もっと知ろう、放射線治療の安全性確保のキーパースン
『医学物理士の役割と現状』
九州国際重粒子線がん治療センター
技術統括監・医学物理士 遠藤真広
技術統括監・医学物理士 遠藤真広
このシリーズでも度々取り上げられているように、放射線治療技術は最近、急速に進歩しています。放射線というと原爆の後遺症のように負のイメージがありますが、がん治療に関しては強い味方です。放射線でがんを治療するためには、@がんの範囲を正確に決めること、Aがんの部分に必要なだけの放射線を照射し、周りの正常な部分への放射線照射を極力避けることが必要です。X線CTやMRIなど画像診断の進歩により@が可能になり、またIMRT(強度変調放射線治療)や粒子線治療の出現によりAに関しても従来以上にがん病巣への放射線量の集中が可能となりました。この結果、2000年ころを境として、放射線治療は大きく変貌して、その適応を急速に拡大しています。
しかし、このように進歩した放射線治療(高精度放射線治療ともいわれる)を安全かつ確実に行うためには、異なる種類の専門家の参加と協力が必要となります。その第一は、言うまでもなく放射線腫瘍医(放射線治療医)であり、第二は放射線治療専門技師です。放射線治療は専門性が高く、医師や診療放射線技師であれば誰でも実施できるというものではなく、そのための教育と十分な実務経験が必要となります。このような教育を受け実務経験を積まれた医師が放射線腫瘍医であり、技師が放射線治療専門技師(以下「治療技師」と省略します)です。
必要な職種の第三は医学物理士です。医学物理士という職種は余り聞き慣れないと思いますが、それも当然です。医学物理士は、我が国においては職業として確立しておらず、専任で仕事をしている医学物理士は、たかだか数十人だからです。しかし、世界的には、医学物理士は、がんの放射線治療のためにはなくてはならない専門職とされております。以下では、医学物理士が放射線治療で果たす役割と我が国の現状について概説します。
放射線治療における放射線腫瘍医、治療技師、医学物理士の役割は、相互に関係しているため、医学物理士の役割だけを説明しても分かりにくいと思います。ここでは、図1により放射線治療の流れに沿って、3者の役割を説明して、医学物理士の役割を理解していただこうと思います。
図1.放射線治療の流れと各職種の役割
患者さんは最初、放射線腫瘍医の診察を受けます。放射線腫瘍医は、患者さんを診察して治療法を決定します。そして、治療法を説明して、患者さんの同意を得ます。続いて、治療技師とともに治療シミュレーションを行います。治療シミュレーションでは、治療体位を決め、その体位でCTなどの治療計画に必要な画像を撮影します。
続いて放射線腫瘍医は、その画像上に治療すべき部位(ターゲットという)をmm精度で指定し、また照射する放射線の量(線量という)と照射回数を決めます。次に行うことは、ターゲットに必要な線量を照射し、周囲の正常部分の線量をできるだけ少なくなるような最適照射法を決めることです。IMRTなどの高精度放射線治療では、非常に複雑な照射を行うため、コンピュータを駆使して最適化を行う必要があります。これには高度な専門知識が必要であり、照射計画案の作成(通常は治療計画といわれる)は、医学物理士が行います。しかし、医学物理士が作成した治療計画案を採用するかどうかの判断は放射線腫瘍医が行います。
治療計画が決まると、そのデータを治療装置に転送し、それにもとづき照射が行われます。照射は通常、毎日1回ずつ行われ、1−2カ月かかります。データの治療装置への転送と毎回の照射は治療技師の役割です。治療技師は、毎日の照射に際して、患者さんをシミュレーション時と同じ体位にセットし、装置のパラメータを計画と照合して正しいことを確認したうえで、放射線を照射します。照射中、毎日、患者さんに接するのは、治療技師ですので、患者さんに何か問題があれば、放射線腫瘍医に伝えるのも治療技師の役割となります。放射線腫瘍医は、照射期間中、定期的に患者さんを診察し、異常がないことを確認します。
放射線治療では、治療計画画像を取得するCT装置、治療計画装置、治療装置(照射装置)、治療情報システムなど多くの装置やコンピュータシステムが使用されます。しかも、これらの治療装置・システムはネットワークで相互に接続され、連携して使用されます。個々の装置・システムに異常があったり、相互に矛盾していたりすると、治療が正しく行われないだけではなく、重大な事故の原因になりかねません。医学物理士は、品質管理プログラムを実行して、これらの装置が相互に矛盾なく正しく作動していることを保証します。また、放射線量は薬剤の投与量と同様に放射線治療では決定的に重要なものです。しかし、放射線は五感では感知できません。そこで、医学物理士はさまざまな測定を行うことにより、放射線腫瘍医の処方通りに放射線が照射されていることを保証します。
