膵臓癌早期発見のために
『膵臓癌の診断』
産業医科大学 第一外科
教授 山口 幸二
お口添えをいただいた和歌山県立医科大学の山上裕機教授に御礼申し上げます。 (會田 昭一郎)
1.要旨
膵癌は難治性固形癌の代表であり、年間2万8千人以上の日本人が膵癌で死亡している。膵癌の治療に関しては、外科的切除が唯一の根治可能な治療法である。したがって、切除可能な早期の膵癌を診断する方法の確立が急務である。膵癌に特異的な症状はないが、原因が特定されない腹痛、腰背部痛、黄疸、体重減少、また膵酵素上昇や急激な糖尿病(糖代謝障害)の発症が見られた場合、膵癌を疑って検査する。さらに膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)も膵癌の発生母地として注目を集めている。各種画像検査にて質的診断が得られない場合には、組織診あるいは細胞診検査が行われる。リスクファクターの拾い上げと画像診断を駆使し、根治手術が可能な小膵癌をいかに発見するかが今後の課題と考えられる。
2.膵癌のリスクファクター(表1)
欧米に比較し、我が国における家族性膵癌の報告は少ない。しかし、膵癌の家族歴は膵癌の危険因子であるという認識が我が国でも広まりつつあり、日本膵臓学会でもプロジエクト検討が開始されている。また、Peutz-Jeghers症候群(ポイツ・ジェーガース症候群)や遺伝性膵炎など、いくつかの遺伝性疾患において膵癌が高率に発症することが知られており、遺伝性膵癌症候群と呼ばれている。
糖尿病、慢性膵炎、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)が膵癌のリスクファクターとして知られている。また、喫煙、大量の飲酒、および肥満(過体重)は膵癌発症のリスクを高めるとされる。したがって、これらの危険因子を複数有する場合には膵癌の高リスク群として膵臓の検査を行うことが勧められている。米国では家族性膵癌の高リスク集団に超音波内視鏡(EUS)を主体としたスクリーニング法を確立しており、実際に約10%で何らかの腫瘍性病変(浸潤癌を含む)を発見したとの報告がある。
3.膵癌を疑うべき臨床症状
他に明らかな原因がみられない腹痛、腰背部痛、黄疸、体重減少は膵癌を疑い、検査が行われるべきである。一般に有症状の膵癌の場合は進行癌が多いとされる。一方で、膵癌は特異的な症状に乏しく、一部の進行膵癌には無症状の症例もある。血中膵酵素上昇は膵癌に特異的ではないが、早期診断の手がかりとなることもある。また、急激な糖尿病(糖代謝障害)の発症や悪化(特に、高齢者)では膵癌の存在を疑い、検査を行う。また、糖尿病発症後3年以内は膵癌の存在に注意を要する。
4.専門医にコンサルテーションするポイント
健康診断などで高アミラーゼ血症が指摘された場合や、スクリーニングの腹部超音波検査で膵管の拡張や嚢胞性病変が発見された場合や、また急激な糖尿病の発症や悪化(特に、高齢者)が見られた場合には直ちに専門医にコンサルテーションし、膵癌の詳細な検査を行うべきである。
5.膵癌診断のための検査(表2)
血中膵酵素、腫瘍マーカー:膵癌では腫瘍による膵管閉塞(腫瘍に伴う閉塞性膵炎)に伴うアミラーゼ、リパーゼ、エラスターゼ1など膵酵素の上昇が見られることがある。腫瘍マーカーについてはCA19-9、CEA、DUPAN2、Span1などがあるが、多くの場合進行癌で高値を示す。したがって、これらの腫瘍マーカーは術後の再発フォローアップや化学療法の効果判定(特にCA19-9)には有用であるが、早期膵癌の診断には有用性が低い。 画像診断:膵癌を疑った場合、まずUS、CT(造影CT)、MRIを行い、必要に応じてMRCP、EUS、ERCP、PETを組み合わせて診断する。
超音波検査(US)
体外USは簡便で非侵襲な検査であり、スクリーニング検査として有用である。直接所見としては低エコーを示す腫瘤であり、間接所見としては膵管の拡張が重要である。また、造影剤を用いたUSにて膵癌の診断能を向上させるとの報告もある。特に間接所見である膵管の拡張に注目し、膵癌の存在を疑い、出来るだけ小さな膵癌を診断することが望まれる。
CT
