市民のためのがん治療の会
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『書評 高岡滋 著「水俣病と医学の責任―隠されてきたメチル水銀中毒症の真実」』


北海道がんセンター 名誉院長
「市民のためのがん治療の会」顧問  西尾 正道

年末に知り合いのジャーナリストから本が届き、書評を依頼された。 本のタイトルは『水俣病と医学の責任―隠されてきたメチル水銀中毒症の真実』(大月書店、2022年12月刊、2,700円+税)というタイトルである。


日本は戦後の高度経済成長とされた時代に、企業活動の過程で多くの公害を生み出したが、 本書はこの問題を病因論だけでなく、社会の構造の中で医学や科学の真実も歪められ、 金儲けが優先される強欲資本主義経済の下で不都合な真実は隠される社会的な構造も含めて総合的に書かれている。 著者の高岡滋医師は熊本県の水俣市の現地での医療活動を通じ、原因を解明するだけでなく、患者さんの訴訟や賠償の問題も含め、患者さんの立場で活動してきた神経内科医である。 コロナ禍で指揮している厚労省の医系技官や研究者は患者さんの診察もしたことも無く、医師免許を取得後厚労省に就職しただけの現場知らずの医系技官であるが、 彼らが仕切っている姿勢とは全く真逆の現場の医師による告発書である。 本書の主目次は以下である。

水俣病と言えば、有機水銀中毒による慢性の神経疾患であると認識され、今ではメチル水銀による種々の多彩な神経症状を呈する疾患であることが認知されている。 この真実を定説とするまでの戦いは苦難の道であった。 最初に水俣病の患者さんが発見されたのは1956年であったが、その後の患者さんの増加により、多彩な神経症状が報告されている。 症状は14Pにおいて、 「手足や口周囲のしびれ、感覚障害、運動がスムーズにいかない運動失調と協調運動障害、筋肉の異常な動き(不随意運動)、聴力障害、視野狭窄などを示し、 気分の障害や狂躁状態などの精神障害も見られました」と記されている。 深刻なのは生後間もなく症状を呈し、胎児にも発症することもあり,重症者は死亡する。 そして治癒する見込みもないことである。 人生で失って最も後悔するのは健康であるが、最初から健康を失った人生を歩まなければならないのである。

水俣病とは、水俣市にある日本窒素肥料水俣工場(チッソ)のアセトアルデヒド製造工程で排出されたメチル水銀を水俣湾に放出し、 それを魚介類が取り込み、それを人間が食べることによって引き起こされた中毒性疾患である。

化学工場の廃液中の有機水銀によって汚染された魚介類の摂食により,1953年頃から,熊本県水俣湾周辺に集団的に発生した。 水俣湾周辺の化学工場から排出されたメチル水銀が、海産物を介して人体に入ることで神経系に障害をもたらしたが、長きに渡り原因不明の奇病として多くの人を苦しめた。 また、妊婦がメチル水銀を摂取するとそれが胎児にも取り込まれ、死産となったり中毒系疾患を持つ子供が生まれたりするケースも多く発生し、これを胎児性水俣病と呼んでいる。

1956年に初めて確認され、1968年に公害病と認定された。 新潟県阿賀野川流域でも1964年頃同じ疾患が発生(第二水俣病)している。 第二水俣病・四日市ぜんそく・イタイイタイ病とともに戦後の高度経済成長期の負の側面である 4大公害病の一つであり、 その被害に苦しむ人は今日でも存在し、この疾患の認定を巡って多くの訴訟が行われている。

本書では環境汚染の反省として、今でも注目されている水俣病が発生した原因から症状、予後とこの疾患の現在について紹介されている。

2020年10月末までにこの公害病と認定された患者数は、熊本県・鹿児島県・新潟県合わせて約3千人に上り、 今もこの疾患の認定や患者への支援事業が続けられている。

水俣病認定患者とは、国が水俣病の症状であると認定した患者のことで、 「公害健康被害の補償等に関する法律」に基づいた判断条件によって認定作業が行われているが、 なかなか認定されることも少なく、行政から医療費などの補助が受けられる人は少ないのが実情だ。

こうした公害病の認定については未だに多くの訴訟が進められているが、 国から水俣病と認定されれば手当や医療費補助が受けられるが、認定基準はハードルが高く、認定されないまま症状に苦しんでいる方も多いのが現状である。 認定したくない国側や御用学者などが妨害し、国の補助や保障の手が行き届かない患者がいるという問題も指摘されている。

メチル水銀による中枢神経系の障害の治療は、回復が望めず、 神経機能の回復や、損傷を受けていない部分の機能を最大限発揮させるためのリハビリテーションが主となる。

半世紀に渡り水俣病をネグレクトしてきた政府や行政(厚労省や環境省)のデタラメさは腹立たしいものがある。 また第7章では、関わった医師達の対応も、人間として恥ずべき姿勢であったことが書かれている。 患者を診察したこともない医師が根拠に乏しい意見を裁判で証言したり、国側の要請に応えて患者側に不利となる対応をしたことも書かれている。 単に個人的な問題だけでなく、神経内科学会のレベルでも国側の立場で動いていた恥ずべき歴史も書かれている。 そのため、神経内科の教科書に水俣病についての記載も無いとのことである。

