市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
  最適ながん治療を考えようという団体です。セカンドオピニオンを受け付けております。
   放射線治療などの切らずに治すがん治療の情報も含め、
  個人にとって最適ながん治療を考えようという気持ちの現れです。
市民のためのがん治療の会
常に「市民のためのがん治療」を
『粒子線治療の現状と将来展望』

兵庫県立粒子線医療センター 院長 沖本智昭
本文でも触れられている通り当会はニュースレター通巻47号で粒子線治療に対する当会の見解として「患者は常に現状をブレイク・スルーする新薬、新治療技術等を切望している。患者の立場からは何よりも粒子線治療が今まで治療が困難であったがんに対しEBMレベルで効果と安全性が確認されれば大変ありがたく、そうなれば保険収載されるなども考えられるだろう。まずは患者や家族は「効くのか」「安全なのか」の科学的根拠を見守りたい。」と述べた。
ニュースレター通巻47号では同時に公益社団法人日本放射線腫瘍学会が平成26年2月1日付で公表した「粒子線治療施設等のあり方に関する声明」も掲載しているが、その中では「(粒子線による治療は)従前の治療をどの程度上回る効果が得られるのかは、一部を除き、未だ不明な疾患が多いのが現状」「粒子線治療装置が国内に乱立することは、日本のがん診療体制を歪める可能性が高いことから、日本放射線腫瘍学会では、以下のごとく、粒子線治療装置の節度ある導入に向けて提言」とされている。
もとより当会は患者会として、安全で効果のある治療法を切望するものであり、粒子線治療をはじめ多くの研究の成果が一日も早く上がることを期待したい。
今回、兵庫県立粒子線医療センターの沖本智昭先生から、当会の見解にお答えいただく形でのご寄稿があったのでここに掲載いたします。
(會田 昭一郎)

平成28年は日本の粒子線治療において節目の年になった。
理由は陽子線治療および重粒子線治療が保険収載された事である。喜ばしい事であったが粒子線治療の第一線に身を置く立場としては、粒子線治療を多くのがん患者さんの役に立てるには未だ多くの難題があり喜びは一瞬であった。

ニュースレター通算47号(2015.7)に粒子線治療に対する市民のためのがん治療の会の見解が掲載されている。その見解に回答する形式で粒子線治療の最新情報を述べる。

@粒子線治療がX線治療より優位であるというエビデンスを示し、公的機関から承認を得られた悪性腫瘍から保険収載する

先進医療を保険診療にする場合に大きな役割を担っているのが厚生労働省の先進医療会議である。先進医療会議では『粒子線治療がX線治療等の保険診療となっている治療法より優位であるというエビデンスを示す』事を求められ我々が行った事は主に次の三つである。@我が国で粒子線治療を施行した全データを集計・解析する。A得られたデータを保険診療となっている治療法のデータと比較する。Bより高いエビデンスのデータを得るために粒子線治療の前向き臨床試験を計画する。@の結果は全87ページの資料として先進医療会議に提出した。詳細は2015.8.6先進医療会議の資料(http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-12401000-Hokenkyoku-Soumuka/0000093345.pdf)を参照されたい。その結果、本年4月より20歳未満の小児悪性腫瘍に対する陽子線治療と整形外科専門医を含むキャンサーボードにて切除非適応と判断された骨軟部腫瘍に対する重粒子線治療が保険診療となった。他にも複数の悪性腫瘍において粒子線治療が明らかにX線治療を上回るデータを示したが保険収載はかなわなかった。その代表的腫瘍である頭頸部の悪性黒色腫と腺様嚢胞癌についてX線治療と粒子線治療の治療成績比較を図1に示す。


<図1>

悪性黒色腫の5年生存率はX線治療13〜18%に対して陽子線治療40%、重粒子線治療43.8%と明らかに優位であった。イギリス、アメリカ、オランダ、フランス、カナダ、韓国では小児腫瘍、骨軟部腫瘍とともに悪性黒色腫、腺様嚢胞癌を代表とする頭頸部の非扁平上皮癌が保険診療となっている(図2)。


<図2>

頭頸部非扁平上皮癌はX線治療に対する粒子線治療の優位性は明らかであり、我が国でも近い将来保険収載されると確信している。他にも巨大な肝細胞癌や肺癌、局所進行膵癌で粒子線治療が標準治療成績を上回る可能性を示す事は出来たが、粒子線治療施設で治療方法に違いがある事などからエビデンスが高いデータとは言えないと判断し、粒子線治療が標準治療より優れた効果があると予測できる悪性腫瘍に対して前向き臨床試験を行う事となった。既に開始されたものと今年度中に開始される臨床試験を図3に示す。


