やればできるじゃないか!
胃の内視鏡検査で高精度に胃がんを早期発見のグッド・アイディア
胃の内視鏡検査で高精度に胃がんを早期発見のグッド・アイディア
『さいたま市民はなぜ内視鏡検査を1000円で受けられるのか』
武蔵浦和メディカルセンター
ただともひろ胃腸科肛門科
多田 智裕
現在、埼玉県さいたま市では、40歳以上の市民の方は胃がん検診として年1回の胃内視鏡検査を自己負担1000円で受診することができます。
日本における胃がんの罹患率は減少傾向にあるとはいえ、現在でも年間10万人を超える方が発症しています。胃がんは大腸がんを僅差で上回り、罹患率1位のがんなのです。
その胃がんを早期発見する有力な検診の手段が内視鏡検査です。内視鏡検査の方がバリウム検査よりもより細かな病変まで診断することができ、早期発見につながります。
ですが、ほとんどの市町村では胃内視鏡検診が取り入れられていません。それには理由があります。
問題は、コストではなく医療従事者のマンパワーです。バリウム検査で胃がん検診を行う場合、放射線技師が半日で20件以上を施行できます。しかし、胃内視鏡検査で行う場合、1人の医師が施行可能な胃内視鏡検査数は半日でせいぜい10件程度です。
つまり、胃がん検診をバリウム検査から内視鏡検査に切り替えると、医師のマンパワーが数倍以上必要になるのです。
埼玉県は「医療過疎地域」とも称されるように、47都道府県中で最も人口当たりの医師数が少ない県です。 では、なぜ医師が足りない地域で、都内でも実現できていない胃内視鏡検診を全市民に提供することが可能なのでしょうか?
理念だけが先行し政策実施能力がなかった民主党が衆院選で惨敗を喫しました。この時期に、その理由をいま一度考えてみるのは非常に有益なことだと思います。
●医師会が取りまとめて行う市民検診
さいたま市民検診の胃内視鏡検査は、市内の中核病院(さいたま市立病院、さいたま市民医療センター、さいたま赤十字、埼玉社会保険病院など)ではなく、医師会に加入している診療所で受けることになります。 これは、医師会が市からの委託を受けて胃がん検診を実施しているからです。
医師会には、他の市民検診をこれまで行っている実績もあり、検診を施行するだけの内視鏡専門医のマンパワーも持っています。医師会が内視鏡検診をとりまとめて行うのは当然の決定と言って良いでしょう。 中核病院で胃内視鏡検診を行わないという方式も、まずは診療所で検診を受けて、追加検査が必要な場合に病院を受診するという順序(いわゆる病診連携)を守り、病院勤務医の疲弊を防ぐという意味で、理にかなったものです。
また、既存の医師会という枠組みを利用しているため、検診に伴う事務手数料も約4%(通常の商取引だと15〜20%が普通)と低率で済んでいます。
新しい仕事は、単に新たな組織を立ち上げて「やれ」と丸投げするだけでは回りません。実績があり、仕事を担当する能力を持つ組織に任せなければ、回らない仕事もあるのです。
●相互チェックで医療の質が向上し競争原理が働く
「でも、それでは市民検診事業が医師会の既得権益となるのではないか?」「さいたま市民は、医療レベルが劣るかもしれない診療所で検査を受けなければならなくなるのではないか?」と思われる方もいるでしょう。
そんな心配を取り除くために導入されているのが、“複数の内視鏡専門医による2次読影制度”です。
市民検診で行われた胃内視鏡検査画像はすべて医師会に集められ、他の診療所の複数の内視鏡専門医師がチェックするシステムになっています。
このようにダブルチェックを行うことにより、病気の見落としを予防することができ、診断の精度が上がります(実際、当院でも食道がんの見落としを防ぐことができました)。
また、毎月1回、他施設の写真と症例を検討する「読影会」に、診療所の医師を強制的に参加させています。これにより、全体の撮影と診断レベルが見違えて向上しています。
内視鏡検診がスタートして数年経った現在では、ほとんどの施設で特殊光観察システム(オリンパス「NBI」またはフジノン「FICE」。光の波長を変えて病変部を浮かび上がらせて表示する機能を備える)も導入されています。
各診療所間で医療情報が共有されることで、体制をレベルアップして内視鏡検診を続けるのか、それともそこまでの投資を行わず内視鏡検診から手を引いて行くのか、という経営判断が自発的に行われるようになります。
利用者の体験談や口コミよる医療機関の淘汰よりも、はるかに速いスピードで検診施設の整理が進んでいるのは、実感として間違いありません。
このように、施設間で専門家が仕事内容を相互にチェックし合うピアレビュー(専門家同士の公正な評価)の場を設けることで、医療の質の向上が達成されると同時に、競争原理が働き、基準に満たない医療機関が自然と排除されるのです。
●既存組織を切磋琢磨させることも改革
ここで私は、地域医療に実績のある地元医師会に、検診事業を全て任せるべきだという論を展開したいわけではありません。医師会にも問題点はありますし、地域によっては医師会以外の団体が検診担当可能な場合もあり得るでしょう。
しかし、「国家◯△会議」「社会保障△□会議」といった新たな会議を次々に立ち上げた民主党が目立った成果を残せなかったことから分かるように、華々しく新しい組織を立ち上げるだけでは、実効性のある改革にはなりません。
改革は、今ある組織の有効利用に目を向けることから始めるべきなのだと思います。実績と能力を持った組織を積極的に活用して、専門家同士を互いに 切磋琢磨させる仕組みをつくる。それこそが、コストを抑制し、質の高い医療を提供する有効な方策の1つであることは間違いありません。
既存組織を切磋琢磨させることも改革の1つだと、いま、改めて認識するべきなのではないでしょうか。
日本における胃がんの罹患率は減少傾向にあるとはいえ、現在でも年間10万人を超える方が発症しています。胃がんは大腸がんを僅差で上回り、罹患率1位のがんなのです。
その胃がんを早期発見する有力な検診の手段が内視鏡検査です。内視鏡検査の方がバリウム検査よりもより細かな病変まで診断することができ、早期発見につながります。
ですが、ほとんどの市町村では胃内視鏡検診が取り入れられていません。それには理由があります。
問題は、コストではなく医療従事者のマンパワーです。バリウム検査で胃がん検診を行う場合、放射線技師が半日で20件以上を施行できます。しかし、胃内視鏡検査で行う場合、1人の医師が施行可能な胃内視鏡検査数は半日でせいぜい10件程度です。
つまり、胃がん検診をバリウム検査から内視鏡検査に切り替えると、医師のマンパワーが数倍以上必要になるのです。
埼玉県は「医療過疎地域」とも称されるように、47都道府県中で最も人口当たりの医師数が少ない県です。 では、なぜ医師が足りない地域で、都内でも実現できていない胃内視鏡検診を全市民に提供することが可能なのでしょうか?