医師のすべきことは患者さんの健康を守り、労働力の修復であるが、本来のなすべき仕事を放棄した医師が少なくないことに驚かされる。 そこには人間としての見識も無く、社会正義感も無い。 さらに、患者を重症な人に限定する国の基準の策定に協力し、研究を十分行わず、多くの人を差別したことも指摘している。 国側の主張を支える医学者らの主張には、医学的根拠がなく、水俣病の診療経験が少ないか極めて乏しく、 水俣病の理解や解明への姿勢がなく、診断等について否定的見解ばかりを述べていた。 このため、国が定めた水俣病の診断基準は、通称で昭和52年判断条件と呼んでいるが、 水俣病の診断に重症の症状を複数要するという、実際の被害の実態とはかけ離れた診断基準になっている。 1998年の「日本精神神経学会・研究と人権問題委員会」の報告では、この昭和52年判断条件に示された診断基準は誤りであると報告されている。 その後、現在も継続している水俣病裁判等で、国側から要請されて意見書を出したり、裁判で証言したりしてきた国側医師・医学者は恥ずべきである。

水俣病問題の根本は、行政がなすべき調査をおこなわず、医学界のこの分野の人達も、水俣病の臨床と研究を怠ってきたことにある。 本書では国側に取り込まれた医学者の無作為や誤りをただし、水俣病の歴史が投げかける問題にメスを入れている。

裁判の判決は、メチル水銀による成人の健康障害の発症閾値を頭髪水銀値50ppmとしたが、これも暴論である。 日本で継続的調査を行わなかった為、認定基準は閾値を50ppmとしているが、初期の新潟で50ppm未満でも発症例が確認され、 水俣では1960年の漁民を主とした調査で50ppm未満は77%であったが、水俣病の症状が出ていた。 新潟では後の調査で20ppm未満の人々の9割以上に感覚障害を認めていた。 海外でも50ppm未満での健康障害が報告されている。

自分の立場の保持や金儲けが絡んで、医学や科学の真実も隠蔽されたり、歪曲されたりすることは残念なことに現在でも続いている。 水俣病の問題から全く学ぶことなく、続いているのである。

関西圏や沖縄県で問題となっている発がん性が疑われる有機フッソ化合物(PFAS)は今年1月の新聞で、東京都多摩地区の井戸からも検出されたと報道されたが、 都の対応は遅く、公害に繫がる可能性を放置している。 PFASは横田米軍基地からPFASを含む泡消火剤が土壌に漏出したと以前に英国のジャーナリストが報道しており、PFAS使用の規制が欧米で始まっている。

さらに最近ではマイクロプラスチックや環境ホルモン(内分泌かく乱化学物質)の問題など多くの公害につながる問題が課題となっているが、国側の対応は鈍い。

私の医師人生で感じることは、多くの病気は生活環境によるものだと実感するこの頃である。 癌を含め、高血圧や糖尿病などの疾患を以前は成人病と称していたが、厚労省は1996年に生活習慣病と改名した。 この意図は、成人病では成人となればこうした疾患に罹患するので、国がある程度対策として医療費も含めて面倒を見る必要があるが、 生活習慣病と改名すれば、こうした疾患に罹患した人は自分の生活習慣が原因で、病気になったのだから、自己責任であり、医療費は自分で払って下さいということになる。 しかし、実際には遺伝的疾患以外は、多くの疾患は生活環境により発生する「生活環境病」なのである。 井戸水で生活していた頃はピロリ菌に感染して、長期的に慢性胃炎を繰り返す過程で、胃癌の発生に繫がり世界一の胃癌発生国であったが、 水道の普及・整備やピロリ菌の除菌治療で胃癌は激減した。 また50年前は女性の乳癌は年間約15万人であったが、最近は年間90万人以上となった。

また50年前は子宮癌はヒトパピローマウイルス(HPV)の感染が原因である子宮頸癌が9割を占め、1割はホルモンが絡んだ子宮体癌であった。 しかし、現在の子宮癌の割合は子宮頸癌4割、子宮体癌6割となっている。 これは人間のホルモン環境が変化したためである。 米国では女性ホルモン入りの餌を与えて牛を飼育し牛肉の生産性を1割増やしているが、米国産の牛肉消費量が日米ともに5倍となり、ホルモンが関与した癌が5倍以上となっている。 ちなみに北大の産婦人科医師の研究では国産牛と米国産牛肉では女性ホルモンの含有量は600倍も違うのである。

