実効ある乳がん予防・早期発見とは?
『ピンクリボンキャンペーンに思う』
日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科部長
勝俣 範之
日本でももう少しきめ細かい総合的ながんに対する正しい知識の普及啓発が行われることが望まれる。
なお、このご寄稿は2013年9月26日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp で配信されたもので、勝俣先生のご了解のもとにMRIC by 医療ガバナンス学会のご許可をいただき掲載させていただきました。ご厚意に感謝いたします。(會田昭一郎)
今年もまたピンクリボンキャンペーンの月が近づきました。私は最近ピンクリボンキャンペーンが始まるとちょっと憂鬱になります。日本のピンクリボンキャンペーンのほとんどが、「早期発見早期治療」しか言わないからです。おまけに、「がんは、早期発見早期治療で治る」「検診していれば大丈夫」「生活習慣で予防できる」などと続きます。
乳がんのマンモグラフィー検診で科学的に有効性が示されている対象年齢は、50歳〜74歳と限られていますし、最近では、New England Journal of Medicine誌
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1206809 に、マンモグラフィー検診で進行がんは減っておらず、その割に、早期乳がんばかり増えている傾向がある、すなわち、過剰診断が行われているだけである、などとの報告があり、検診推進論に、否定的なことも報告されています。以上のことから、「検診さえやっておけばよい」というメッセージは誤っていると思います。
あまりに検診ばかり言うので、検診せずにがんになった患者さんは、「検診しなかった私が悪い」と思うようになりますし、周りの者も、「検診しなかったから悪い」とレッテルを貼るようになります。何かがんになったことが悪いことをしたかのように扱われるのは、どうか?と思います。我々がすべきキャンペーンは、「誰もががんになる可能性がある」「がんになった場合にも、うまく共存可能。がん患者が安心して暮らせる社会をつくろう」ではないでしょうか?
海外のピンクリボンキャンペーンは、「乳がんに対して理解を深める」というキャンペーンであり、あまり「検診」について強調されていません。また、キャンペーンで得られた寄付金は、乳がんの治療研究に主に使われます。「海外では検診は既に普及しているので、検診を訴える必要がないからだ」とお叱りを受けそうですが、もちろん、日本では検診がすすんでいないので、まずは、検診を広めることが大事であると思います。
では、「検診を広めるためにはどうすればよいか?」、考えてみたいと思います。現在、日本で行われている検診を広めようという運動は、ほぼ啓蒙活動のみです。国民への啓蒙が一番大事なのでしょうか?確かに啓蒙は大事です。どのピンクリボンキャンペーンを見ても、「検診に行きましょう!」と皆が口々に唱えています。日本のピンクリボンキャンペーンが盛んになってきたのは、2000年代に入ってからです。2000年(平成12年)10月に「あけぼの会」が東京タワーをピンク色にライトアップしたことがきっかけと言われています。その運動の規模は年を追うごとに急拡大しており、りそな銀行、アストラゼネカ、アテニア化粧品、エイボン・プロダクツ、東京海上日動あんしん生命、ワコール、オーティコンなど、協賛する企業、市民団体は多数存在するようになり、大変な盛り上がりを見せています。企業もキャンペーンを奨めることにより、イメージアップを図ることができるので、企業宣伝にもつなげられるということなのでしょうか。
では、その結果、検診を受ける人が飛躍的に増えたのでしょうか?乳がん検診率 http://ganjoho.jp/professional/statistics/statistics.html#06 を見てみると、2006年から、2010年までに、13.41%から、22.86%と確かに増えてはいますが、目標とするがん検診50%以上までにはほど遠い状況です。
がん検診受診者を増やす方策は、海外でも色々取り組まれていますが、最も効果的な方法は、検診台帳をつくり、受診しなかった方へ、再受診を促す「コール・リコール法」が最も効果的とされています。米国CDC(アメリカ疾病予防管理センター) http://www.thecommunityguide.org/cancer/screening/client-oriented/index.html によると、28の研究がそれを証明していると言います。受診者に対するメリット(検診クーポン券などの発行)や、マスメディアによる啓蒙活動は、検診数を増やすというエビデンスは不十分と指摘しています。
