からだにやさしい大腸がん検診
『血液で早期がん発見可能に?』
ロハス・メディカル編集部
国立がん研究センターは本年4月、大腸がんにおいて、血液中に存在するエクソソームを診断に活用し、早期であっても簡便に診断が可能な画期的方法の開発に成功し、実用化に向け準備を進めていると発表した。
大腸がん検診は便潜血検査や腫瘍マーカによる検査では見落とし等もあり、受診者にとっても検診の目的を充分達することができないきらいがある。わずかの血液で早期発見も可能なこの方法は検出能力も高く、受診者にとって朗報なので、ロハス・メディカル誌(8月20日号)「シリーズ がん医療を拓く16「血液で早期がん発見可能に?」を同誌のご厚意で転載させていただいた。いつもながらのご厚意に深謝いたします。
ところで国立がん研究センターは8月18日、国内の研究機関や企業と共同で、血液検査で早期にがんの診断ができる新手法の研究開発を始めると発表した。これはがんになると、体内で「マイクロRNA」という物質の種類や量が変化することを利用するもので、これから研究が始められ、当面、2年後の乳がん発見を目指している。エクソソームを活用する今回の報告はこれとは別のもので、こちらが一足先に実用化する可能性の大きいものであるとみられる。 (會田 昭一郎)
微量の血液検査で、がんを早期に発見できる手法が、日本で開発されました。国立がん研究センター研究所分子細胞治療研究分野・落谷孝広分野長らのチームが、微量の血液から、大腸がんに特徴的(がん特異的)な成分を短時間で検出することに成功したものです。低侵襲な早期大腸がん診断法として、数年後には実用化されそうです。
現状は多くの課題
現在、大腸がん検診では、まず便潜血検査が行われています。侵襲はありませんが、日本で広く採用されている便潜血検査では一日法(検体採取は1回のみ)で見落としが4割、二日法(2日連続で検体採取)でも2割は見逃しがあるとされます。
また陽性反応が出たら大腸内視鏡を行い、異常があれば腸粘膜の組織を採取して調べることになりますので、若干の侵襲がありますし、入院が必要で費用もかかります。それなのに、実際にがんが見つかるのは、陽性となった人の3〜5%という報告があります。
つまり、早期発見の方法としては課題も多いのです。
血液を調べる低侵襲な方法としては、CEAやCA19‐9といった腫瘍マーカーが使われています。しかしこれらは、多くの種類の腫瘍で発現していて原因臓器を特定しにくいだけでなく、正常な上皮細胞にも存在することが分かっていて、良性疾患やヘビースモカー、常用している薬、体質等によっても偽陽性となることがあります。さらに、早期がんでは陽性反応が出にくいため、主に術後、がんが切除しきれたかどうか、再発がないかといった確認に使用されています。要するに、大腸がんの早期発見には使えないのです。
検出能力が高い
今回、落谷分野長らが開発に成功した検出法は、必要な血液量がわずか5μlで半日後には結果が出ます。既存の腫瘍マーカーを用いる方法より検出能力が上がった(コラム参照)うえに「ステージ1の大腸がんでも発見できます」(落谷分野長)。
がんの分身を光らせる
落谷分野長らが検出の対象にしたのは、「エクソソーム」です。
エクソソームについては、2013年6月号(ロハス・メディカルのwebサイトで読めます)でも、ご紹介しました。ざっとおさらいすると、あらゆる細胞から血中に放出される直径100nm(ナノ=10億分の1)程度の球で、中に遺伝や免疫に関する情報を含む、いわば「細胞の分身」でした。
がん細胞からも放出され、血流などの体液に乗って遠くの細胞にも運ばれます。運ばれた先々で、がんが免疫細胞から逃れて成長しやすい体内環境を作り出していると考えられています。その意味で、がん細胞しか出さないようなエクソソームもあると考えられ、それを血液中に見つけて、がんの診断を行おうというわけです。
ただし、血液中には何百万もの細胞外小胞と総称される粒子が混在していて、これまでは、どれがエクソソームか判別することさえ容易ではありませんでした。そこから、さらにがんに特徴的なものを見分けるのは、手間も時間も費用もかかり過ぎます。
2種の抗体を活用
そこで今回、落谷分野長らは、大腸がんに特徴的なエクソソームだけを見分ける方法を開発しました。
使用するのは、それぞれ別の機能を付加した2種類の抗体です。
一つは、血中の多くの粒子の中からエクソソームを見分けるための抗体で、多くのエクソソームの膜上に存在するCD9という抗原と結合します。
もう一つは、大腸がんの細胞に特異的で、そのエクソソーム膜上にも出ているのでないかと想定されたCD147という抗原に結合する抗体です。
大腸がんから放出されたエクソソームがCD147を膜上に備えているなら、同一のエクソソーム上に両方の抗体が結合することになります。そして両方が同一のエクソソーム上に結合していることを可視化する仕組みも設けました。
CD9抗体にアクセプタービーズという粒、CD147抗体にドナービーズという粒を取り付けておきます。ドナービーズに一定の波長の光を当てると活性酸素の一種が発生し、この活性酸素が届いたアクセプタービーズは発光するので、その光を検出するのです。
ポイントは、ドナービーズから発生した活性酸素が到達できるのは200nm以内であること。2種類の抗体が200nm以内に近接した場合のみ、つまり同じエクソソーム上に二つの抗体が結合している場合のみ、発光が観測されることになります。二つの抗体が別々の粒子に取り付いても、活性酸素は届かず発光しません。
他のがんにも
この検査法は、他の種類のがんでも、エクソソーム上に出ている特異的な抗原を見つけさえすれば応用可能です。また、エクソソームは血液以外にも、尿や唾液など様々な体液に含まれます。