またベトナム戦争で使われた枯葉剤を改良(?)し、米国で1974年に農薬として登録され、日本でも除草剤(グリホサートなど)として農業分野で普及し、 現在では100円ショップでも売られている。 しかしこの農薬は人体にも影響を与え、日本では1990年代から小児の発達障害が増加している。 自閉症は発達障害の最も重篤なものである。 こうしたネオニコチノイド系農薬が発達障害の原因であることが脳科学で解明されても日本は世界一の残留農薬基準で国民に食生活を強いている。 全く水俣病の問題から教訓を得ていない。 このため最近の厚労省の発表では発達障害の小児は8.8%存在すると発表されている。 科学的・医学的に正しい知識ゼロの政治家・官僚達が都合の良い有識者とか専門家という御用学者や圧力団体の利益を政治に反映させるために、 政党 ・ 議員 ・ 官僚 などに働きかけるロビーイストと手を組んで、アグリビジネスなど巨大食品企業の利益を優先する食料政策が続き、 国民の健康を損なう危険性を放置しているのが現状である。

2011年の福島原発事故後の対応も出鱈目そのものである。 内部被ばくの深刻さを隠蔽し続ける対応も非科学的対応であり、広い意味で公害となるものである。 深刻な健康被害をもたらす内部被ばくは米国では1943年から軍事機密扱いとされ、語ってはいけない・報じてはならないものとなった。 国民の健康よりも企業の利益を優先し、公害を発生させた姿勢と同じである。

国際放射線防護委員会(ICRP) の嘘だらけの理論を盲信して、ICRP の報告に詳しいだけの御用学者は無知な政府・行政に意見を具申し、 それを根拠に国民に対しては、『安全・安心神話』を振り撒いてきた。戦争では『国敗れて、山河あり』だが、 原発事故では、『汚染されれば、山河なし』なのだが、帰還を促し、地域の復興だけが最優先された。 そして健康影響に関しては人体の影響を評価する実効線量(シーベルト、Sv)というインチキな単位で議論し、多い・少ないと議論をしている。 また深刻な内部被曝の問題は不問にされ、将来健康被害が出現しても全く分析できない状態となっている。 医学では物理量の単位であるベクレル(Bq)と、放射線が当たった部位の吸収線量グレイ(Gy)しか使用することはなく、 インチキなシーベルト(Sv) という単位は使用することはない。 放射線は被ばくした細胞や部位・範囲にしか影響を受けないため、被曝部位の吸収線量だけが使用されている。 このため、がんの放射線治療の歴史は、がん病巣にだけ照射し、病巣周囲の正常組織にはできるだけ照射しないで済む照射技術の工夫の歴史であった。 被曝している部位のエネルギー分布では、放射性微粒子と接している細胞は膨大な超高線量が当たっているために発がんもするのである。

例えて言えば、薪ストーブに近寄り、暖を取るのが外部被ばくであり、薪ストーブの中で燃えたぎっている小紛を口に入れるのが内部被ばくである。 どちらが危険かは猿でもわかるが、ICRPの内容で書かれている教科書を読んでいる人間はICRPの催眠術に罹って騙されているのである。

また目薬は2~3滴でも眼に滴下するので効果があるが、 この2~3滴を経口投与して全身投与量として議論し、被曝影響を全身化換算したシーベルト(Sv) 単位で議論しているのである。

こんなインチキになぜ気付かないのであろうか。 強欲資本主義の世界では科学や医学の不都合な真実は隠蔽され、内容も歪曲されているのである。 政府・行政・御用学者・インチキ有識者と組んで、ICRPのエセ科学に基づいた無責任な放射線被曝対策をしている。 こんな世界では金の流れ(flow the money)を見ることにより真実が見えてくる。

最後に、最近は「地球温暖化」「脱炭素」が原発再推進の口実にされている。 再生可能エネルギーの利用・活用を遅らせながら老朽原発を含む原発をフル稼働させようとしている。 金儲けが絡んで、地球温暖化が騒がれているが、原因は太陽の活動の変化による黒点や宇宙線の増減やヒートアイランド現象などによるものである。 二酸化炭素(CO2 )は直接関係がないが、脱二酸化炭素が叫ばれ、科学的知識の無い政治家や、嘘だらけのIPCCの報告を垂れ流している報道機関は全く水俣病の教訓を学んでいない。 宇宙の物理学を知らない人達が利権絡みで温暖化を叫んでいる。

しかし原発では発生したエネルギーの3割を発電に利用し、 7割は温排水として海に流しており、原発はいわば「海水暖め装置」であり、気候変動の原因となっているのである。

国民は強欲資本主義のインチキに気付き、正しい科学的知識と人間としての見識を持って生活してもらいたいものである。 私たちは水俣病の歴史から多くの教訓を学びたいものである。


西尾 正道(にしお まさみち)

1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。 2008年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。 「市民のためのがん治療の会」顧問。 小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会)、 『がんの放射線治療』 (日本評論社)、 『放射線治療医の本音-がん患者-2万人と向き合ってー』 ( NHK出版)、 『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え!放射線の光と闇』(旬報社) など。 その他、専門学術書、論文多数。
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