市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
  最適ながん治療を考えようという団体です。セカンドオピニオンを受け付けております。
   放射線治療などの切らずに治すがん治療の情報も含め、
  個人にとって最適ながん治療を考えようという気持ちの現れです。
市民のためのがん治療の会
5月31日は世界禁煙デー。先進国でダントツの喫煙大国日本、がんによる死亡が減少傾向になりつつある先進国中、日本だけがんによる死亡が右肩上がりで歯止めのかからないのは、喫煙が大きな原因では?
「タバコの害と依存症」

日本禁煙学会理事長・前杏林大学第一内科主任教授  作田 学
1、タバコは依存症
 筑紫哲也さんは聡明な男性ですが、テレビの番組のなかで、禁煙や分煙をもとめる動きをナチス的である、自分だけは肺がんにはならないと思うと、まるで根拠のないことを言ったのです。それはなぜでしょうか。
結局はマルボロ赤を1日3箱吸い続け、この発言をした2年後に肺がんになってしまいました。そして、肺がんを説明しようと集まった医者と家族の前で、「まあ、がんの事はさておいて、この咳が僕にとっては悩みの種でして、まずはこの咳をなんとかしてはいただけませんか?」と言ったそうです。これは肺がんのことをまるで理解していなかったと言うべきでしょう。
 井上ひさしさんは、肺がん患者は大都会に多い。明らかに大気汚染が原因であるとおっしゃっていました。亡くなる2か月前に、「やはり肺がんとタバコには因果関係があるんだね。さすがに禁煙したよ」とおっしゃっていましたが、時すでに遅しでした。
 では、なぜやめられないのでしょうか。
やめてから、一年後にもやめている率を調べますと、アルコールは30%、ニコチンはヘロインと同様にわずか20%のみがやめているにすぎないのです。つまり、80%は再び喫煙を始めてしまったと言う事になります。この事実から、ニコチンはヘロインと同様に依存になりやすいと考えられます。
 依存症になりやすさを示しますと、ニコチンはもっとも依存症になりやすく、ついでヘロイン、コカイン、アルコールと続きます。
犠牲者の多さについては、これら依存性薬物の中では、ニコチンが群をぬいて死亡する人が多いのです。
 日本では1年に12万人から20万人が死亡するとされています。すなわち、一日に満席のジャンボジェット機が落ち、そして一年後には満員の国立競技場二つ分のすべての席にお墓ができているわけです。あるいは、広島の原爆でなくなる人が毎年おこると言うことになります。
 ニコチンが切れると、タバコを吸いたくなります。喫煙をするとニコチンが脳に入り、ドパミンが放出され、快感などが得られます。しかしまもなくニコチンが切れると・・・・ということを1日に20回も繰り返すうちに、ストレスの原因になっていることを忘れ、ストレスをしずめるものと考えるようになってしまいます。リンゴ、リンゴと繰り返していくとゴリン、ゴリンとなるようなものです。
 脳波で追ってみますと、ニコチンが切れてイライラしている状態ではリズムが約9.3Hzですが、ニコチンが入ってホッとしているときは約10Hzになります。9Hzは毎秒9回繰り返すということで、脳波ではslow αといい、脳に障害があるばあいにこのように遅くなります。 正常の人は10〜11Hzです。
これが依存症で、やめにくくする最たる原因となります。
 中脳腹側被蓋野にあるα4β2リセプターにニコチンがつくと、側坐核でドパミンが分泌され、前前頭野などで落ち着く、楽しい、眼が覚めるなどの気分がおこります。
タバコを吸わない人の場合には生活の色々な局面でドパミンが分泌されるのですが、ニコチン依存症になると、タバコを吸わないかぎりこれらの感覚が生まれなくなります。そしてこの感覚を求めてタバコを吸うようになるのが、喫煙者です。
 側坐核は脳内報酬回路の中心として前前頭野に線維を送っています。 この側坐核を中心とする依存のメカニズムはすべての薬物依存に共通しています。たとえば、覚醒剤、アルコール、ヘロイン、大麻などすべてに共通しているのです。
 ニコチンの禁断症状には様々なものがあります。
いらいら、怒り、体重増加、不眠症、集中困難、不安感、落ち着かない、心拍数低下、ニコチン渇望、頭痛などです。これらの脱落症状が肉体的依存症としてやめにくくさせるのです。

