市民のためのがん治療の会はがん患者さん個人にとって、
  最適ながん治療を考えようという団体です。セカンドオピニオンを受け付けております。
   放射線治療などの切らずに治すがん治療の情報も含め、
  個人にとって最適ながん治療を考えようという気持ちの現れです。
市民のためのがん治療の会
診療ガイドラインの課題と展望
『がん医療に国民的合意形成を目指す診療ガイドライン
−現状と将来−』

札幌医科大学 外科腫瘍学・消化器外科学
教授 平田 公一
標準治療が診療の基準となり現在では日常的に用いられるようになったがん診療ガイドラインだがその功績は大きい。これまで医療を受ける側、行う側双方が密接に関わり築き上げられた結果でもある。 ガイドラインが策定されたことにより広く情報が共有され標準的な診療が受けられるようになってきた。がん治療を支えてきたこれまでとこれからの課題・展望についてご寄稿いただいた。(福士智子)
 がん治療を担う医療者にあっては、目前の患者さんにとってのベスト治療とされる選択肢がありその提供の結果、良好な治療成績が得られるならば、患者さんにあっては納得に結びつくことでしょう。抗がん剤治療においては一般に、大腸がんや乳がんなどは比較的薬物の効き易いがん、一方膵がんや胆道がんなどは効きにくいがん、として知られています。ところが、前者であっても効かなかった、あるいは後者で効いた、という場合などの話も耳にします。そのような差を生じる科学的理由については、多くの事実が明らかに確認されています。直近の15年間を振り返ると、薬物療法の発展はめざましく、今後も一層の研究展開に期待を抱けそうです。しかし、明らかに光明が射している領域は、現状ではほんの僅かです。そのような現実の中で、医学と医療を担当する一人として果たすべき役割として認識していることを、以下の2課題に集約してみました。同じような立場でも、個人間差があることを予めご承知いただきたい。

 その第一は、新たな医学研究への積極的参加とその推進による貢献です。例えば、一定の病態に対し治療手段の選択肢が多く存在する場合がありえます。その中から最も有効な治療法であることを選択時に客観的に診断しうるならば、納得の得られる医療の実践となります。がん組織やリンパ球を対象とした薬物関連分子の分析による判定法を開発し、そしてそれを医療現場に安価に提供していくこと、さらにはその診断法による動向から、新規提案治療法の提案へと継ながるならば、と期待を抱く次第です。我々は研究結果がどんなに小さなことでも、positiveな研究成果が得られるたびに胸をわくわくさせます。一方で、ひとつの期待される成果が得られたとしても、それを具体的に臨床応用へと展開させるには、実は多くの段階を経なければならず、多くの困難を伴うものです。研究課程には当然の如く厳しい倫理指針等の規制があり、特有な手続きなどに関する規則等が厳格な壁として研究者の前に立ちはだかります。また、効用に関しヒトでの証明段階に近づくにつれ、期待薄の結果となりがちになるのが実情です。しかし、たとえ挫折を生じたとしても、次の制覇の為にと再度、意欲をかりたてる若者も少なくありません。彼らの心意気を鼓舞できることが重要となります。患者さんにもその努力と精神を支援・支持していただきたくお願い申し上げます。診断や治療につながりうる基礎的知見は、それ自体が科学的エビデンスで重要な内容です。しかし、それらの多くは分子レベル等での知見であり、それを解り易く説明することは難解なことです。診療ガイドラインの作成メンバー間で何とかしたいと討論はしているのですが、詳細な説明として記載されることはほとんどないのが実態です。しかし、これらの知見は研究者にあっては、臨床的に次に何を検証すべきかの提案の大きな第一歩で重要な影の事象なのです。

