市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会
これがセカンドオピニオンだ No.2
全摘を亜全摘に、亜全摘を切らずに(2)

『進行舌癌に対する非切除療法の開発』


伊勢赤十字病院放射線治療科 不破 信和

不破先生は当会創立時に当会顧問の西尾先生が日本放射線学会の会員の先生方に、当会への協力要請をされると、一番に手を挙げてくださり、爾来、当会に協力して下さっている。

不破先生は「舌癌で全摘しなければならないケースならなんとか亜全摘に、亜全摘なら切らずに治してあげたい」という患者を思う強いお気持ちにあふれた、優れた先生である。

今回は先週の患者さんのお話しを受けて不破先生の解説を掲載することとした。

なお、本稿は「平成28年第5回「市民のためのがん治療の会」講演会要旨(1)」として当会ニュースレター平成29年1月発行号(通巻53号)に掲載されたものである。

ニュースレターでは見にくかった写真等も、よくご覧になれると思う。

口腔癌(舌癌)とは

口腔癌とはその名前が示す様に口腔内に発症する癌であり、舌、口腔底、歯肉、口蓋、頬粘膜に大きく分類されます。体の中で占める割合は僅かですが、話す、食べる、味わうなど生きる上で非常に重要な機能を持ちます。口腔癌は頭頸部癌の中で約半数を占め、全身に発生する癌の約2%から4%を占め、年間で約6,000人が口腔癌に罹患、その内約3,000人が死亡するとされています。舌がんは口腔がんの中で最も多く、その半数を占めます。近年、発症者、死亡者は年々増加しており、30年前から約3倍増加し、今後も増加が予想されています。舌癌患者の男女比は約2:1と男性に多いのですが、他の頭頸部癌との比較では女性の割合が高く、また他の口腔癌に比べ若い年代での発症が多く、20から40歳代でも罹患するのが特徴です。

早期例であれば放射線の出る針状の金属を直接患部に挿入する小線源治療、あるいは切除が行われ、手術でも機能障害は軽微ですが、進行癌では舌の亜全摘あるいは全摘術が標準治療であり、その場合の機能障害は大きな問題点として指摘されています。特に20代~40代での発症が多いことを考えると有効な非切除療法の開発は急務です。

動注療法とは

通常の抗がん剤治療は経口あるいは静脈から投与する方法が一般的です。動注療法とはその名前が示す様に癌を栄養する動脈に抗がん剤を直接投与する方法です。この方法ですと癌への抗がん剤の濃度が高くなるため、それだけ効果が高まります。また抗がん剤の総量を減らすことが可能になるため、全身への副作用は軽減される利点もあります。ただ癌を栄養する動脈は多くの場合複数であることが多く、その適応例は限られます。

愛知県がんセンター在職時の1992年から浅側頭動脈(図1)からの選択的動注併用放射線療法に取り組んで来ました。抗がん剤は上述した様に静脈から投与するのが一般的ですが、この方法は他の頭頸部癌では有効でも舌癌での効果は乏しく、そのため動脈から薬剤を投与する方法(動注療法)に取り組みました。


図1 頭頸部の血管(動脈)

比較的早期の舌癌では栄養動脈は外頸動脈から分岐する舌動脈のみであることが多く、高い奏効率が得られましたが、進行癌になると複数の動脈(舌動脈と顔面動脈)から栄養される事が多いため、外頸動脈の本幹にカテーテルを留置せざるを得ず、患者さんにより治療効果に大きなばらつきがありました。

この問題を解決するため浅側頭動脈から外頸動脈に長期に渡り留置可能なシースと、シースから目的動脈に選択するためのマイクロカテーテルを開発しました。シース(sheath)とは鞘という意味です。具体的には浅側頭動脈にシースを挿入し、先端を顎動脈と顔面動脈の間に留置します(図2)。週1回X線透視下にシースの頭の部分からマイクロカテーテルを目的動脈に挿入します。進行舌癌の場合であれば舌動脈と顔面動脈に挿入することになります。抗がん剤は頭頸部癌で最も有効とされる(シスプラチン;以下CDDP)を投与します。この薬剤は中和剤(チオ硫酸ナトリウム)があり、中和剤を静脈から同時に投与します。この中和剤の役割は大きく、CDDPの投与量を増量できるだけでなく、嘔吐、腎毒性などの副作用の軽減が可能となり、高齢者、全身状態の悪い患者さんにも治療が可能となりました。治療回数は腫瘍のサイズ、治療効果より決定し、1週に1回、計6回から8回(6週から8週間)治療します。つまりシースは1ケ月以上留置することになります。その間に放射線治療も並行して行います。

