メディアリテラシーの大切さ
『がん放置療法を考える』
看護師 木之元和美
メディアの役割からしてやむを得ないことも理解できないわけでもないが、何事につけても主流の考え方などに賛成しても余りインパクトはないが、反対すると人が注目するという傾向がある。おまけに当会顧問の西尾先生がよく言われる「鵜呑み度」は日本人は世界でも群を抜いて高いそうだ。「新聞に出てたよ」「テレビでやってたよ」などだ。特にテレビの影響は大きい。
メディアは正義の味方のようでもあるが、同時に営業という側面も持っている。販売部数、視聴率などを稼げるなら、極端に言えば何でもあり、の世界でもあるだろう。市民のメディアリテラシーが問われるところだろう。(會田昭一郎)
平成26年10月3日、22時頃ふっとつけたテレビに、がんもどき理論を提唱されている近藤誠医師が映っていました。そして一緒に出演されていたのが、スキルス癌で亡くなった逸見政孝氏のご子息、太郎氏でした。
突然私の耳に入ったのは
「臨床症状がなく自覚症状がない、健康でご飯が美味しい、そういう人が健康診断などで癌が見つかったとしても原則放置しておくのがいいのです」「放置しておいても進行も転移もしない癌をがんもどきといいます。反対に症状が出てくる癌がある、そういう癌の場合は手術してもどんな治療をしても治りません、結局だめになるのです」という言葉でした。
「癌があるのに放置しておくのは心配になるのではないですか?」という出場者の質問に対して「癌の治療をするということは究極の意味で言えば単に安心感を得るためです」
と淡々と断定的に言われていたのです。
そして65歳の食道癌と胃癌を放置しているという男性が生き生きと近藤医師に相談している風景が写し出されていました。「痛くもないし何も自覚症状がないから放置している」と言われていました。
その後近藤医師の現在までの医師としてのドキュメンタリーが放送されました。そして、その間 医療界からの反論がテロップとして、わずかに流されたのです。
近藤医師の癌治療に対する理論がまさに正義として電波を通じ全国に流されたのです。私は恐ろしさを感じました。何千人 何万人の人がこの番組を見ていたのでしょう。
逸見太郎氏が「でも、私の父は手術して、抗がん剤を使うことを最善の方法として選択したのです。それが良くなかったのでしょうか。もう21年前にはもどれないのです」と発言しましたが、それに対して誰からも意見は出されず、画面は変わってしまったのです。
翌日友人とお茶をしました。友人は30年前にご主人を亡くされました。胃癌で全摘術を受けその後ダンピング症状に苦しむご主人対して友人は献身的に尽くしたのですが、暴飲暴食がやめられないご主人に対して、ある日「あなたは癌だったのよ。少しは自覚して!」とつい怒ってしまったそうです。そして、友人の留守の間に多量の飲酒後サウナに入りそのまま帰らぬ人になってしまったのです。
やはり10月3日の番組を見ていたそうです。「癌なんて言わなければ良かった」と、いつも自分を責めていた友人は、今度は「手術なんかしなければ良かった」とやはり話していました。30年前の苦しみが昨日のことのように蘇っているのです。逸見太郎氏もきっと21年前のことが鮮明に思い出され、もう戻ることがない分岐点に戻っているのだと考えられます。
今は本人に癌と告知するのが当然の時代になっています。その癌に苦しんでいる人々に電波を通じて命の選択を強いるような内容だったと私は強く感じました。
私もがん放置療法のすすめという本も読みました。本は読み手の解釈に委ねられることがありますが、テレビなどは一方的に押し付けられ、考える間もなく次々と画面が変わってしまい、見直すことも検証することも不可能です。
そして、放置しても何年も長期間生存している人が150人だということです。その方たちは本当に良かったと思いますが、国民の2人に1人が癌に罹患するという現在、150人のデータがどれだけ意義があるのか疑問に思うのです。
人にはそれぞれ生きている限り自己決定権があります。11月1日、ブリタニー・メイナードさん29歳アメリカの女性が自らの意志で安楽死を選びました。決心するまでの凄まじい葛藤は想像さえできません。
