進む臨床レベルでの粒子線治療
『陽子線治療について』
財団法人脳疾患研究所附属南東北がん陽子線治療センター
センター長 不破 信和
センター長 不破 信和
【粒子線治療とは】
現在、臨床で使用されている粒子線治療には陽子線治療と炭素線治療との2種類があります。前者は水素、後者は炭素の原子核を光速近くまで加速することによるエネルギー付加によりがん細胞を障害します。従来の放射線治療で用いられている電子線治療も粒子線治療の一つですが、一般的には上記の治療が粒子線治療と称せられています。また重粒子線治療とは広義の意味では電子より重い粒子による治療を称しますが、最近では炭素イオン以上の重イオンによる粒子線治療のみを重粒子線治療と分類することが一般的です。
その歴史について概観してみましょう。陽子線はWilson(1946)に提案され、その後米国ローレンスバークレイ研究所(1954)、ボストン(1954)、スウェーデンウプサラ大学((1957)、マサチューセッツ総合病院(1961)で施行されました。我が国においては放射線医学総合研究所(放医研)で1979年より開始されました。初期の陽子線装置はエネルギーが低いこともあり、その飛程は短く、主な対象例は目の腫瘍(悪性黒色腫)でした。我が国においては、1983年に筑波大学が近接の高エネルギー加速器研究機構の敷地内に粒子線施設を建設し、ブースターシンクロトロンから供給される陽子線のエネルギーを用いて深部癌への治療を開始したのが最初です。この施設では呼吸に合わせて陽子を照射する装置(呼吸同期照射)の開発、世界で初めて垂直下向きのビームを実用化したこと、また腫瘍の形状に合わせて照射野を形成するマルチリーフコリメーターの開発など、その後の粒子線治療で採用されている多くの装置の開発に多大な貢献をしています。特に肝臓癌に対する陽子線治療の有効性を明らかにし、陽子線治療の適応拡大に貢献したことは特筆すべき事項です1,2)。筑波大学の成果が様々な角度から陽子を照射する装置(ガントリー)の開発、現在の深部治療への取り組みに繋がったと考えて良いと思います。
その歴史について概観してみましょう。陽子線はWilson(1946)に提案され、その後米国ローレンスバークレイ研究所(1954)、ボストン(1954)、スウェーデンウプサラ大学((1957)、マサチューセッツ総合病院(1961)で施行されました。我が国においては放射線医学総合研究所(放医研)で1979年より開始されました。初期の陽子線装置はエネルギーが低いこともあり、その飛程は短く、主な対象例は目の腫瘍(悪性黒色腫)でした。我が国においては、1983年に筑波大学が近接の高エネルギー加速器研究機構の敷地内に粒子線施設を建設し、ブースターシンクロトロンから供給される陽子線のエネルギーを用いて深部癌への治療を開始したのが最初です。この施設では呼吸に合わせて陽子を照射する装置(呼吸同期照射)の開発、世界で初めて垂直下向きのビームを実用化したこと、また腫瘍の形状に合わせて照射野を形成するマルチリーフコリメーターの開発など、その後の粒子線治療で採用されている多くの装置の開発に多大な貢献をしています。特に肝臓癌に対する陽子線治療の有効性を明らかにし、陽子線治療の適応拡大に貢献したことは特筆すべき事項です1,2)。筑波大学の成果が様々な角度から陽子を照射する装置(ガントリー)の開発、現在の深部治療への取り組みに繋がったと考えて良いと思います。
【粒子線治療の特徴】
粒子線治療は入射エネルギーに応じた飛程を有し、その終末付近に線量付与の急峻なピークを持つ特徴を有します。深部にある癌組織にそのピークをもってくれば従来の放射線治療に較べて、極めて良好な線量分布を得られることになります(図1)。線量の高い領域をBragg peakと呼ぶが、発見した英国の物理学者(Bragg)の名前を付けたものであります。従来の放射線治療が癌周囲の正常組織への障害のために充分な線量を投与できないことが大きな問題点でありましたが、線量分布の集中性の高さは局所制御の改善と障害の軽減を期待できることを意味します。
図1 陽子線治療の線量分布
また線量分布のみでなく、殺細胞効果も従来の放射線治療と異なり、特に炭素の場合の優位性は明らかです。従来の光子線治療は水と反応し、そこから発生するフリーラジカルがDNAを障害する間接作用が主であるのに対し、粒子線では粒子がDNAを直接障害する作用が主体と考えられています。
放射線での生物学的効果の指標としてRBE(relative biological effectiveness)が使われています。これは培養細胞、マウス腸管の照射実験等により決定されていますが、従来の光子線治療でのRBEを1とした場合、陽子線治療による殺細胞効果は1.1前後、炭素では陽子に較べ質量が12倍重く、それだけDNAの障害も強く、2〜3とされています。しかし、粒子線治療と言えども腫瘍のみに限局した照射は困難であり、大線量を投与した場合には癌周囲の正常組織への障害もまた重篤になり得るということも意味します。
