市民のためのがん治療の会
市民のためのがん治療の会

『長寿命放射性元素体内取込み症候群について』


(独)国立病院機構 北海道がんセンター 名誉院長 (放射線治療科)
「市民のためのがん治療の会」顧問 西尾 正道

人生80年の時代となってきたと思っていたが、年末頂いた喪中の挨拶ハガキを見ると90歳以上のご両親が亡くなられたという内容が多く、本当に長生きできる時代になったものだと思った。 「人生50年」と言われて久しいが、昭和初期の新聞には『老婆、溝に落ちて死ぬ』という記事があり、見てみると老婆の年齢は47歳であった。 今では考えられない感覚である。なお、本稿では講演などで使用しているスライド原稿を言葉足らずとなるが資料として使用することをお許し願いたい。 ここでは医学における放射線を利用してきた経験と実感を通じて、原子力政策を推進するために活動している民間団体である国際放射線防護委員会(International Commission on Radiological Protection、ICRP)の放射線防護学体系のインチキさを論じたいと思う。

日本人の平均寿命が50歳を超えたのは1947年(昭和22年)である。 そして現在の日本人の平均寿命は84歳(女性87歳、男性81歳)となり、この73年間で実に平均寿命は34歳も延長し、世界の中でもトップクラスの長寿国となった。

乳幼児死亡の激減や、ペニシリンから始まった抗生物質の使用による感染症死の減少の他に補液技術の普及などが要因であるが、もちろん国民の栄養状態の改善も寄与している。

特に1950年代に抗結核薬が使用できるようになり、結核死も激減した。 現在問題となっている新型コロナウイルス感染では特に内科的合併症を持った高齢者の死亡率が高いとされているが、結核の場合は20代の若者も命を落とす疾患であった。

資料1に戦後から最近までの死亡原因の推移を示すが、終戦となった1945年は結核死が一位で20万人が結核死している。

資料1 死因別の死亡率の推移

1974年春にCT(コンピューター断層撮影)が出現し、従来の放射線診断のレベルを劇的に押し上げ、医療情報もアナログの世界からデジタルの世界に変える契機となった。 それまで最も多い死因だったいわゆる脳卒中(脳血管疾患)に変わって1981年に悪性新生物(がん)が死因のトップとなり、増え続けている。 CT診断により、脳卒中でも脳出血と脳血栓や脳梗塞では治療対応が全く異なるが、CT装置が全国に普及したため死因一位の座をがんに譲ったのである。 資料2に年代別の死因を示すが、現在はがんがダントツにがん死亡者が多く、30歳代から80歳代までがん死が多くなっている。 さすがに90歳代となると体力も免疫力も低下し、老衰や肺炎が多い死因となっている。

資料2 年代別死因

また深刻なのは世界一若年者の自殺が多いことである。 私が医者となった1970年代は死因のトツプは60歳以上では”がん”であったが、現在は40歳以上で”がん”が死因のトップとなり、40歳未満は”自殺”がトップなのである。 なんという病んだ社会なのであろうか。

がんは世界的にも増え続けており、世界のがん患者は10年で28%増加し、2010年に世界の死因原因の一位となった(JAMA Oncology誌オンライン版 2018年6月2日号)。

資料3は戦後の日米とスウェーデンのがん死亡率の推移である。 このデータは厚生省に勤務し、母子手帳の仕組みを作った業績を残し、後年は東北大学の公衆衛生学教室に勤務した瀬木三雄氏が作成したものである。

資料3 戦後の核実験とがん罹患者の増加

このがん罹患者の増加の最大の原因は大気中の核実験による放射性物質の拡散である。 太平洋上での大気中の核実験で、日米国民が外部被曝したわけではないが、核分裂によって発生したセシウムやストロンチウムなどの放射性微粒子が海に落ち、間接的に食物連鎖の過程で人体に取り込まれ内部被曝したためである。 資料4に5~9歳男子の小児の白血病を中心としたがん死亡率の上昇と膵臓癌の増加を示す。

