官製「安全情報」は本当か?
『「チェルノブイリ原発事故」第3回ウクライナ調査報告(3)』
食品と暮らしの安全基金
代表 小若 順一
【ツアーと調査−全日程の概要A】
<9月 28 日(金) 続き>
■足が痛い子の調査
◎ピシャニッツア村学校
健康調査
1日1回、もしくは時々痛むかどうかを、第1学年から第7学年まで、学年ごとに質問。
対象生徒総数 45 人
足首 27 人 ひざ 10 人 ひざ下筋肉 10 人
太もも2人 頭痛 21 人 のど 16 人
一度も手を上げなかった生徒は 16 人。
校長:
昔はこういうことはありませんでした。私が子どものときは、寝込んでも、病気なのか風邪なのかわからないほど、元気がありました。今の子どもたちは、よく風邪を引きます。
子ども1人ずつの病気の診断書や、先生の資料があります。
私の生まれた村は原発から 60 q離れていましたが、強制的に移住させられました。
福島と共通することがあるので、これからぜひ交流しましょう。
◎モジャリ村学校訪問
健康状態アンケート
対象生徒 32 人(第1学年〜第6学年)
足首8人 ひざ 13 人 ひざ下筋肉8人
太もも9人 頭痛 26 人 のど 19 人
一度も手を上げなかった生徒は5人。
■オブルチ地区衛生疫学研究所放射能部門
事前の要請に応えて、モジャリ村学校の先生が12 種類の地元の食材を集めておいてくれた。これを「オブルチ地区衛生研究所・放射能部門」に持ち込み、検査を依頼した。
担当者のナターリャ・ベトローヴナ・コヴァリチュクさんが、2時に渡した素材を、夜9時までかかって検査してくれ、結果を印刷したものを夜ホテルまで持ってきてくれた。
■昼1時半にコヴァリン村到着
コヴァリン村は、1992 年に、原発から西へ約35 qのノーヴィミール村の住民約 1000 人が集団移住した村。
■ステバンチュー ・ヴァレンチーナ議長の話
――事故の後、移住してきた人は何人ですか?
議長 530 世帯で 1000 人です。今は 270 家族が残っています。
――議長は移住してきたのですか?
議長 プリピャチからの移住です。
――移住してきた人の住居はどれくらいの大きさですか。
議長 移住者が受け取った住宅敷地は平均 350uくらいです。(農地を除く)。
以前から住んでいた人々は、200 uの庭があり、希望に合わせて、追加されました。
――事故の後、移住してきた人は何人ですか?
議長 530 世帯で 1000 人です。今は 270 家族が残っています。
――議長は移住してきたのですか?
議長 プリピャチからの移住です。
――移住してきた人の住居はどれくらいの大きさですか。
議長 移住者が受け取った住宅敷地は平均 350uくらいです。(農地を除く)。
以前から住んでいた人々は、200 uの庭があり、希望に合わせて、追加されました。
■移住した夫婦の話
◎ミハイル・コワルチュクさん(73 歳、元校長で数学専門)、妻はガリーナさん(61 歳、かつて はコルホーズと村役場で会計係)
――健康問題はありましたか。
(妻) 主人は 1994 年に心筋梗塞を起こしました。 私 は、1986 年 12 月に甲 状 腺 を 手 術し、2005年に線維筋腫の手術を受けました。2.5kg の腫瘍がありましたが、良性でした。 まだ生きる希望があるから、頑張っていますよ。
――ご家族に、甲状腺の病気を持った方は。
(妻) 孫が甲状腺の手術を受けました。娘は、母と同じ婦人科の問題があります。
◎移住者リィボーフ・ポタペンコさん宅
夫はピョートル(65 歳)、妻リィボーフ(62 歳)。1986 年にパールシフ村に親(1922 年生まれ)が避難。その後ベラルーシの方に避難したが、再びパールシフ村に戻った。1992 年にコヴァリン村に移住。
父親は胃ガンで 2004 年に死亡。
