金を使って病気になる?
『「機能性表示食品」に気をつけろ:米「サプリ論争」からの考察(1)』
内科医師 大西 睦子
健康食品市場は2兆円市場に迫る勢いで、高額所得者番付はかつては不動産業などでしたが、今は健食です。確か国がんの調査だったと思いますが、がん患者に健康食品の摂取について聞いたところ、8割の人が何らかの健康食品を摂取していました。この種の社会調査で8割というと、摂取していても摂取していないと回答する傾向もあり、ほぼ100%とみても良いのではないのではないでしょうか。一方これらの効果や安全性をチェックする立場の消費者庁は、既にある特定保健用食品(通称:トクホ)に加えて「機能性表示食品」の制度を制定、運用を開始しました。
がん患者にとっても直接がん治療を行う医療行為だけでなく、食生活などに気を付けて基礎的な健康維持に努力し、免疫力を高めることは非常に大切ですが、その基本はあくまでも日常のバランスの取れた食事であり、特別に補給する必要がある場合以外は栄養補助食品(サプリメント)などは基本的に必要ないし、場合によっては害もあることをもう一度よく理解しましょう。
今回はアメリカでも同様の問題が発生しており、同じような政治経済的な図式が当てはまるようです。この度も大西睦子先生の貴重なご報告を今週来週の2週連載で転載させていただきます、改めまして御礼申し上げます。
なお、この原稿は新潮社の会員制国際政治経済情報サイト「Foresight」(イラスト画像を含むオリジナル記事はこちら http://www.fsight.jp/articles/-/40076 )に寄稿され、2015年6月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp/mt/?p=5867 に掲載されたものからの転載です、ご厚意に感謝申し上げます。
がん患者にとっても直接がん治療を行う医療行為だけでなく、食生活などに気を付けて基礎的な健康維持に努力し、免疫力を高めることは非常に大切ですが、その基本はあくまでも日常のバランスの取れた食事であり、特別に補給する必要がある場合以外は栄養補助食品(サプリメント)などは基本的に必要ないし、場合によっては害もあることをもう一度よく理解しましょう。
今回はアメリカでも同様の問題が発生しており、同じような政治経済的な図式が当てはまるようです。この度も大西睦子先生の貴重なご報告を今週来週の2週連載で転載させていただきます、改めまして御礼申し上げます。
なお、この原稿は新潮社の会員制国際政治経済情報サイト「Foresight」(イラスト画像を含むオリジナル記事はこちら http://www.fsight.jp/articles/-/40076 )に寄稿され、2015年6月8日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行 http://medg.jp/mt/?p=5867 に掲載されたものからの転載です、ご厚意に感謝申し上げます。
(會田 昭一郎)
現在、私たちの生活にはサプリメント(栄養補助食品)が溢れています。スーパー、コンビニでもネット通販でも、いつでも誰でも手軽に手に入れられます。種類も豊富で、それぞれ様々な効能が謳われています。中には毎日複数のサプリメントを摂取する人も少なくありません。
しかし、それらのサプリメントは本当に健康に有効なのでしょうか。そもそも安全なのでしょうか。
そうした問題について、米国ではここ数年、様々な議論が行われ、研究も進められています。そしてそれらは、日本にも多大な影響を与えています。
折しも日本では4月1日、健康にどのような効果があるかを食品に表示しやすくなる「機能性表示食品」という新しい制度がスタートしました。米国での議論を辿りながら、この新制度について考えてみます。
◆「お金の無駄遣い」
「Enough Is Enough: Stop Wasting Money on Vitamin and Mineral Supplements(もう十分なのでいい加減にして下さい。ビタミンやミネラルのサプリメントにお金の無駄遣いをするのはやめましょう)」という米ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らによる論文が、2013年に米国内科学会誌『Annals of Internal Medicine:AIM』に掲載されました。同誌は国際的にも非常に評価が高く、影響力のある医学雑誌です。
この論文では、信頼性の高い良質な3つの研究報告の結果を解析し、「ビタミンやミネラルのサプリメントを毎日摂取することで病気の予防や進行を妨げることができるか?」という疑問に対して、「No」という答えを結論づけました。当然ながら、関連する業界は騒然となりました。