医学物理士の仕事は、治療計画の最適化、治療装置・システムが正しく作動していることを保証するための品質管理、処方通りに放射線が照射されていることを保証するための測定などであり、放射線腫瘍医や治療技師と違って患者さんと直接に接触することはありません。しかし、今までの説明で、放射線治療には必要不可欠であることがお分かりいただけたのでないかと思います。実際、欧米においては古くから専門職として確立しています。放射線治療の最先進国である米国では、5000人以上の医学物理士がいて、その大部分が放射線治療に従事しています。また、最近では、韓国や東南アジア諸国でも医学物理士の放射線治療への参加が進んでいます。
それでは、日本の状況はというと、関係者の努力により少しずつ改善されていますが、先に述べたように専任の医学物理士はいまだ数十人というお寒い状況です。以下、そのような日本の現状について簡単に解説いたします。
日本でも欧米にならって、(社)日本医学放射線学会において、1987年より学会資格として医学物理士の認定を開始しました。しかし、認定資格を理工系修士卒以上に制限したという供給面の問題と国家資格でないためその業務が正当に評価されないという需要面の問題から放射線治療の現場には、ほとんど浸透しませんでした。しかし、医学物理士は居なくてもその業務は存在するわけであり、実際は、放射線腫瘍医、治療技師、そして機器の納入業者により担われていました。
ところが、2000年ころを境とする放射線治療技術の発展やそれに伴う患者数の増大により、このような体制では対応が困難になりました。それを端的に示したのは、放射線治療の際の誤照射事故が2000年ころから数年にわたって続発したことです。誤照射事故の原因は、一言でいえば日本の放射線治療体制がきわめて貧弱であったことです。具体的には放射線腫瘍医や治療技師が決定的に不足し、医学物理士が不在のため治療の品質管理・保証が不十分であったことによります。放射線腫瘍医や治療技師の不足については、別の方から説明されると思いますので、ここでは医学物理士に的を絞ります。
(社)日本医学放射線学会としては、このような状況に対応するため、医学物理士への途を広め、実際に医学物理士の業務を行っている診療放射線技師のうち一定の基準に達した方を認定するよう認定資格を改訂しました。そして、認定した医学物理士の能力向上に全力を尽くすこととしました。この改訂が行われたのは、2003年の認定からであり、図2に見るように2003年以降、認定された医学物理士の数は急増し、最近、おおよそ500名に達しました。
図2.医学物理士数の推移
また、国も医学物理士の必要性を認識し、2006年に制定した「がん対策基本法」の関連施策の中で、医学物理士などが治療計画や治療装置の品質管理などを行っていることを、IMRTなど高精度放射線治療の診療報酬請求を行うための必須条件としました。さらに、「がんプロフェッショナル養成プラン」という国の補助制度により、系統的に医学物理士を養成する教育コースが、多くの大学院で設けられるようになりました。
このように医学物理士の数が増え、教育制度も整備されてきました。また、国も医学物理士の業務を認める方向に進んでいます。しかし、なお専任の医学物理士は、非常に少ない現状があります。多くの医学物理士は、患者さんへの照射業務のかたわら、または教育職としての業務のかたわら、医学物理士の本来業務(治療計画や治療品質管理)を行っています。これでは、治療事故続発以前と実態はそれほど変わらず、いつ事故が起こるか分かりません。私どもとしては、我が国の放射線治療の水準向上のため、是非とも、本来業務を専任で行う医学物理士の数を増やしたいと考えています。このような医学物理士の数を増やすには、患者さんたちの力は非常に大きいものがあると思います。ご支援のほどよろしくお願いします。