息子は 40 歳(その娘は 15 歳)、娘は 33 歳(その息子は 10 歳)。
ポタペンコ夫妻は、2000 年にコヴァリン村に移住した。父親が死ぬ間際、もうろうとして「ほら、クルマが来た。パールシフに帰ろう」とうつろな状況で言っていた。
妻は2年前に良性腫瘍の手術。血管にも問題がある。夫は足に痛みがある。妻によれば、他の人も骨が痛いと訴える人が多い。
<10月1日(月) >
■ペレヤスラフ・フメリニツキー衛生研究所訪問
■ペレヤスラフ・フメリニツキー衛生研究所訪問
朝9時、衛生研究所着。前日採集したキノコ、地元でとれた食材(豚肉、鶏肉、魚、ジャム 2 種、牛乳、チーズ(牛乳を凝固させたもの)、サワークリーム、ジャガイモ、小麦、トマトを検査依頼。
◎同研究所主任医師 イワン・ペトローヴィッチ・ブリーリ氏
「事故直後は非常に高い放射能が検出されたが、その後は低くなっている」
■コヴァリン村学校健康調査
汚染地のノーヴィミール村からの移住者どうしの夫婦の子・孫が 11 人、もともとのコヴァリン村住民どうしの夫婦の子・孫が 13 人。
両者の違いも知るため、左右に分けて座り、これまでと同様の質問をして、生徒たちに挙手してもらった。数字は人数。カッコ内は移住者の子ども。
足首3(2) ひざ7(5) ひざ下0(0)
太もも2(2) 頭痛3(2) のど3(4)
一度も手を上げなかった子は6人。
移住者と元からの住民の子・孫の間には、まったく差がなかった。
子どもの症状
◎母親たちの話(子どもたちは退席)
子ども自身が自分の病気や健康を知らないこともあるので、退席してもらったあと、保護者たちに集まってもらい話を聞いた。
○祖母A 孫は10歳。見た目にも手足がやや不自由であるとわかる。7歳のころ発症し、脚が痛い。診察の結果、鉄分が異常に多いことがわかったが、医者はどうすればいいか言わない。また、コヴァリン村は汚染地でないから、と暗に放射能の影響ではないと言われた。
○母B 10歳の娘は生まれつき膀胱炎で膀胱の 形が少し違う。医者は治療できないと言い、 脂肪分や塩分の多い食事を控えるように注意している。
○母C 10歳娘は風邪をひきやすい。1年前にアセトンが体内に多い時期があり、1ヵ月学校を休んだ。炭酸ミネラルウォーターを飲みチーズを食べて4日後に腹痛と嘔吐、口からアセトンの匂いがした。
○母D 20 歳の息子は、頭痛がひどく、就学開始から虚弱であり、医者は精神的なものと指摘。歩行中に気を失ったこともある。
○母E 13 歳息子と 12 歳娘。第3級汚染地イヴァンコフの元住民で、食品に含まれる放射性物質が基準に比べ、キノコ 13 倍、肉 10 倍、野菜7倍だった。 2000 年にコヴァリン村に移住。娘は7歳から肌がひどく乾燥し大変で、医者の勧めで7月に黒海周辺で 14 日間保養したら改善。
2人とも足が痛く、息子は泣き出すほど。フランスで1ヵ月保養する機会に恵まれ改善した。
○母F 13 歳の娘は先天的に肺が悪く、9歳から喉の痛みもともなうようになった。左肺の肺・肺葉・嚢胞性発育不全。少し風邪をひいただけで40 度近く発熱することもある。
○祖母G 孫娘は風邪をひきやすく、半日鼻血が止まらないこともあった。以前は心臓が弱かったが、幸い今は症状が改善されている。甲状腺異常でもある。
<10月2日(火) >
■ウクライナ医学科学アカデミー
放射線研究センター
◎ アナトーリー・チュマク放射線医療研究所所長
同研究所発行の放射能による健康の影響をまとめた本(2010 年発行)を贈呈してくれた。
山下俊一 大学院教授が序文を寄せていた。
小若団長が、ウクライナ語を付けたデータを見せて、@3ヵ所の学校で生徒を調査して健康被害が大きいことがわかった。A地元の食糧を検査して高い値は出なかった。B低いレベルの放射能でも、内部被曝で子どもに健康異常を起こすが多いことがわかった、と伝えた。