米大手メディア『CBS』によると、この論説に対してサプリメント企業側は激しく反発しました。業界関連企業らで組織する米国栄養評議会(Council for Responsible Nutrition=CRN)のスティーブ・ミスターCEOは、「著者らが、実生活にサプリメントが必要なことを受け入れられないのは残念です。私たちがみんな健康的な食生活を送り、食事からすべて必要な栄養素を得ているという、まるでおとぎ話のような世界に住んでいるかのような間違った推測です」と、論文の結論を真っ向から否定しました。
その両者の見解を報じたCBSのチーフ医療特派員、ジョナサン・ラポック医師は、こう指摘しています。
「あなたの健康を守るためには、果物、野菜、ナッツ、豆や低脂肪乳製品にお金を使うことです。運動にお金を使うのもよいでしょう。ただし、遺伝性の自己免疫疾患であるセリアック病のような栄養の吸収ができない人や、お腹の赤ちゃんの先天性欠損症の予防が必要な妊婦さんのように、特定の人々にはビタミンのサプリメント摂取が利益をもたらすことも事実です」
http://annals.org/article.aspx?articleid=1789253
http://www.cbsnews.com/news/multivitamin-researchers-say-case-is-closed-supplements-dont-boost-health/
◆覚醒剤の類似物質も!
その後もサプリメントに関する議論は続き、その必要性の有無だけではなく、安全性にも及んでいます。米国政府としても無視できず、現在ではアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)のウェブサイトには、サプリメントの副作用、重金属の混入、未申告のアレルゲンや微生物汚染などの問題が頻繁に報告されています。
最近の例をご紹介します。今年4月23日、FDAはサプリメント製造販売の5社に対し、覚醒剤の一種であるアンフェタミンに類似した物質「BMPEA(beta-methylphenethylamine)」を含むサプリメントの販売停止を警告しました。これらのサプリメントは、体重減少やエネルギー増強に効果があり、運動能力向上のために多くの利用者がいたのです。しかし、ハーバード大学医学部のピーター・コーエン教授らの報告によると、テキサス産の「アカシア・リジデュラ(Acacia rigidula)」と表示されている21種のサプリメントを解析したところ、11種がBMPEAを含有していたそうです。ただし、BMPEAそのものの人体への作用は、謳われているような効能があるのか、あるいはアンフェタミンのような害があるのか、まだ全く研究されていません。
とは言え、覚醒剤に類似した物質が含まれているわけです。『ニューヨーク・タイムズ』によると、コーエン教授らの報告後、3人の米上院議員らが中心となって働きかけた結果、ようやくFDAが5社に販売停止を警告したというわけです。コーエン教授は、すでにいち早くBMPEAの「深刻な健康リスク」を認定したカナダ政府にFDAも倣うべきで、一刻も早く販売を一切禁止にするべきだと訴えています。
http://www.fda.gov/Food/DietarySupplements/QADietarySupplements/ucm443790.htm
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/dta.1793/abstract
http://well.blogs.nytimes.com/2015/04/23/f-d-a-warns-supplement-makers-of-bmpea-stimulant-dangers/?_r=1
◆肝移植や死亡例も
また、FDAは4月13日、『Tri-Methyl Xtreme』という筋肉増強のためのサプリメントが深刻な肝障害を引き起こす恐れがあるとして、消費者への使用禁止の警告を発表しています。きっかけとなったのは、カリフォルニア州、ニュージャージー州、ユタ州の消費者3人からの副作用の報告でした。さっそくFDAは調査を開始し、その結果、このサプリメントには、重篤で不可逆な多臓器への障害をきたす蛋白同化ステロイドが含まれていることが判明したのです。
米フィラデルフィアにあるアインシュタインメディカルセンター(einstein medical center )のビクター・ナバロ博士らによる、2014年10月の米国肝臓学会誌『肝臓学(Hepatology)』の報告によると、2004年から2013年の839人の薬剤やサプリメントによる肝障害の症例を解析した結果、15.5%に及ぶ130人がサプリメントによる肝障害でした。その内45人が筋肉増強剤で、85人はそれ以外でした。しかも、サプリメントに関係した肝臓障害はここ10年間で7%から20%に増加しており、重篤なケースとして肝移植や死亡例さえ報告されています。
