市民のためのがん治療の会
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『麻しん(はしか)の流行に備えるために』


帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授
ナビタスクリニック川崎小児科
高橋 謙造
麻しん(はしか)はきわめて感染力が強く、治療薬がないという危険な疾病にもかかわらず日本は麻しんの排除状態にあることからか、市民レベルではほとんど問題にされておりません。 新型コロナ感染症の規制が解除されて、海外からの入国者、日本から海外への旅行者などの急増と共に麻疹感染者の入国の機会増加が懸念されております。 麻疹は決して幼小児だけの疾病ではなく、高齢者の多いがん患者会としては是非麻疹の危険性についての普及啓発を図り、抗体検査、ワクチンの接種などを推奨すべきと考えます。 編集子は早速抗体検査に近所のクリニックに行ってきました。

医療ガバナンス学会MRICに帝京大学大学院公衆衛生学研究科教授でナビタスクリニック川崎院小児科の高橋 謙造先生の麻疹についてのご寄稿が掲載されましたので、高橋先生のご許可をいただき転載させていただくことといたしました。
なお、本稿の初出は2024年03月17日Vol. 24051および 03月18日Vol. 24052 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行http://medg.jpで、2回連続で寄稿されたものです。 ご厚意に感謝いたします。
(會田 昭一郎)

今、世界では、麻しん(はしか)の流行が起こっています。

「コロナみたいなことにはならないだろう。昔からある病気に騒ぎすぎだ。」という声も聞こえますが、麻しんの流行可能性に医療業界は戦々恐々としています。

麻しんが流行すると、肺炎、脳炎等の重症化や死亡例が生ずる可能性があります。 決して子どもの病気ではなく、成人でも重症化、死亡例はあります。 また、麻しんは感染力が強く(飛沫感染、空気感染も生じます!)、十分な隔離が出来ないと、院内で感染が拡大してしまう可能性もあります。

1.麻しんはやっかいな感染症

麻しんの発熱初期には、麻しんの診断を付けることができません。

麻しんの初期症状としては、38度程度の発熱、鼻汁、咳などの症状のみです。 麻しんに特異的に現れると言われているコプリック斑という白い斑点(麻しんを疑う決め手の一つになります)も、発熱初期には出現しません。 つまり、単なる風邪と診断されてしまう可能性が高いのです。 そもそも麻しんの可能性を疑ってかからないと診断は付きません。 疑うことができさえすれば、発熱初期でもPCR検査等で確定診断をつけることができるのですが。

2.なぜ、我々医療者が、戦々恐々とするのか?

理由は2つあります。 感染拡大が容易に生じてしまう可能性と、そもそも診断がつけられない可能性です。

1つ目は、もし、一人麻しんの患者さんが受診して来た場合に、周囲に十分な免疫を持たない人が10人いたなら、そのうち9人の人が麻しんウイルスに感染します。 そして、感染すればほぼ100%麻しんを発症してしまうのです。 ということは、麻しん患者さん一人の受診によって、医療施設が感染源となってしまう可能性があるのです。

実際に、1999年から2001年にかけての麻しん大流行時には、院内感染した麻しんの方がたくさんいました。 流行の主体が2つあって、1歳以下の児と成人にピークがありました。 成人で感染して、具合が悪く受診した人が外来の待ち時間にウイルスを撒き散らし、その場にいた免疫のない児に感染させました。 また、感染した児が発熱して小児科外来等を受診する結果、ここでもウイルスの伝播が生じます。 当時は1歳台でもワクチン接種前の児がたくさん感染していました。 また、1歳未満のそもそも接種対象になる前の児も、やはり感染していました。

また、2つ目の理由、診断がつけられない可能性に関しては、多くの医療者が麻しんを診断した経験がないことが理由にあります。 流行の時期に臨床医を経験していた医師なら、麻しんの診断は決して難しいことではありません。 しかし、麻しん患者の診療経験がない若手医師には難しいことは間違いがありません。

3.流行は生じうるのか?