資料4 日本の男子と膵臓癌の増加

がん治療の領域では、緩和的放射線治療の一つとして、半減期50.5日のストロンチウム89(Sr-89)を私は多用してきたが、 資料5に示すとおり、ストロンチウムの体内動態はカルシウム(Ca)と類似しており、造骨活性のある骨に集積する。

資料5 Sr-89の骨転移部位への集積と除痛効果のしくみ

このため骨転移部位に取り込まれ、β線を出してがん細胞を叩き、疼痛を緩和してくれるのである。 このストロンチウム89を利用した治療に関しては「がん医療の今」No.385を参考として頂ければと思います。

No.385 20190219 『放射性医薬品Sr-89の販売中止について』
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20190219_nishio

この資料5に示すとおり、骨に取り込まれたストロンチウムは血球成分の中で最も放射線感受性の高いリンパ球に悪さをして、造骨活性の盛んな成長期の小児において急性リンパ球性白血病を発症させるのである。 小児の白血病はほとんどが骨髄性白血病ではなく、リンパ球性白血病であるのはこの理由からである。

また資料6にはストロンチウム90(Sr-90)の体内取り込みによる糖尿病や膵臓癌の増加の原因と思われる理由を示す。 Sr-90はイットリウム90(Y-90)を経てジルコニウム90(Zr-90)になるが、その過程で2度ベータ線を出すが、Y-90は膵臓に親和性があるため、アーネスト・スターングラスは膵機能の低下や膵臓癌の発生に関係していると指摘している。

資料6 Sr-90の影響

こうした海洋にばら撒かれた放射性物質を測定していないだけで、我々は被曝しているのである。

1954年のビキニ水爆実験では第五福竜丸の人達が被ばくしたが、その時に築地市場では水揚げした魚の放射線測定を行ったが、種々の元素は千倍から10万倍の生物濃縮を来すことが知られている。 その時の資料と福島原発事故前後の食品の基準値の比較を資料7に示す。 飲料水に関しては、福島原発事故後の1年間は暫定として、200Bq/Kgとしていたが、翌年4月からは10Bq/Lと20分の1にしている。 しかし10年経とうとしているが「原子力緊急事態宣言」は解除されていないまま、国民に被ばくを強いているのである。

10年以上も続く緊急事態とは何なのか。 「緊急」の日本語を理解していないのであろうか。なお、原発事故で影響を受けたウクライナの飲料水の基準は2Bq/Kgである。

資料7 放射性物質の生物濃縮と食品の基準値

こうした食品の基準値であるが、これでも日本は厳しく規制しているという嘘のパンフレツトを復興庁は作成し全国に配布している。 そしてこれを受けて日本で最も販売部数を誇る読売新聞は社説で『民主党政権は、国際基準とかけ離れた基準値を設けた。見直しを急ぎたい』と書いている。 呆れるばかりのフェイク新聞である。 「嘘も百万回言えば真実となる」手法で、小・中学校の子供たちに「放射線のホント」という嘘だらけの小冊子を配布し安心・安全神話で洗脳教育を行っているのである。 資料8はその洗脳の実態を示す。 このフェイク情報は会員に配布される日本医師会の月刊誌にチラシとして同封して、放射線のことには疎い医師たちも洗脳されているのである。

資料8 政府・行政・原子力ムラによる洗脳の実例

こうした放射性微粒子の取り込みによる健康被害を科学的に研究するのではなく、実効線量Svというインチキな単位で議論し、内部被曝の深刻さを隠す姿勢は続いているのです。その典型が最近話題となっているトリチウムを含んだ汚染水の海洋放出の蛮行なのです。

この問題は以前に掲載した原稿を参考として頂きたい。

No.380 20181211 『トリチウムの健康被害について』
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20181211_nishio
No.414+No.415 『被曝影響をフェイクサイエンスで対応する国家的犯罪(前編),(後編)』
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20200331_nishio
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20200414_nishio
No.431  20201124 『隠蔽され続ける内部被曝の恐ろしさ』
http://www.com-info.org/medical.php?ima_20201124_nishio

放射線の人体影響をICRPは「確定的障害」と「確率的障害」に区別している。資料9にICRPが提示している人体影響の区分を示す。

資料9 放射線の人体影響の説明(ICRP)