2、喫煙の動機を考えましょう。
  なぜこどもはタバコを吸うようになるのでしょうか。

 こどもはすべて周囲のまねをして成長します。これは喫煙とて同じ事です。同世代のなかでまっさきに吸い始めるこどもを「核となるこども」と呼びます。この核となるこどもは一種の特徴的な心理傾向を有しています。それは反抗的な態度、性的に早熟、正直でウソをつかない、衝動的、他人の意見に耳を貸さない、人騒がせであるなどです。このこどもは何を真似るのでしょうか。それは映画俳優、テレビ俳優、あるいは父母を含む上の世代なのです。
 このこどもが最初に吸い始め、次には多くの仲間の子供たちに吸い始めさせます。そこには、仲間はずれにされたくないとかいじめに遭いたくないなどの動機が働きます。
 映画俳優あるいはテレビ俳優が映画・テレビの中でかっこよく吸うのは単なる偶然ではありません。じつはここにJTをはじめとするタバコ産業が群がっているのです。現在では1982年頃の三浦友和のような露骨な喫煙風景もありますが、それよりもproduct placementの手法が多くなっています。これは主人公がタバコの銘柄をわざわざ見えるように映画・テレビの中でタバコをもてあそぶ方法で、ファンはその銘柄を見てタバコを買い、主人公になったつもりになるのです。これは単なる推測ではありません。たとえばシルベスタ・スタローンなどがタバコ産業と約束した書類が残っています。ゴッドファーザー、ロッキーIV、ランボーなどで自社のタバコを吸う。その見返りに映画一本あたり50万ドルつまり5千万円を支払うという書類です。

   メントール・タバコというものもあります。メントールはその麻酔作用で、初心者にも深く吸い込む事が可能になります。メントール・タバコは肺の奥まで吸うので、肺腺癌になりやすい事が知られています。そして、普通のタバコの2倍くらいやめにくいのです。
 タバコに入れられているココア、甘草、植物油も同様に、依存症になりやすいように入れられています。
ココア末は燃焼するとテオブロミンが発生。
テオブロミンは気管支拡張作用があり、煙の刺激で気管支が収縮するのを防ぐ。
--->急速なニコチン吸収を可能とします。

甘草からはグリチルリチンが煙に。
気道粘液の分泌を促進し、煙の刺激を少なくします。

各種植物油はメンソール同様、局所麻酔効果があり、煙を肺の奥まで吸引できます。

 さらにやめにくくさせている事に、認知性不協和の問題があります。 認知性不協和とは、二つの相反することが事実であるときにおこります。 つまり、タバコは体に良くないということは常識です。しかし、どうしてもタバコを吸いたいということも事実です。ここに認知性不協和が生まれ、認知することをゆがめようとする心理が生まれます。
たとえば、
ストレスや自動車の排気ガスでも死ぬ人がいる。
100歳でもタバコを吸って元気な人がいる。
今さらやめても同じだ。
自分だけは癌にならない。
などと、よく考えればおかしな理論を信じようとします。
これが心理的依存症の中核をなしています。

最初に筑紫哲也さんの言った言葉を紹介しましたが、「自分だけは肺がんにならないと思う」といういわゆるダチョウ症候群です。ダチョウは怖いものにであうと、頭を茂みの中に隠します。体は出ているのに、それで安心するのです。


3、保険が使える禁煙外来
 今日では、日本の「保険が使える禁煙外来」は世界一流の水準にあります。内服薬を処方されて3か月(5回)通う総費用は18000円ほどです。一方、この間タバコを喫煙していたとすると、平均的な人で27000円、10月からは36000円になります。ということは、喫煙している方が、お医者さんにかかり、タバコの害を聞き、検査をしてもらって、処方を受けて禁煙するよりも高額であると言う事なのです。ましてや一生の間に使うお金を計算すると500万円を超える事がわかるでしょう。毎日買うので、あまり高いと思わないだけなのです。薬局では禁煙ガムや禁煙パッチが売っています。これでやめられる人もいますが、やはり禁煙成功率、持続率は禁煙外来にはかなわないようです。そして失敗すると毎回喫煙本数が増えると言うことが知られていますので、最初から無理をせず、保険が使える禁煙外来に通うことをお勧めします。 米国の調査ですが自己努力で禁煙する成功率は5〜8%とされています。薬局などでニコチン製剤を買い、禁煙する成功率は20〜25%、禁煙外来に5回通って禁煙する成功率はニコチン製剤の場合は40〜54%、経口のバレニクリンの場合は60〜80%です。禁煙外来の専門家として日本禁煙学会認定指導医、専門医がおられますが、この専門家にかかる場合がニコチン製剤で約54%、バレニクリンで約80%と高い値が出ています。  保険が使える禁煙外来 http://www.nosmoke55.jp/nicotine/clinic.htmlで おこなう事はすべて決まっています。
まず行うことは保険が使えるかどうかの検査です。
(1)一日本数X年数が200を超えていること。
  たとえば、一日15本で、30年間吸っている場合は450で超えています。
(2)依存症がどの程度であるかの検査
 これはTDSスコアを使います。
10問の答えが5点以上であれば、依存症があり、保険が使えます。

