長期低線量被曝をもっと知ろう
『長寿命人工放射性物質による長期低線量被曝と非がん疾患
〜27年目のチェルノブイリはフクシマの未来の鏡〜Part2』
〜27年目のチェルノブイリはフクシマの未来の鏡〜Part2』
大和田幸嗣
「がん医療の今」では「安全」を喧伝するいわゆる「官製情報」に対し、何度もこの問題を鋭く糾弾し続けている。「官製情報」でよく言われることの中に、この程度の線量は、肺のエックス線間接撮影程度だから安全だ、という情報提供がある。だが、被ばく量は、線量、線源からの距離、被ばく時間の積だから、たとえ線量が少なくても、24時間、365日被曝し、汚染した食品を摂取し、汚染した水を飲んでいれば、内部被曝も含め、被ばく量は膨大になろう。匂いも、味も、何も感じることのできないのが放射能、チェルノブイリでは強制退去地域と同程度の線量の所に、既に2年も生活してしまっている人々が大勢いる。
今日は無事かも知れないし、1カ月後も大丈夫かも知れない。だが、1年、3年、5年、10年後はどうか。 4半世紀を経たチェルノブイリ事故の悲劇の実態を踏まえ、昨年8月に緑風出版から『原発問題の争点』を上梓された大和田幸嗣先生にご寄稿いただいた。
先週に続いての第二回である。(會田昭一郎)
4 福島第1原発事故による日本の子どもたちへの健康被害
4−1チェルノブイリより多い放出放射能
福島原発事故からの放出放射能量はチェリノブイリ事故で放出された放射能より多い。政府・東電がチェリノブイリ事故の10%であると過小評価している放射能量ですらヒロシマ原爆の168倍である。クリス・バスビーはチェリノブイリの3倍、小野俊一氏は原発4基分で最低でも4倍、放出核種放射能量から換算した核種の重量をもとに10〜100倍だと推定している(小野俊一『フクシマの真実と内部被曝』七桃舎 2012)。3つの原子炉は今でも放射性物質を放出している。
福島事故で日本の半分近くはセシウムで汚染されてしまった。事故後の政府の対策は不適切だった。ヨウ素剤の配布を怠ったこと、スピーディを活用せず、間違った避難誘導で住民の被曝量を大きくした。事故の規模を過小評価する側が被害を評価すると被害の過小評価に繋がる。
人工放射能による内部被曝に対して、子どもは大人に比べ10から20倍、女児は男児より2倍、感受性が高い。胎児はさらに高くなる。原発推進のIAEAとその傘下にあるWHOは25歳白人男子を被曝の基準にしている。
4−2原発事故後の茨城県取出市立小・中学1年生の学校検診で心電図異常の子どもが増加
Cs137汚染地図のホットスポットにあたる千葉県柏市と茨城県守谷市に取手市は隣接する。学校の健康診断(検診)は新学期の5月に毎年行なわれ,診断結果は教育委員会が高校卒業まで保管する決まりになっている。被曝による子どもの健康被害を心配した生活クラブ生協取出支部と市内3団体は上述したバンダジェフスキーのCs137による心電図異常を知り、検診での心電図異常の生徒数を事故前2008〜2010年と事故後の20011〜20012年とで比較した(表1)。
心電図異常を示した生徒数は震災後に急増している。2012年度は検診した1655人の内の24人(1.45%)と2010年の震災前の2.6倍に増加した。そのうちの突然死が懸念されるQT延長症候群は8倍の8人と極めて高い。心電図異常を示した生徒の検査回数を増やしたり、心機能の生化学的マーカー検査(例えば、心臓のペプチドホルモンNT-pBNP)などにより、早期発見と早期治療に役立てることが必要と思われる。
子どもの健康被害や突然死を防止するためにも、取手市以外の市町村でも早急に子どもの心電図検診を含めた総合的検診が不可欠である。
4−3 福島の子どもに見られた早期発生で高頻度の甲状腺がん
子ども(18歳未満)の甲状腺がんは稀ながんで世界では100万人に1人の頻度である。2013年2月13日福島県民健康管理調査検討委員会(検討委)が18歳未満の甲状腺がんを3例(プラス7人の疑い)と報告した。しかし検討委員会は放射能との因果関係を否定した。これに対して、フクシマ原発事故による放射能被曝による健康被害を懸念した郡山市の小中学生14人と保護者達が集団疎開を求めて起した裁判『フクシマ集団疎開裁判』の仙台高裁での抗告審での松崎道幸医師の意見書では、この発生率は「チェリノブイリと同じかそれ以上の恐れがあり極めて高く、発見期間も短いことから、今後甲状腺がんが激増する恐れがある」と警告している。加えて、「福島の中通りとその周辺の放射線レベルが高い地域に居住し続けることは、医学的に全く推奨出来ない」として一刻も早く疎開させるべきと主張している。子どもの健康を守ることを最優先とする予防原則からして当然の主張である。
山下俊一前検討委員会座長は、実はふくしま原発事故前の2009年のチェリノブイリ原発周辺健康調査データをまとめた『山下論文』で,持続的低線量被曝も甲状腺がんに繋がる可能性を指摘している。
チェリノブイリの若年甲状腺がんの解析から、放射線による甲状腺がんに特異的な遺伝子マ カー(CLIP2, PMS2L11, PMS2L3, STAG3L3)、フィンガープリントをドイツのグループが発見した。これを使えば福島のこども甲状腺がんが放射線によるものかどうか判定出来る可能性がある。検討委は結論を出す前にこのような可能性を検討すべきだ。検証なしに一方的に否定することは科学的態度とは云えない。