しかし、このように進歩した放射線治療(高精度放射線治療ともいわれる)を安全かつ確実に行うためには、異なる種類の専門家の参加と協力が必要となります。その第一は、言うまでもなく放射線腫瘍医(放射線治療医)であり、第二は放射線治療専門技師です。放射線治療は専門性が高く、医師や診療放射線技師であれば誰でも実施できるというものではなく、そのための教育と十分な実務経験が必要となります。このような教育を受け実務経験を積まれた医師が放射線腫瘍医であり、技師が放射線治療専門技師(以下「治療技師」と省略します)です。
必要な職種の第三は医学物理士です。医学物理士という職種は余り聞き慣れないと思いますが、それも当然です。医学物理士は、我が国においては職業として確立しておらず、専任で仕事をしている医学物理士は、たかだか数十人だからです。しかし、世界的には、医学物理士は、がんの放射線治療のためにはなくてはならない専門職とされております。以下では、医学物理士が放射線治療で果たす役割と我が国の現状について概説します。
放射線治療における放射線腫瘍医、治療技師、医学物理士の役割は、相互に関係しているため、医学物理士の役割だけを説明しても分かりにくいと思います。ここでは、図1により放射線治療の流れに沿って、3者の役割を説明して、医学物理士の役割を理解していただこうと思います。
図1.放射線治療の流れと各職種の役割
患者さんは最初、放射線腫瘍医の診察を受けます。放射線腫瘍医は、患者さんを診察して治療法を決定します。そして、治療法を説明して、患者さんの同意を得ます。続いて、治療技師とともに治療シミュレーションを行います。治療シミュレーションでは、治療体位を決め、その体位でCTなどの治療計画に必要な画像を撮影します。
続いて放射線腫瘍医は、その画像上に治療すべき部位(ターゲットという)をmm精度で指定し、また照射する放射線の量(線量という)と照射回数を決めます。次に行うことは、ターゲットに必要な線量を照射し、周囲の正常部分の線量をできるだけ少なくなるような最適照射法を決めることです。IMRTなどの高精度放射線治療では、非常に複雑な照射を行うため、コンピュータを駆使して最適化を行う必要があります。これには高度な専門知識が必要であり、照射計画案の作成(通常は治療計画といわれる)は、医学物理士が行います。しかし、医学物理士が作成した治療計画案を採用するかどうかの判断は放射線腫瘍医が行います。
治療計画が決まると、そのデータを治療装置に転送し、それにもとづき照射が行われます。照射は通常、毎日1回ずつ行われ、1−2カ月かかります。データの治療装置への転送と毎回の照射は治療技師の役割です。治療技師は、毎日の照射に際して、患者さんをシミュレーション時と同じ体位にセットし、装置のパラメータを計画と照合して正しいことを確認したうえで、放射線を照射します。照射中、毎日、患者さんに接するのは、治療技師ですので、患者さんに何か問題があれば、放射線腫瘍医に伝えるのも治療技師の役割となります。放射線腫瘍医は、照射期間中、定期的に患者さんを診察し、異常がないことを確認します。
放射線治療では、治療計画画像を取得するCT装置、治療計画装置、治療装置(照射装置)、治療情報システムなど多くの装置やコンピュータシステムが使用されます。しかも、これらの治療装置・システムはネットワークで相互に接続され、連携して使用されます。個々の装置・システムに異常があったり、相互に矛盾していたりすると、治療が正しく行われないだけではなく、重大な事故の原因になりかねません。医学物理士は、品質管理プログラムを実行して、これらの装置が相互に矛盾なく正しく作動していることを保証します。また、放射線量は薬剤の投与量と同様に放射線治療では決定的に重要なものです。しかし、放射線は五感では感知できません。そこで、医学物理士はさまざまな測定を行うことにより、放射線腫瘍医の処方通りに放射線が照射されていることを保証します。
医学物理士の仕事は、治療計画の最適化、治療装置・システムが正しく作動していることを保証するための品質管理、処方通りに放射線が照射されていることを保証するための測定などであり、放射線腫瘍医や治療技師と違って患者さんと直接に接触することはありません。しかし、今までの説明で、放射線治療には必要不可欠であることがお分かりいただけたのでないかと思います。実際、欧米においては古くから専門職として確立しています。放射線治療の最先進国である米国では、5000人以上の医学物理士がいて、その大部分が放射線治療に従事しています。また、最近では、韓国や東南アジア諸国でも医学物理士の放射線治療への参加が進んでいます。
それでは、日本の状況はというと、関係者の努力により少しずつ改善されていますが、先に述べたように専任の医学物理士はいまだ数十人というお寒い状況です。以下、そのような日本の現状について簡単に解説いたします。