 いざ、保険が使えるとなりましたら、禁煙に同意する旨の署名をします。 そして、ニコチンパッチを使用するか、経口のバレニクリンを使用するかの選択をします。これはそれぞれ良いところと悪いところがあります。
 ニコチンパッチの悪いところは、毎日貼るところを変えないとかぶれることがあります。そして、ニコチンを含んでいますので、必ず禁煙することが必要です。またニコチンには強力な血管収縮作用がありますので、狭心症、心筋梗塞、脳梗塞、妊婦などは使うことができません。
 一方、バレニクリンはニコチンを含んでいませんので、1週間目にかならず禁煙することは必要ではありません。4週間ぐらいの間に禁煙できれば良しとします。一方で、妊婦・精神疾患の患者さんでは安全性の検査をしていませんので、使えないか、慎重に使う必要があります。また、胃痛、嘔気、嘔吐、頭痛などが起こりやすく、かならず食後に多めの水と共に飲む必要性があります。いずれにせよ副作用と思われる現象がおこりましたら、かならず受け持ちの先生かナースに連絡して指示を仰ぐ必要があります。
 毎回一酸化炭素測定器で呼気中の一酸化炭素を測定します。
 このようにして、初回、2週目、4週目、8週目、12週目と5回通い、禁煙に向けて頑張るわけです。


4、認められていない禁煙法
 世の中には、数々の禁煙グッズという名前の品物があります。
これには電子タバコ、禁煙草、禁煙パイプ等さまざまなものがあります。また、鍼治療を宣伝するところもあります。
これらはすべて禁煙には無効あるいはプラシーボ効果であると考えられます。高いお金をこんなものに使うことは馬鹿らしいことです。ネオシーダーを使う人もいますが、これにはニコチン、タールが含まれており、かえって中毒になってしまった方も多いのです。保険が使える禁煙外来の有効性は検証済です。賢い人はお金を賢く使うものです。


そこが聞きたい
Q5月31日の「世界禁煙デー」の行事等もある中、玉稿賜りまして誠にありがとうございました。
ところでたばこの依存症としての側面ですが、仮に「麻薬」の要件を「脳内に作用し、酩酊・多幸感・幻覚などをもたらす薬物のうち、依存性や毒性が強く健康を害する恐れがあるため、あるいは社会に悪影響を及ぼすため、国家等によって指定され、単純所持が禁じられているもの」とすると、これだけ依存性の強い「疾病」をもたらし、大きな死亡原因となっており、山林火災をはじめ火災原因など多大な経済的損失や、寝たばこによる死亡事故など、「社会に悪影響を及ぼす」タバコは、「麻薬」ではないでしょうか。日本ではいわゆる麻薬5法(麻薬及び向精神薬取締法、覚せい剤取締法、大麻取締法、あへん法、「国際的な協力の下に規制薬物に係る不正行為を助長する行為等の防止を図るための麻薬及び向精神薬取締法等に関する法律」)に規定されているものが「麻薬」と言っているだけで、定性的にはタバコは麻薬では。要するに「法律的には」麻薬ではない、というだけではないでしょうか。


A 正にその通りだと思います。麻薬とまでは言わないまでも、薬事法で取り締まるべき薬の一種と思います。財務省の管轄であるというその事もおかしいのです。

Q麻薬と同様の作用機序をもち、社会問題を引き起こしている中毒性物質 として、有機溶剤(シンナー、ベンゼン、トルエン、キシレン) やアルコール飲料類(エタノール)とともにタバコの喫煙(ニコチン) が分類されているようですね。

A はいそうです。精神科の病気の診断を定めているDSMというものがあります。これは各国で使われており、大変信頼性の高いものです。これによりますと、1968年のDSM IIの時代からすでに喫煙習慣のある人は薬物依存症という精神疾患に分類されております。

Q1971年の国際条約「向精神薬に関する条約」のリストでは、タバコもいわば麻薬の中に含まれているのではないでしょうか。
定義と代表的薬物の対応表
薬物 定義
1 2 3 4 5
アヘン
モルヒネ ×
ヘロイン ×
コカイン × ×
覚せい剤 × ×
大麻 ×
LSD × ×
MDMA × ×
メチルフェニデート × × ×
脱法ドラッグ × × ×
タバコ × × ×
THC × ×
アルコール × × ×  