ジュリア・ヘス他 (2011)『若年患者の甲状線乳頭癌の染色体バンド7q11の増加は低線量放射線被曝と関連がある』米国科学アカデミー会報 (PNAS June 7, 2011 vol. 108, 9559-9600). Julia Hess et al. “Gain of chromosome band 7q11 in papillary thyroid carcinoma of young patients is associated with exposure to low-dose irradiation”
小児甲状腺がんについてベラルーシからの興味深い報告がある。第54回日本小児血液・がん学会(2012.11.30〜12.2 横浜)での招待講演で、Anna Zbrovskaya、小児血液・腫瘍・免疫研究センター(ベラルーシ共和国、ミンスク)所長代理は、同国におけるチェリノブイリ原発事故後の小児悪性腫瘍に関する全国データを解析した結果から、「小児で特に早期(6歳以下)に被曝すると、甲状腺がんの発症リスクが高まった」と報告した。さらに「事故後に生まれた小児での甲状腺がんの発症数は1995年にピークとなった以降は減少傾向にあったが、2005年以降に生まれた小児で再び増加傾向にあること」を示し、「原因はまだ分からない。今後検証していきたい」と語った(Medical Tribune 2013年2月14日)。小児甲状腺がんの発症と低線量内部被曝の世代を超えた影響が考えられる。
4−4福島の子どもに見られた甲状腺嚢胞と結節の保有率が時間経過と共に増加
福島県は昨年10月から18歳以下の子ども約36万人の甲状腺エコー検査を始めた。先行検査は警戒区域と計画避難区域に指定されている南相馬市、川俣町、浪江町、飯舘村の4市町村で行われた。このうちの3町村3,765人の子ども甲状腺エコー検査の結果を福島県健康管理調査検討委員会(以下検討委と略す。座長は福島県立医大副学長山下俊一、日本甲状腺学会理事長でもある)2012年1月25日発表した。5ミリ以下の結節(シコリ)や20ミリ以下の嚢胞(分泌液のたまった袋)があった人[A2判定]が1,117人(29.7%)、5.1ミリ以上のシコリや20.1ミリ以上の嚢胞があった人が[B判定]26人(0.7%) であった。検討委は、いずれも安全で直ちに2次検査を受ける必要はないとした(2012年1月26日読売新聞)。山下俊一は日本甲状腺学会会員宛に理事長名のメールで、父兄がセカンドオピニオンを求めて来てもその必要性はなく、いたずらに不安を与えるだけなので診療を自粛するよう要請した。検討委はまた福島県医師会に対しても同様の通達を出した。これは医師法に違反する。
県立医大は双葉町や大熊町の警戒区域など13市町村の子ども38,114人(先行検査の3町村3,765人の子どもを含む)に2012年3月末までに実施した甲状腺検査結果を公表した(表2のH23年度)。[A2判定]が13,460人(35.3%)、[B判定]186人(0.5%)、A2とB判定を合わせると35.8%で先行検査より5.4%増加である。
B判定の186人には、血液、尿検査、細胞診などの2次検査をおこない甲状腺がんと3例診断された。
さらに福島市や郡山市を含む42,060人のH24年度検査が行なわれ、[A2判定]が18,119人(43.1%)、[B判定]239人(0.6%)、A2とB判定を合わせると43.7%であった(2012.9.11)。
表2の参考の表では、5.1mm以上の結節保有者は、H23年度の184人(0.48%)からH24年度の232人(0.55%)と増加している。逆に、5.1mm以下の結節保有者は201人(0.53%)から153人(0.37%)に減少している。これは時間経過と共に結節が増殖し拡大していることを示唆する。
検討委の評価は何れの場合でも楽観的で、結節の増殖能力は遅く、2年後の検査でもがんの発生を見逃す恐れはないとしている。この見解は、2年以内にがんの発生がある可能性を否定していない。ベラルーシで甲状腺がんの治療にあたった医師菅谷昭・長野県松本市長は「結節が見つかった場合には丁寧な説明と検査の回数を増やす必要がある」とコメントしている。
結節や嚢胞は甲状腺の細胞異常(良性のがん)や炎症がおきている証拠で精密検査と定期的検査が必要だ。チェルノブイリでは結節は甲状腺がんへの悪性化が早く、リンパ節や肺への転移も起こっていた。チェルノブイリで同じような兆候が出たのは,事故後4〜5年たってからだ。福島の子どもの場合は、頻度は高いし時期が早い。福島の子どもは高度の被曝をしている可能性が考えられ、甲状腺ホルモンなどの甲状腺機能検査を含めたよりきめ細かい検査とともに、総合的な観察診断が求められる。身体の新陳代謝調節に関与する甲状腺ホルモンの分泌異常は様々な症状を引き起こす。
2000年に山下が長崎市で甲状腺検査をおこなった。250人の子ども(7〜14歳)の嚢胞があったのが2人(0.8%)だった。また、チェリノブイリ周辺の18歳未満や米国等の10歳児の嚢胞保有率は0.5〜1.0%であり、福島の嚢胞保有率43%は過去のどの調査よりも高率である(上述の松崎医師の意見書より)。
5ミリより小さい結節でも悪性細胞がまじっている場合もある。福島の子どもの嚢胞保有率が43%は異常だと甲状腺の世界的権威は答えた(ヘレン・カルディコット博士は日本にくる前にヨーロッパに立ち寄り確認した)。博士は福島から避難すべきだと語った。しかし,日本の甲状腺の専門家は、エコー超音波診断の解像度・検出能力が上がったのために嚢胞保有率も上がったとし、子どもの嚢胞や結節の保有率の増加を異常とは認めていない。さらに、1年に2度のエコー検査も認めようとしない。ベラルーシやウクライナ政府に1年に2度のエコー検査をすべきだと勧めたのは他ならぬ日本の甲状腺専門家だった(ベラルーシやウクライナ政府関係者)。