チュマク教授は、 「ライフスタイルの結果です。子どもの健康状態が悪いのは、決まった時間にきちんとした食事を採っていないからです。若い親たちは食べ物に関する関心と知識が少ないから、甘いものを多くとって、タンパク質が少ない。海産物の摂取も少なく、ヨウ素も足りていない。汚染地では、チェルノブイリ事故以前からヨウ素が欠乏していたので、各地で親と先生に健康と食事のことをきちんと話すべきです。
現に、タンパク質とヨウ素を子どもたちに飲ませる調査をしたところ、顔に赤みがますなど、健康上の改善が見られました」と答えた。
日本から援助を受けているこの研究所では、「今は、放射能汚染による健康影響はない」というのが基本見解のようである。
体調異常の子を多く抱える学校の先生や親は、一様に、原発事故後に子どもの体調が急激に悪くなったと話したのとは、まったく違う見解だ。
2011 年にウクライナ政府がまとめた報告書とも違うようなので、どのように整合性をとっているのか、そこを読み解く必要が出てきた。
■ウクライナ医学科学アカデミー
放射線研究センター
◎ アナトーリー・チュマク放射線医療研究所所長
同研究所発行の放射能による健康の影響をまとめた本(2010 年発行)を贈呈してくれた。
山下俊一 大学院教授が序文を寄せていた。
小若団長が、ウクライナ語を付けたデータを見せて、@3ヵ所の学校で生徒を調査して健康被害が大きいことがわかった。A地元の食糧を検査して高い値は出なかった。B低いレベルの放射能でも、内部被曝で子どもに健康異常を起こすが多いことがわかった、と伝えた。
チュマク教授は、 「ライフスタイルの結果です。子どもの健康状態が悪いのは、決まった時間にきちんとした食事を採っていないからです。若い親たちは食べ物に関する関心と知識が少ないから、甘いものを多くとって、タンパク質が少ない。海産物の摂取も少なく、ヨウ素も足りていない。汚染地では、チェルノブイリ事故以前からヨウ素が欠乏していたので、各地で親と先生に健康と食事のことをきちんと話すべきです。
現に、タンパク質とヨウ素を子どもたちに飲ませる調査をしたところ、顔に赤みがますなど、健康上の改善が見られました」と答えた。
日本から援助を受けているこの研究所では、「今は、放射能汚染による健康影響はない」というのが基本見解のようである。
体調異常の子を多く抱える学校の先生や親は、一様に、原発事故後に子どもの体調が急激に悪くなったと話したのとは、まったく違う見解だ。
2011 年にウクライナ政府がまとめた報告書とも違うようなので、どのように整合性をとっているのか、そこを読み解く必要が出てきた。
■「家族の家」(ザポルーカ運営)に立ち寄り
最後に、予約なしで、ザポルーカが運営する「家族の家」を再訪問した。
先日いた親子は、一組を残して入れ替わっており、やはり、頭に毛のない子どもばかりがいて、部屋は満杯だった。
【調査のまとめと展望】
食品が 10 ベクレル /kg 程度汚染されているだけで、足が痛い子が7割、頭痛が2割、喉痛が3割もいることが、今回の調査でわかりました。
食品汚染がもっとひどい地域では、頭痛と喉痛の割合がさらに高くなります。
その理由は、細胞分裂しない細胞が、食品汚染による内部被曝で傷ついているからです。
遺伝的な影響があるかどうかも、親が汚染地で生まれた 11 人と、非汚染地で生まれた 13人に子どもを分けて調べましたが、有意差はありませんでした。
人の遺伝影響を調べるには、最低でも10万人の規模が必要なことを認識させられたので、自分たちで調査するのは中止します。
これからは、信じられないほど多い「痛み」などの健康障害にしぼって取り組みます。
放射能を含まない食品だけで治す