実際に、厚生労働省「がん検診事業の評価に関する委員会」が平成20年3月に取りまとめた報告書外部サイトへのリンク「今後の我が国におけるがん検診事業評価の在り方について」http://ganjoho.jp/professional/statistics/statistics.html#06 を読んでみましても、2.2受診率向上に向けた取組について、「現在、郵送等による個別の受診勧奨を一部のがん検診対象者に行っている市町村は少なくないが、検診台帳を整備した上で未受診者への再勧奨を実施している市町村はほとんどない。がん検診をより効果あるものとするためには、初回受診者の掘り起こしが重要であり、そのためにも検診台帳を整備した上で個別の受診勧奨を行うことは必須である。」と記載しており、コール・リコール法を勧めています。
メタボ検診を市区町村で実施していますので、メタボ検診と同様に、住民台帳から、コール・リコール法を実行すればよいのです。実際のところ、コール・リコール法を日本で実行できていない要因としては、検診を市区町村にまかせてしまっているため、担当者が理解していないことが一つ要因としてあげられます。また、検診には、精度管理が必要となってきますので、コール・リコール法をやり、受診率が向上すると、精度管理をする人件費などさらなる費用がかかるため、市区町村では、そこまでやる気がないといったとろが本音のようです。このあたりをつついていかないと、日本でがん検診率をこれ以上増やすことは到底不可能と思います。
近年、韓国でも検診台帳を使ったコール・リコール法で、乳がん検診率45.8%を達成しhttp://ganjoho.jp/data/professional/statistics/backnumber/2009/fig21.pdf 、日本は明らかに、がん検診後進国になってしまっています。
何も考えず、「ただ検診を」という、マスメディイァのコマーシャリズムにのっかった情緒的な検診啓蒙活動ではなく、科学的・論理的に正しい検診とは何か?、我々は何をすべきか?、をしっかりと冷静に議論し、実行していくようにしたいものです。
略歴乳がんのマンモグラフィー検診で科学的に有効性が示されている対象年齢は、50歳〜74歳と限られていますし、最近では、New England Journal of Medicine誌
http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1206809 に、マンモグラフィー検診で進行がんは減っておらず、その割に、早期乳がんばかり増えている傾向がある、すなわち、過剰診断が行われているだけである、などとの報告があり、検診推進論に、否定的なことも報告されています。以上のことから、「検診さえやっておけばよい」というメッセージは誤っていると思います。
あまりに検診ばかり言うので、検診せずにがんになった患者さんは、「検診しなかった私が悪い」と思うようになりますし、周りの者も、「検診しなかったから悪い」とレッテルを貼るようになります。何かがんになったことが悪いことをしたかのように扱われるのは、どうか?と思います。我々がすべきキャンペーンは、「誰もががんになる可能性がある」「がんになった場合にも、うまく共存可能。がん患者が安心して暮らせる社会をつくろう」ではないでしょうか?
海外のピンクリボンキャンペーンは、「乳がんに対して理解を深める」というキャンペーンであり、あまり「検診」について強調されていません。また、キャンペーンで得られた寄付金は、乳がんの治療研究に主に使われます。「海外では検診は既に普及しているので、検診を訴える必要がないからだ」とお叱りを受けそうですが、もちろん、日本では検診がすすんでいないので、まずは、検診を広めることが大事であると思います。
では、「検診を広めるためにはどうすればよいか?」、考えてみたいと思います。現在、日本で行われている検診を広めようという運動は、ほぼ啓蒙活動のみです。国民への啓蒙が一番大事なのでしょうか?確かに啓蒙は大事です。どのピンクリボンキャンペーンを見ても、「検診に行きましょう!」と皆が口々に唱えています。日本のピンクリボンキャンペーンが盛んになってきたのは、2000年代に入ってからです。2000年(平成12年)10月に「あけぼの会」が東京タワーをピンク色にライトアップしたことがきっかけと言われています。その運動の規模は年を追うごとに急拡大しており、りそな銀行、アストラゼネカ、アテニア化粧品、エイボン・プロダクツ、東京海上日動あんしん生命、ワコール、オーティコンなど、協賛する企業、市民団体は多数存在するようになり、大変な盛り上がりを見せています。企業もキャンペーンを奨めることにより、イメージアップを図ることができるので、企業宣伝にもつなげられるということなのでしょうか。
では、その結果、検診を受ける人が飛躍的に増えたのでしょうか?乳がん検診率 http://ganjoho.jp/professional/statistics/statistics.html#06 を見てみると、2006年から、2010年までに、13.41%から、22.86%と確かに増えてはいますが、目標とするがん検診50%以上までにはほど遠い状況です。