もちろん、すべてのサプリメントに害があるわけではなく、中には有効性が裏付けされたものもあります。例えば、妊婦は葉酸が欠乏しやすく、胎児の先天性欠損症の原因となりますが、予防には葉酸のサプリメントが効果的です。ただし、この種のサプリメントの過剰な摂取は、がんのリスクを高めることも懸念されています。実際、高用量の葉酸の摂取は何種類かのがんのリスクが増加する研究結果も報告されています。
他にも、表示されている物質が実際には含まれていなかったという問題もありました。今年2月3日、ニューヨーク州のエリック・シュナイダーマン司法長官の報告によると、DNA検査の結果、ハーブサプリメントとして宣伝・販売されている商品のうち79 %が実際にはハーブ薬草を含んでおらず、別の植物が混入していたというのです。逆に、表示されている植物のDNAが実際に検出された商品は、わずか21%でした。同州のケン・ラバル上院議員は、「公共のための適切な情報を提供する表示の立法のために戦い続ける」と語っています。
http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm442494.htm
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25043597
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22534785
http://www.ag.ny.gov/press-release/ag-schneiderman-asks-major-retailers-halt-sales-certain-herbal-supplements-dna-tests
略歴
しかし、それらのサプリメントは本当に健康に有効なのでしょうか。そもそも安全なのでしょうか。
そうした問題について、米国ではここ数年、様々な議論が行われ、研究も進められています。そしてそれらは、日本にも多大な影響を与えています。
折しも日本では4月1日、健康にどのような効果があるかを食品に表示しやすくなる「機能性表示食品」という新しい制度がスタートしました。米国での議論を辿りながら、この新制度について考えてみます。
◆「お金の無駄遣い」
「Enough Is Enough: Stop Wasting Money on Vitamin and Mineral Supplements(もう十分なのでいい加減にして下さい。ビタミンやミネラルのサプリメントにお金の無駄遣いをするのはやめましょう)」という米ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らによる論文が、2013年に米国内科学会誌『Annals of Internal Medicine:AIM』に掲載されました。同誌は国際的にも非常に評価が高く、影響力のある医学雑誌です。
この論文では、信頼性の高い良質な3つの研究報告の結果を解析し、「ビタミンやミネラルのサプリメントを毎日摂取することで病気の予防や進行を妨げることができるか?」という疑問に対して、「No」という答えを結論づけました。当然ながら、関連する業界は騒然となりました。
米大手メディア『CBS』によると、この論説に対してサプリメント企業側は激しく反発しました。業界関連企業らで組織する米国栄養評議会(Council for Responsible Nutrition=CRN)のスティーブ・ミスターCEOは、「著者らが、実生活にサプリメントが必要なことを受け入れられないのは残念です。私たちがみんな健康的な食生活を送り、食事からすべて必要な栄養素を得ているという、まるでおとぎ話のような世界に住んでいるかのような間違った推測です」と、論文の結論を真っ向から否定しました。
その両者の見解を報じたCBSのチーフ医療特派員、ジョナサン・ラポック医師は、こう指摘しています。
「あなたの健康を守るためには、果物、野菜、ナッツ、豆や低脂肪乳製品にお金を使うことです。運動にお金を使うのもよいでしょう。ただし、遺伝性の自己免疫疾患であるセリアック病のような栄養の吸収ができない人や、お腹の赤ちゃんの先天性欠損症の予防が必要な妊婦さんのように、特定の人々にはビタミンのサプリメント摂取が利益をもたらすことも事実です」
http://annals.org/article.aspx?articleid=1789253
http://www.cbsnews.com/news/multivitamin-researchers-say-case-is-closed-supplements-dont-boost-health/
◆覚醒剤の類似物質も!
