その後先生にお会いする機会が無かったが、先日ある会合で久しぶりにお目に掛かる機会を得、「がん医療の今」へのご寄稿をお願いしたところ、下記をお送りいただいた。
なお、『ヘルプマン!』は、くさか里樹の日本の老人介護を題材にした漫画で、軽いタッチの描画で高齢社会の問題点をわかりやすく、リアルに描いている。2003年8月から2014年9月まで、講談社発行の『イブニング』にて連載された。
その後は『週刊朝日』から発行。第40回日本漫画家協会賞大賞を受賞。
「長野の善光寺からきた僧侶です」といったら、皆さんけっこう信じてくれるんですよね。
私、見た目は坊主頭でお坊さんみたいですけど、実はお医者さんです。
長野県の山村にある診療所で、10年あまり地域医療に携わってきました。
くさかさんの『ヘルプマン!』と出会ったのは、4年前のお正月。
旅行先のタイで友人から、「バンコクで話題になっているコミック」
と紹介されたのが最初でした。
普段、コミックを読む習慣はありませんが、気になって手に取ってみると驚きました。
日本の誇る漫画という手法で、近未来の日本社会を先取りしている。
日本人全員に読んでほしいと思ったほどです。
先日、全国の市議会議長ら数百人が集まる会議で講演したとき、全員に『ヘルプマン!』の第8巻を配りました。この本はお薬です。
孫やお嫁さんに渡しましょう。
1週間後にはおじいちゃん、おばあちゃん孝行になりますよ、と言って。
また、共同通信で連載した文章でも、『ヘルプマン!』を取り上げました。
第8巻はフィリピン人の介護士が日本で悪戦苦闘するお話で、主人公は最後に「おうちが一番。ファミリーが一番」と語ります。ほとんどがカトリック教徒のフィリピン人は、家族を大事にします。フィリピン人介護士の参入という介護制度の未来像を描きながら、家族の大切さを表現していることに感動し、大勢の人に知ってほしいと思いました。
日本の医療は国民皆保険があるから保たれている
日本は、世界一のスピードで高齢化が進み、海外からも注目されています。
以前、WHO(世界保健機関)に呼ばれて講演をしたのですが、そこで世界中の医療・介護の現状を知ることにもなりました。改めて思い知らされたのは、日本の医療は国民皆保険制度があるから保たれているということです。
皆保険が導入されて半世紀、今は保険証1枚でいつでも、どこでも受診できますが、世界にそういう国はほとんどありません。それどころか、医師のいない地域が当たり前のように存在しています。
日本の医療を支えてきたもう一つの要因は、あえて言いますが「アホな医者」がいることです。
言葉は悪いけれど本当なんですよ。
途上国の田舎から都会に出ると医師の給与は10倍、さらに先進国にいくと100倍になる、
というのが世界の相場ですから、皆こぞって欧米へ流れています。
日本ではこんな給与格差はありませんが、それでも、日本の農山村に、給与は二の次という「アホな医者」がいないと医療サービスを維持できないわけです。
長年にわたり山中で医療をしてきた私は、その「アホな医者」の1人なわけですが、佐久病院では農民たちに教えられることがたくさんありました。
佐久病院は、かつて農村の医療提供体制が不十分だった時代に、農民がお金を出しあって作られました。「予防は治療に勝る」が合い言葉。「油や塩分を控えないとね」「このところ寒いから暖房を入れたらいいよ」と生活指導を大切にしています。
長野県は日本一老人医療費が低いことで有名ですが、要は医者があまり“直接的な医療”をしてはいないということです。それでも、平均寿命は世界一の日本の中でも長野は首位に近いのですから、医者は余計なことをしないほうがいいのでしょうね。
医者を名医にする秘訣は“AKA”
でも、最近はちょっと患者さんの権利意識が過剰になってきたように思えます。
日本は救急車を呼べばすぐ来るし、医療水準も高い国ですが、あまりに気楽に呼びすぎたり、病気が治らないことを責めたてたりしたら、どんな医者だってイヤになりますよ。
テレビドラマに出てくる医者は見た目もよく、ブラックジャックの腕を持ち、綾小路きみまろの話術を持つけれど、そんな医者は存在しません。
むしろ、高校生のときに、数学と物理と英語が得意だっただけで、コミュニケーションが下手な医者が多い。また、下手に商売上手な口のうまい医師も怖い。もちろん、すばらしい先生もいっぱいいるけど、医者に期待しすぎは禁物です。治らないものは治らないのですから。
本来、病気が治らないときに頼る存在は、医者ではなく僧侶ですよ。
だから時々、袈裟を着て患者さんに会おうか? なんて……(笑)。
私は、人間関係を円満に長持ちさせるコツは「AKA=あてにしない、期待しない、あきらめる」だと思っています。
医者に対しても同じで、私の外来では患者さんがドアを開ける前に「色平先生は、あてにしない、期待しない、あきらめる」と10回唱えているという噂もあるくらいです(笑)。
総じて医者は、世間で、ぶつかった経験が足りませんから、それでちょうどいいのです。
私は長野にきて、農民たちから多くのことを教わりました。
おじいさん、おばあさんが農作業しながら自給自足の生活をしているのを間近に見たことで、「金持ちより心持ち」というか、医療の主人公は患者さんであることが骨身に沁みました。
それを象徴する、一編の詩があるのでご紹介しましょう。
人々の中へ行き
人々と共に住み
人々を愛し
人々から学びなさい
人々が知っていることから始め
人々が持っているものの上に築きなさい
しかし、本当にすぐれた指導者が
仕事をしたときには
その仕事が完成したとき
人々はこう言うでしょう
「我々がこれをやったのだ」と
(『人々の中へ』―晏陽初、1893-1990)
佐久の住民は、自分たちの手で医師を育て、お金をかけなくても幸せになれることを自然に身につけてきました。
山村で営まれてきた医療には、今後の日本社会が迎える超高齢化社会へのヒントがたくさんつまっているような気がします。
横浜市生まれ。東京大学中退後、世界を放浪。京都大学医学部卒。1990年JA長野厚生連佐久総合病院に就職。95年タイ政府から表彰。1998年から南相木村診療所長として10年間地域医療に従事。2003年佐久文化賞受賞。2011年ヘルシー・ソサエティ賞受賞。佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長。世界こども財団評議員、九条の会会員。