CTは病変の位置、大きさや拡がりを診断する必須の検査である。ただし、単純CTは膵癌の質的診断には適さないため、喘息や造影剤アレルギーなどの禁忌症例でない限りは造影CTが勧められる。一般的に、膵癌は造影の遅延相で造影効果を有するlow density massとして描出される。また、隣接臓器や大血管(門脈や上腸間膜動脈など)への浸潤の有無も判定でき、手術適応の判断に重要な所見が得られる。最近、MD-CTの導入で膵癌の存在診断能が向上してきており、比較的小さな段階で診断される膵癌も多くなってきている。
MRI//MRCP
一般的にMRIで膵癌はT1強調画像で低信号、T2強調画像で等信号〜軽度高信号を呈する。MRCPでは腫瘍による膵管や胆管狭窄の評価が可能であり、ERCPよりも侵襲度が低いという利点がある。MRCPは前述の拡張膵管の診断に有用で、拡張膵管の存在がより小さな膵癌診断に有用である可能性がある。
超音波内視鏡(EUS)
感度および特異度が高く、体外式超音波検査やCTで描出されないような小さな膵癌も検出可能である。またEUS-FNA(fine needle aspiration)による細胞診検査で確定診断が可能であり、優れた診断能を持つ検査である。EUSはERCPと異なり、膵炎を誘発しないので、術前の膵癌診断(穿刺細胞診や組織診)におけるEUSの重要性が増している。
ERCP
膵管、胆管の直接造影が得られるだけではなく、細胞診や狭窄病変に対するステント治療も同時に行うことができる優れた検査である。しかし、時に急性膵炎などの合併症を伴うため患者にはその必要性とリスクを十分に説明する必要があるが、膵癌を疑った場合にはできるだけ行うことが推奨される。膵癌では主膵管の狭窄、途絶および分枝膵管の不正像(乏分枝像や拡張)などがあげられる。また、研究レベルでは膵液中の遺伝子検索(K-ras変異、TP53変異、テロメラーゼ活性、DNAメチル化異常など)行われているが、その診断意義については確立されていない。早期膵癌(特に、非浸潤癌)の診断にはERCP下の膵液細胞診は必須の検査と考えられる。
PET
膵腫瘍の良悪性鑑別に用いられており、その感度は約80−90%と高い。一方、2cm以下の小膵癌に対する診断能については十分に検討されておらず、定まった評価はない。遠隔転移の診断による膵癌のSTAGING診断に有効と考えられる。
6.治療後の経過観察
手術後の再発の検索や化学療法による治療効果判定には、術前(あるいは治療前)に上昇していた腫瘍マーカーの推移(特に、CA19-9)が有用である。また、CTを3〜6ヶ月おきに行い、再発や癌の進行具合を評価する。
7.参考文献
1)佐藤典宏, 水元一博, 田中雅夫:【膵臓症候群(第2版)-その他の膵臓疾患を含めて-】 膵腫瘍 膵癌 家族性膵癌. 日本臨床 別冊:322-326. 2011.
2)日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン改定委員会編:科学的根拠に基づく膵癌診療ガイドライン2009年版。東京 金原出版、2009
3)山口幸二, 当間宏樹, 佐藤典宏, 高畑俊一, 中村雅史, 横畑和紀, 川本雅彦, 伊藤鉄英, 田中雅夫:【膵癌の診断と治療】 膵癌の早期診断は可能か? 高危険群から. 外科治療 97:225-231. 2007
4)山口幸二, 高畑俊一, 当間宏樹, 佐藤典宏, 中村雅史, 水元一博, 田中雅夫:膵癌初期病変として閉塞性膵炎をいかにしてとらえるか? 小膵癌(pTS1)よりみた膵癌初期病変としての膵管拡張. 膵臓 22:246. 2007
5)家永淳, 佐藤典宏, 山元啓文, 本山健太郎, 中房祐司, 住吉金次郎, 中島豊, 筒信隆, 寺坂禮治, 田中雅夫:【膵癌・胆道癌の前癌病変、リスクファクターを探る】 膵癌のリスクファクターとしての糖尿病. 胆と膵 31:137-141. 2010
膵癌は難治性固形癌の代表であり、年間2万8千人以上の日本人が膵癌で死亡している。膵癌の治療に関しては、外科的切除が唯一の根治可能な治療法である。したがって、切除可能な早期の膵癌を診断する方法の確立が急務である。膵癌に特異的な症状はないが、原因が特定されない腹痛、腰背部痛、黄疸、体重減少、また膵酵素上昇や急激な糖尿病(糖代謝障害)の発症が見られた場合、膵癌を疑って検査する。さらに膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)も膵癌の発生母地として注目を集めている。各種画像検査にて質的診断が得られない場合には、組織診あるいは細胞診検査が行われる。リスクファクターの拾い上げと画像診断を駆使し、根治手術が可能な小膵癌をいかに発見するかが今後の課題と考えられる。
