世界禁煙デーによせて
『タバコとがん…最近の話題から』
タバコ問題首都圏協議会
代表 中久木 一乗
●はじめに
私は約50年前に歯科大学を卒業し、主に医学部病院で歯科・口腔外科に勤務し、当時のがん治療を垣間見た経験はありますが、約35年前から街の歯科医師として働いており、がん治療の現場にはいません。約15年前からタバコ問題の市民グループにかかわり、現在はタバコ問題首都圏協議会(略称=MASH)の代表を務めています。ここでは、「タバコのない社会を願う」市民運動に参加している一人として、最近の「タバコとがん」についての思いと学習の報告をしたいと思います。
病気を持つ人にとって、確実で経過の良い、しかも病気を持つ人の負担の少ない治療がもっとも重要な課題であることは当然であり、それを可能にする要素の一つが早期の確実な診断つまり健診の重要性であることは明らかと思います。もちろんその前段階として、治療を必要としないこと即ち「病気の予防がもっとも価値あること」であることは全ての人が理解していることで、今さら言うまでもありませんが、病気によっては確実な予防法がまだわからないことも多いと思います。
がんの場合、ひと昔前に比べて、治療法も診断法もおおいに進歩し発展しました。しかし、ご承知のように病気を持つ人にとってもご家族にとっても、治療する人とそれを支援する人にとっても、がん治療は大いに改善したとはいえ、まだまだ大変な苦痛、苦悩と困難を伴うことです。がん治療の大変さと、結果の満足度が必ずしも十分でないことを考えると、出来るだけ「がん予防」に心がけることの重要性が強調されても、強調し過ぎることはないでしょう。がんという病気を体験された方やご家族の方はこのことをよくご理解されていますが、残念ながら、がんとは縁遠い(様に見える)生活をされている方の中には、がん予防にあまり関心のない方も大勢見られます。しかし日本人の2人に1人はがんにかかると言われる現在、若い時からというより子どもの時から、全ての人が「がん予防」を考えることの意義は大きいと思います。さらに、がんのおよそ3分の1はタバコが原因と言われていますので、タバコとがんについて考えることはとても重要と思います。
タバコはがんだけでなく数多くの病気を引き起こします。しかもタバコ喫煙することは何の利益もありません。 (喫煙依存症の方が一時的に満足感を覚えることを唯一の利益と表現することもできますが、それは利益ではなく麻薬的効果の一種ということでしょう) そこで私達はタバコのない社会をめざす市民活動を通じて、タバコの真実を広く社会に広める活動をしております。ここでは活動のために日頃私が学んでいることから、がんとタバコについて幾つかの講演や論文を紹介させていただきます。
●「タバコはやめない方がいい」という喫煙応援本について
(竹書房:早死にしたくなければタバコはやめない方がいい、2012年10月)
もちろん普通の人がこの本を読んだ時に、あまりに非論理的な内容に驚き笑い飛ばすことはあっても、内容を信じるとは思えません。ただ、著者が大学教授ということで、大学教授というモノに、あるいは大学というモノに不審・不信の念をお持ちになることを心配します。この本の内容はその程度の内容ですが、それでもニコチン依存になりながらも必死でタバコをやめようとしている人の気持ちを逆なでするような、決心を鈍らせるようなことがあるのではないかと心配します。また、「もしかするとこの分野は、まだはっきりしてない部分もあるのかも知れない」などと、タバコ会社が喜ぶようなことを感じる人がいるのではないかと不安です。
日本には言論の自由がありますから、自分の気持ち、個人的体験を表現するのは自由でしょう。しかしながら既にWHOで決まっていることを、「破ろう」「無視しよう」と一般の人々に呼びかけるのは許しがたい気がします。異論があるならその分野の学会や会議で発表し討議すべきでしょう。大学の教授の行為とは考えられないとしても無理がないと思います。「この40年でタバコを吸う人の数は1/2に減ったのに、肺がんになる人は5倍に増えた*(だからタバコと肺がんは関係ないどころか吸った方が良い)」「『副流煙は体に悪い』と発表した論文は嘘が沢山」「喫煙で医療費が増えるわけがない」「1日タバコ20本までなら健康に生きられる」などという、現代の科学を全く無視した文章には、あまりのことに呆れてしまいます。しかし、世界の常識を脱した酷い内容を読むうちに、ひょっとするとこれは「高級な禁煙のすすめ」なのかとも思えてきました。喫煙習癖を続けている人びともこの本を読んで、喫煙の支援理論がこんなレベルの低い理屈で支えられている現実を理解すれば、みなさんが禁煙するのではないかと思うのです。