他に粒子線治療で特異的に見られる現象として照射された部位がPETにて画像化される現象が起こります。この現象は治療後短時間(30分以内)であるが、粒子が通過した部分が放射化され、陽電子が発生し、消滅時に出るγ線により画像化されます。この原理は通常のPETと同じである。このPET-CTは腫瘍が照射野内に含まれるか否かの確認に留まらず、病巣が縮小した場合の照射方法の変更に有用な情報を提供します。例えば副鼻腔癌の場合、腫瘍の縮小に伴い、空気と置き換わると線量分布が大きく変わるため、照射方法、照射野の変更が必要となりますが、定期的に撮像することにより、照射方法の変更が容易になります。
図1 陽子線治療の線量分布
また線量分布のみでなく、殺細胞効果も従来の放射線治療と異なり、特に炭素の場合の優位性は明らかです。従来の光子線治療は水と反応し、そこから発生するフリーラジカルがDNAを障害する間接作用が主であるのに対し、粒子線では粒子がDNAを直接障害する作用が主体と考えられています。
放射線での生物学的効果の指標としてRBE(relative biological effectiveness)が使われています。これは培養細胞、マウス腸管の照射実験等により決定されていますが、従来の光子線治療でのRBEを1とした場合、陽子線治療による殺細胞効果は1.1前後、炭素では陽子に較べ質量が12倍重く、それだけDNAの障害も強く、2〜3とされています。しかし、粒子線治療と言えども腫瘍のみに限局した照射は困難であり、大線量を投与した場合には癌周囲の正常組織への障害もまた重篤になり得るということも意味します。
他に粒子線治療で特異的に見られる現象として照射された部位がPETにて画像化される現象が起こります。この現象は治療後短時間(30分以内)であるが、粒子が通過した部分が放射化され、陽電子が発生し、消滅時に出るγ線により画像化されます。この原理は通常のPETと同じである。このPET-CTは腫瘍が照射野内に含まれるか否かの確認に留まらず、病巣が縮小した場合の照射方法の変更に有用な情報を提供します。例えば副鼻腔癌の場合、腫瘍の縮小に伴い、空気と置き換わると線量分布が大きく変わるため、照射方法、照射野の変更が必要となりますが、定期的に撮像することにより、照射方法の変更が容易になります。
【陽子線治療の適応例】
抗癌剤の今後の方向性が分子標的薬剤などの様にがん特異的であるのと同様に、放射線治療の流れも、がん組織への集中性が高い粒子線治療に向かうことは間違いありません。例えば食道癌に対する従来の放射線治療で問題となる心臓や肺への障害は陽子線治療の採用により大幅に軽減されるものと期待されています。従来の治療では頭打ちとなっている進行肺癌や、X線治療後の再発例にも有効と考えられます。陽子線治療は、ほぼすべての固形がんが対象になりますが、特に有用性が高いとされている悪性腫瘍は頭蓋底腫瘍、頭頚部癌、早期肺癌、食道癌、肝癌、前立腺癌、小児癌です。米国での小児癌に対する放射線治療は陽子線治療が第一選択となっています。上記以外の癌として悪性脳腫瘍、進行肺癌、膵癌、膀胱癌も今後、陽子線治療の臨床研究の対象になるものと考えられ、従来、有効な治療がなかった領域、あるいは手術により大きな機能喪失が起こる疾患への新たな治療法になる可能性を持つ治療と考えられます。
南東北陽子線センターは開院から2010年12月までの2年2ヶ月の間に900人を超える治療を行ないましたが、その主な内訳は36%が頭頚部癌、17%が肺癌、11%が前立腺癌、9%が食道癌、肝臓癌7%でした。例えば、進行食道癌には化学療法、予防域でのX線治療との併用治療を行っていますが、現在、化学放射線療法で問題となっている心、肺障害を大きく軽減出来ると考えています3,4。図2は食道癌に対する陽子線治療の線量分布図を示しますが、心臓への線量軽減は明白です。図3にT4食道癌例の治療前後のPET-CT像を示します。食道癌の手術は侵襲が大きく、術死率は症例の多い施設で3%、全施設での死亡率は6%とされています5。筆者は食道癌の10年後の標準治療には陽子線治療が組み込まれるものと考えています。
図2 食道癌に対する陽子線治療線量分布
図3A T4食道癌 治療前 PET−CT像
図3B 治療6ヶ月後 PET−CT像