2.膵癌のリスクファクター(表1)
欧米に比較し、我が国における家族性膵癌の報告は少ない。しかし、膵癌の家族歴は膵癌の危険因子であるという認識が我が国でも広まりつつあり、日本膵臓学会でもプロジエクト検討が開始されている。また、Peutz-Jeghers症候群(ポイツ・ジェーガース症候群)や遺伝性膵炎など、いくつかの遺伝性疾患において膵癌が高率に発症することが知られており、遺伝性膵癌症候群と呼ばれている。
糖尿病、慢性膵炎、膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)が膵癌のリスクファクターとして知られている。また、喫煙、大量の飲酒、および肥満(過体重)は膵癌発症のリスクを高めるとされる。したがって、これらの危険因子を複数有する場合には膵癌の高リスク群として膵臓の検査を行うことが勧められている。米国では家族性膵癌の高リスク集団に超音波内視鏡(EUS)を主体としたスクリーニング法を確立しており、実際に約10%で何らかの腫瘍性病変(浸潤癌を含む)を発見したとの報告がある。
3.膵癌を疑うべき臨床症状
他に明らかな原因がみられない腹痛、腰背部痛、黄疸、体重減少は膵癌を疑い、検査が行われるべきである。一般に有症状の膵癌の場合は進行癌が多いとされる。一方で、膵癌は特異的な症状に乏しく、一部の進行膵癌には無症状の症例もある。血中膵酵素上昇は膵癌に特異的ではないが、早期診断の手がかりとなることもある。また、急激な糖尿病(糖代謝障害)の発症や悪化(特に、高齢者)では膵癌の存在を疑い、検査を行う。また、糖尿病発症後3年以内は膵癌の存在に注意を要する。
4.専門医にコンサルテーションするポイント
健康診断などで高アミラーゼ血症が指摘された場合や、スクリーニングの腹部超音波検査で膵管の拡張や嚢胞性病変が発見された場合や、また急激な糖尿病の発症や悪化(特に、高齢者)が見られた場合には直ちに専門医にコンサルテーションし、膵癌の詳細な検査を行うべきである。
5.膵癌診断のための検査(表2)
血中膵酵素、腫瘍マーカー:膵癌では腫瘍による膵管閉塞(腫瘍に伴う閉塞性膵炎)に伴うアミラーゼ、リパーゼ、エラスターゼ1など膵酵素の上昇が見られることがある。腫瘍マーカーについてはCA19-9、CEA、DUPAN2、Span1などがあるが、多くの場合進行癌で高値を示す。したがって、これらの腫瘍マーカーは術後の再発フォローアップや化学療法の効果判定(特にCA19-9)には有用であるが、早期膵癌の診断には有用性が低い。 画像診断:膵癌を疑った場合、まずUS、CT(造影CT)、MRIを行い、必要に応じてMRCP、EUS、ERCP、PETを組み合わせて診断する。
超音波検査(US)
体外USは簡便で非侵襲な検査であり、スクリーニング検査として有用である。直接所見としては低エコーを示す腫瘤であり、間接所見としては膵管の拡張が重要である。また、造影剤を用いたUSにて膵癌の診断能を向上させるとの報告もある。特に間接所見である膵管の拡張に注目し、膵癌の存在を疑い、出来るだけ小さな膵癌を診断することが望まれる。
CT
CTは病変の位置、大きさや拡がりを診断する必須の検査である。ただし、単純CTは膵癌の質的診断には適さないため、喘息や造影剤アレルギーなどの禁忌症例でない限りは造影CTが勧められる。一般的に、膵癌は造影の遅延相で造影効果を有するlow density massとして描出される。また、隣接臓器や大血管(門脈や上腸間膜動脈など)への浸潤の有無も判定でき、手術適応の判断に重要な所見が得られる。最近、MD-CTの導入で膵癌の存在診断能が向上してきており、比較的小さな段階で診断される膵癌も多くなってきている。
MRI//MRCP
一般的にMRIで膵癌はT1強調画像で低信号、T2強調画像で等信号〜軽度高信号を呈する。MRCPでは腫瘍による膵管や胆管狭窄の評価が可能であり、ERCPよりも侵襲度が低いという利点がある。MRCPは前述の拡張膵管の診断に有用で、拡張膵管の存在がより小さな膵癌診断に有用である可能性がある。