「確定的障害」においては「しきい値」を設定しているが、これも正しくはなく、「確定的障害」でも、しきい値は無いのである。 放射線の障害は線量依存性であり、線量が多ければ障害は早く発症し、線量が少なければより遅れて晩発性に発症するのである。 「確定的障害」における「しきい値」は気を付けるべき一つの目安に過ぎないのである。 資料10に被曝による水晶体の影響として発症する白内障の発生に関するデータを示す。

最近は慢性副鼻腔炎(蓄膿症)の人が激減したため、北海道がんセンターの上顎洞癌症例は激減しているが、 以前に上顎洞癌を多く扱っていた4施設の治療例を分析した結果、白内障の発生は線量依存性であり、被曝線量が多ければ、早く白内障となり、線量が低ければより晩発性に発症している。 高齢となり、水晶体の細胞分裂が少なくなると老人性白内障となるが、若者は水晶体の細胞は分裂し眼の透明性を保っているが、若者が白内障となるのは、外傷性のものか、被ばくによるものである。 このためチェルノブイリでは子供たちも被曝により白内障となっていることが報告されている。

資料10 上顎洞癌治療後の白内障(確定的影響)の発生資料

また「確率的障害」は、先天障害の発生リスクと致命的な発がんのリスクを取り上げている。 この場合は被曝線量が多ければリスクは高まるということであるが、実効線量(Sv)の算出においては、致命的発がんのリスクを臓器別に4つの非実証的な組織荷重係数を作り上げ、各臓器の線量を加算して実効線量(Sv)に全身化換算しているのである。 したがってSvという単位は確率的影響である発がんのリスクだけしか考慮していない単位なのである。 さらに内部被曝においては、放射性微粒子の近傍だけが膨大に被ばくしているが、それを全身化換算して、外部被曝の線量と加算して健康被害を論じているのである。

チェルノブイリ事故後にゴルバチョフ大統領の科学顧問を務めたアレクセイ・ヤブロコフ氏は『放射線の健康被害は多種多様であり、がんはその10分の1にすぎない』と述べている(資料11)。 この健康被害の本態は放射性微粒子の体内取込みによるものなのである。

資料11 チェルノブイリ事故の教訓

こうした放射線の多種多様な健康被害の本態は、「長寿命放射性元素体内取込み症候群」とでも言える病態なのである。 コロナウイルスなどの感染症と異なり、放射性物質による低線量被曝による種々の症状が出現するのは極めて長期的な経過で発症するため、因果関係も証明しにくく、また原子力ムラの人達が不都合な真実は隠蔽しているだけなのである。 がん・高血圧・糖尿病・などは成人病と称されていたが、1996年に生活習慣病と改名された。 この背景にあるものは医療費問題である。 成人になり病気になるのであれば、公助として医療費は国として対応することになるが、「生活習慣病」とすれば、 病気になった時に「貴方の生活習慣が悪かったので、病気になったのは自己責任なので、医療費は自助として自分で払って下さい」というわけです。 しかし、実際はほとんどの疾患は「生活環境病」なのです。生活環境が悪性腫瘍の発生にも関係しているのです。 長寿命放射性元素体内取込みも生活環境病に関与する大きな要因なのです。がんでなくても、トイレでウオッシュレットが普及したら、病院でも肛門科の看板は無くなりました。 生産性を1割上げるために女性ホルモンを餌に混ぜて飼育された米国の牛肉の消費量がこの50年間に5倍となれば、ホルモン関連性の癌(女性では乳癌、子宮体癌、卵巣癌など、男性では前立腺癌)が5倍に増えました。 食生活が環境病を作り出しているのです。農薬による子供たちの発達障害も環境病なのである。