この本のほかにも、「吸う人にも吸わない人にも害のある分煙」を認めようとするいわゆる三流週刊誌の記事や、喫煙する人が慰め合い、麻薬的効果を語り合う「愛煙家通信」という本なども存在します。
私達は、これからの時代を担う若い人々のためにも、健康、特に「がん予防」に関して正しい情報の見分け方を周囲に伝え、有害情報から自分の人生を守る知識と術を身につけて貰うことが大変重要であると感じています。
*中久木注:喫煙習癖とがんの発生までには20-30年の期間がある。喫煙してすぐにがんが発生するわけではない。
●「日本癌学会シンポジウム:タバコとがん」から
(発がんメカニズム、予防と臨床、そして政策まで 2012年12月10日 国立がん研究センターにて)
開会挨拶 …国立がん研究センター 堀田知光氏(理事長)
がんセンター設立の1962年には脳卒中が日本人死因の第一位であったが、1981年から「がん」が第一位になった。国はがん対策基本法そして推進計画と取り組んでおり今後に期待したい。そのために本日の、がん学会それぞれの分野の第一人者による最新の成果発表が役立つであろう。
「喫煙による発がんメカニズム」…香川大学 今井田克己氏(腫瘍病理学)
・動物を用いた喫煙モデルによる解析について 長期発がん性試験はしっかりしたプロトコールが決まっていて信頼性が高い。この報告に基づき喫煙を人間に発がん性があるグル−プ1に分類した。発がん性に関しは多くの条件で研究され多くの動物で実験報告がある。マウスでは7,443論文、ラット2,511論文、ハムスター571論文など数多い。マウスの種類により感受性が違うことが分かり、これを利用して研究も行われている。全身暴露と経鼻暴露の方法で、ハムスター、ラット、マウスを用いて発がん性評価をした。例えば、マウス330匹を用い、生涯観察(約930日)で受動喫煙による肺腫瘍発生リスクの評価を行い、4〜10倍のはっきりした差を観察している。またラットでも30カ月の生涯観察で対照群は「がんの発生なし」であるのに、タバコ煙暴露実験群では「5〜13%にがんの発生」が見られた。
・喫煙中に存在する個々の化学物質の解析について 肺がんになりやすい人と、なりにくい人がいることについて、ニコチン燃焼物質のNKKが薬物代謝酵素CYP2A6によって代謝活性され肺発がんをおこすと考えられる。日本人の肺がんはCYP2A6がない人では3分の1、スリランカ人の(噛みタバコによる)口腔癌はCYP2A6がない人では7分の1であった。
≪講演を聞いて・中久木≫
動物実験の組み立てがキチンとしていること、実験が数多くされていること、タバコとがんとの関連性は明確に示されていることそして、がんになりやすい人と、がんになり難い人についても解明が進んでいることに感激した。この様な科学的情報が広く一般に広がることを期待したい。奇妙な本や記事に騙される若者を無くすためにも。
「喫煙の影響を受けやすい遺伝的体質」…名古屋大学 浜島信之氏(予防医学)
・タバコ煙中にある化学物質により、多くの遺伝子の発現が抑制されたり亢進したりし、種々の生体指標が変動すると考えられる。
・疾病リスクは遺伝的体質と環境暴露との組み合わせにより変わる。
・決定的な物はまだ見つかっていないものの、喫煙に対して感受性の高い遺伝子は存在すると推測される。
・遺伝子型検査は、ハイリスク者を特定するのみならず、喫煙者にも禁煙への行動変容を起こす可能性がある。
≪講演を聞いて・中久木≫
遺伝子レベルでも研究が進んでいることがうれしかったが、実は理解できたのは上記の4項目のみで理解が難しかった。しかし、タバコ煙により、遺伝子が影響されることが明らかで、臨床所見を説明するのに役立つ話だった。
「喫煙によるがん発生の寄与」…国立がん研究センター 片野田耕太氏(がん統計研究部)