調査委では、福島県民の9割以上の初期外部被爆実効線量推計値は3mSv未満であり、100mSv以下で明らかな健康への影響が確認されていないから「放射線による健康被害があるとは考えにくい」と主張している。第54回日本小児血液・がん学会で「福島における健康検査」について報告した調査委のメンバーの福島県立医科大学放射線健康管理学講座の大津留昌教授も同じ主張を述べた上で、「昨年9月末までの9万5,954人の検査結果から、正常範囲とされるA判定は99.5%を占め、早期に2次検査を要するC判定は1例(0.01%)のみであったこと」と報告した。
ここで、大津教授は論点を意図的にずらしている。表2の判定基準は調査委が決定しそれに基づいて調査結果を整理・分析してきたわけで、論点となっているA判定A2をA1の結節や嚢胞はなかったものに加えて正常として発表するのは、事実の隠蔽と云わざるを得ない。自らが決めた基準が都合悪くなったら不都合な部分を希釈して報告するとは科学者のやるべきことではない。
B判定に言及しなかったのは何故か。B判定者の再検査から甲状腺がんの小児が見つかった事実からすればB判定も都合が悪くなったのだろう。これはデータの改竄ではないが、事実の歪曲であり科学者としての倫理性が問われる。彼等の「県民の健康調査報告」は信頼出来ないことを自ら証明している。「審査の結果を本人に手渡すこと、結果に関してセカンドピニオンを求める患者として当然の権利」を奪っている行政、調査委、その医師連合を信じることは難しい。
5 Cs137汚染レベル20ベクレルの食品は安全か?
福島第1原発港湾内でとれたアイナメから1キロ当り51万ベクレルの放射性セシウムが検出された(2013.2.7東電発表)。国の食品基準値の5,100倍。事故後の東電による魚介類調査では最高値である。海は続いている。汚染が拡大していくことが予想される。
厚労省は2月19日、自治体が実施している食品の放射性セシウム検査の対象食品数(品目・類)を4月以降132から98に縮小することを決定した。葉もの野菜(ホウレンソウ、レタス、キャベツ、大根、ジャガイモなど)、果物(リンゴ、桃、ナシなど)、魚類(イワシ、サバ、ブリなど)が含まれる。今後食品による内部被曝の拡大が懸念される折、この決定は早計と云わざるを得ない。
政府の食品基準値がベラルーシやウクライナ共和国と比較しても問題があること、基準値は安全値を意味しないことを批判してきた[8 のp27〜33]。
飲料水や食品から子どもや大人が毎日1BqずつCs137を長期間摂取し続けた場合、Cs137の生物学的半減期を子ども40日、大人70日と仮定すると、1年後の蓄積量は子ども60Bq、大人100Bqとなる(右図4)。大人は子どもの1.5倍同一食物を摂取するとすれば、大人の蓄積量は150Bqとなり、子どもとの相対蓄積量は約2.5倍である。
もし1Bqの代わりに毎日10Bq、20Bq摂取した時の1年後の子どもと大人の蓄積量、子どもと大人の体重をそれぞれ30kg、60kgと仮定したときの1kg当りの蓄積量を表3に表した。
上述した様にCs137の蓄積量が20〜50Bq/kgのベラルーシの子どもでは60〜80%(大人では50%)に心電図異常や白内障が現れた。Cs137の子どもの体内蓄積量が20〜40Bq/kgはICRPの被曝線量でいえば約0.05〜0.1ミリシーベルト/年で「安全な量」である。
1960〜70年代の植物遺伝学の知見では、どんな低線量の外部放射線でも、葉や根からの取り込みによる内部被曝でも、線量に応じて突然変異が起き安全量はありえないことが学問的に明らかになっている。
WBCで測れるのはγ線のみで、プルトニウムやウランが出すα線、Csやストロンチュウムが出すβ線などは検出できない。文科省の発表によると(2011.9.30)、福島原発から100kmまでストロンチュウムやプルトニウムで汚染されている。これらの放射能とヨウ素131、Cs137との相乗効果も考慮されねばならない。さらに、「ペトカウ効果」(註1)や「バイスタンダー効果」(註2)[8 のp37〜38]によって低線量内部被曝は予想よりかなりリスクが高くなることが考えられている。
福島県以外のホットスポット地域に住む子どもや大人に紫斑や脱毛、血液細胞異常、突然死や糖尿病など様々な症状が現れている。本格的健康被害が現れ始めるのが放射性物質の生物濃縮がピークに達する3年目からであるというのがチェリノブイリの教訓である。予防原則から、低線量内部被曝の危険性を考慮した迅速できめ細かい防護策が求められている。
(註1)ペトカウ効果:高線量の電離放射線で短時間照射するよりも低線量で長時間照射する方がたやすく細胞膜の透過性を変え膜を破壊することができる(A. Petkau, 1972)。この仮説はその後細胞レベル、個体レベルで確認された。この効果はスーパーオキシド・デスムターゼ(SOD)で消去されることから活性酸素が関与することが証明された。 低線量では活性酸素の濃度が低く細胞膜、膜脂質の過酸化による連鎖反応等により細胞を容易に障害する。高線量では発生する活性酸素の濃度が高く活性酸素分子間で再結合が起こり標的分子の酸化能が低下する。
(註2)バイスタンダー効果:放射線被曝細胞から周りの非被曝細胞に被曝細胞と同様な放射線の影響が伝達されること。放射線照射された細胞核でも細胞質でも、どちらでも同様な効果が誘導されることが確かめられている。そのシグナル分子の一つとして活性酸素(ROS)や活性窒素(RNS)が同定された。すなわ、細胞核のゲノムDNAのみが放射線の標的ではないという新たなパラダイムが生まれた。細胞核をもたない赤血球、血小板も影響を受ける。バイスタンダー効果の分子的機構にペトカウ効果が位置付けられる。