最後に私が従事していた小線源治療の症例を示し稿を終わる。放射線は基本的には被ばくした細胞や部位にしか影響は出ないことを認識して頂ければ思う。 こうした治療では線源中心から5mmの距離の吸収線量で治療を行っており、人間を相手にした医療ではSvというインチキな単位は全く使用されることはない。 使う単位は物理量としてのBqか吸収線量(Gy)だけである。放射線の影響はエネルギー分布の違いによるものである。 被曝の違いを例えれば、「外部被曝とは薪スープにあたって暖を取ることであり、内部被曝は薪ストーブの中で燃えている小粉を口に入れることである」。 また線量評価に関しては、「目薬は2~3滴でも点眼するので、効果も副作用もあるが、目薬2~3滴を経口投与し、全身投与量として内部被曝線量を計算している」ようなものである。

最後に、粒子状線源を利用した小線源治療例を示し、稿を終わる。資料12は口腔底癌の治療症例である。

資料12 口腔底癌の小線源治療例

33Gy/15分割/3週の外部照射を行い、腫瘍の凹凸を少なくしてから、歯科医に型(プロテーゼ)を作ってもらい、 そのプロテーゼの上に2.5x0.8mmのゴールドグレイン(Au-198)というγ線を出す粒子状線源を12個配置して瞬間接着剤(アロンアルファ)で固定し、放射線管理区域内の病室で4日間装着して生活してもらい治療したものである。 食事は常食を食べて食後に口をゆすいで、また線源が固定されているプロテーゼを挿入し腫瘍に密着して照射する治療であるため、高齢者でもできる治療である。 口腔底の3枚の写真の真ん中の写真は治療後10日目の粘膜炎の所見です。照射により反応が起こっている部位が粘膜炎を起こしているのです。 右上の粒子状線源をフイルム上に20秒、1分、3分間置いて現像したものである。4個置けば照射範囲は広がります。

この治療例を見ると、空気中に浮遊している放射性微粒子が呼吸する過程で鼻粘膜に付着すれば、鼻血も出ることを理解できるだろう。 被曝して線源を扱い儲からない治療を行う馬鹿かお人好しの医師はほとんどいなくなったが、放射線治療の中でも最も局所制御率の高い治療なのである。

「長寿命放射性元素体内取込み症候群」についての認識を持って長期的な健康被害について注意して頂きたいと思う。 またこうした放射性微粒子による内部被曝だけでなく、農薬を中心とした化学物質や遺伝子組み換え食品の摂取なども加わり、日本人は人口比で世界一高いがん罹患率の国であり続けそうである。

農薬を中心とした化学物質や遺伝子組換え食品の普及により、食の安全も脅かされている社会となっていることから、 現在の日本は、放射線と各種毒性化学物質との「多重複合汚染」の状態であり、癌をはじめとする多くの奇病・難病も増え続けると考えられる。

1970~1980年代の野村大成氏 (大阪大学名誉教授, 放射線基礎医学)の動物実験の研究結果を資料13に示す。

資料13 放射線と毒性化学物質との多重複合汚染による健康被害

低線量の放射線と低用量の毒性化学物質に汚染すると、一方だけでは高率には癌が発生しなくても、両方に汚染されると相乗効果で高率にがんが発生しやすくなることが証明されています。 失ってから最も後悔するのは「健康」です。多くの病気は「生活環境病」なのだと認識し、世界一の多重複合汚染の社会を中での自分の健康を考えて頂きたいと思う。


西尾 正道(にしお まさみち)

1947年函館市出身。札幌医科大学卒業。 74年国立札幌病院・北海道地方がんセンター(現北海道がんセンター)放射線科勤務。 2008年4月同センター院長、13年4月から名誉院長。「市民のためのがん治療の会」顧問。 小線源治療をライフワークとし、40年にわたり3万人以上の患者の治療に当たってきた。 著書に『がん医療と放射線治療』(エムイー振興協会)、 『がんの放射線治療』 (日本評論社)、 『放射線治療医の本音-がん患者-2万人と向き合ってー』 ( NHK出版)、 『今、本当に受けたいがん治療』(エムイー振興協会)、 『放射線健康障害の真実』(旬報社)、 『正直ながんの話』(旬報社)、 『被ばく列島』(小出裕章共著・角川学芸出版)、 『患者よ、がんと賢く闘え!放射線の光と闇』(旬報社)など。 その他、専門学術書、論文多数。
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