<図3>

一年の間に10の前向き臨床試験が行われるという事は我が国の放射線治療の歴史において初で画期的な事である。臨床試験は非常に厳密に施行されるため、その結果は高いエビデンスとして世界に認知される。10の臨床試験の結果、保険診療で認められた他治療法より優位性が証明されれば粒子線治療は間違いなく保険診療となるであろう。その時は、単に保険診療として粒子線治療を考慮しても良いという消極的な推奨ではなく、粒子線治療を行う事を第一に考慮すべきという扱いになる可能性すらある。

ここで粒子線治療の臨床試験を行うにあたりどのぐらいの費用が必要かについて簡単に述べる。目標症例数や観察期間の長さ等によって費用は異なるが、少ないもので6千万円、多いもので1億円程度必要となる。抗癌剤や免疫療法の企業治験のように費用を製薬会社が負担するのとは全く異なり、臨床試験を計画した粒子線治療施設が全額負担する必要がある。そのため研究費獲得等の費用集めに大変苦労しているところである。ちなみに私が所属する兵庫県立粒子線医療センターでは6〜7千万円を自施設で負担して局所進行膵癌に対するゲムシタビン併用陽子線治療を行う事を決めた。粒子線治療施設は適応のない多発転移症例などにも照射を行い金儲けしているという声を耳にする事もあるが、厳格に適応症例を決め粒子線治療を行っている当院では赤字経営が続いている。それでも多額の自己負担で臨床試験を行う理由はただ一つ、当院で施行している粒子線治療を局所進行膵癌の多くの患者さんに届けたいからである。

A技術革新(粒子線治療技術と装置)の推進

粒子線治療方法および装置の技術革新はこの数年目覚ましいものがある。照射技術については定位放射線治療や強度変調放射線治療のような高精度X線治療で発展した技術をどんどん取り入れている。CTや体内マーカーを利用したイメージガイド下照射や強度変調X線治療を応用した強度変調陽子線治療(IMPT)が普及しつつある。装置については陽子線治療装置の小型化と低価格化が急速に進んでいる。特にアメリカでは陽子線治療装置が急速に増加しており、20年〜30年後にはX線リニアック装置と陽子線治療措置の台数が同数になるという予測もある。重粒子線治療装置についても小型化は進んでいるし、回転ガントリーによる照射が近々可能となる。しかし陽子線治療装置の小型化と低価格化ほどではないため当面特殊な放射線治療としての位置付けに変化は無いと思われる。

粒子線治療に対する市民のためのがん治療の会の見解に回答する形式で粒子線治療の最新情報を述べた。劇的に変化している粒子線治療の国内および世界情勢の一部をご理解いただけたと思う。私が北海道がんセンターから兵庫県立粒子線医療センターに異動して2年半が経った。病院長としての事務的業務をこなしながらも可能な限り外来に出て診療を行っている。その結果確信した事は粒子線治療が放射線治療になくてはならない技術だという事である。切除、ラジオ波焼灼、X線治療、肝動脈化学塞栓療法のどれも不可能でこのままでは数か月の余命という患者さんが当院で粒子線治療を受け、何年も元気で過ごされているのを何度も経験している。このような粒子線治療でしか救えないごく少数の症例に対する粒子線治療を保険収載する事でどれ程の国民医療費が増加するというのであろうか?臨床試験が必要と判断した悪性腫瘍に対しては我々が粛々と行い結果を出していく。ただし臨床試験の結果が出るまでは少なくとも4〜5年、長い場合は10年近くかかる。粒子線治療が明らかに役立つごく一部の進行がん患者さんに対しては臨床試験により保険収載を目指す方法は選択すべきではなく、我々とがん患者さんや支援する皆様の声で一刻も早く保険収載となる事を期待している。

略歴
沖本 智昭(おきもと ともあき)

平成2年 長崎大学医学部卒業後同放射線科入局、同放射線科医員、広島県立広島病院放射線科医長、山口大学医学部附属病院放射線科講師、北海道がんセンター放射線診療部長を経て平成26年から兵庫県立粒子線医療センター副院長、平成27年から同院長となり現在に至る。この間平成8年から2年間テキサス大学ヘルスサイエンスセンター・サンアントニオ研究員。
専門 放射線腫瘍学 粒子線医学 放射線病理学
資格 医学博士、放射線治療専門医 がん治療認定医、神戸大学連携大学院教授、大阪大学招へい教授

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