 さて第二は、臨床医としての当然の義務として最前・最良医療の紹介とその正確で安全な提供があります。そこには、信頼度の高い医療情報提供体制と安心ある医療行為提供体制が確立されていなければなりません。前者については、提供しうる情報源の確定と検証、厳格な精度管理下での発信体制、後者については医療者個人を客観的に認証しようとする「専門医制度、専門医療従事者認定制度体制の確立」、そして医療提供専門施設を認証する為の「診療・教育に対する認定施設制度と病病・病診連携制度の精度の向上と普及」などが学術団体と行政との協力連携の中で進展していくことが条件となります。しかし、抱くミッションのゴールを想定すると、そこまでの距離はまだまだ遠いとの実感があります。常に、理想像を見失うことなく、各時代に築かれた制度の運用を地道に確実に展開させ、検証することが将来への確かな成果へ結びつくものと信じています。「がん診療ガイドライン」は、がん医療情報の源です。日本においての先がけは、「胃がんの診療ガイドライン」でした。1990年代半ばに当時がん研究会付属病院副病院長中島 聰總先生による提案がきっかけでした。作成委員の一人として私もご指名をいただきました。当時は、がん診療ガイドラインと称されるものが全く存在しなかったため、耳にされた多くの指導者は、先のガイドライン作成の活動を注視したものの、本邦においてどう展開していくものかと心配視する向きがありました。その中で胃がんの診療ガイドラインは、関係者の努力により最初のがん診療ガイドラインとして世に登場することとなったのです。これに引き続き、日本癌治療学会の総会長(当時)の佐治重豊先生(現、公益財団法人がん集学的治療財団理事長)が日本がん治療学会内に「データベース委員会の設立」を提案し、理事長(当時)の北島政樹 慶応大学外科教授(現国際福祉大学学長)がそれを積極的に後押しされ、一定のがん診療・研究を専門とする学会間での横断的組織体制が完成しました。以来、多くの学術団体ががん診療ガイドラインを提案し、今日の普及につながっています。がん診療ガイドラインの歴史を振り返ると、いくつかの重要なターニングポイントが存在していたことに気付かされます。それは世の多くの改革事項に通じることですが、先見性ある指導的人物の登場、奨励された事象を正しいと認識する人物群の実直な行動、そのような仲間との協力と前進の3因子の展開です。これらの要因が時系列の中で順序立てて並ぶことが、確実な結果を生むことに継ながるのでしょう。

 がん診療ガイドラインが今日までに果たした医療者への役割は、『医療の均てん化』と『医療レベルの底上げ』は特筆できることと考えます。かつて一部に横行した根拠のない個別の医療提案については、根底的に否定される対象へと変遷しました。

 さて、がん診療ガイドラインの示す推奨内容はあくまでも標準的方針を示したものです。個人間で治療効果に差を生じうることは先にも述べましたが、今後、究極の個別化治療の将来像として、分子レベル研究で十分に解明されていくはずです。発生頻度の低いがん領域においては、がん診療ガイドラインが提示されて場合があります。そのような不整備解決の為にも本邦のがん診療ガイドライン提供組織体制が確立されなければなりません。厚生労働省もそのための後押しはして下さってはいます。外国人のデータを基に完成させたがん診療ガイドラインの内容が、日本人へそのまま適用させてよいのか、日本のがん臨床研究体制を確立しつつ、国民の臨床研究参加への意識、すなわち一般理念としてのdonationの意識の向上を図る中で、創薬への支援体制とエビデンス創生体制を整えなくてはならない、などの課題が残っています。国際的視点からは、当該分野の日本の貢献は極めて微々たるもので、欧米の患者さんの好意に大きく依存していると言わざるをえません。このような努力を必要とする根本的要因には、先にも述べたように「がん」の特性としてのがんを構成する細胞群が非常に多彩というにつきます。これを『がん組織はhetero(ヘテロ)な構成を成す』と表現します。そのheteroな中にtargetとすべき細胞、targetとすべき分子が存在するはずです。それらへの対応が可能となることで次のブレイクスルーが生じます。その解決に向け多くの真摯な研究者が努力をしております。時代とともにがん診療ガイドラインの記載が今以上に簡潔となり、そして不要となる時代が早く訪れることを願う次第です。

略歴
平田 公一(ひらた こういち)
 昭和49年3月札幌医科大学医学部医学科卒業後、同大外科学第一講座助手、講師を経て平成3年外科学第一講座教授、現職。平成10年札幌医科大学附属病院病院長。
 この間昭和55年米国カリフォルニア州La Jolla(ラフォイア)癌研究所に Visiting Assistant Professorとして勤務。
 理事長を日本腹部救急医学会、日本静脈経腸栄養学会(平成22年迄)の両学会、理事を日本外科学会、日本癌治療学会(平成22年迄)、日本消化器外科学会(平成21年迄)、日本肝胆膵外科学会などを勤めるなど公職多数。
 文科省、厚労省等の委員として、厚生労働班研究がん診療ガイドラインの作成(新規・更新)と公開の維持およびその在り方に関する研究代表者(平成17, 18年度、平成21-23年度)、がん登録からみたがん診療ガイドラインの普及効果に関する研究−診療動向と治療成績の変化−(平成24年より)など、多数。



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