・喫煙は、さまざまながんの原因の中で、予防可能な最大の原因である。日本の研究では、がんの発生のうち、男性で30%から40%、女性で5%程度は喫煙が原因だと考えられている。特に肺がんは喫煙との関連が強く、肺がんの死亡のうち、男性でおよそ70%、女性で20%は喫煙が原因である。他の部位でも、男性では口腔・咽頭が約50%、食道が約60%、咽頭および尿路が約70%と喫煙の寄与する割合が大きい。
・菌やウィルスが原因でおこる胃がん、肝臓がんでも、男性ではそれぞれ25%、40%弱が喫煙によるものだと考えられている。このことは感染性のがんの予防においても喫煙対策が重要であることを意味する。 さらに、早期発見の方法が確立していない膵臓がんでも喫煙の寄与は25%と大きい。
・喫煙は行動変容によってがんのリスクが下げられるという点も重要である。肺がんでは60歳代で禁煙してもリスクが減少することが示されている。成人、特に男性の喫煙者が禁煙することで我が国全体のがん死亡を減らせる可能性はまだまだ大きい。がんの発生を確実に減らせる対策、それが喫煙対策である。
≪講演を聞いて・中久木≫
動物実験そして遺伝子研究に続いて、人のがんに関する統計からのお話しで、分かりやすく理解しやすい。がんの原因はタバコだけではないが、実行しやすく予防効果の大きい喫煙対策は、全国民レベルで早急に取り組むべき問題であるとの認識を新たにした。
以上、「タバコとがん」についてのシンポジウムから、主にがん予防関連の講演を紹介しました。タバコは予防だけでなく、がんの治療の全般にわたり大きく影響しますので、ご参考にその他の講演のタイトル名を記しておきます。
・喫煙者に有効な検診
・我が国における禁煙治療の現状と課題
・喫煙がん患者の臨床経過と禁煙治療
・たばこ対策のためのたばこ煙の有害成分評価
・地域社会における受動喫煙暴露の状況
・わが国におけるたばこ対策の現状と課題
詳しくはTobaccoFreeWomenTVの中にあります。
http://www.ustream.tv/channel/tobaccofreewomentv
●「日本癌学会シンポジウム:タバコとがん」から
以上、私達は「がん予防にはタバコ対策がもっとも重要である」と考えており、それには「タバコというものがあって当然」と感じていた過去の社会から、「タバコは普通ではないモノ、社会にはない方が良いモノ」であると、みんなが感じる社会になってほしいと願っています。そのためには、次にあげるような「タバコ関連言葉」のような小さなことでも、科学的に正確に使って、喫煙とは普通ではないことであることを、日々の暮らしの中で認識してもらうように努力しています。
「たばこ」とは、日本たばこ産業株式会社の商品の名称です。外来の薬物類はカタカナ表示で「タバコ」が望ましい です。【外来物のカタカナ表示は室町時代からとの説もあるが、なぜか現在は、公用語や新聞用語は、タバコ表示よりも、優しくやわらかい感触を醸し出す「たばこ」表示が使われることが多く、私達は問題があると思っている。】
「愛煙家」とは、「(能動)喫煙する人」です。(喫煙は依存症という病気であって「愛している」のとは違います) 「喫煙の権利」はありません。自分に有害でも喫煙する愚行権はあるとの主張もありますが、受動喫煙で他人を 害する権利はなく、結局、喫煙権は認められません。きれいな空気を求める権利はあります。
「喫煙者」とは、喫煙する人です。病気で喫煙している人ですから、犯罪者のような表現は好ましくありません。 受動喫煙させられている人も喫煙者(受動喫煙する人)と言えますから、正確には「能動喫煙す る人」というのが良いでしょう。「非喫煙者」とは 「喫煙しない人」です。(日本語では「非」の後ろには好ましい言葉が来るもので、喫煙は好まし くない行為です。喫煙を正当化するような表現は良くありません)しかし,殆どの人は受動喫煙し ていますので、正確には「能動喫煙しない人」とするのが良いでしょう。
「禁煙デー」とは、「World No-Tobacco Day (タバコのない社会を考える日)」です。禁煙を考える日ではありません。
「喫煙の習慣、趣味・嗜好」とは、「喫煙嗜癖」です。(喫煙は依存症であって、習慣や趣味、嗜好とは違います)
「分煙」とは、科学的にあり得ません。「無煙」への途中の中間ステップとして「不完全分煙」がありますが、これは 早急になくし、「無煙」にすることが望ましいことです。