南東北陽子線センターは開院から2010年12月までの2年2ヶ月の間に900人を超える治療を行ないましたが、その主な内訳は36%が頭頚部癌、17%が肺癌、11%が前立腺癌、9%が食道癌、肝臓癌7%でした。例えば、進行食道癌には化学療法、予防域でのX線治療との併用治療を行っていますが、現在、化学放射線療法で問題となっている心、肺障害を大きく軽減出来ると考えています3,4。図2は食道癌に対する陽子線治療の線量分布図を示しますが、心臓への線量軽減は明白です。図3にT4食道癌例の治療前後のPET-CT像を示します。食道癌の手術は侵襲が大きく、術死率は症例の多い施設で3%、全施設での死亡率は6%とされています5。筆者は食道癌の10年後の標準治療には陽子線治療が組み込まれるものと考えています。
図2 食道癌に対する陽子線治療線量分布
図3A T4食道癌 治療前 PET−CT像
図3B 治療6ヶ月後 PET−CT像
【おわりに】
今後の問題点として医療経済の問題は避けて通れません。現在の医療費では採算性、特に炭素線では潤沢な資金が投入される一部の公的医療機関以外での設置は困難です。今後、一部疾患に対しては保険収載されるようですが、その場合、現在の300万から大きく下回る医療費の設定はさらに採算性を厳しくします。疾患の種類に囚われずに必要な患者に対しては保険収載の道を、また非保険収載の疾患においては低所得者層に対する長期の低利息での貸付制度等、社会的補助制度の充実を願ってやみません。
【参考文献:】
1. Tanaka N, et al. Proton irradiation for hepatocellular carcinoma. Lancet. 340(8831),1992.
2. Tsujii H, et al. Clinical results of fractionated proton therapy. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 25:49-60,1993.
3. Morota M, et al. Late toxicity after definitive concurrent chemoradiotherapy for thoracic esophageal carcinoma. Int J Radiat Oncol Biol Phys 75(1):122-128,2009
4.Ishioka S, et al. Long-term toxicity after definitive chemoradiotherapy for squamous cell carcinoma of the thoracic esophagus. J Clin Oncol 21(14):2697-2702,2003
5.Kazui T, et al. An attempt to analyze the relation between hospital surgical volume and clinical clinical outcome. Gen Thrac Cardiovasc Surg 55(12):483-492,2007
略歴2. Tsujii H, et al. Clinical results of fractionated proton therapy. Int J Radiat Oncol Biol Phys. 25:49-60,1993.
3. Morota M, et al. Late toxicity after definitive concurrent chemoradiotherapy for thoracic esophageal carcinoma. Int J Radiat Oncol Biol Phys 75(1):122-128,2009
4.Ishioka S, et al. Long-term toxicity after definitive chemoradiotherapy for squamous cell carcinoma of the thoracic esophagus. J Clin Oncol 21(14):2697-2702,2003
5.Kazui T, et al. An attempt to analyze the relation between hospital surgical volume and clinical clinical outcome. Gen Thrac Cardiovasc Surg 55(12):483-492,2007
不破 信和(ふわ のぶかず)
三重大学医学部卒業後、三重大学病院研修医、浜松医科大学放射線科を経て昭和59年7月より愛知がんセンター放射線治療部勤務。平成10年4月同部長、平成18年4月愛知県がんセンター副院長兼放射線治療部部長。平成19年9月南東北がん陽子線治療センター長、現職
三重大学医学部卒業後、三重大学病院研修医、浜松医科大学放射線科を経て昭和59年7月より愛知がんセンター放射線治療部勤務。平成10年4月同部長、平成18年4月愛知県がんセンター副院長兼放射線治療部部長。平成19年9月南東北がん陽子線治療センター長、現職