既に、膀胱がんの患者の尿から、膀胱がんマーカーが見つかっており、従来の尿検査と一緒に膀胱がん検査もできるようになるかもしれません。
落谷分野長は、「健康診断の一項目として、がんを調べられるようにしたいですし、将来的には、家庭のトイレに検出システムを装備するなどして、家にいながら診断を受けられるシステムにするのが理想です」と語ります。
そして実は落谷分野長、今年度から5年計画で始まった、エクソソーム中のマイクロRNAを検出し、がんや認知症の早期診断に役立てるという大型プロジェクトのリーダーも務めています。
エクソソームと落谷チームから、しばらく目を離せなさそうです。
現状は多くの課題
現在、大腸がん検診では、まず便潜血検査が行われています。侵襲はありませんが、日本で広く採用されている便潜血検査では一日法(検体採取は1回のみ)で見落としが4割、二日法(2日連続で検体採取)でも2割は見逃しがあるとされます。
また陽性反応が出たら大腸内視鏡を行い、異常があれば腸粘膜の組織を採取して調べることになりますので、若干の侵襲がありますし、入院が必要で費用もかかります。それなのに、実際にがんが見つかるのは、陽性となった人の3〜5%という報告があります。
つまり、早期発見の方法としては課題も多いのです。
血液を調べる低侵襲な方法としては、CEAやCA19‐9といった腫瘍マーカーが使われています。しかしこれらは、多くの種類の腫瘍で発現していて原因臓器を特定しにくいだけでなく、正常な上皮細胞にも存在することが分かっていて、良性疾患やヘビースモカー、常用している薬、体質等によっても偽陽性となることがあります。さらに、早期がんでは陽性反応が出にくいため、主に術後、がんが切除しきれたかどうか、再発がないかといった確認に使用されています。要するに、大腸がんの早期発見には使えないのです。
検出能力が高い
今回、落谷分野長らが開発に成功した検出法は、必要な血液量がわずか5μlで半日後には結果が出ます。既存の腫瘍マーカーを用いる方法より検出能力が上がった(コラム参照)うえに「ステージ1の大腸がんでも発見できます」(落谷分野長)。
検査法の診断能力を評価する指標としてAUCというものがあり、曲線の右下に入る面積が大きいほど優れた検査法と見なされます。国立がん研究センター病院の臨床情報と血液サンプルを組み合わせて調べたところ、従来の腫瘍マーカーを活用した場合のAUCはおよそ0.65程度なのに対して、今回の手法では0.82と、より高くなりました。また早期がんの感度が高いのも特徴です。
がんの分身を光らせる
落谷分野長らが検出の対象にしたのは、「エクソソーム」です。
エクソソームについては、2013年6月号(ロハス・メディカルのwebサイトで読めます)でも、ご紹介しました。ざっとおさらいすると、あらゆる細胞から血中に放出される直径100nm(ナノ=10億分の1)程度の球で、中に遺伝や免疫に関する情報を含む、いわば「細胞の分身」でした。
がん細胞からも放出され、血流などの体液に乗って遠くの細胞にも運ばれます。運ばれた先々で、がんが免疫細胞から逃れて成長しやすい体内環境を作り出していると考えられています。その意味で、がん細胞しか出さないようなエクソソームもあると考えられ、それを血液中に見つけて、がんの診断を行おうというわけです。
ただし、血液中には何百万もの細胞外小胞と総称される粒子が混在していて、これまでは、どれがエクソソームか判別することさえ容易ではありませんでした。そこから、さらにがんに特徴的なものを見分けるのは、手間も時間も費用もかかり過ぎます。
2種の抗体を活用
そこで今回、落谷分野長らは、大腸がんに特徴的なエクソソームだけを見分ける方法を開発しました。
使用するのは、それぞれ別の機能を付加した2種類の抗体です。
一つは、血中の多くの粒子の中からエクソソームを見分けるための抗体で、多くのエクソソームの膜上に存在するCD9という抗原と結合します。
もう一つは、大腸がんの細胞に特異的で、そのエクソソーム膜上にも出ているのでないかと想定されたCD147という抗原に結合する抗体です。
大腸がんから放出されたエクソソームがCD147を膜上に備えているなら、同一のエクソソーム上に両方の抗体が結合することになります。そして両方が同一のエクソソーム上に結合していることを可視化する仕組みも設けました。
CD9抗体にアクセプタービーズという粒、CD147抗体にドナービーズという粒を取り付けておきます。ドナービーズに一定の波長の光を当てると活性酸素の一種が発生し、この活性酸素が届いたアクセプタービーズは発光するので、その光を検出するのです。
ポイントは、ドナービーズから発生した活性酸素が到達できるのは200nm以内であること。2種類の抗体が200nm以内に近接した場合のみ、つまり同じエクソソーム上に二つの抗体が結合している場合のみ、発光が観測されることになります。二つの抗体が別々の粒子に取り付いても、活性酸素は届かず発光しません。
他のがんにも
この検査法は、他の種類のがんでも、エクソソーム上に出ている特異的な抗原を見つけさえすれば応用可能です。また、エクソソームは血液以外にも、尿や唾液など様々な体液に含まれます。
既に、膀胱がんの患者の尿から、膀胱がんマーカーが見つかっており、従来の尿検査と一緒に膀胱がん検査もできるようになるかもしれません。
落谷分野長は、「健康診断の一項目として、がんを調べられるようにしたいですし、将来的には、家庭のトイレに検出システムを装備するなどして、家にいながら診断を受けられるシステムにするのが理想です」と語ります。
そして実は落谷分野長、今年度から5年計画で始まった、エクソソーム中のマイクロRNAを検出し、がんや認知症の早期診断に役立てるという大型プロジェクトのリーダーも務めています。
エクソソームと落谷チームから、しばらく目を離せなさそうです。