超音波内視鏡(EUS)
感度および特異度が高く、体外式超音波検査やCTで描出されないような小さな膵癌も検出可能である。またEUS-FNA(fine needle aspiration)による細胞診検査で確定診断が可能であり、優れた診断能を持つ検査である。EUSはERCPと異なり、膵炎を誘発しないので、術前の膵癌診断(穿刺細胞診や組織診)におけるEUSの重要性が増している。
ERCP
膵管、胆管の直接造影が得られるだけではなく、細胞診や狭窄病変に対するステント治療も同時に行うことができる優れた検査である。しかし、時に急性膵炎などの合併症を伴うため患者にはその必要性とリスクを十分に説明する必要があるが、膵癌を疑った場合にはできるだけ行うことが推奨される。膵癌では主膵管の狭窄、途絶および分枝膵管の不正像(乏分枝像や拡張)などがあげられる。また、研究レベルでは膵液中の遺伝子検索(K-ras変異、TP53変異、テロメラーゼ活性、DNAメチル化異常など)行われているが、その診断意義については確立されていない。早期膵癌(特に、非浸潤癌)の診断にはERCP下の膵液細胞診は必須の検査と考えられる。
PET
膵腫瘍の良悪性鑑別に用いられており、その感度は約80−90%と高い。一方、2cm以下の小膵癌に対する診断能については十分に検討されておらず、定まった評価はない。遠隔転移の診断による膵癌のSTAGING診断に有効と考えられる。
6.治療後の経過観察
手術後の再発の検索や化学療法による治療効果判定には、術前(あるいは治療前)に上昇していた腫瘍マーカーの推移(特に、CA19-9)が有用である。また、CTを3〜6ヶ月おきに行い、再発や癌の進行具合を評価する。
7.参考文献
1)佐藤典宏, 水元一博, 田中雅夫:【膵臓症候群(第2版)-その他の膵臓疾患を含めて-】 膵腫瘍 膵癌 家族性膵癌. 日本臨床 別冊:322-326. 2011.
2)日本膵臓学会 膵癌診療ガイドライン改定委員会編:科学的根拠に基づく膵癌診療ガイドライン2009年版。東京 金原出版、2009
3)山口幸二, 当間宏樹, 佐藤典宏, 高畑俊一, 中村雅史, 横畑和紀, 川本雅彦, 伊藤鉄英, 田中雅夫:【膵癌の診断と治療】 膵癌の早期診断は可能か? 高危険群から. 外科治療 97:225-231. 2007
4)山口幸二, 高畑俊一, 当間宏樹, 佐藤典宏, 中村雅史, 水元一博, 田中雅夫:膵癌初期病変として閉塞性膵炎をいかにしてとらえるか? 小膵癌(pTS1)よりみた膵癌初期病変としての膵管拡張. 膵臓 22:246. 2007
5)家永淳, 佐藤典宏, 山元啓文, 本山健太郎, 中房祐司, 住吉金次郎, 中島豊, 筒信隆, 寺坂禮治, 田中雅夫:【膵癌・胆道癌の前癌病変、リスクファクターを探る】 膵癌のリスクファクターとしての糖尿病. 胆と膵 31:137-141. 2010
略歴
山口 幸二(やまぐち こうじ)
昭和53年3月 九州大学医学部卒業
昭和53年6月 九州大学医学部第一外科入局
平成2年4月 九州大学医学部第一外科助手
平成4年4月 アメリカ合衆国ピッツバーグ大学(外科)留学
平成6年4月 九州大学医学部附属病院第一外科助手
平成6年5月 九州大学医学部附属病院(第一外科)助手講師
平成9年6月 九州大学医学部附属病院(第一外科)講師
平成14年4月 九州大学大学院医学研究院臨床・腫瘍外科学助教授
平成19年4月 九州大学大学院医学研究院臨床・腫瘍外科学准教授
平成20年4月 産業医科大学医学部第1外科教授
現在に至る
昭和53年3月 九州大学医学部卒業
昭和53年6月 九州大学医学部第一外科入局
平成2年4月 九州大学医学部第一外科助手
平成4年4月 アメリカ合衆国ピッツバーグ大学(外科)留学
平成6年4月 九州大学医学部附属病院第一外科助手
平成6年5月 九州大学医学部附属病院(第一外科)助手講師
平成9年6月 九州大学医学部附属病院(第一外科)講師
平成14年4月 九州大学大学院医学研究院臨床・腫瘍外科学助教授
平成19年4月 九州大学大学院医学研究院臨床・腫瘍外科学准教授
平成20年4月 産業医科大学医学部第1外科教授
現在に至る