アメリカでは肺癌に次いで男性の癌死の原因の第二位にあげられる前立腺癌。そのアメリカで研究や治療に当たっておられ、間寛平さんの主治医でもあられる篠原先生の、前立腺がん先進国とも言えるアメリカの実情を踏まえたお話
「前立腺がんのジレンマ:アメリカでの現状」
カリフォルニア大学サンフランシスコ校
泌尿器放射線治療科教授
篠原克人
アメリカにおける前立腺がんの現状
アメリカでの前立腺がんの治療法
放射線療法の現状
略歴
アメリカでは前立腺癌は皮膚癌を除けば男性では発生率がもっとも高い癌である。また肺癌に次ぎ男性の癌死の原因の第二位にあげられている。アメリカではがん死は死因の約20%を占めており、また男性のがん死の14%が前立腺がんである事から毎年死亡する人のうち約3%の男性が前立腺がんで亡くなっている事になる.しかしながらその死亡率は近年低下傾向にありピークであった1994年頃に比べると36%も低下している。この理由はいろいろ考えられるがPSAという腫瘍マーカーの導入により早期のがんの診断が可能になった事や治療技術の進歩により再発率が低下している事などがあげられよう。一般的にアメリカでは予防医学の観念が発達しているため、一般内科医や家庭医により毎年定期的に検診を受けている人が多い。PSAがその中に含まれている事がおおく50歳以上の男性の70-80%以上が少なくとも過去に一回はPSA検査を受けていると言われている。日本の10%という数と比べると格段に違いが認められる。が、PSA検査の導入により死亡率が低下したといえども一人の前立腺がん死を予防するために膨大な数の人をスクリーンし生検を行いがんが見つかれば治療しなければならないとされており、それに伴う不必要な検査や治療に伴う苦痛や副作用、またその費用などを考えるとPSAスクリーニング自体いまだコンセンサスがえられていない。 だがPSAの導入後前立腺がんの発生率は顕著に上昇し、それに伴って早期のがんが よりみつかるようになり死亡率が低下しているのは確かである。日本では最近前立腺がんの死亡率が年々上昇しており、前立腺がんの総数がまだ少ないため病気自体はアメリカほどまだ話題になっていないが、国民総数に対する前立腺がんの死亡者数の割合はアメリカとそれほど変わらないという事実はあまり知られていないようである。
アメリカでの前立腺がんの治療法
このようにアメリカではPSAが使われ出した1980年後半から特に若年者の早期の前立腺癌が目立って増えてきている。このようにして見つかった早期のがんは根治する可能性が高いが、また治療が必要でない症例も治療されてしまう危険性も否めない.また治療に伴う副作用でのQOLの低下も否定できない。 前立腺癌は病期が長く進行も比較的ゆっくりとしている。しかしながらその進行度は予測がつきにくく、また一度進行してしまうと完治は難しくなるという特徴がある。さらにホルモン療法が非常に効果的なので保存的治療も早期の癌でありながら適応にされる事が多い。このようにその治療に関してもいまだにコンセンサスが得られず、アメリカでは前立腺全摘術、各種放射線療法、ホルモン療法、クライオサージェリー、さらに保存的経過観察等が医者によりまた患者により選択されている。近年米国ではDaVinciという手術用ロボットがおかれている医療施設が1000カ所近くとなっており、近年は手術療法はこれを用いたロボット手術が過半数を占めるようになり手術療法の人気が復活している.またごく早期のがんが多く見つかっている事と治療によるQOLの低下が問題になっている事から保存的経過観察を選択する例も増えている.