がん検診受診者を増やす方策は、海外でも色々取り組まれていますが、最も効果的な方法は、検診台帳をつくり、受診しなかった方へ、再受診を促す「コール・リコール法」が最も効果的とされています。米国CDC(アメリカ疾病予防管理センター) http://www.thecommunityguide.org/cancer/screening/client-oriented/index.html によると、28の研究がそれを証明していると言います。受診者に対するメリット(検診クーポン券などの発行)や、マスメディアによる啓蒙活動は、検診数を増やすというエビデンスは不十分と指摘しています。
実際に、厚生労働省「がん検診事業の評価に関する委員会」が平成20年3月に取りまとめた報告書外部サイトへのリンク「今後の我が国におけるがん検診事業評価の在り方について」http://ganjoho.jp/professional/statistics/statistics.html#06 を読んでみましても、2.2受診率向上に向けた取組について、「現在、郵送等による個別の受診勧奨を一部のがん検診対象者に行っている市町村は少なくないが、検診台帳を整備した上で未受診者への再勧奨を実施している市町村はほとんどない。がん検診をより効果あるものとするためには、初回受診者の掘り起こしが重要であり、そのためにも検診台帳を整備した上で個別の受診勧奨を行うことは必須である。」と記載しており、コール・リコール法を勧めています。
メタボ検診を市区町村で実施していますので、メタボ検診と同様に、住民台帳から、コール・リコール法を実行すればよいのです。実際のところ、コール・リコール法を日本で実行できていない要因としては、検診を市区町村にまかせてしまっているため、担当者が理解していないことが一つ要因としてあげられます。また、検診には、精度管理が必要となってきますので、コール・リコール法をやり、受診率が向上すると、精度管理をする人件費などさらなる費用がかかるため、市区町村では、そこまでやる気がないといったとろが本音のようです。このあたりをつついていかないと、日本でがん検診率をこれ以上増やすことは到底不可能と思います。
近年、韓国でも検診台帳を使ったコール・リコール法で、乳がん検診率45.8%を達成しhttp://ganjoho.jp/data/professional/statistics/backnumber/2009/fig21.pdf 、日本は明らかに、がん検診後進国になってしまっています。
何も考えず、「ただ検診を」という、マスメディイァのコマーシャリズムにのっかった情緒的な検診啓蒙活動ではなく、科学的・論理的に正しい検診とは何か?、我々は何をすべきか?、をしっかりと冷静に議論し、実行していくようにしたいものです。
勝俣 範之 (かつまた のりゆき)
1988年 富山医科薬科大学医学部医学科卒業、大隅鹿屋病院研修医
1989年 茅ヶ崎徳洲会病院内科レジデント
1992年 国立がんセンター中央病院内科レジデント 1997年 国立がんセンター中央病院第一領域外来部乳腺科医員
2003年 国立がんセンター中央病院薬物療法部薬物療法室医長
2004年 ハーバード大学公衆衛生院留学
2004年 国立がんセンター中央病院第二通院治療センター 医長
2010年 国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科外来医長
2011年 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
所属学会:
日本臨床腫瘍学会、日本癌学会、日本癌治療学会、日本内科学会
American Society of Clinical Oncology
専門領域:
内科腫瘍学全般、抗がん剤の支持療法、乳がん、婦人科がん化学療法、がんサバイバー支援など
1988年 富山医科薬科大学医学部医学科卒業、大隅鹿屋病院研修医
1989年 茅ヶ崎徳洲会病院内科レジデント
1992年 国立がんセンター中央病院内科レジデント 1997年 国立がんセンター中央病院第一領域外来部乳腺科医員
2003年 国立がんセンター中央病院薬物療法部薬物療法室医長
2004年 ハーバード大学公衆衛生院留学
2004年 国立がんセンター中央病院第二通院治療センター 医長
2010年 国立がん研究センター中央病院乳腺科・腫瘍内科外来医長
2011年 日本医科大学武蔵小杉病院腫瘍内科教授
所属学会:
日本臨床腫瘍学会、日本癌学会、日本癌治療学会、日本内科学会
American Society of Clinical Oncology
専門領域:
内科腫瘍学全般、抗がん剤の支持療法、乳がん、婦人科がん化学療法、がんサバイバー支援など