理念だけが先行し政策実施能力がなかった民主党が衆院選で惨敗を喫しました。この時期に、その理由をいま一度考えてみるのは非常に有益なことだと思います。
●医師会が取りまとめて行う市民検診
さいたま市民検診の胃内視鏡検査は、市内の中核病院(さいたま市立病院、さいたま市民医療センター、さいたま赤十字、埼玉社会保険病院など)ではなく、医師会に加入している診療所で受けることになります。 これは、医師会が市からの委託を受けて胃がん検診を実施しているからです。
医師会には、他の市民検診をこれまで行っている実績もあり、検診を施行するだけの内視鏡専門医のマンパワーも持っています。医師会が内視鏡検診をとりまとめて行うのは当然の決定と言って良いでしょう。 中核病院で胃内視鏡検診を行わないという方式も、まずは診療所で検診を受けて、追加検査が必要な場合に病院を受診するという順序(いわゆる病診連携)を守り、病院勤務医の疲弊を防ぐという意味で、理にかなったものです。
また、既存の医師会という枠組みを利用しているため、検診に伴う事務手数料も約4%(通常の商取引だと15〜20%が普通)と低率で済んでいます。
新しい仕事は、単に新たな組織を立ち上げて「やれ」と丸投げするだけでは回りません。実績があり、仕事を担当する能力を持つ組織に任せなければ、回らない仕事もあるのです。
●相互チェックで医療の質が向上し競争原理が働く
「でも、それでは市民検診事業が医師会の既得権益となるのではないか?」「さいたま市民は、医療レベルが劣るかもしれない診療所で検査を受けなければならなくなるのではないか?」と思われる方もいるでしょう。
そんな心配を取り除くために導入されているのが、“複数の内視鏡専門医による2次読影制度”です。
市民検診で行われた胃内視鏡検査画像はすべて医師会に集められ、他の診療所の複数の内視鏡専門医師がチェックするシステムになっています。
このようにダブルチェックを行うことにより、病気の見落としを予防することができ、診断の精度が上がります(実際、当院でも食道がんの見落としを防ぐことができました)。
また、毎月1回、他施設の写真と症例を検討する「読影会」に、診療所の医師を強制的に参加させています。これにより、全体の撮影と診断レベルが見違えて向上しています。
内視鏡検診がスタートして数年経った現在では、ほとんどの施設で特殊光観察システム(オリンパス「NBI」またはフジノン「FICE」。光の波長を変えて病変部を浮かび上がらせて表示する機能を備える)も導入されています。
各診療所間で医療情報が共有されることで、体制をレベルアップして内視鏡検診を続けるのか、それともそこまでの投資を行わず内視鏡検診から手を引いて行くのか、という経営判断が自発的に行われるようになります。
利用者の体験談や口コミよる医療機関の淘汰よりも、はるかに速いスピードで検診施設の整理が進んでいるのは、実感として間違いありません。
このように、施設間で専門家が仕事内容を相互にチェックし合うピアレビュー(専門家同士の公正な評価)の場を設けることで、医療の質の向上が達成されると同時に、競争原理が働き、基準に満たない医療機関が自然と排除されるのです。
●既存組織を切磋琢磨させることも改革
ここで私は、地域医療に実績のある地元医師会に、検診事業を全て任せるべきだという論を展開したいわけではありません。医師会にも問題点はありますし、地域によっては医師会以外の団体が検診担当可能な場合もあり得るでしょう。
しかし、「国家◯△会議」「社会保障△□会議」といった新たな会議を次々に立ち上げた民主党が目立った成果を残せなかったことから分かるように、華々しく新しい組織を立ち上げるだけでは、実効性のある改革にはなりません。
改革は、今ある組織の有効利用に目を向けることから始めるべきなのだと思います。実績と能力を持った組織を積極的に活用して、専門家同士を互いに 切磋琢磨させる仕組みをつくる。それこそが、コストを抑制し、質の高い医療を提供する有効な方策の1つであることは間違いありません。
既存組織を切磋琢磨させることも改革の1つだと、いま、改めて認識するべきなのではないでしょうか。
略歴
多田 智裕(ただ ともひろ)
平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士
平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士