シースは太ももにある大腿動脈からの血管造影では一般的に使用される器具ですが、浅側頭動脈から長期留置可能なシースとマイクロカテーテルの開発、並びに臨床応用は世界初の試みです。


図2 シースが外頸動脈に挿入されている

治療結果について

2015年8月に伊勢赤十字病院倫理委員会の承認を得、充分な説明と同意の元に治療を開始しました。2016年10月30日までに本治療を施行した進行舌癌症例は12例ですが、手術ならば亜全摘あるいは全摘となる症例でした。全例に予定した治療が可能でした。残念ながら1例に局所再発しましたが、経過観察期間は短いものの、残りの11例に再発は認めていません。また本治療・本手技に伴う有害事象もありませんでした。

図3は本治療を施行した患者さん(49歳、男性)の治療前のMRI写真です。舌の大部分が癌に置き換わっているだけでなく、顎の方にもほぼ連続して大きなリンパ節転移があります。またこの画像では判りませんが、腫瘍は扁桃から軟口蓋の一部にまで浸潤していました。つまり手術も困難と思われる状況でした。図4はマイクロカテーテルが各々、顔面動脈、舌動脈に挿入されている血管造影写真です。図5は治療途中でのMRI写真を示しますが、腫瘍は著明に縮小しているのが判ります。この患者さんは治療から1年以上経過していますが、再発なく、仕事に復帰されています。


図3 初診時MRI

図4A 顔面動脈への動注

図4B 舌動脈への動注

図5 RT 50Gy +動注6回終了時

動注併用放射線治療の過去、現在そして未来

癌に対する動注療法の歴史は古く、文献的には1950年にまでその歴史は遡ります。しかも頭頸部癌で行われ、その意味では頭頸部癌に対する動注療法は古くて、新しい治療と言えるかもしれません。長い間カテーテル先端の位置確認は色素で確認する方法が主流で、その治療効果は限定的でした。この治療が再度、注目を集めるようになったのは1980年代後半にX線透視下に目的動脈にカテーテルを挿入する方法が確立されたからです。その方法には二つの方法があります。一つは大腿動脈から目的動脈にカテーテルを挿入する方法で、今も多くの施設で肝癌の治療に用いられている方法です。この方法ですと複数の動脈に抗がん剤の投与は可能となりますが、脳に流れる太い血管を通るためにカテーテル操作に伴う脳梗塞が2-4%の頻度で起こる事が問題点として指摘されています。また患者さんによっては目的動脈へカテーテルの選択が困難な場合もあります。もう一つの方法は今回提示した浅側頭動脈からの方法です。この場合は脳に流れる血管にはカテーテルは挿入されないため、脳梗塞の危険性は非常に少なくなります。因みに私はこの浅側頭動脈からの動注を今までに1500例以上に行いましたが、脳梗塞の経験はありません。ただ先に述べた様に選択可能な動脈は1本であり、複数の栄養動脈を持つ腫瘍に対しては外頸動脈に留置せざるを得ず、これが大きな問題点でした。

今回、開発したシースはこの問題の解決に大きく貢献することが、この1年間の経験で実感しています。シース本体からも薬剤の投与が可能であり、その場合、薬剤の多くは顎動脈に流れることになります。舌癌以外の口腔癌、また動注療法の意義が高いとされる上顎洞癌に関連する動脈は顎動脈と顔面動脈ですので、これらの患者さんにも有効と考えられます。また喉頭癌の放射線治療後に腫瘍が声帯に残存した場合、喉頭を取る事が一般的ですが、声帯は上甲状腺動脈が関連動脈であり、この病態にも適応が可能です。

シース、またマイクロカテ―ルを多くの施設で使用するには、まだまだ改良が必要と考えています。また薬剤も、より腫瘍内に効率良く取り込まれる形状の薬剤(マイクロカプセル化)の採用により、さらに治療効果の改善が得られるものと考えています。

24年前からこの治療に取り込んで来ました。今までの動注併用放射線治療成績も手術と遜色がないことを示してきましたが、このシースの登場により、さらに治療成績は改善され、この病で苦しむ多くの患者さんの福音になるものと確信しています。


略歴
不破 信和(ふわ のぶかず)

1953年名古屋市生まれ。三重大学医学部卒業
浜松医科大学放射線科、愛知県がんセンター副院長(放射線治療部長兼任)、南東北がん陽子線治療センター長、兵庫県立粒子線医療センター院長を経て現職 趣味;映画、音楽鑑賞
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