A もちろんそうです。これは1968年にDSM IIによって定義されたことが大きな影響を与えていると思います。

Qproduct placement(劇中広告でのタイアップ)は大きな問題です。もう少し消費者問題としても取り上げられていいと思いますが。これはアメリカで開発されたマーケティング手法ですが、同時にアメリカでは喫煙が厳しく規制されて国内消費が落ち込んでおり、先進国でも同様であるため、日本や東南アジアをはじめ、発展途上国に輸出ドライブをかけています。映画産業などとタイアップした形になっています。私たちもそうでしたが、アメリカのスターがカッコよくタバコを吸っている姿に刺激されてタバコを吸う人も増えたでしょう。きっと、途上国の若者も同じような思いでタバコを吸い始めるでしょうね。 日本の男性喫煙率はアメリカの倍ですね。また、女性特に若い女性が痩せるために喫煙する傾向もあるのも危険ですね。
男女別喫煙率
A はい。日本禁煙学会では映画を毎年調査し、喫煙場面がないものを無煙映画大賞として表彰しております。 http://www.nosmoke55.jp/movie/index.html

これらの無煙映画大賞の映画はいずれも素晴らしい映画です。逆に汚い灰皿賞という不名誉な映画もありますが、これはご覧にならないことをお勧めします。

Q東京新聞5月21日朝刊健康欄で「喫煙女性増加 肌荒れに悩む」というタイトルで女性の喫煙に警鐘を鳴らしていますが、その中で名古屋市立大大学院の加齢・環境皮膚科学の森田明理教授は多くの疫学調査から「加齢以外に皮膚を老化させる原因で喫煙は紫外線に次ぐ」と断言しておられます。喫煙はメラニン色素を増やし、コラーゲンを減少させるなど様々な悪影響があるようですね。

A はい。オードリー・ヘップバーンさんは喫煙をやめられなかった方でしたが、晩年はしわくちゃでとても見られたものではありませんでした。また、60歳ぐらいで腸の癌で亡くなってしまわれました。30歳頃のオードリーの美しさがタバコで失われてしまったのは大変残念です。
 またこういう方もおられます。
「45歳の女性で、2年前から顔や手がひどい湿疹状態になり、皮膚科での治療も効果なく、外出も嫌になり引きこもり、抗うつ剤まで使用していた人が禁煙外来を受診しました。
一見アトピー性皮膚炎と思ったのですが、あちこちの医療機関で診察をうけアレルギーはありませんでした。 治療中にみるみる湿疹は消え、最後にはもとの美しい状態に戻りました。

Q喫煙の結果ニコチン依存症になるということは「病気」に罹ったことですね。是非保険収載されているのですから、医師に相談して止めるようにするといいですね。

A はい。ただ、ブリンクマン指数すなわち一日の本数かける喫煙年数が200を超えないと保健の適応にならないのです。私たちはこの縛りを外すように要請しております。

Q「認められていない禁煙法」に飛びつくのは、がんの三大療法以外の治療法に飛びつくのと似ていますね。がんもそうですが、三大療法以外は例外を除いてEBMレベルでは確証のないものがほとんどですし、健康食品などものすごく高額です。ある調査によると健康食品などのいわゆる代替療法に支払っている金額は平均一人年間70万円近くになるそうです。そんなことしているならちゃんと病院に行った方が余程いいのに。禁煙も似てますね。

A そうですね。そういうところで大もうけしている人がいるのでしょう。しかし、面倒だなどと思わずに、きちんと医者にかかることが早道なのです。


世界禁煙デー2010イベント一覧
http://www.nosmoke55.jp/event/wntd2010/index.html


略歴
作田 学(さくた まなぶ)

1973年 東京大学医学部卒業後、 東大病院第3内科,第2内科,神経内科にて研修、東京大学神経内科入局。1980年東京大学神経内科文部技官。 ミネソタ大学神経内科visiting assistant professor等を経て1982年日本赤十字社医療センター神経内科部長。杏林大学医学部神経内科教授、第一内科主任教授、2006年同客員教授。2005年日本禁煙学会設立、理事長、現職。東京大学医学博士。

この間、東京大学医学部神経内科非常勤講師、神戸大学医学部第2内科非常勤講師。

日本神経学会評議員,日本神経学会関東地方会会長、日本神経学会編集幹事、編集委員、広報委員、日本内科学会関東地方会会長、日本神経学会関東地方会会長等を歴任。
日本禁煙学会理事長 日本頭痛学会理事・評議員,日本脳卒中学会評議員,日本自律神経学会評議員,日本サルコイドーシス学会評議員,英国王立医学会フェロー 、active member of American Academy of Neurology等公職多数。

専攻領域 臨床神経学.パーキンソン病,頭痛,脳血管障害の臨床
日本神経学会専門医,日本頭痛学会専門医、日本禁煙学会専門医、日本内科学会認定医


Copyright (C) Citizen Oriented Medicine. All rights reserved.