ただひとついえることは、医療者は患者に対していくつかの選択肢を提示してその治療のメリット、デメリットを説明し,その中で意思決定できるような示唆をしていくのがベストではないかということです。
6月、私自身の定期検査で腫瘍マーカーが上昇傾向になり、ペット検査を受けました。その結果左肺門部に造影剤が集積している結果が出されました。 結果が出てすぐ 主治医の板倉先生から放射線科の大西先生に相談して下さり、放射線治療が可能な部位であるとのことでした。しかしその後腫瘍マーカーが正常になってきたのです。CT検査でも増大は認められず、臨床症状もありません。板倉先生より、「治療をするか様子を見るかよく考えて連絡ください」と言われました。
考えても、考えても結論は出ませんでした。
そして 板倉先生に連絡致しました。
「ずーっと考えているのですが、基本的には今のレベルで放射線治療ができるということであれば 治療していただいたほうがいいかと ほぼ気持が固まりました。
このままの状態で進行しなければ放置してもいいのでしょうが、そんなことは誰にもわからないと思います。
自分で決めるのは酷ですね。先生のプロトコールに従っていたほうが楽です。 なにが起きても誰も責めない 後悔しない といつも思っています。
6月25日(水)放射線科の外来受診になっているので、よく聞いてきたいと思いますが ご検討お願い致します。
昨年の放射線治療部位にまだ炎症がある状況で 又放射線治療をすることで左肺にどれだけダメージがかかるのか、呼吸機能がどうなるのかが気になるところです。
進行状況はゆっくりのようですが、マーカーの上昇を待っているより 早い段階で叩いてしまったほうがよいかと思いました。」
板倉先生より
「ときどき、医者というのはずるい職業だと感じることがあります。
自分の治療に自信があれば積極的に勧める一方で、自信がないと患者さんに判断を委ねる。 もちろん、我々もいつも正解を持って医療が行える訳ではないのですが、患者さんを孤独にさせているだけではないかといつも感じます。申し訳ありません。
今回、心配していたのは放射線治療が、場所・線量の限界で、できないのではないかという事です。幸い、大西先生のお話で治療は可能だということでした。画像的にはリンパ節転移との確定診断は難しいということでしたし、腫瘍マーカーが低下したため、次回の腫瘍マーカーの結果まで、経過観察を提案させていただきました。とは言っても、疑いを持ちながら1日でも1秒でも生活をするのは
患者さんにとっては、つらい毎日だと思います。
水曜日に放射線科のお話も伺っていただき、また相談させてください。
予約は入っていませんが、どうぞ受信して下さい。」とのことでした。
放射線科受診でも腫瘍の増大は認められないし、腫瘍マーカーも正常値の為、様子見ていいのではないかということでした。
呼吸器外科の受診では「今の状況で、手術ということになれば反回神経を切除してしまい、声を失う結果も出てくるかもしれない、様子見ることが妥当だろう」ということでした。
その後定期検査は欠かさず、本日まで様子を見ています。
判断を迫られたとき どうしていいか分からない場合が沢山あります。でも結局自分自身が決定しなければならいことは多くあります。人生そのものが選択する場面が沢山ありました。これからは多分自分のがん治療のこと多いと思います。でもどんな結果が待っていようとも過去に思いを戻さないようにしたいと心がけたいものです。
放置とは幼児虐待にも使われています。必要な措置をせず置きっぱなしにしておくこと。 問題を解決せずそのままにしておくこと。と言われています。
癌と告知された場合そのまま放置している人はいないと信じています。治療はしないと選択した人でもきっと定期検査を行い、自覚症状に対してはきっと治療をしていると信じています。
がんもどき、放置療法など言葉だけが一人歩きしている現状に、惑わされることがないよう、命を大切にして欲しいと自分にも多くの方にも伝えたいと考え投稿いたしました。
略歴突然私の耳に入ったのは
