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市民のためのがん治療の会
作られた権威を鵜呑みにする日本人
『医師たちはなぜ沈黙するのか(1)』

獨協医科大学放射線科
名取 春彦
IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の主要な業務は地球温暖化に関する科学的知見の集約と評価であるが、スーパコンピュータを用いて1万本以上の方程式を解いた結果、地球温暖化の原因を二酸化炭素と断定している。これに対し異を唱える東京工業大学地球生命研究所の丸山茂徳教授を訪ねお話をうかがったところによると、どうも地球温暖化の原因は二酸化炭素ではないようだし、第一、地球は寒冷化に向かっているようだ。
いつもこの話とIAEA、ICRPの話しとは、同じような構造だと思う。
国際的な権威、スパコンに弱い日本人と、それを助長するメディア、本当は疑問に思っていても声を上げない科学者、更には環境対策、放射能除染などと言えば予算が付くということで予算分捕りという図式もそっくりだ。科学もジャーナリズムも、常に「ほんまかいな」と思うことが原点ではないのか。
このたび『放射線はなぜわかりにくいのか』を出版され、福島原発事故の放射能汚染についての啓発に努めておられる獨協医科大学の名取春彦先生に、この矛盾に満ちた政府の政策とそれに便乗する科学者、就中医師などについて熱く語っていただいた。
長文なので3回に分けて掲載する。(會田 昭一郎)
目次
(1)
1.フクシマの矛盾はICRPの矛盾
2.ICRPが犯した過ち
(2)
3.損得勘定を人命救助の基準に導入した
4.医学にも医道にも反する
(3)
5.放射線防護政策において、医師集団は蚊帳の外
6.医師たちよ、なぜ沈黙するのか!


1.フクシマの矛盾はICRPの矛盾
 住民被曝の基準値が年間1mSvであったものが、原発が爆発したとき急遽20mSvまで引き上げられた。テレビや新聞に専門家が登場し、「事故の収束過程では基準値を20mSvまで上げてもよいことになっている。これはICRP(国際放射線防護委員会)の勧告に従っている」と説明する。
 それまで「1mSv以下なら安全だ」と信じ込まされてきた住民たちにとっては納得できる話ではない。原発が爆発すると急に人間が放射線に強くなるということなどあるはずがない。被曝を強いられる住民は不安と憤りでやり場を失う。
 原発が爆発したら妊婦や子どもにまで年間20mSvまで被曝させても構わないように変わるのは、もはや誰が考えても納得できるものではない。にもかかわらず、こんな理不尽極まりないことがまかり通るのは、ICRP(国際放射線防護委員会)がお墨付きを与えているからである。
 ICRPの防護理念はどこかがおかしいと皆が感じ始めた。だが、メディアはそれ以上追及しない。内閣官房参与だった小佐古氏が抗議の辞任を表明したときも、怒りの記者会見は繰り返し報道されたが、辞任の理由にまで踏み込むメディアは皆無であった。せいぜいICRPの勧告内容を解説するにとどまった。
 被曝を強いられるフクシマの住民を除けば、国民もメデイアも学者も、このようにして訳もわからずICRPの勧告に洗脳されていった。
 ICRPとは放射線防護において世界で最も権威ある機関で、各国の放射線防護政策や法律はその勧告を参照している。日本の場合は参照するのではなく丸ごと従い、ICRPの最も従順な優等生とされている。日本の放射線防護政策はICRPの勧告そのままと言ってもよく、フクシマの事故対応の理不尽さは、ICRP勧告の理不尽さからくると言ってよい。
 メデイアは保身のために大本営発表をくり返す。御用学者は御用学者の役割を演じる。医者や研究者は、勇気のある一部のものだけが声を上げ発言するが、大多数が沈黙する。放射線防護政策を検証する動きはない。  専門家たちはなぜ沈黙するのか。政府やICRPに逆らえば将来を棒に振る、という暗黙の圧力もあるだろうが、大多数はICRPに洗脳され問題の深刻さが見えないからである。
 医者も含め放射線を扱う作業従事者は、国の法律に従って毎年講習や健診を義務付けられ管理されている。そこでは一貫してICRPの放射線防護体系が叩き込まれる。それに疑問を抱いたり反抗したりすれば放射線を扱えなくなる。このようにして、医者も放射線の専門家たちもICRPに洗脳されてきた。