「無煙」とは、タバコ煙の有害成分の全てが無い環境で、タバコの臭いが無いことだけではありません。
「禁煙」とは、喫煙を禁ずることで、時間や場所を限定して用いられる言葉です。次の「卒煙」とは区別します。
「卒煙」とは、喫煙嗜癖に陥った依存症生活を脱して(卒業して)、タバコのない生活に入る(戻る)ことです。
●タバコ問題首都圏協議会(略称=MASH)
http://www.nosmoke-shutoken.org/
・1990年「タバコと健康首都圏協議会」発足。1993年、「タバコ問題首都圏協議会」に改称。
・毎年5月の禁煙週間にイベント開催。本年は6月1日、渋谷にて(大和浩氏、小宮山洋子氏 等)
・秋に、総会開催【現在加盟団体は20団体】、加盟団体活動報告会併催。
・12月、交流懇親の会として、翌年を望む「望年講演会・望年交流会」の開催。
・その他の各種支援活動。
私は約50年前に歯科大学を卒業し、主に医学部病院で歯科・口腔外科に勤務し、当時のがん治療を垣間見た経験はありますが、約35年前から街の歯科医師として働いており、がん治療の現場にはいません。約15年前からタバコ問題の市民グループにかかわり、現在はタバコ問題首都圏協議会(略称=MASH)の代表を務めています。ここでは、「タバコのない社会を願う」市民運動に参加している一人として、最近の「タバコとがん」についての思いと学習の報告をしたいと思います。
病気を持つ人にとって、確実で経過の良い、しかも病気を持つ人の負担の少ない治療がもっとも重要な課題であることは当然であり、それを可能にする要素の一つが早期の確実な診断つまり健診の重要性であることは明らかと思います。もちろんその前段階として、治療を必要としないこと即ち「病気の予防がもっとも価値あること」であることは全ての人が理解していることで、今さら言うまでもありませんが、病気によっては確実な予防法がまだわからないことも多いと思います。
がんの場合、ひと昔前に比べて、治療法も診断法もおおいに進歩し発展しました。しかし、ご承知のように病気を持つ人にとってもご家族にとっても、治療する人とそれを支援する人にとっても、がん治療は大いに改善したとはいえ、まだまだ大変な苦痛、苦悩と困難を伴うことです。がん治療の大変さと、結果の満足度が必ずしも十分でないことを考えると、出来るだけ「がん予防」に心がけることの重要性が強調されても、強調し過ぎることはないでしょう。がんという病気を体験された方やご家族の方はこのことをよくご理解されていますが、残念ながら、がんとは縁遠い(様に見える)生活をされている方の中には、がん予防にあまり関心のない方も大勢見られます。しかし日本人の2人に1人はがんにかかると言われる現在、若い時からというより子どもの時から、全ての人が「がん予防」を考えることの意義は大きいと思います。さらに、がんのおよそ3分の1はタバコが原因と言われていますので、タバコとがんについて考えることはとても重要と思います。
タバコはがんだけでなく数多くの病気を引き起こします。しかもタバコ喫煙することは何の利益もありません。 (喫煙依存症の方が一時的に満足感を覚えることを唯一の利益と表現することもできますが、それは利益ではなく麻薬的効果の一種ということでしょう) そこで私達はタバコのない社会をめざす市民活動を通じて、タバコの真実を広く社会に広める活動をしております。ここでは活動のために日頃私が学んでいることから、がんとタバコについて幾つかの講演や論文を紹介させていただきます。
参考
国が2006年に制定した「がん対策基本法」では、第3章第一節 がんの予防及び早期発見の推進 (がんの予防の推進)第十二条において「 国及び地方公共団体は、喫煙、食生活、運動その他の生活習慣及び生活環境が健康に及ぼす影響に関する啓発及び知識の普及その他のがんの予防の推進のために必要な施策を講ずるものとする。」と、喫煙対策を予防法の第一に挙げています。
国が2006年に制定した「がん対策基本法」では、第3章第一節 がんの予防及び早期発見の推進 (がんの予防の推進)第十二条において「 国及び地方公共団体は、喫煙、食生活、運動その他の生活習慣及び生活環境が健康に及ぼす影響に関する啓発及び知識の普及その他のがんの予防の推進のために必要な施策を講ずるものとする。」と、喫煙対策を予防法の第一に挙げています。