2016年に生じた麻しんの流行では、MRICで記事を掲載していただきました。

この時には、空港を起点として感染拡大が生じました。

Vol.204 麻しん(はしか)対策:妊婦さんにも、子どもにも感染させない!(http://medg.jp/mt/?p=7001)

この時と全く同じような状況が、また再現されてしまう懸念があるのです。

世界では中央アジアを含む欧州地域等での流行が見られ、米国CDC(Center for Disease Control)では、現在の状況を「世界的麻しんのアウトブレイク(Global Measles Outbreaks)」であると警告を発しています。
https://www.cdc.gov/globalhealth/measles/data/global-measles-outbreaks.html

つまり、世界各地で麻しん患者が発生しているため、麻しん感染した人たちが国内に麻しんウイルスを持ち込んで来る可能性があるのです。
実際に、2024年3月11日時点までに日本で確認された患者11人のうち8人までが、関西国際空港に到着した国際線の乗客でした。
https://www.jiji.com/jc/article?k=2024031300136&g=cov

もし、麻しんウイルスが海外から持ち込まれたとしたら。 そして、上で述べたように医療機関でウイルスが拡散されてしまったとしたら。 十分に懸念される事態なのです。

4.予防にはワクチンが決め手!

麻しんには有効な治療薬がなく、ただただ、重症化しないように、サポート療法を行う以外にありません。 医療施設に入院した成人の麻しん患者さんの親族からは、「本当に大丈夫か?命に関わるのではないか?」と再三質問される医師がいたほど重症感が強いです。

しかし、予防策に関しては、ワクチンという最強の武器があります。 麻しんワクチン(現在流通しているのは麻しん風疹(MR)ワクチンのみです)は、一回接種するだけで約95%の人に免疫が付きます。 約5%の人に免疫獲得漏れが生ずるため、2回接種するのが世界標準になっています。 一方、自然感染してしまえば終生免疫が付きます。 つまり二度と麻しんにはかからないのです。 しかし、その代わりに、重い症状に苦しみ(特に成人は重症感が強いです)、さらには周囲にウイルスを播種してしまうことにもなります。

もし、「お前は、過去にはしかにかかっているから、心配ない。」と親に言われたとしても、信用しないことです。 それは、水痘(みずぼうそう)に感染したエピソードを、麻しんに感染したと勘違いしているケースが時たまあるからです。

「水ぶくれがたくさんできて、最後に黒いかさぶたになった。」という話であれば、まちがいなく水痘感染です。 麻しん=発疹というイメージが強い人ほど、水痘の記憶とごちゃまぜになっているようです。

もし、麻しんワクチンを接種した覚えがない方がいたら、成人であっても積極的にワクチンを受けることをおすすめします。 特に空港や交通機関関係で働く方はワクチン接種をおすすめします。(前編終わり)


前回の投稿においては、世界的に麻しんの流行が見られること、今後日本においても麻しんの流行が懸念されること、対策としては麻しんワクチンが有効なことを中心にお伝えしました。 ワクチンの重要性をご理解いただくための補足情報として、今回の後編をお送りします。

1.日本には麻しんに対する十分な免疫を持たない世代がいる

前回の投稿で、成人の感染への懸念についてお伝えしましたが、「今の成人は、ワクチンで免疫をもっているのではないのか?」という疑念をお持ちになった方も多いと思います。 しかし、実は免疫を十分に持たない世代がいるのです。

日本で世界標準のMRワクチン(麻しん、風疹混合ワクチン)の2回接種が徹底されたのは、2006年6月以降です。

この2回接種の恩恵を確実に受けている世代は、2000(平成12)年4月2日以降に生まれた方たちのみです。

1990年4月2日から2000年4月1日生まれの世代の方々は、5年間の特例措置として2回目の接種が推奨されたので、もしかすると2回接種を受けていた可能性もあります。 母子健康手帳を確認するようにしてみてください。

また、1972年10月1日から1990年4月1日生まれの方たちは、1回接種のみしか受けていた機会がなかった方たちであり、1972年9月以前に生まれている方たちはワクチンを全く受けていない可能性があります。
https://www.vaccine4all.jp/topics_I-detail.php?tid=48