6 福島原発事故によるヒト以外の生態系での異変:もの言わぬ動物・植物の訴え
原発事故で放出された放射能によると思われる異変,異常死や奇形がヒト以外の様々な生物で起きている。
@飯舘村の細井牧場(放射線量は現在でも毎時3〜4μSvである)で今年になって馬の異常死が相次いでいる。生まれた15頭の子牛のうち14頭が生後1週間から1ヶ月で死亡した。2月末からは大人の馬が後ろ足を引きずる様になり,段々歩けなくなり死亡した。家畜保健所は血液検査の結果から細菌やウイルスによる感性症によるものではないという(森住卓のフォトブログ2013.03.25)。
Aアメリカの鳥類生態学者Moseau等は、福島第1原発20km圏内の鳥類の個体数の激減を観察している。白い羽のカラスを発見している。
B福島県浪江市で耳なしウサギ、多数の子どもトマトを持つトマトなどが見つかっている。
C雌雄同体(頭がオスで胴体・脚がメス)のノコギリクワガタが茨城県牛久市の雑木林で見つかっている。
D大瀧譲二研究グループ(琉球大学)は、環境指標生物の一つである小形蝶のヤマトシジミ(ヤマトシジミの1世代は約1ヶ月)を用いて、福島事故で放出された放射能による事故後2ヶ月目(5月)と6ヶ月目(9月)の短時間での生態系への生理的・遺伝的影響を検証した。世界で初めての貴重な論文である。
『ヤマトシジミに対する福島原発事故による生物学的影響』
Hiyama, A., Nohara, C. et al. The biological impacts of Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly. Sci. Rep. 2, 570-579 (2012). DOI: 10.1038/srep00570
2011年5月は越冬幼虫からふ化した1世代目の蝶の成虫を、9月は4〜5世代目の成虫を観察した。世代を経るごとに形態異常の割合が増加し、孫の代では親の2.5倍となった。世代を追って変異が蓄積して起こることが示唆された。
福島県の4つの地域から採集した汚染カタバミを餌として沖縄地域のヤマトシジミの幼虫にあたえ、蛹の死亡率や羽化した成虫の形態異常を調べた。実験室における内部被曝実験でもフィールドで観察された形態異常が再確認された。
以上述べたことは生態系で起こっているほんの一部である。ヒトは自然の一部である。自然からの警鐘に謙虚に耳を傾けることが求められている。
7 結論
Cs137の体内蓄積量がkg当り20〜40Bqで子どもに心臓異常、高血圧、白内障,感染症等の疾病が重なって起こる可能性が高いことから、子どもの健康を守る上で低線量内部被曝をさけることが緊急の課題である。そのために、
@フクシマ原発事故による子ども、大人の健康被害、生態系の破壊、地球規模の汚染、今も放射能を放出し続けている現実と地震頻発国日本を直視して考えると、原発の再稼働と安全な原発はありえない。現在と未来の子どもの安全と希望のためにわれわれ大人が出来ることは、大飯原発3、4号機の再稼働を撤回させ、脱原発を実現するための戦を続けていくことだと考える。
A 20mSv以下の汚染地区への除染・帰還政策は、長期にわたり低線量の外部被曝と内部被曝を子どもや大人に強要する棄民政策である。福島県民の移住権利を保障し、クリーン地域へのコミュニティーレベルでの移住を実現することである。
B『絆』の名の下の被災地の低線量放射能汚染瓦礫の広域処理は内部被曝を拡散・拡大させるためおこなうべきではない。
8 科学者の責任
最後に、科学者の責任の一端としてわれわれは昨年8月に緑風出版から『原発問題の争点』を出版した[8]。
第1の論点は放射線被曝の危険性であり、その被害の実態である(第一章)。4半世紀を経たチェルノブイリ事故の悲劇の実態とそれを科学的に分析したゴメリ医科大学の実態報告に基づいて「長寿命放射性元素取り込み症候群」と命名された健康被害、非がん疾病の存在を紹介する。これを参考にすると、福島事故によって汚染された空気や水、食品から取り込んだ放射性物質による内部被曝によって様々な病気がすでに引き起こされていても不思議ではない。
第2の論点は地震国日本に於ける原発事故の危険性である。観測された地震動の振動解析から科学的根拠のある耐震設計が不可能であることを示す(第二章)。これまで起こった地震にたいしてなされた様々な解析結果は、私たちが地震に対処する有効で安全な設計基準とその評価方法をもたないことを示している。
第3の論点は原発を推進してきたなかで大きな役割を果たしてきた物理学者を初めとする科学者の責任を問うている。
第4の論点は経済的利害から原発に群がり、不当な利益を得ている人たちの政治的・経済的な力によって原発が維持されていることを示す(第四章)。中心的な科学者の多数もまた同じである(第三章)。こうした推進勢力の経済的基盤を批判することによって、原発は人類に悲劇のみをもたらす危険なものであり人類と共存できないことを示した(第四章)。
最後の第五章では、現在政府マスコミが「絆」と称して喧伝している「広域がれき処理」と「除染し帰還させる」政策は、被曝を日本全土に拡散させ、帰還者に更なる被曝を強要する誤った政策であることを主張した。(第五章)。
われわれの論考が様々な角度から検討・批判されることを期待したい。
4−1チェルノブイリより多い放出放射能
福島原発事故からの放出放射能量はチェリノブイリ事故で放出された放射能より多い。政府・東電がチェリノブイリ事故の10%であると過小評価している放射能量ですらヒロシマ原爆の168倍である。クリス・バスビーはチェリノブイリの3倍、小野俊一氏は原発4基分で最低でも4倍、放出核種放射能量から換算した核種の重量をもとに10〜100倍だと推定している(小野俊一『フクシマの真実と内部被曝』七桃舎 2012)。3つの原子炉は今でも放射性物質を放出している。
