久留米大学 名誉教授
早渕 尚文
先生は先年大きな問題となった放射線誤照射事件の合同調査団の団長として原因究明、品質保証システム構築等の先頭に立って活躍されました。
昨年11月のJASTRO学術大会に於いて編集子はわが国の放射線治療に関する諸問題について問題提起しましたが、今回の早渕先生のご寄稿とは、軌を一にするものと思われます。
最近の放射線治療の画期的進歩とその普及は目覚ましいものがあります。 しかし、その進歩と普及に待ったをかけ、日本の放射線治療自体への不信を一気にあおる事故が2003年10月に国立H病院から公表されました。 10年以上にわたって300名以上の患者さんに過剰照射が繰り返され、しかも5年以上たってから発覚したという異例の事故でした。 日本放射線腫瘍学会など放射線治療に関係する4学会の合同調査団(団長:早渕尚文)が組織され事故原因を調査しました。 その結果、この病院では放射線治療は医師1人と放射線技師1人だけで行われていましたが、この医師と技師の線量評価法が異なっていたことが原因とわかりました。 ところが、この事故をきっかけに過剰照射や過小照射の報告が次々に公表されました。 2001年の都内T病院の事故報告まで入れるとわずか3年程の間に8件にものぼったのです。 しかも、この8件の報告は4つの大学病院など全て大病院からのものでした。 これを契機に放射線治療体制が見直されることになりました。 放射線治療品質管理士制度(2004年)や放射線治療専門技師制度の創設(2005年)、1台の放射線治療装置につき技師2人の体制化、さらには新規の治療装置導入に当たっては受け入れ試験やコミッショニングの必須化などです。 ちょうどIMRTなどコンピュ−タを用いた放射線治療の技術革新のタイミングとも合致して、放射線治療の画期的進歩と普及が安全に行われることが可能になり、種々のがんでQOLを維持しながら外科治療に匹敵する成績が残せるようになりました。
一方、肺癌学会、頭頸部癌学会、食道癌学会など最近の腫瘍別の学会では演題発表どころか参加者も放射線腫瘍医は愕然とする程少ないのが現状です。 なかには放射線治療関係の発表を他科の医師が平然と行い、しかも共同演者にさえ放射線腫瘍医のないものが少なからずみうけられます。 放射線腫瘍医は治療計画作成や診療などで多忙のため学会参加がままならないのでしょう。 なにしろ、学会、研究会が多すぎる上に、放射線腫瘍医は増えたと言っても、相変わらず1200名程度で絶対数が少ないだけでなく、複雑化した放射線治療計画には患者1人分だけでも多くの時間が必要なのですから。 しかし、各種のがん治療の現場ではガイドラインに沿って進められることが標準治療ですが、このガイドラインは腫瘍別の学会を中心に決められることが多いのです。 放射線腫瘍医の参加が少なければ、当然ガイドラインでの放射線治療の位置は低くなります。 このような事情で、日本のがん患者さんにとっては真に最適ながん治療を受けていただくことができにくくなっています。 各種のがん関連学会に放射線腫瘍医が多数参加・活躍し、がん患者さんに最適ながん治療を標準化するためにはどうすればよいのでしょうか? 残念ながら、放射線腫瘍医が突然急激に増えるとは考えられません。 また、複雑化した治療計画が突然単純化するとも思えません。 ここは欧米のように検証だけでなく治療計画自体の大きな部分を医学物理士に任せる体制が必要なのではないでしょうか。 医学物理士の国家資格化は一部の団体の反対にあって進まないようですが、放射線治療品質管理士制度が受け皿となって、医学物理士の資格を持った品質管理士が放射線治療の現場に増えてきています。 治療計画や検証が難しいIMRTなど、高精度放射線治療については全国的にも医学物理士の参画が増えていると聞きます(2015年度の放射線治療品質管理機構の調査では17%)。 その結果、前立腺癌などの根治放射線治療はもちろん、骨転移など本来緩和的治療の領域でもIMRTを活用して脊髄や腸管などの線量を最小限にすることが可能になり、患者の負担を軽減できるようになってきます。 日本のがん患者さんのためにも、高精度放射線治療だけでなく通常の照射にも医学物理士が積極的に関与できる体制作りが進むことを切望しています。
略歴昭和47年九州大学医学部卒業後、母校の放射線科入局、九州大学医学部講師、佐賀医科大学放射線科助教授を経て平成 3年久留米大学医学部放射線科教授、
平成25年より現職
この間昭ロンドンのRoyal Marsden病院へ留学
日本放射線腫瘍学会会長の他、日本医学放射線学会理事、日本頭頚部癌学会会長、日本医学物理連絡協議会議長、放射線治療品質管理機構理事長、など歴任