挑戦」 アテネ出版 2015年11月
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