「臨床症状がなく自覚症状がない、健康でご飯が美味しい、そういう人が健康診断などで癌が見つかったとしても原則放置しておくのがいいのです」「放置しておいても進行も転移もしない癌をがんもどきといいます。反対に症状が出てくる癌がある、そういう癌の場合は手術してもどんな治療をしても治りません、結局だめになるのです」という言葉でした。
「癌があるのに放置しておくのは心配になるのではないですか?」という出場者の質問に対して「癌の治療をするということは究極の意味で言えば単に安心感を得るためです」
と淡々と断定的に言われていたのです。
そして65歳の食道癌と胃癌を放置しているという男性が生き生きと近藤医師に相談している風景が写し出されていました。「痛くもないし何も自覚症状がないから放置している」と言われていました。
その後近藤医師の現在までの医師としてのドキュメンタリーが放送されました。そして、その間 医療界からの反論がテロップとして、わずかに流されたのです。
近藤医師の癌治療に対する理論がまさに正義として電波を通じ全国に流されたのです。私は恐ろしさを感じました。何千人 何万人の人がこの番組を見ていたのでしょう。
逸見太郎氏が「でも、私の父は手術して、抗がん剤を使うことを最善の方法として選択したのです。それが良くなかったのでしょうか。もう21年前にはもどれないのです」と発言しましたが、それに対して誰からも意見は出されず、画面は変わってしまったのです。
翌日友人とお茶をしました。友人は30年前にご主人を亡くされました。胃癌で全摘術を受けその後ダンピング症状に苦しむご主人対して友人は献身的に尽くしたのですが、暴飲暴食がやめられないご主人に対して、ある日「あなたは癌だったのよ。少しは自覚して!」とつい怒ってしまったそうです。そして、友人の留守の間に多量の飲酒後サウナに入りそのまま帰らぬ人になってしまったのです。
やはり10月3日の番組を見ていたそうです。「癌なんて言わなければ良かった」と、いつも自分を責めていた友人は、今度は「手術なんかしなければ良かった」とやはり話していました。30年前の苦しみが昨日のことのように蘇っているのです。逸見太郎氏もきっと21年前のことが鮮明に思い出され、もう戻ることがない分岐点に戻っているのだと考えられます。
今は本人に癌と告知するのが当然の時代になっています。その癌に苦しんでいる人々に電波を通じて命の選択を強いるような内容だったと私は強く感じました。
私もがん放置療法のすすめという本も読みました。本は読み手の解釈に委ねられることがありますが、テレビなどは一方的に押し付けられ、考える間もなく次々と画面が変わってしまい、見直すことも検証することも不可能です。
そして、放置しても何年も長期間生存している人が150人だということです。その方たちは本当に良かったと思いますが、国民の2人に1人が癌に罹患するという現在、150人のデータがどれだけ意義があるのか疑問に思うのです。
人にはそれぞれ生きている限り自己決定権があります。11月1日、ブリタニー・メイナードさん29歳アメリカの女性が自らの意志で安楽死を選びました。決心するまでの凄まじい葛藤は想像さえできません。
ただひとついえることは、医療者は患者に対していくつかの選択肢を提示してその治療のメリット、デメリットを説明し,その中で意思決定できるような示唆をしていくのがベストではないかということです。
6月、私自身の定期検査で腫瘍マーカーが上昇傾向になり、ペット検査を受けました。その結果左肺門部に造影剤が集積している結果が出されました。 結果が出てすぐ 主治医の板倉先生から放射線科の大西先生に相談して下さり、放射線治療が可能な部位であるとのことでした。しかしその後腫瘍マーカーが正常になってきたのです。CT検査でも増大は認められず、臨床症状もありません。板倉先生より、「治療をするか様子を見るかよく考えて連絡ください」と言われました。
考えても、考えても結論は出ませんでした。
そして 板倉先生に連絡致しました。
「ずーっと考えているのですが、基本的には今のレベルで放射線治療ができるということであれば 治療していただいたほうがいいかと ほぼ気持が固まりました。
このままの状態で進行しなければ放置してもいいのでしょうが、そんなことは誰にもわからないと思います。