●「タバコはやめない方がいい」という喫煙応援本について
(竹書房:早死にしたくなければタバコはやめない方がいい、2012年10月)
もちろん普通の人がこの本を読んだ時に、あまりに非論理的な内容に驚き笑い飛ばすことはあっても、内容を信じるとは思えません。ただ、著者が大学教授ということで、大学教授というモノに、あるいは大学というモノに不審・不信の念をお持ちになることを心配します。この本の内容はその程度の内容ですが、それでもニコチン依存になりながらも必死でタバコをやめようとしている人の気持ちを逆なでするような、決心を鈍らせるようなことがあるのではないかと心配します。また、「もしかするとこの分野は、まだはっきりしてない部分もあるのかも知れない」などと、タバコ会社が喜ぶようなことを感じる人がいるのではないかと不安です。
日本には言論の自由がありますから、自分の気持ち、個人的体験を表現するのは自由でしょう。しかしながら既にWHOで決まっていることを、「破ろう」「無視しよう」と一般の人々に呼びかけるのは許しがたい気がします。異論があるならその分野の学会や会議で発表し討議すべきでしょう。大学の教授の行為とは考えられないとしても無理がないと思います。「この40年でタバコを吸う人の数は1/2に減ったのに、肺がんになる人は5倍に増えた*(だからタバコと肺がんは関係ないどころか吸った方が良い)」「『副流煙は体に悪い』と発表した論文は嘘が沢山」「喫煙で医療費が増えるわけがない」「1日タバコ20本までなら健康に生きられる」などという、現代の科学を全く無視した文章には、あまりのことに呆れてしまいます。しかし、世界の常識を脱した酷い内容を読むうちに、ひょっとするとこれは「高級な禁煙のすすめ」なのかとも思えてきました。喫煙習癖を続けている人びともこの本を読んで、喫煙の支援理論がこんなレベルの低い理屈で支えられている現実を理解すれば、みなさんが禁煙するのではないかと思うのです。
この本のほかにも、「吸う人にも吸わない人にも害のある分煙」を認めようとするいわゆる三流週刊誌の記事や、喫煙する人が慰め合い、麻薬的効果を語り合う「愛煙家通信」という本なども存在します。
私達は、これからの時代を担う若い人々のためにも、健康、特に「がん予防」に関して正しい情報の見分け方を周囲に伝え、有害情報から自分の人生を守る知識と術を身につけて貰うことが大変重要であると感じています。
*中久木注:喫煙習癖とがんの発生までには20-30年の期間がある。喫煙してすぐにがんが発生するわけではない。
●「日本癌学会シンポジウム:タバコとがん」から
(発がんメカニズム、予防と臨床、そして政策まで 2012年12月10日 国立がん研究センターにて)
開会挨拶 …国立がん研究センター 堀田知光氏(理事長)
がんセンター設立の1962年には脳卒中が日本人死因の第一位であったが、1981年から「がん」が第一位になった。国はがん対策基本法そして推進計画と取り組んでおり今後に期待したい。そのために本日の、がん学会それぞれの分野の第一人者による最新の成果発表が役立つであろう。
「喫煙による発がんメカニズム」…香川大学 今井田克己氏(腫瘍病理学)
・動物を用いた喫煙モデルによる解析について 長期発がん性試験はしっかりしたプロトコールが決まっていて信頼性が高い。この報告に基づき喫煙を人間に発がん性があるグル−プ1に分類した。発がん性に関しは多くの条件で研究され多くの動物で実験報告がある。マウスでは7,443論文、ラット2,511論文、ハムスター571論文など数多い。マウスの種類により感受性が違うことが分かり、これを利用して研究も行われている。全身暴露と経鼻暴露の方法で、ハムスター、ラット、マウスを用いて発がん性評価をした。例えば、マウス330匹を用い、生涯観察(約930日)で受動喫煙による肺腫瘍発生リスクの評価を行い、4〜10倍のはっきりした差を観察している。またラットでも30カ月の生涯観察で対照群は「がんの発生なし」であるのに、タバコ煙暴露実験群では「5〜13%にがんの発生」が見られた。