福島事故で日本の半分近くはセシウムで汚染されてしまった。事故後の政府の対策は不適切だった。ヨウ素剤の配布を怠ったこと、スピーディを活用せず、間違った避難誘導で住民の被曝量を大きくした。事故の規模を過小評価する側が被害を評価すると被害の過小評価に繋がる。
人工放射能による内部被曝に対して、子どもは大人に比べ10から20倍、女児は男児より2倍、感受性が高い。胎児はさらに高くなる。原発推進のIAEAとその傘下にあるWHOは25歳白人男子を被曝の基準にしている。
4−2原発事故後の茨城県取出市立小・中学1年生の学校検診で心電図異常の子どもが増加
Cs137汚染地図のホットスポットにあたる千葉県柏市と茨城県守谷市に取手市は隣接する。学校の健康診断(検診)は新学期の5月に毎年行なわれ,診断結果は教育委員会が高校卒業まで保管する決まりになっている。被曝による子どもの健康被害を心配した生活クラブ生協取出支部と市内3団体は上述したバンダジェフスキーのCs137による心電図異常を知り、検診での心電図異常の生徒数を事故前2008〜2010年と事故後の20011〜20012年とで比較した(表1)。
心電図異常を示した生徒数は震災後に急増している。2012年度は検診した1655人の内の24人(1.45%)と2010年の震災前の2.6倍に増加した。そのうちの突然死が懸念されるQT延長症候群は8倍の8人と極めて高い。心電図異常を示した生徒の検査回数を増やしたり、心機能の生化学的マーカー検査(例えば、心臓のペプチドホルモンNT-pBNP)などにより、早期発見と早期治療に役立てることが必要と思われる。
子どもの健康被害や突然死を防止するためにも、取手市以外の市町村でも早急に子どもの心電図検診を含めた総合的検診が不可欠である。
4−3 福島の子どもに見られた早期発生で高頻度の甲状腺がん
子ども(18歳未満)の甲状腺がんは稀ながんで世界では100万人に1人の頻度である。2013年2月13日福島県民健康管理調査検討委員会(検討委)が18歳未満の甲状腺がんを3例(プラス7人の疑い)と報告した。しかし検討委員会は放射能との因果関係を否定した。これに対して、フクシマ原発事故による放射能被曝による健康被害を懸念した郡山市の小中学生14人と保護者達が集団疎開を求めて起した裁判『フクシマ集団疎開裁判』の仙台高裁での抗告審での松崎道幸医師の意見書では、この発生率は「チェリノブイリと同じかそれ以上の恐れがあり極めて高く、発見期間も短いことから、今後甲状腺がんが激増する恐れがある」と警告している。加えて、「福島の中通りとその周辺の放射線レベルが高い地域に居住し続けることは、医学的に全く推奨出来ない」として一刻も早く疎開させるべきと主張している。子どもの健康を守ることを最優先とする予防原則からして当然の主張である。
山下俊一前検討委員会座長は、実はふくしま原発事故前の2009年のチェリノブイリ原発周辺健康調査データをまとめた『山下論文』で,持続的低線量被曝も甲状腺がんに繋がる可能性を指摘している。
チェリノブイリの若年甲状腺がんの解析から、放射線による甲状腺がんに特異的な遺伝子マ カー(CLIP2, PMS2L11, PMS2L3, STAG3L3)、フィンガープリントをドイツのグループが発見した。これを使えば福島のこども甲状腺がんが放射線によるものかどうか判定出来る可能性がある。検討委は結論を出す前にこのような可能性を検討すべきだ。検証なしに一方的に否定することは科学的態度とは云えない。
ジュリア・ヘス他 (2011)『若年患者の甲状線乳頭癌の染色体バンド7q11の増加は低線量放射線被曝と関連がある』米国科学アカデミー会報 (PNAS June 7, 2011 vol. 108, 9559-9600). Julia Hess et al. “Gain of chromosome band 7q11 in papillary thyroid carcinoma of young patients is associated with exposure to low-dose irradiation”
小児甲状腺がんについてベラルーシからの興味深い報告がある。第54回日本小児血液・がん学会(2012.11.30〜12.2 横浜)での招待講演で、Anna Zbrovskaya、小児血液・腫瘍・免疫研究センター(ベラルーシ共和国、ミンスク)所長代理は、同国におけるチェリノブイリ原発事故後の小児悪性腫瘍に関する全国データを解析した結果から、「小児で特に早期(6歳以下)に被曝すると、甲状腺がんの発症リスクが高まった」と報告した。さらに「事故後に生まれた小児での甲状腺がんの発症数は1995年にピークとなった以降は減少傾向にあったが、2005年以降に生まれた小児で再び増加傾向にあること」を示し、「原因はまだ分からない。今後検証していきたい」と語った(Medical Tribune 2013年2月14日)。小児甲状腺がんの発症と低線量内部被曝の世代を超えた影響が考えられる。
4−4福島の子どもに見られた甲状腺嚢胞と結節の保有率が時間経過と共に増加