1970年代から80年代には、日本国中で麻しんは普通に流行していたとのことではありますが、 今までに全く麻しんの流行を経験せず(つまり麻しんに対する免疫を持たずに)に成人に達している人口がどの程度存在するのかに関しての推計がありませんので、不安を感じた場合にはワクチンを接種した方がいいということになります。 もし、過去に実際に感染し、十分な免疫を持っているかどうかを確認したい場合には、血液検査(抗体検査)によって調べることも可能ですし、仮に免疫を持っていたとして、ワクチンを接種してしまっても副反応が増強することもありません。

2.麻疹ワクチンは接種1回だけでも、95%の免疫が得られる

前回からの繰り返しになりますが、麻しんワクチンは1回の接種だけでも接種対象者の95%に対して免疫が定着します。 これは、インフルエンザワクチン等の効果と比較しても、非常に高いものです。 しかし、逆に言えば、対象者のうち5%の人は免疫獲得から漏れることになります。 そのため、2回接種が世界標準になっているのです。 2回接種後の免疫獲得率は、低く見積もっても98%と言われています。 また、一回目接種の免疫が低下しつつある方でも、2回目接種で免疫力が更に向上しますので、万全の備えとなるのです。

3.麻しんワクチンは自閉症を増加させる?

結論から言いますと、麻しんワクチンによって自閉症が増加するという知見は完全に否定されています。 ちょっと長くなりますが、その全貌をまとめます。

そもそものきっかけは、1998年に英国の一流医学誌『ランセット』誌にアンドリュー・ウエイクフィールド(AW)という医師の論文が掲載されたことに端を発しています。 この論文では、自閉症の発病にMMRワクチン(麻しん、風疹、おたふくかぜワクチン:日本ではMMRワクチンは現在入手できません)が関連している可能性があるという仮説を提示しています。 この論文の問題提起を受けて、英国でも最も権威のある王立医学協会等が緊急調査を行い、「MMRワクチンの導入後に自閉症の増加は見られない」という結論を発表しました。

当時の英首相が、自分の子どもに率先してMMRワクチンを接種し、安全性をアピールしたのは印象的でした。 「MMRワクチンの接種率が低下することは公衆衛生上の緊急事態である。」というのが英国政府の姿勢だったのでしょう。 その後に、この論文にはデータねつ造が指摘され、さらに、この研究にワクチンに反対する団体から研究費の支給がされていたこともわかりました。

その後も調査は続き、2010年になって『ランセット』誌による論文の全面的削除が決定されました。 この論文は、以下で撤回論文(Retracted Article)として掲載されています。
https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(97)11096-0/fulltext

その後、英国医療観察委員会(General Medical Council)は、子どもに対する不要な脊髄穿刺や大腸内視鏡検査を行い、根拠のない仮説を提唱したとしてAW氏の医師登録を抹消しました。

4.ワクチン添加物が自閉症の原因であるという説も否定されている

反ワクチングループはAW論文への反論があってもまだ引き下がらずに、一部のワクチンに添加されているチメロサールの自閉症原因説を唱えました。

また、2001年には、「自閉症:水銀中毒の新しい形」という論文を『Medical Hypotheses』誌に発表しました。 この学術誌は、実験等による根拠データがなくとも、理論的に筋が通った仮説であれば掲載する、という方針の雑誌です。 あくまでも仮説として、水銀中毒と自閉症の増加を結びつけた論文でした。 https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0306987700912817?via%3Dihub

この論文には欧米諸国が反応し、チメロサールと自閉症の間には、関連が認められないという論文が2003年から2006年にかけてスウェーデン、デンマーク、カナダ、米国、英国等から発表されました。

そもそも論として、チメロサールは不活化ワクチンに添加されるもので、MMRワクチンのような生ワクチンには含まれていないのです。 したがって、MMRワクチンに水銀が含まれていて害になる、という事自体が論外なのです。

以上より、MMRワクチン、麻しんワクチンが自閉症と関連しているという説は完全に否定されているのです。 自閉症のお子さんがいらっしゃるママ・パパも、安心してお子さんにMRワクチンを接種して、お子さんを麻しんから守ってあげてください。

5.麻疹ワクチン接種するより自然感染の方が安全?

国内で発信している反ワクチンの方々は、「ワクチンは人工的に作られた異物なので、自然に軽く感染させた方が、終生免疫が付くので安全である。」と主張します。 しかし、この主張は本当でしょうか?