・喫煙中に存在する個々の化学物質の解析について 肺がんになりやすい人と、なりにくい人がいることについて、ニコチン燃焼物質のNKKが薬物代謝酵素CYP2A6によって代謝活性され肺発がんをおこすと考えられる。日本人の肺がんはCYP2A6がない人では3分の1、スリランカ人の(噛みタバコによる)口腔癌はCYP2A6がない人では7分の1であった。
≪講演を聞いて・中久木≫
動物実験の組み立てがキチンとしていること、実験が数多くされていること、タバコとがんとの関連性は明確に示されていることそして、がんになりやすい人と、がんになり難い人についても解明が進んでいることに感激した。この様な科学的情報が広く一般に広がることを期待したい。奇妙な本や記事に騙される若者を無くすためにも。
「喫煙の影響を受けやすい遺伝的体質」…名古屋大学 浜島信之氏(予防医学)
・タバコ煙中にある化学物質により、多くの遺伝子の発現が抑制されたり亢進したりし、種々の生体指標が変動すると考えられる。
・疾病リスクは遺伝的体質と環境暴露との組み合わせにより変わる。
・決定的な物はまだ見つかっていないものの、喫煙に対して感受性の高い遺伝子は存在すると推測される。
・遺伝子型検査は、ハイリスク者を特定するのみならず、喫煙者にも禁煙への行動変容を起こす可能性がある。
≪講演を聞いて・中久木≫
遺伝子レベルでも研究が進んでいることがうれしかったが、実は理解できたのは上記の4項目のみで理解が難しかった。しかし、タバコ煙により、遺伝子が影響されることが明らかで、臨床所見を説明するのに役立つ話だった。
「喫煙によるがん発生の寄与」…国立がん研究センター 片野田耕太氏(がん統計研究部)
・喫煙は、さまざまながんの原因の中で、予防可能な最大の原因である。日本の研究では、がんの発生のうち、男性で30%から40%、女性で5%程度は喫煙が原因だと考えられている。特に肺がんは喫煙との関連が強く、肺がんの死亡のうち、男性でおよそ70%、女性で20%は喫煙が原因である。他の部位でも、男性では口腔・咽頭が約50%、食道が約60%、咽頭および尿路が約70%と喫煙の寄与する割合が大きい。
・菌やウィルスが原因でおこる胃がん、肝臓がんでも、男性ではそれぞれ25%、40%弱が喫煙によるものだと考えられている。このことは感染性のがんの予防においても喫煙対策が重要であることを意味する。 さらに、早期発見の方法が確立していない膵臓がんでも喫煙の寄与は25%と大きい。
・喫煙は行動変容によってがんのリスクが下げられるという点も重要である。肺がんでは60歳代で禁煙してもリスクが減少することが示されている。成人、特に男性の喫煙者が禁煙することで我が国全体のがん死亡を減らせる可能性はまだまだ大きい。がんの発生を確実に減らせる対策、それが喫煙対策である。
≪講演を聞いて・中久木≫
動物実験そして遺伝子研究に続いて、人のがんに関する統計からのお話しで、分かりやすく理解しやすい。がんの原因はタバコだけではないが、実行しやすく予防効果の大きい喫煙対策は、全国民レベルで早急に取り組むべき問題であるとの認識を新たにした。
以上、「タバコとがん」についてのシンポジウムから、主にがん予防関連の講演を紹介しました。タバコは予防だけでなく、がんの治療の全般にわたり大きく影響しますので、ご参考にその他の講演のタイトル名を記しておきます。
・喫煙者に有効な検診
・我が国における禁煙治療の現状と課題
・喫煙がん患者の臨床経過と禁煙治療
・たばこ対策のためのたばこ煙の有害成分評価
・地域社会における受動喫煙暴露の状況
・わが国におけるたばこ対策の現状と課題
詳しくはTobaccoFreeWomenTVの中にあります。
http://www.ustream.tv/channel/tobaccofreewomentv
なお、タバコとがんについては、「がん医療の今」の以下の号の関連論文を参考にしてください。
渡辺文学:No16 たばこ規制基本法
作田 學:No37 タバコと依存症
松崎道幸:No74 肺がん乳がんと受動喫煙
吉野那俊:No105 タバコと頭頚部がん
渡辺文学:No16 たばこ規制基本法
作田 學:No37 タバコと依存症
松崎道幸:No74 肺がん乳がんと受動喫煙
吉野那俊:No105 タバコと頭頚部がん
●「日本癌学会シンポジウム:タバコとがん」から
