市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
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市民のためのがん治療の会
『がんと心もよう(2) 「病は気から」の精神免疫学』
日本メジフィジックス株式会社
吉村 光信
【「病は気から」の自然科学的背景】
我々の身体では細胞が分裂と消失を繰り返し、毎日12兆個の細胞が入れ替わります。この過程で遺伝子の複製ミス(突然変異)によりがん化する細胞の数は1日に3千〜6千個に達するといわれています。しかし、我々が容易にがんにならないのは、体内の免疫機構によりがん化した細胞を殺傷・排除しているためです。

この免疫機構に悪影響を及ぼす大きな要因の一つが、ストレスとそれに続く抑うつ状態です。

たとえば、我々が隣人の死、健康問題や経済的などの危機に遭遇し、自らの対応能力を超えた状況に直面して高度のストレスを受けると、脳の視床下部から副腎へと刺激が伝わり、アドレナリンやコルチゾールなどのストレスホルモンが産生されます。ストレスやうつ状態が長期間におよぶと、TNF(腫瘍壊死因子)-α、インターロイキン(IL)-1、IL-6などのサイトカイン(免疫系の主な情報伝達物質)が影響を受け、さらに、ナチュラルキラー(NK)細胞の活性低下、ひいては腫瘍の増殖を誘発すると考えられています。また、私のような肝疾患の場合、ストレスにより血管が攣縮して肝血流が低下し、肝細胞が低酸素状態に陥り、傷害を受けることもあります。

このような現象は疾病に限ったことではなく、精神社会学的ストレスによるDNA修復への影響なども知られており、例えば学生の試験によるストレスで、DNAの酸化的傷害が誘発されたり、血中の抗酸化作用が低下することが報告されています。

さらに、免疫細胞と脳細胞との間にはいくつかの共通性があります。すなわち神経内分泌系と免疫系では共通の刺激・伝達系や受容体を有し、また、サイトカインなどの免疫系から逆に視床下部〜下垂体〜副腎皮質系(HPA axis)の機能へと影響が伝わることも知られています。

すなわち、「病は気から」は神経生理学の観点からも根拠があることです。


【ストレスと免疫に関する動物実験】
「人々の生死を分けるのは、ものごとへの対処法を決定するのは自分だということを自覚しているか否かである」というフランクルの言葉を前半で紹介しました。ストレスに対処可能か否かで、免疫機能がどう影響を受けるかを検討した動物実験があります。

2匹のラットの尾を電極でつなぎ電撃を与えます。一方は目の前の棒を押せば電撃から解放されますが(対処可能群)、他方は、前述のラットが棒を押さない限り電撃から逃れられません(対処不能群)。

繰り返しの電撃の後、両群の行動・免疫反応を調べた結果、前者の対処可能群では著しい変化はみられませんでした。他方、後者の対処不能群では、体重低下、胃潰瘍の発生がみられ、行動的にもエサに対する競争性・ストレスからの退避行動・攻撃性が低下しました。さらに、脳内のストレスホルモンであるアドレナリンが増加し、NK活性が低下し、移植された腫瘍への拒絶率も低下しました。



【がんと精神的要因の臨床研究】
精神的要因やがん患者の予後を検討した臨床研究において、無力感や否定的な感情抑制という精神的要因が、がんの増殖や広がりに関連することが示唆されています。

例えば、コルチゾールやエピネフリンなどのストレスホルモンの存在下で、子宮がん細胞を膜浸潤培養系で培養したところ、これらのストレスホルモンがない場合に比べ、がん細胞の浸潤性が89%〜198%増加したとの報告があります。

前述のフランクルの言葉や、ラットでの実験結果は、臨床的にどのように現れるのでしょうか。がんをどう受けとめ,どう対処するのか(コーピング)という患者の精神的要因とがんとの関係を検討した臨床報告があります。

早期乳がん患者62例を対象に、がんに対して@ 前向きに積極的に対応した、A がんを否定した、B 冷静に受容した、C 絶望感をもったというと4種類に分類し、生存期間が調査されました。その結果、いずれの群も標準的治療が実施されたにも関わらず、@からCの順に生存期間が短くなり、15年後の生存率は@群で45%に対し、B、C群では17%でした。本研究では、臨床病期、がんの大きさ・程度、手術・放射線治療実施の有無と生存率・再発率の間に有意な関係はみられず、がんに対する精神的反応・気持ちのありかたのみが生存・再発に関連する有意な要因であったとされています。

なお、この研究はその後、同じグループにより大規模な追跡研究が行われ、その結果、上記の研究ほど生存率に差はなかったものの、うつ状態に至った患者の予後が悪いことが確認されています。



【がん患者・患者家族とうつ状態】

がん告知を受けた時の一般的反応として、衝撃、否定、絶望・怒りなどの感情の後、悲嘆・落胆・うつ・不安などを経験し、通常は2週間から3ヶ月ほどかけて、徐々に日常生活に支障がない程度に回復していくといわれています。しかし、悲嘆・うつ・不安の状態が続くと、前述のような機序で体内の免疫機能が低下し、がんの進行を助長するという悪循環に陥ります。