福島県は昨年10月から18歳以下の子ども約36万人の甲状腺エコー検査を始めた。先行検査は警戒区域と計画避難区域に指定されている南相馬市、川俣町、浪江町、飯舘村の4市町村で行われた。このうちの3町村3,765人の子ども甲状腺エコー検査の結果を福島県健康管理調査検討委員会(以下検討委と略す。座長は福島県立医大副学長山下俊一、日本甲状腺学会理事長でもある)2012年1月25日発表した。5ミリ以下の結節(シコリ)や20ミリ以下の嚢胞(分泌液のたまった袋)があった人[A2判定]が1,117人(29.7%)、5.1ミリ以上のシコリや20.1ミリ以上の嚢胞があった人が[B判定]26人(0.7%) であった。検討委は、いずれも安全で直ちに2次検査を受ける必要はないとした(2012年1月26日読売新聞)。山下俊一は日本甲状腺学会会員宛に理事長名のメールで、父兄がセカンドオピニオンを求めて来てもその必要性はなく、いたずらに不安を与えるだけなので診療を自粛するよう要請した。検討委はまた福島県医師会に対しても同様の通達を出した。これは医師法に違反する。
県立医大は双葉町や大熊町の警戒区域など13市町村の子ども38,114人(先行検査の3町村3,765人の子どもを含む)に2012年3月末までに実施した甲状腺検査結果を公表した(表2のH23年度)。[A2判定]が13,460人(35.3%)、[B判定]186人(0.5%)、A2とB判定を合わせると35.8%で先行検査より5.4%増加である。
B判定の186人には、血液、尿検査、細胞診などの2次検査をおこない甲状腺がんと3例診断された。
さらに福島市や郡山市を含む42,060人のH24年度検査が行なわれ、[A2判定]が18,119人(43.1%)、[B判定]239人(0.6%)、A2とB判定を合わせると43.7%であった(2012.9.11)。
表2の参考の表では、5.1mm以上の結節保有者は、H23年度の184人(0.48%)からH24年度の232人(0.55%)と増加している。逆に、5.1mm以下の結節保有者は201人(0.53%)から153人(0.37%)に減少している。これは時間経過と共に結節が増殖し拡大していることを示唆する。
表2 福島県の18歳以下の子どもの甲状腺エコー検査の結果のまとめ
(出所:http://www.pref.fukushima.jp/imu/kenkoukanri/240911kentouiinkaishiryo.pdf のp15)
検討委の評価は何れの場合でも楽観的で、結節の増殖能力は遅く、2年後の検査でもがんの発生を見逃す恐れはないとしている。この見解は、2年以内にがんの発生がある可能性を否定していない。ベラルーシで甲状腺がんの治療にあたった医師菅谷昭・長野県松本市長は「結節が見つかった場合には丁寧な説明と検査の回数を増やす必要がある」とコメントしている。
結節や嚢胞は甲状腺の細胞異常(良性のがん)や炎症がおきている証拠で精密検査と定期的検査が必要だ。チェルノブイリでは結節は甲状腺がんへの悪性化が早く、リンパ節や肺への転移も起こっていた。チェルノブイリで同じような兆候が出たのは,事故後4〜5年たってからだ。福島の子どもの場合は、頻度は高いし時期が早い。福島の子どもは高度の被曝をしている可能性が考えられ、甲状腺ホルモンなどの甲状腺機能検査を含めたよりきめ細かい検査とともに、総合的な観察診断が求められる。身体の新陳代謝調節に関与する甲状腺ホルモンの分泌異常は様々な症状を引き起こす。
2000年に山下が長崎市で甲状腺検査をおこなった。250人の子ども(7〜14歳)の嚢胞があったのが2人(0.8%)だった。また、チェリノブイリ周辺の18歳未満や米国等の10歳児の嚢胞保有率は0.5〜1.0%であり、福島の嚢胞保有率43%は過去のどの調査よりも高率である(上述の松崎医師の意見書より)。
5ミリより小さい結節でも悪性細胞がまじっている場合もある。福島の子どもの嚢胞保有率が43%は異常だと甲状腺の世界的権威は答えた(ヘレン・カルディコット博士は日本にくる前にヨーロッパに立ち寄り確認した)。博士は福島から避難すべきだと語った。しかし,日本の甲状腺の専門家は、エコー超音波診断の解像度・検出能力が上がったのために嚢胞保有率も上がったとし、子どもの嚢胞や結節の保有率の増加を異常とは認めていない。さらに、1年に2度のエコー検査も認めようとしない。ベラルーシやウクライナ政府に1年に2度のエコー検査をすべきだと勧めたのは他ならぬ日本の甲状腺専門家だった(ベラルーシやウクライナ政府関係者)。
調査委では、福島県民の9割以上の初期外部被爆実効線量推計値は3mSv未満であり、100mSv以下で明らかな健康への影響が確認されていないから「放射線による健康被害があるとは考えにくい」と主張している。第54回日本小児血液・がん学会で「福島における健康検査」について報告した調査委のメンバーの福島県立医科大学放射線健康管理学講座の大津留昌教授も同じ主張を述べた上で、「昨年9月末までの9万5,954人の検査結果から、正常範囲とされるA判定は99.5%を占め、早期に2次検査を要するC判定は1例(0.01%)のみであったこと」と報告した。
ここで、大津教授は論点を意図的にずらしている。表2の判定基準は調査委が決定しそれに基づいて調査結果を整理・分析してきたわけで、論点となっているA判定A2をA1の結節や嚢胞はなかったものに加えて正常として発表するのは、事実の隠蔽と云わざるを得ない。自らが決めた基準が都合悪くなったら不都合な部分を希釈して報告するとは科学者のやるべきことではない。
B判定に言及しなかったのは何故か。B判定者の再検査から甲状腺がんの小児が見つかった事実からすればB判定も都合が悪くなったのだろう。これはデータの改竄ではないが、事実の歪曲であり科学者としての倫理性が問われる。彼等の「県民の健康調査報告」は信頼出来ないことを自ら証明している。「審査の結果を本人に手渡すこと、結果に関してセカンドピニオンを求める患者として当然の権利」を奪っている行政、調査委、その医師連合を信じることは難しい。