基準に対する認識が日本とは違い、食品基準を超えていなければ、本当に健康に影響はないと考えているようなのです。
ところが、基準を超える食品はもうないので、食品衛生検査所では、放射能の検査部門が閉鎖されようとしていました。ウクライナでは、多数の健康被害が出ているという報告書を国が出しました。
ところが、日本が援助する放射線の研究機関と専門家が、基準以下の放射能による健康影響はないと主張し、国連科学委員会も、影響がない説を支持しています。
彼らに対抗するには、健康障害のある子や親に放射能を含まない食事を食べさせて、治して見せることです。
とりあえず、1人を治しましたが、専門家からは、「偶然」と批判されるでしょう。
そこで次は、多数の人が治るような取り組みを、食品で行いたいと考えています。
汚染されているキノコなどの備蓄食料を捨ててもらい、その代りに、汚染されていない食糧を 60 日間提供する調査を、学校か村ごとで行いたいのです。
キノコだけ捨てればいいコヴァリン村なら学校ごとで 150 万円ぐらいの予算でできます。
ベリー類、ライ麦、牛乳、チーズ、ジャガイモまで汚染が確認された第3級汚染地域なら、数百万円が必要になります。それでも、多数の子どもと大人を健康にすれば、ウクライナ政府は放射能の基準を引き下げて、国民の健康を守ろうとするでしょう。
これが成功すれば、福島にも、日本にも大きな朗報になります。
そこで、また、みな様にカンパをお願いする次第です。
みな様が加入している団体にも呼びかけてカ ンパを集め、次の春の調査に同行して、直接、学校や村、ザポルーカに手渡すようにしていただいても結構です。どのような形でも結構ですので、ご協力をお願い申し上げます。
なお、基金にいただいたカンパは、村や学校やザポルーカに半額を渡し、取材に半額を使わせていただきます。
食品と暮らしの安全基金代表 小若順一
学校・村ごと健康障害を治したい
カンパのお願い
チェルノブイリと福島
「放射能から子どもを救う基金」
郵便振替口座:00160 - 3 - 512738
加入者名:食品と暮らしの安全基金
〒 338-0003 埼玉県さいたま市中央区本町東 2-14-18
TEL 048-851-1212 FAX 048-851-1214
ホームページ http://tabemono.info/
カンパのお願い
チェルノブイリと福島
「放射能から子どもを救う基金」
郵便振替口座:00160 - 3 - 512738
加入者名:食品と暮らしの安全基金
〒 338-0003 埼玉県さいたま市中央区本町東 2-14-18
TEL 048-851-1212 FAX 048-851-1214
ホームページ http://tabemono.info/
略歴
小若順一(こわか じゅんいち)
NPO法人『食品と暮らしの安全基金』代表。
1950年、岡山県生まれ。1984年に「日本子孫基金」を設立、ポストハーベスト農薬の全容解明など、食品の安全を守る活動の第一人者。
著書: 『食べるな、危険!』(講談社)、『食べ物から広がる耐性菌』(三五館)、『使うな、危険!』(講談社)、 『食べなきゃ、危険!』(三五館) 『食事でかかる新型栄養失調』(三五館)、 『放射能を防ぐ知恵』(三五館)、『生活防衛ハンドブック』(講談社α文庫)など多数。
NPO法人『食品と暮らしの安全基金』代表。
1950年、岡山県生まれ。1984年に「日本子孫基金」を設立、ポストハーベスト農薬の全容解明など、食品の安全を守る活動の第一人者。
著書: 『食べるな、危険!』(講談社)、『食べ物から広がる耐性菌』(三五館)、『使うな、危険!』(講談社)、 『食べなきゃ、危険!』(三五館) 『食事でかかる新型栄養失調』(三五館)、 『放射能を防ぐ知恵』(三五館)、『生活防衛ハンドブック』(講談社α文庫)など多数。