放射線療法の現状
アメリカでは放射線治療医は放射線診断医とはまったく別のトレーニングを受けてなる専門医でその数は日本のそれとは比べ物にならないくらい多い.また臓器別の専門に特化している治療医も多く、例えば私のいるUCSFでは泌尿器がん専門の放射線治療医が3人いる。放射線治療医の意見は影響力を持っており、アメリカでは限局前立腺がんに対し放射線療法か手術かの選択は30年以上も議論がされているが未だにどちらの治療が優れているかという結論はえられていない。その間に治療方法はいずれも格段に進歩しており過去のデーターでは比較できなくなっている.手術に関しては上に述べたような腹腔鏡かロボット手術が大きな進歩と言えるが、放射線療法も大きく変わっている.たとえば1990年代から密封小線源を用いたブラキテラピーが飛躍的に増えている。外照射療法にしても強度変調放射線治療(IMRT)が近年では主流となっている。
このような新しい治療は画像を使って標的臓器を正確に治療できる事から副作用が少なくまた高線量を前立腺内に投与する事ができより良い効果が期待できる。さらにはCyberKnifeまた重粒子線などの導入と言ったさらに新しい技術の進歩が目覚ましい。いずれにせよ限局した前立腺がんの治療効果はどのような治療方法をとっても非常に高く、今後は治療効果だけでなく治療後のQOLの差と医療コストが治療法の選択に大きな影響をもたらす事になると思われる。
「市民のためのがん治療の会」は、がんの告知を受けてどうしたらいいか分からない、どういう治療法が良いかなど判断に困っているなどの方々のために、日本ではほとんどの患者の主治医が外科系であることから、違った見方のできる放射線腫瘍医を中心としたセカンドオピニオンを提供しております。こういう相談事業というのは、いわばその相談事業が対象としている分野の「センサー」としての役割を持つと言われています。その意味で私は毎日相談を受け付けていて、前立腺がんの急増ぶりを、統計数字などではなく、実感しております。ま、よく言われることですが、食生活の欧米化で、急速にアメリカと同じような傾向に近づく・・・。
たしかに昔の統計ですが日系のハワイアンは本国の日本人より前立腺がんの発生が多く、カリフォルニアの日系人はさらに発生率が高くなるといわれています.このように環境が変わり食生活も徐々に変化して母国の祖先が食べていたものから変化してくる事に前立腺がんの発生は関係しているかもしれません.ただ発生率はどのように前立腺がんをスクリーニングしているかにも大きく左右されます。アメリカでは前立腺がんの発生が多いので前立腺がんに関する関心が高くより一般的な健康診断などで見つかる可能性が多くなっているのも確かです.前立腺がん死亡率で見るとアジア系アメリカ人の中ではフィリピン系と日系が格段に高く韓国系やベトナム系の2倍以上になります.これは日系人が韓国系やベトナム系の人々に比べてアメリカ移住が早く、アメリカにいる世代が古くなるとより母国の食生活からより遠ざかったものになるからだと言われています.
たしかに昔の統計ですが日系のハワイアンは本国の日本人より前立腺がんの発生が多く、カリフォルニアの日系人はさらに発生率が高くなるといわれています.このように環境が変わり食生活も徐々に変化して母国の祖先が食べていたものから変化してくる事に前立腺がんの発生は関係しているかもしれません.ただ発生率はどのように前立腺がんをスクリーニングしているかにも大きく左右されます。アメリカでは前立腺がんの発生が多いので前立腺がんに関する関心が高くより一般的な健康診断などで見つかる可能性が多くなっているのも確かです.前立腺がん死亡率で見るとアジア系アメリカ人の中ではフィリピン系と日系が格段に高く韓国系やベトナム系の2倍以上になります.これは日系人が韓国系やベトナム系の人々に比べてアメリカ移住が早く、アメリカにいる世代が古くなるとより母国の食生活からより遠ざかったものになるからだと言われています.
素人ですので感覚的にしか分かりませんが、肺がんなどはあっという間に残念な結果になることもありますが、前立腺がんは進行も遅く、ご高齢の方の場合などは経過観察もよくおこなわれますね。No treatment is the best treatment.でしょうか。前立腺がんは比較的おとなしい。でも、やはり再発転移、特に骨転移などもしやすく、依然として恐ろしいがんだと思います。
前立腺がんでも悪性度が高く早期に進行転移するという症例はあります.しかし逆にがんでありながら長期にわたって変化しない非常にゆっくり進行するものも多いのが特徴です.ですからがんの診断がされてもどのようながんであるか、 年齢、健康状態などが治療の選択の大きな鍵になるのですね.No treatment is the best treatmentというケースもありますが全ての前立腺がんに当てはまる事では決してありません.
前立腺がんでも悪性度が高く早期に進行転移するという症例はあります.しかし逆にがんでありながら長期にわたって変化しない非常にゆっくり進行するものも多いのが特徴です.ですからがんの診断がされてもどのようながんであるか、 年齢、健康状態などが治療の選択の大きな鍵になるのですね.No treatment is the best treatmentというケースもありますが全ての前立腺がんに当てはまる事では決してありません.
PSAスクリーニング自体いまだコンセンサスがえられていないということで、アメリカでは見直しもされているようですが、日本ではブルー・クローバー・キャンペーンなどで「もっとPSA検診を進めよう」と躍起になっていますが。
もちろん日本でもPSAスクリーニングに関しては議論されています。厚生省の研究班の声明ではPSAスクリーニングは勧められないとされています。ただしこれは自治体レベルでの公的なマススクリーニングは勧められないという事です。日本泌尿器科学会など、PSA賛同者の集まりのキャンペーンがブルークローバーなので公的な声明とは性格が違います。
もちろん日本でもPSAスクリーニングに関しては議論されています。厚生省の研究班の声明ではPSAスクリーニングは勧められないとされています。ただしこれは自治体レベルでの公的なマススクリーニングは勧められないという事です。日本泌尿器科学会など、PSA賛同者の集まりのキャンペーンがブルークローバーなので公的な声明とは性格が違います。
先生のお話しで驚きましたが、アメリカではPSAスクリーニングなどの検査についてもコンセンサスが得られていないとのことですが、前立腺がんの治療は、治療後の性機能と排尿機能という非常に深刻なQOLに関連して、治療自体についてもコンセンサスが得られていないようですね。
前立腺がんにつきアメリカの泌尿器科医の 治療パターンを調べてみると手術、外照射、ブラキテラピー、保存的治療などなど施設あるいはクリニックによってものすごくばらつきがあるのがわかります.それだけ治療方法による優劣がつけにくい事の現れなのでしょう.