以上、私達は「がん予防にはタバコ対策がもっとも重要である」と考えており、それには「タバコというものがあって当然」と感じていた過去の社会から、「タバコは普通ではないモノ、社会にはない方が良いモノ」であると、みんなが感じる社会になってほしいと願っています。そのためには、次にあげるような「タバコ関連言葉」のような小さなことでも、科学的に正確に使って、喫煙とは普通ではないことであることを、日々の暮らしの中で認識してもらうように努力しています。
☆ 考え直したい タバコ関連言葉 ☆
「たばこ」とは、日本たばこ産業株式会社の商品の名称です。外来の薬物類はカタカナ表示で「タバコ」が望ましい です。【外来物のカタカナ表示は室町時代からとの説もあるが、なぜか現在は、公用語や新聞用語は、タバコ表示よりも、優しくやわらかい感触を醸し出す「たばこ」表示が使われることが多く、私達は問題があると思っている。】
「愛煙家」とは、「(能動)喫煙する人」です。(喫煙は依存症という病気であって「愛している」のとは違います) 「喫煙の権利」はありません。自分に有害でも喫煙する愚行権はあるとの主張もありますが、受動喫煙で他人を 害する権利はなく、結局、喫煙権は認められません。きれいな空気を求める権利はあります。
「喫煙者」とは、喫煙する人です。病気で喫煙している人ですから、犯罪者のような表現は好ましくありません。 受動喫煙させられている人も喫煙者(受動喫煙する人)と言えますから、正確には「能動喫煙す る人」というのが良いでしょう。「非喫煙者」とは 「喫煙しない人」です。(日本語では「非」の後ろには好ましい言葉が来るもので、喫煙は好まし くない行為です。喫煙を正当化するような表現は良くありません)しかし,殆どの人は受動喫煙し ていますので、正確には「能動喫煙しない人」とするのが良いでしょう。
「禁煙デー」とは、「World No-Tobacco Day (タバコのない社会を考える日)」です。禁煙を考える日ではありません。
「喫煙の習慣、趣味・嗜好」とは、「喫煙嗜癖」です。(喫煙は依存症であって、習慣や趣味、嗜好とは違います)
「分煙」とは、科学的にあり得ません。「無煙」への途中の中間ステップとして「不完全分煙」がありますが、これは 早急になくし、「無煙」にすることが望ましいことです。
「無煙」とは、タバコ煙の有害成分の全てが無い環境で、タバコの臭いが無いことだけではありません。
「禁煙」とは、喫煙を禁ずることで、時間や場所を限定して用いられる言葉です。次の「卒煙」とは区別します。
「卒煙」とは、喫煙嗜癖に陥った依存症生活を脱して(卒業して)、タバコのない生活に入る(戻る)ことです。
●タバコ問題首都圏協議会(略称=MASH)
http://www.nosmoke-shutoken.org/
・1990年「タバコと健康首都圏協議会」発足。1993年、「タバコ問題首都圏協議会」に改称。
・毎年5月の禁煙週間にイベント開催。本年は6月1日、渋谷にて(大和浩氏、小宮山洋子氏 等)
・秋に、総会開催【現在加盟団体は20団体】、加盟団体活動報告会併催。
・12月、交流懇親の会として、翌年を望む「望年講演会・望年交流会」の開催。
・その他の各種支援活動。
略歴
中久木 一乘(なかくき かずのり)
1964年日本歯科大学卒業後、東京大学分院歯科口腔外科(医局長)、福岡歯科大学第一口腔外科(助教授)、東京逓信病院歯科(医長)を経て1977年千葉県船橋市に歯科医院「中久木歯科医院」を開設、院長、現職。
○学会などの過去履歴
日本歯科大学 非常勤講師(放射線・予診科・高齢者歯科)日本歯内療法学会会長、など
○歯科医師会関係過去履歴
船橋歯科医師会理事、千葉県歯科医師会理事、日本歯科医師会委員など
○禁煙活動関係(現在)
日本禁煙学会評議員、タバコ問題首都圏協議会代表、など
1964年日本歯科大学卒業後、東京大学分院歯科口腔外科(医局長)、福岡歯科大学第一口腔外科(助教授)、東京逓信病院歯科(医長)を経て1977年千葉県船橋市に歯科医院「中久木歯科医院」を開設、院長、現職。
○学会などの過去履歴
日本歯科大学 非常勤講師(放射線・予診科・高齢者歯科)日本歯内療法学会会長、など
○歯科医師会関係過去履歴
船橋歯科医師会理事、千葉県歯科医師会理事、日本歯科医師会委員など
○禁煙活動関係(現在)
日本禁煙学会評議員、タバコ問題首都圏協議会代表、など