2.ICRPが犯した過ち
 私は放射線の人体への影響に関る研究に携わってきたので、以前からICRPはおかしいと感じていた。そして原発事故が起きた。
 事故後、被曝基準値を引き上げるなどの、常識では到底考えられない対応策に、住民たちが戸惑うのは当然だと思う一方、これも確かにICRPの勧告に従っているのだということも理解できた。
 しかし、ICRPの勧告に納得しているということではない。住民の感覚が正常なのであり、ICRPが異常なのである。
 ここで私がICRPに対しておかしいと感じてきたことを思いつくまま列挙してみよう。

1)損得勘定を放射線防護の基準に導入した
2)「空間の放射線量」を表わす単位も言葉も無きものにした
3)シーベルトという意味不明の単位を導入した
4)内部被曝を実効線量(シーベルト)で表わし、外部被曝と同等に扱うようにした
5)統計データを都合のよいように操作した
6)放射線防護から医師を排除した

 これらはICRPが犯した過ちと言うことができる。
 この中で1)については、原発事故が起これば住民被曝の基準値を上げることが正当化される理屈につながるので、改めて3章で取り上げる。また、6)については4章、5章,6章を通して説明する。
 2)3)4)および5)の一部は、1990年頃に世界中で実施された単位変更の結果である。この変更はICRPの主導で強引に実施された。混乱や不都合は今も引きずっているが、変更によるメリットは何もない。単位変更は、わざわざ放射線をわかりにくいものにし、放射線防護体制をICRPが望むままにつくりかえることが目的だったのではないかとさえ思われる。
 予備知識のない読者にもアウトラインだけはわかるように大ざっぱに説明しよう。
 シーベルトという単位は等価線量*にも実効線量*にも用いられるが、全く別の2つのものに同じ単位が使われており混乱している。2つは共にICRPが勝手な想定の上に定義しているが、その想定は科学的にも論理的にも破綻している。
 シーベルトはさらに空間線量率*にも使われ、空間の放射線量*と実際の被曝線量*との区別がなくなっている。なお、空間線量率とはICRPが勝手に定義するもので、複雑極まりなく正しく理解している人は皆無である。正確には空間の放射線量を表わすものではない。

*用語の補足

空間の放射線量も被曝線量も、いい加減な想定や操作の余地のない物理量で記録すべきで、私自身はICRPの勝手な造語や単位を使うことに反対するが、ICRPの意図を理解してもらうために要点のみを説明する。詳しい説明は参考文献を参照していただきたい。

空間の放射線量:専門用語ではなく一般用語。単位変更前は照射線量という専門用語があったが、ICRPはこの概念を無きものにしたので、やむなく一般用語を使用するようになった。

被曝線量:これも一般用語。広義には等価線量も実効線量も含まれるが、厳密に表現するときは吸収線量という専門用語を使う。吸収線量とは、放射線によって単位組織当たりに吸収するエネルギー量を表わす。物理量であり単位はGy(グレイ)を使う。

等価線量吸収線量に放射線加重係数をかけたもの。一般には局所被曝線量の目安に使われる。放射線加重係数とは中性子線やアルファ線など強い影響を及ぼす放射線に対して、X線やガンマ線などと同等に足したり統計処理に使えるように換算するための数値であるが、放射線の質的違い、線量による違い、被曝部位による違い、影響の指標による違いなどを無視している。