自分で決めるのは酷ですね。先生のプロトコールに従っていたほうが楽です。 なにが起きても誰も責めない 後悔しない といつも思っています。
6月25日(水)放射線科の外来受診になっているので、よく聞いてきたいと思いますが ご検討お願い致します。
昨年の放射線治療部位にまだ炎症がある状況で 又放射線治療をすることで左肺にどれだけダメージがかかるのか、呼吸機能がどうなるのかが気になるところです。
進行状況はゆっくりのようですが、マーカーの上昇を待っているより 早い段階で叩いてしまったほうがよいかと思いました。」
板倉先生より
「ときどき、医者というのはずるい職業だと感じることがあります。
自分の治療に自信があれば積極的に勧める一方で、自信がないと患者さんに判断を委ねる。 もちろん、我々もいつも正解を持って医療が行える訳ではないのですが、患者さんを孤独にさせているだけではないかといつも感じます。申し訳ありません。
今回、心配していたのは放射線治療が、場所・線量の限界で、できないのではないかという事です。幸い、大西先生のお話で治療は可能だということでした。画像的にはリンパ節転移との確定診断は難しいということでしたし、腫瘍マーカーが低下したため、次回の腫瘍マーカーの結果まで、経過観察を提案させていただきました。とは言っても、疑いを持ちながら1日でも1秒でも生活をするのは
患者さんにとっては、つらい毎日だと思います。
水曜日に放射線科のお話も伺っていただき、また相談させてください。
予約は入っていませんが、どうぞ受信して下さい。」とのことでした。
放射線科受診でも腫瘍の増大は認められないし、腫瘍マーカーも正常値の為、様子見ていいのではないかということでした。
呼吸器外科の受診では「今の状況で、手術ということになれば反回神経を切除してしまい、声を失う結果も出てくるかもしれない、様子見ることが妥当だろう」ということでした。
その後定期検査は欠かさず、本日まで様子を見ています。
判断を迫られたとき どうしていいか分からない場合が沢山あります。でも結局自分自身が決定しなければならいことは多くあります。人生そのものが選択する場面が沢山ありました。これからは多分自分のがん治療のこと多いと思います。でもどんな結果が待っていようとも過去に思いを戻さないようにしたいと心がけたいものです。
放置とは幼児虐待にも使われています。必要な措置をせず置きっぱなしにしておくこと。 問題を解決せずそのままにしておくこと。と言われています。
癌と告知された場合そのまま放置している人はいないと信じています。治療はしないと選択した人でもきっと定期検査を行い、自覚症状に対してはきっと治療をしていると信じています。
がんもどき、放置療法など言葉だけが一人歩きしている現状に、惑わされることがないよう、命を大切にして欲しいと自分にも多くの方にも伝えたいと考え投稿いたしました。
木之元 和美(きのもと かずみ)
昭和45年 山梨県立甲府第一高等学校卒業
昭和47年 准看護師免許
56年 看護師免許
49年 山梨勤労者医療協会
59年 上記 退職
60年 医療法人 石和温泉病院
平成 4年 病棟婦長
6年 感染対策副委員長・褥瘡対策副委員長→退職まで
普通第一種圧力容器取扱作業主任者
10年 介護支援専門員取得
11年 看護部次長 ケアマネジャー兼務
13年 オーストラリア海外研修
18年 看護部長→退職まで 山梨県看護功労賞受賞
山梨県立看護大学非常勤講師
23年 石和温泉病院定年退職
24年 医療法人 どちペインクリニック 玉穂ふれあい診療所 医療地域連携室
現在に至る
昭和45年 山梨県立甲府第一高等学校卒業
昭和47年 准看護師免許
56年 看護師免許
49年 山梨勤労者医療協会
59年 上記 退職
60年 医療法人 石和温泉病院
平成 4年 病棟婦長
6年 感染対策副委員長・褥瘡対策副委員長→退職まで
普通第一種圧力容器取扱作業主任者
10年 介護支援専門員取得
11年 看護部次長 ケアマネジャー兼務
13年 オーストラリア海外研修
18年 看護部長→退職まで 山梨県看護功労賞受賞
山梨県立看護大学非常勤講師
23年 石和温泉病院定年退職
24年 医療法人 どちペインクリニック 玉穂ふれあい診療所 医療地域連携室
現在に至る