5 Cs137汚染レベル20ベクレルの食品は安全か?
福島第1原発港湾内でとれたアイナメから1キロ当り51万ベクレルの放射性セシウムが検出された(2013.2.7東電発表)。国の食品基準値の5,100倍。事故後の東電による魚介類調査では最高値である。海は続いている。汚染が拡大していくことが予想される。
厚労省は2月19日、自治体が実施している食品の放射性セシウム検査の対象食品数(品目・類)を4月以降132から98に縮小することを決定した。葉もの野菜(ホウレンソウ、レタス、キャベツ、大根、ジャガイモなど)、果物(リンゴ、桃、ナシなど)、魚類(イワシ、サバ、ブリなど)が含まれる。今後食品による内部被曝の拡大が懸念される折、この決定は早計と云わざるを得ない。
政府の食品基準値がベラルーシやウクライナ共和国と比較しても問題があること、基準値は安全値を意味しないことを批判してきた[8 のp27〜33]。
飲料水や食品から子どもや大人が毎日1BqずつCs137を長期間摂取し続けた場合、Cs137の生物学的半減期を子ども40日、大人70日と仮定すると、1年後の蓄積量は子ども60Bq、大人100Bqとなる(右図4)。大人は子どもの1.5倍同一食物を摂取するとすれば、大人の蓄積量は150Bqとなり、子どもとの相対蓄積量は約2.5倍である。
もし1Bqの代わりに毎日10Bq、20Bq摂取した時の1年後の子どもと大人の蓄積量、子どもと大人の体重をそれぞれ30kg、60kgと仮定したときの1kg当りの蓄積量を表3に表した。
上述した様にCs137の蓄積量が20〜50Bq/kgのベラルーシの子どもでは60〜80%(大人では50%)に心電図異常や白内障が現れた。Cs137の子どもの体内蓄積量が20〜40Bq/kgはICRPの被曝線量でいえば約0.05〜0.1ミリシーベルト/年で「安全な量」である。
1960〜70年代の植物遺伝学の知見では、どんな低線量の外部放射線でも、葉や根からの取り込みによる内部被曝でも、線量に応じて突然変異が起き安全量はありえないことが学問的に明らかになっている。
WBCで測れるのはγ線のみで、プルトニウムやウランが出すα線、Csやストロンチュウムが出すβ線などは検出できない。文科省の発表によると(2011.9.30)、福島原発から100kmまでストロンチュウムやプルトニウムで汚染されている。これらの放射能とヨウ素131、Cs137との相乗効果も考慮されねばならない。さらに、「ペトカウ効果」(註1)や「バイスタンダー効果」(註2)[8 のp37〜38]によって低線量内部被曝は予想よりかなりリスクが高くなることが考えられている。
福島県以外のホットスポット地域に住む子どもや大人に紫斑や脱毛、血液細胞異常、突然死や糖尿病など様々な症状が現れている。本格的健康被害が現れ始めるのが放射性物質の生物濃縮がピークに達する3年目からであるというのがチェリノブイリの教訓である。予防原則から、低線量内部被曝の危険性を考慮した迅速できめ細かい防護策が求められている。
(註1)ペトカウ効果:高線量の電離放射線で短時間照射するよりも低線量で長時間照射する方がたやすく細胞膜の透過性を変え膜を破壊することができる(A. Petkau, 1972)。この仮説はその後細胞レベル、個体レベルで確認された。この効果はスーパーオキシド・デスムターゼ(SOD)で消去されることから活性酸素が関与することが証明された。 低線量では活性酸素の濃度が低く細胞膜、膜脂質の過酸化による連鎖反応等により細胞を容易に障害する。高線量では発生する活性酸素の濃度が高く活性酸素分子間で再結合が起こり標的分子の酸化能が低下する。
(註2)バイスタンダー効果:放射線被曝細胞から周りの非被曝細胞に被曝細胞と同様な放射線の影響が伝達されること。放射線照射された細胞核でも細胞質でも、どちらでも同様な効果が誘導されることが確かめられている。そのシグナル分子の一つとして活性酸素(ROS)や活性窒素(RNS)が同定された。すなわ、細胞核のゲノムDNAのみが放射線の標的ではないという新たなパラダイムが生まれた。細胞核をもたない赤血球、血小板も影響を受ける。バイスタンダー効果の分子的機構にペトカウ効果が位置付けられる。
6 福島原発事故によるヒト以外の生態系での異変:もの言わぬ動物・植物の訴え
原発事故で放出された放射能によると思われる異変,異常死や奇形がヒト以外の様々な生物で起きている。
@飯舘村の細井牧場(放射線量は現在でも毎時3〜4μSvである)で今年になって馬の異常死が相次いでいる。生まれた15頭の子牛のうち14頭が生後1週間から1ヶ月で死亡した。2月末からは大人の馬が後ろ足を引きずる様になり,段々歩けなくなり死亡した。家畜保健所は血液検査の結果から細菌やウイルスによる感性症によるものではないという(森住卓のフォトブログ2013.03.25)。
Aアメリカの鳥類生態学者Moseau等は、福島第1原発20km圏内の鳥類の個体数の激減を観察している。白い羽のカラスを発見している。
B福島県浪江市で耳なしウサギ、多数の子どもトマトを持つトマトなどが見つかっている。
C雌雄同体(頭がオスで胴体・脚がメス)のノコギリクワガタが茨城県牛久市の雑木林で見つかっている。