日本でも欧米にならって、(社)日本医学放射線学会において、1987年より学会資格として医学物理士の認定を開始しました。しかし、認定資格を理工系修士卒以上に制限したという供給面の問題と国家資格でないためその業務が正当に評価されないという需要面の問題から放射線治療の現場には、ほとんど浸透しませんでした。しかし、医学物理士は居なくてもその業務は存在するわけであり、実際は、放射線腫瘍医、治療技師、そして機器の納入業者により担われていました。
ところが、2000年ころを境とする放射線治療技術の発展やそれに伴う患者数の増大により、このような体制では対応が困難になりました。それを端的に示したのは、放射線治療の際の誤照射事故が2000年ころから数年にわたって続発したことです。誤照射事故の原因は、一言でいえば日本の放射線治療体制がきわめて貧弱であったことです。具体的には放射線腫瘍医や治療技師が決定的に不足し、医学物理士が不在のため治療の品質管理・保証が不十分であったことによります。放射線腫瘍医や治療技師の不足については、別の方から説明されると思いますので、ここでは医学物理士に的を絞ります。
(社)日本医学放射線学会としては、このような状況に対応するため、医学物理士への途を広め、実際に医学物理士の業務を行っている診療放射線技師のうち一定の基準に達した方を認定するよう認定資格を改訂しました。そして、認定した医学物理士の能力向上に全力を尽くすこととしました。この改訂が行われたのは、2003年の認定からであり、図2に見るように2003年以降、認定された医学物理士の数は急増し、最近、おおよそ500名に達しました。
図2.医学物理士数の推移
また、国も医学物理士の必要性を認識し、2006年に制定した「がん対策基本法」の関連施策の中で、医学物理士などが治療計画や治療装置の品質管理などを行っていることを、IMRTなど高精度放射線治療の診療報酬請求を行うための必須条件としました。さらに、「がんプロフェッショナル養成プラン」という国の補助制度により、系統的に医学物理士を養成する教育コースが、多くの大学院で設けられるようになりました。
このように医学物理士の数が増え、教育制度も整備されてきました。また、国も医学物理士の業務を認める方向に進んでいます。しかし、なお専任の医学物理士は、非常に少ない現状があります。多くの医学物理士は、患者さんへの照射業務のかたわら、または教育職としての業務のかたわら、医学物理士の本来業務(治療計画や治療品質管理)を行っています。これでは、治療事故続発以前と実態はそれほど変わらず、いつ事故が起こるか分かりません。私どもとしては、我が国の放射線治療の水準向上のため、是非とも、本来業務を専任で行う医学物理士の数を増やしたいと考えています。このような医学物理士の数を増やすには、患者さんたちの力は非常に大きいものがあると思います。ご支援のほどよろしくお願いします。
略歴
遠藤 真広(えんどう まさひろ)
昭和46年6月東京大学教養学部基礎科学科卒業。昭和48年3月東京大学大学院理学系研究科修士課程を修了。昭和48年4月より平成21年3月まで36年間、放射線医学総合研究所に勤務して定年退職。放射線医学総合研究所では治療システム開発室長や医学物理部長を歴任。退職後は、九州国際重粒子線がん治療センターの建設に参加するため、佐賀県に移り、平成21年4月から平成22年3月まで佐賀県健康福祉本部理事。平成22年4月から現職。日本医学物理学会会長を平成13年3月から平成19年2月までおよび平成22年3月から現在まで務めている。また、日本医学物理士会長を平成19年3月から平成22年2月まで務める。医学物理士、医学博士。
昭和46年6月東京大学教養学部基礎科学科卒業。昭和48年3月東京大学大学院理学系研究科修士課程を修了。昭和48年4月より平成21年3月まで36年間、放射線医学総合研究所に勤務して定年退職。放射線医学総合研究所では治療システム開発室長や医学物理部長を歴任。退職後は、九州国際重粒子線がん治療センターの建設に参加するため、佐賀県に移り、平成21年4月から平成22年3月まで佐賀県健康福祉本部理事。平成22年4月から現職。日本医学物理学会会長を平成13年3月から平成19年2月までおよび平成22年3月から現在まで務めている。また、日本医学物理士会長を平成19年3月から平成22年2月まで務める。医学物理士、医学博士。