実効線量:等価線量に組織加重係数をかけたものの人体総和。一般には個人被曝の目安に使われる。組織加重係数は、放射線の影響の強さが臓器組織によって違うのを、肝臓や皮膚など様々な臓器組織への影響を足し算して人体全体の被曝の程度を評価するためのものである。しかし、組織加重係数は全身で14臓器組織にしかなく、脊髄や目の水晶体など、組織加重係数のない臓器組織の局所被曝はいかに深刻な被曝でも実効線量はゼロとなったり、全身の皮膚の被曝も狭い範囲の皮膚の被曝も実効線量は同じになるなど、実効線量では現実の個人被曝を正しく評価することはできない。

空間線量率:エリアモニタリング線量のことである。ICRPのその厳密な定義は複雑すぎて誰もが頭痛を起こしてしまうので、誰でもわかるようにその意味するところだけをわかりやすく説明するなら、これは測定地点の地上1メートルの空間に人体があったとして、その皮膚表面から1センチメートルの深さの1時間当たりの等価線量を表わしている。



 かつては、空間の放射線量と被曝線量とははっきりと区別されていた。それがシーベルトを使うようになってからあいまいになってしまった。
 またかつては、空間の放射線量は測定場所を、被曝線量は被曝部位を常に明示しなければならなかった。測定場所や被曝部位によって値が異なるのだから当然である。ところが、シーベルトという単位が導入されてから、測定場所も被曝部位も特定しないことが慣習となってしまった。
 これらの結果、フクシマでは様々な深刻な問題が見逃されている。
 例えば、汚染地域では空間線量率の累積値が被曝線量(実効線量)と見なされ、大人も子どもも同じ値にされる。地表の汚染からの被曝線量は、子どもの場合は大人よりはるかに高く、最大の注意を払うべき子どもの生殖腺への被曝線量は空間線量率の累積値よりも常に高い。
 このように意味不明のシーベルトという単位が導入されたことにより、子どもたちを中心に被曝の実態が正しくとらえられなくなってしまった。

4)について補足しよう。
 放射性物質の体内動態や蓄積形態は放射性物質によってもその化学形態によってもまちまちであり、なおも被曝形式が未知の放射性物質は多い。
 ところが、ICRPはわからないことまでわかっているように見なし、放射性物質の摂取量から実効線量を求めるための換算係数を打ち出しており、それによって求められた実効線量を外部被曝と同等に扱うように勧告している。
 未解明のことはわずかな可能性をも考慮して安全を目指すのが予防原則である。それに反して、ICRPや政府の常套的なやり方は、不都合な実例は言いがかりを付けて不採用とし、「健康上の悪影響が証明された事例はない」と繰り返し、いつのまにか「安全性は証明されている」とすりかえるのである。
 換算係数がどのような想定の下に出されたかは不透明で、放射性物質を毎日患者に投与して診療を行っている核医学担当医たちは、全く役に立たない、として無視している。
 そもそもシーベルトという単位は、ICRP独特の価値基準による損失計算のためにつくられたもので、住民を被曝から守るためのものではない。特に内部被曝の場合は厳密な被曝線量を求めることは到底不可能なのだから、被曝の評価は必ず放射性物質の種類、その化学形態、被曝形式、被曝者は誰か(子供か妊婦かなど)などが特定されていなければならず、1mSvも20mSvも数値そのものにはあまり意味がない。
(次週に続く)

略歴
名取 春彦(なとり はるひこ)

1949年東京生まれ。東北大学大学院卒業。癌研究会附属病院、東北大学医学部、メモリアル・スローン・ケタリング癌センターを経て、1989年から獨協医科大学放射線科、現在に至る。1992年からはKHI研究所を主宰し、患者からの相談に応じている。著書に『インフォームド・コンセントは患者を救わない』(洋泉社)、『ヴィーナス・コンプレックス』(マガジンハウス)、『こんな放射線科はもういらない』(洋泉社)などがある。

参考文献
『放射線はなぜわかりにくいのか
放射線の健康への影響、わかっていること、わからないこと』

名取春彦
アップル出版社 四六判380ページ 2000円+税
放射線はなぜわかりにくいのか


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