まず、「軽く感染させる」とはどういうことでしょうか?この論を主張する方々に聞いてみると、「症状を軽く済ませる。」、「ちょっとだけ感染させる」などと言います。 しかし、麻しんに感染すれば、発熱は判で押したように1週間から10日は続きます。 季節性インフルエンザであれば5日間ですから、それよりも長い期間発熱します。 「軽く済ませる」ような医学的手法は残念ながらありません。 私は過去に200人近い麻しん感染患者さんに接して来ました。 その経験から言えるのは、自然感染してしまって、合併症を生じる可能性は低くはないということです。 このように「軽く感染させる」というのは耳障りのいい言葉ですが、根拠のないトンデモ論です。

むしろ、ワクチン接種こそが「軽くかからせる」ことになると言えます。 実際に、MRワクチン接種後5―10 日後に、約2割の人が発熱生じます。 38℃以上の高熱となったりもし、発熱と同時期 に数%の頻度で発疹が出ること がありますが、いずれも2~3日で 安定します。 まさに、「麻しんに軽く感染させる」ことで、本当の麻しん感染を防ぐことができるのです。

この「軽くかからせる」話については、ママ医師である相川晴(HAL)先生が上手に例えています。 以下のブログの一部を『』で引用します。私は膝をたたきながら読んでしまいました。
https://halproject01.blogspot.com/2016/09/blog-post_55.html?m=1&fbclid=IwAR28JjkSlskeNFjRm8v3vrzOtk3WaCEDDoU7Fj7txAh-Z99hiVC9rblB_Z4#google_vignette

『そうだ、わざとはしかのウイルスを弱らせて、軽く軽くはしかにかかれるようにしたら、もう「はしかパーティ」なんてしなくていいんじゃないか?
そう、それが「麻しんワクチン」なんです!
自然のはしかのウイルスのおそろし〜い毒性を、ごっそりと取り除いてしまうんです。はしかウイルスのデトックス……!
そして、デトックスしたはしかのウイルスを、鶏の卵を使って、じっくりじっくり時間をかけて熟成させて、他のばいきんが入らないようにきれいに小分けにして、、、
ついに「麻しんワクチン」が完成!』

6.ワクチンはいつ接種すればいい?

ここまでで、麻しんワクチンを含むMRワクチンは非常に効果的で安全であることがわかったかと思います。 では、いつ接種すればいいでしょうか?この回答は、「今でしょ!」です。

根拠としては、麻しんの感染拡大がいつ生ずるかは予測が不可能な状況において、MRワクチンは接種後2週間で麻しん抗体価の上昇(感染予防力を示します)がみられるからです。

小さなお子さんと一緒の親御さんであれば、1歳過ぎたら、お誕生日プレゼントとしてMRワクチンを接種しましょう。

本当に心配な場合には、生後6ヶ月以降であれば、自費になりますが接種は可能ですので、かかりつけの先生に相談しましょう。

また、特に不特定多数のお客さんと接する接客業の方は、成人であっても接種をおすすめします。 例えば、空港や鉄道駅の売店の職員さんなども含まれます。

更に、生ワクチンであるMRワクチンは妊婦さんには接種できません。 ですから、妊娠を予定している方にもぜひ、妊娠前にワクチン接種をおすすめしたいです。

欧米での麻しん流行は、COVID-19の影響によるワクチン接種率の低下が原因であったようです。

日本では、COVID-19流行期間中のMRワクチンの大きな接種率低下はなかったものの、インフルエンザもCOVID-19の流行もない今の時期がMRワクチン接種のチャンスです。


高橋 謙造(たかはし けんぞう)

東京大学医学部医学科卒(1994年)。 専門は、国際地域保健、国際母子保健、感染症政策学
東大医学部学生時代に、タイの地域保健住民ボランティアシステムに感銘し、国際保健、公衆衛生を志し、恩師のアドバイスにより小児科医師となる。 離島医療(鹿児島県徳之島)、都市型の小児救急等を経験した後、麻疹の大流行を経験して博士号取得に結びつける。 順天堂大学、厚労省国際課、国立国際医療研究センター、横浜市立大学等を経て、2014年4月より現職。 現場をみて考える、子どもをみて考える、がモットー。
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