D大瀧譲二研究グループ(琉球大学)は、環境指標生物の一つである小形蝶のヤマトシジミ(ヤマトシジミの1世代は約1ヶ月)を用いて、福島事故で放出された放射能による事故後2ヶ月目(5月)と6ヶ月目(9月)の短時間での生態系への生理的・遺伝的影響を検証した。世界で初めての貴重な論文である。
『ヤマトシジミに対する福島原発事故による生物学的影響』
Hiyama, A., Nohara, C. et al. The biological impacts of Fukushima nuclear accident on the pale grass blue butterfly. Sci. Rep. 2, 570-579 (2012). DOI: 10.1038/srep00570
2011年5月は越冬幼虫からふ化した1世代目の蝶の成虫を、9月は4〜5世代目の成虫を観察した。世代を経るごとに形態異常の割合が増加し、孫の代では親の2.5倍となった。世代を追って変異が蓄積して起こることが示唆された。
福島県の4つの地域から採集した汚染カタバミを餌として沖縄地域のヤマトシジミの幼虫にあたえ、蛹の死亡率や羽化した成虫の形態異常を調べた。実験室における内部被曝実験でもフィールドで観察された形態異常が再確認された。
以上述べたことは生態系で起こっているほんの一部である。ヒトは自然の一部である。自然からの警鐘に謙虚に耳を傾けることが求められている。
7 結論
Cs137の体内蓄積量がkg当り20〜40Bqで子どもに心臓異常、高血圧、白内障,感染症等の疾病が重なって起こる可能性が高いことから、子どもの健康を守る上で低線量内部被曝をさけることが緊急の課題である。そのために、
@フクシマ原発事故による子ども、大人の健康被害、生態系の破壊、地球規模の汚染、今も放射能を放出し続けている現実と地震頻発国日本を直視して考えると、原発の再稼働と安全な原発はありえない。現在と未来の子どもの安全と希望のためにわれわれ大人が出来ることは、大飯原発3、4号機の再稼働を撤回させ、脱原発を実現するための戦を続けていくことだと考える。
A 20mSv以下の汚染地区への除染・帰還政策は、長期にわたり低線量の外部被曝と内部被曝を子どもや大人に強要する棄民政策である。福島県民の移住権利を保障し、クリーン地域へのコミュニティーレベルでの移住を実現することである。
B『絆』の名の下の被災地の低線量放射能汚染瓦礫の広域処理は内部被曝を拡散・拡大させるためおこなうべきではない。
8 科学者の責任
最後に、科学者の責任の一端としてわれわれは昨年8月に緑風出版から『原発問題の争点』を出版した[8]。
第1の論点は放射線被曝の危険性であり、その被害の実態である(第一章)。4半世紀を経たチェルノブイリ事故の悲劇の実態とそれを科学的に分析したゴメリ医科大学の実態報告に基づいて「長寿命放射性元素取り込み症候群」と命名された健康被害、非がん疾病の存在を紹介する。これを参考にすると、福島事故によって汚染された空気や水、食品から取り込んだ放射性物質による内部被曝によって様々な病気がすでに引き起こされていても不思議ではない。
第2の論点は地震国日本に於ける原発事故の危険性である。観測された地震動の振動解析から科学的根拠のある耐震設計が不可能であることを示す(第二章)。これまで起こった地震にたいしてなされた様々な解析結果は、私たちが地震に対処する有効で安全な設計基準とその評価方法をもたないことを示している。
第3の論点は原発を推進してきたなかで大きな役割を果たしてきた物理学者を初めとする科学者の責任を問うている。
第4の論点は経済的利害から原発に群がり、不当な利益を得ている人たちの政治的・経済的な力によって原発が維持されていることを示す(第四章)。中心的な科学者の多数もまた同じである(第三章)。こうした推進勢力の経済的基盤を批判することによって、原発は人類に悲劇のみをもたらす危険なものであり人類と共存できないことを示した(第四章)。
最後の第五章では、現在政府マスコミが「絆」と称して喧伝している「広域がれき処理」と「除染し帰還させる」政策は、被曝を日本全土に拡散させ、帰還者に更なる被曝を強要する誤った政策であることを主張した。(第五章)。
われわれの論考が様々な角度から検討・批判されることを期待したい。
参考文献
[8]大和田幸嗣・橋本真佐夫・山田耕作・渡辺悦司著『原発問題の争点』緑風出版(2012.8)
略歴
大和田幸嗣(おおわだ こうじ)
1969年横浜市立大学卒業。1974年大阪大学大学院理学研究科博士課程修了(生理学)。理学博士。大阪大学微生物病研究所助手。西ベルリンのマックス・プランク分子遺伝学研究所研究員(1978〜1982)。1989年京都薬科大学助教授、2010年定年退職(教授)。専門はレトロがんウイルスと分子細胞生物学。がん蛋白質と細胞周期制御の研究。
1969年横浜市立大学卒業。1974年大阪大学大学院理学研究科博士課程修了(生理学)。理学博士。大阪大学微生物病研究所助手。西ベルリンのマックス・プランク分子遺伝学研究所研究員(1978〜1982)。1989年京都薬科大学助教授、2010年定年退職(教授)。専門はレトロがんウイルスと分子細胞生物学。がん蛋白質と細胞周期制御の研究。