前立腺がんにつきアメリカの泌尿器科医の 治療パターンを調べてみると手術、外照射、ブラキテラピー、保存的治療などなど施設あるいはクリニックによってものすごくばらつきがあるのがわかります.それだけ治療方法による優劣がつけにくい事の現れなのでしょう.
治療法の中で冷凍手術とでもいうのでしょうか、クライオサージャリーという治療法を伺いましたが、日本では市民レベルではあまり聞きませんが。
クライオサージェリーはアメリカでは1990年代から保険で認められ行われており日本でも導入するという話もかつてありましたが立ち消えになっています.その間にブラキテラピーのような低侵襲治療が導入されたのでクライオに対する興味が薄らいだのではと思います.
クライオサージェリーはアメリカでは1990年代から保険で認められ行われており日本でも導入するという話もかつてありましたが立ち消えになっています.その間にブラキテラピーのような低侵襲治療が導入されたのでクライオに対する興味が薄らいだのではと思います.
アメリカでは前立腺がんの場合、治療法等の選択に際し、患者は性機能の温存をpriority No.1 で主張するようですが、日本ではそういうことは心の中では人一倍望んでいても、「この年になってそんなことを言い出すのも」などと遠慮してしまう。特に手術は不可逆的ですから、あとから他の方法もあったと言われても、一度手術してしまえば、ご破算で願いましては、とはいかない。
確かに性機能の温存はアメリカでは深刻な問題で患者さんとともに配偶者の意見、希望が重視されます.これは国民性と言ってしまえばそうなのでしょうが確かに同じような希望を持っている患者さんやその配偶者の方も日本には多いのではと思います.
確かに性機能の温存はアメリカでは深刻な問題で患者さんとともに配偶者の意見、希望が重視されます.これは国民性と言ってしまえばそうなのでしょうが確かに同じような希望を持っている患者さんやその配偶者の方も日本には多いのではと思います.
篠原先生が:間寛平さんの主治医であられることは各種のメディア、ブログなどで公表されており、間さんもかなり詳しく公表されておられますので、ご本人のプライバシーに差しさわりのない範囲でお伺いします。篠原先生が「間さんの前立腺がんは5段階の4ぐらい。でも、前立腺がん治療の先進国のアメリカでは非常に多くの治療経験もあり、アメリカでの治療を選択されたのは賢明だ。十分治療も可能で、アースマラソンも完走できるようになるでしょう」とコメントされておられますが、そんなに初期のがんではないということでHDRを選択されたのでしょうか。(低線量率(LDR) 前立腺小線源治療VS. 高線量率(HDR) 前立腺小線源治療】−その特徴と現実的な使い分けについて−「がん医療の今」No.27,28をご覧ください)
実は5段階のうちの4というのはがんの悪性度を示すグリーソングレードのことを言っていたのですが、マスコミにはがんが5段階のうちの4とだけ発表されてなにかステージ4であるとの印象を与えたようですね.
実は5段階のうちの4というのはがんの悪性度を示すグリーソングレードのことを言っていたのですが、マスコミにはがんが5段階のうちの4とだけ発表されてなにかステージ4であるとの印象を与えたようですね.
放射線治療は何しろ切らずにすむわけですから、間さんのようなマラソンを継続中のかたには一番良かったのでしょうね。
間寛平さんの治療の一番の目標はもちろんがんを治す事の他に早期にアースマラソンに復帰して日本まで走って帰るということだったので、治療後の安静期間が短く早期に運動が開始できるHDRを勧めました。
間寛平さんの治療の一番の目標はもちろんがんを治す事の他に早期にアースマラソンに復帰して日本まで走って帰るということだったので、治療後の安静期間が短く早期に運動が開始できるHDRを勧めました。
医学に限らす、アメリカは日本の10年先を歩いていると言われますが、今回篠原先生のお話しをうかがって、前立腺がんについて認識を新たにすることができました。お忙しいところを誠にありがとうございました。
どういたしまして。
どういたしまして。
略歴
篠原克人(しのはら かつと)
1979年横浜市立大学医学部医学科卒業。三井記念病院、北里大学を経て、1984年ヒューストンのベイラー医科大学へ。1988年よりカリフォルニア大学サンフランシスコ校泌尿器科勤務。2004年教授。がんセンターにて診療と指導にあたっている。
1979年横浜市立大学医学部医学科卒業。三井記念病院、北里大学を経て、1984年ヒューストンのベイラー医科大学へ。1988年よりカリフォルニア大学サンフランシスコ校泌尿器科勤務。2004年教授。がんセンターにて診療と指導にあたっている。