問題なのは、大うつ病の特徴である抑うつ気分、意欲・興味低下、睡眠障害、食欲低下、思考・集中力低下および倦怠感などの症状は、がんに起因する症状と類似しているため、多くの場合、これらの症状ががんによるものと看過・放置され、中にはがんによる痛みよりも辛いうつ症状を体験する例もあるということです。もしも、これらがうつによる症状であれば抗うつ剤などで治療することにより、抑うつから解放されて、再びがん治療に積極的に取り組む意欲が出てきます。

がんにおける精神的要因は患者のみならず、その配偶者・家族にもおよびます。すなわち患者の家族の2〜3割に抑うつがみられ、また、配偶者の死別後1年以内におけるうつ病の発症率は45%に達するとの報告があります。さらに、進行性乳がんで治療中の妻をもつ夫の免疫反応を、妻の死亡前後で調べた研究では、死別後1ヶ月後に免疫細胞(T細胞・B細胞)の機能が低下し、その状態は4〜14ヶ月以上の長期にわたり持続していたとの報告です。  



【笑い・生きがい】

ストレスとは逆に、笑いが免疫活性にどのような影響を与えるかの検討もあります。大阪なんば花月で健常ボランティア29例を対象に、3時間の笑タイムの前後においてNK細胞の活性が調べられました。その結果、全例においてNK細胞の活性値は上昇または正常化して、低下例はみられず、しかもこの効果は、即効性という点において免疫療法剤の注射よりはるかに強力であったとのことです。

フランクルの実存主義の観点から、浜松医大診療内科では全人的治療という療法が検討されました。専門医により予後が6ヶ月未満と告知されたがん患者28例を対象に、漢方学的な補剤を用いてエネルギー補給を行い、また、その患者が生きてきたプロセスを積極的に評価し、人生に十分な意味と価値を与えられることに意識を向けさせて、患者固有の社会的役割を遂行させるというような指導がなされました。その結果、平均生存期間は18.4ヶ月と、推定生存期間の3倍以上長かったとのことです。また、この28例のうち、美しい自然に心を打たれるなど、がんになるまでにはなかった感動的な体験(至高体験)があった6例では、他の22例と比べてストレスホルモン(コルチゾール)の指標、抗コルチゾール物質(DHEA-S)、生活の質(QOL)、生存期間などの項目で有意に良好な指標が示されました。DHEA-Sは免疫力や生体の恒常性の維持を改善することが知られており、フランクルの言う実存的な気づき(生きる意味への目覚め)によって脳が刺激・活性化され、DHEA-Sの分泌が亢進し、QOLと生存期間が改善されたものと考えられています。  



【結語】

以上述べてきたような精神的要因ががんの臨床にもたらす影響は、主要な治療法の結果を大きく左右するものではないかも知れません。しかし、類似した医学的背景の患者に同一の治療を施行しても、患者の生存期間に大きな開きが出る要因の一つとして、このような精神的な要因は無視できないものと考えます。

「絶望が人を死に追いやる」というフランクルの言葉を述べました。自分の人生に価値を認め、希望をもって強いこころでがんに対面するということは、患者にしかできない、しかも、その予後を決定する上で重要な要因だと考えます。  



参考資料:

Psychological Stress and Cancer : Questions and Answers. National Cancer Institute FactSheet 04/29/2008
Reiche EMV et al. Stress, depression, the immune system, and cancer. Lancet Oncology 2004 5 :617 625.
Vere CC et al. Psychosocial stress and liver disease status. World J Gastroenterol. 2009; 15:2980-6.
Kiecolt-Glaser JK, et al. Psycho-oncology and cancer: psychoneuroimmunology and cancer. Ann Oncol. 2002; 13 Suppl 4:165-9.
Armaiz-Pena GN,et al. Neuroendocrine modulation of cancer progression. Brain Behav Immun. 2009 23(1):10-5.
Sood AK e t al. Stress Hormone  Mediated Invasion of Ovarian Cancer Cells. Clin Cancer Res. 2006 January 15; 12(2): 369 375
川村 則行 がんは「気持ち」で治るのか!?―精神神経免疫学の挑戦(三一新書)
神庭 重信 こころと体の対話―精神免疫学の世界 (文春新書) 
永田 勝太郎 「死にざま」の医学 (NHKブックス)
伊丹 仁朗 ガンを予防し克服する 生きがい療法 (産能大学出版部)
 

略歴
吉村 光信(よしむら みつのぶ)

1979年 九州大学理学部生物学科卒業。同年、日本メジフィジックス(株)入社。 1988年より放射性医薬品の臨床開発に従事。2001年よりがん骨転移による疼痛の緩和剤 塩化ストロンチウム-89の臨床開発、薬事申請、マーケティングを担当。NPOキャンサーネットジャパン公認 がん情報ナビゲーター。


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