その後もサプリメントに関する議論は続き、その必要性の有無だけではなく、安全性にも及んでいます。米国政府としても無視できず、現在ではアメリカ食品医薬品局(Food and Drug Administration:FDA)のウェブサイトには、サプリメントの副作用、重金属の混入、未申告のアレルゲンや微生物汚染などの問題が頻繁に報告されています。
最近の例をご紹介します。今年4月23日、FDAはサプリメント製造販売の5社に対し、覚醒剤の一種であるアンフェタミンに類似した物質「BMPEA(beta-methylphenethylamine)」を含むサプリメントの販売停止を警告しました。これらのサプリメントは、体重減少やエネルギー増強に効果があり、運動能力向上のために多くの利用者がいたのです。しかし、ハーバード大学医学部のピーター・コーエン教授らの報告によると、テキサス産の「アカシア・リジデュラ(Acacia rigidula)」と表示されている21種のサプリメントを解析したところ、11種がBMPEAを含有していたそうです。ただし、BMPEAそのものの人体への作用は、謳われているような効能があるのか、あるいはアンフェタミンのような害があるのか、まだ全く研究されていません。
とは言え、覚醒剤に類似した物質が含まれているわけです。『ニューヨーク・タイムズ』によると、コーエン教授らの報告後、3人の米上院議員らが中心となって働きかけた結果、ようやくFDAが5社に販売停止を警告したというわけです。コーエン教授は、すでにいち早くBMPEAの「深刻な健康リスク」を認定したカナダ政府にFDAも倣うべきで、一刻も早く販売を一切禁止にするべきだと訴えています。
http://www.fda.gov/Food/DietarySupplements/QADietarySupplements/ucm443790.htm
http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/dta.1793/abstract
http://well.blogs.nytimes.com/2015/04/23/f-d-a-warns-supplement-makers-of-bmpea-stimulant-dangers/?_r=1
◆肝移植や死亡例も
また、FDAは4月13日、『Tri-Methyl Xtreme』という筋肉増強のためのサプリメントが深刻な肝障害を引き起こす恐れがあるとして、消費者への使用禁止の警告を発表しています。きっかけとなったのは、カリフォルニア州、ニュージャージー州、ユタ州の消費者3人からの副作用の報告でした。さっそくFDAは調査を開始し、その結果、このサプリメントには、重篤で不可逆な多臓器への障害をきたす蛋白同化ステロイドが含まれていることが判明したのです。
米フィラデルフィアにあるアインシュタインメディカルセンター(einstein medical center )のビクター・ナバロ博士らによる、2014年10月の米国肝臓学会誌『肝臓学(Hepatology)』の報告によると、2004年から2013年の839人の薬剤やサプリメントによる肝障害の症例を解析した結果、15.5%に及ぶ130人がサプリメントによる肝障害でした。その内45人が筋肉増強剤で、85人はそれ以外でした。しかも、サプリメントに関係した肝臓障害はここ10年間で7%から20%に増加しており、重篤なケースとして肝移植や死亡例さえ報告されています。
もちろん、すべてのサプリメントに害があるわけではなく、中には有効性が裏付けされたものもあります。例えば、妊婦は葉酸が欠乏しやすく、胎児の先天性欠損症の原因となりますが、予防には葉酸のサプリメントが効果的です。ただし、この種のサプリメントの過剰な摂取は、がんのリスクを高めることも懸念されています。実際、高用量の葉酸の摂取は何種類かのがんのリスクが増加する研究結果も報告されています。
他にも、表示されている物質が実際には含まれていなかったという問題もありました。今年2月3日、ニューヨーク州のエリック・シュナイダーマン司法長官の報告によると、DNA検査の結果、ハーブサプリメントとして宣伝・販売されている商品のうち79 %が実際にはハーブ薬草を含んでおらず、別の植物が混入していたというのです。逆に、表示されている植物のDNAが実際に検出された商品は、わずか21%でした。同州のケン・ラバル上院議員は、「公共のための適切な情報を提供する表示の立法のために戦い続ける」と語っています。
http://www.fda.gov/NewsEvents/Newsroom/PressAnnouncements/ucm442494.htm
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/25043597
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22534785
http://www.ag.ny.gov/press-release/ag-schneiderman-asks-major-retailers-halt-sales-certain-herbal-supplements-dna-tests
<次週に続きます>
略歴
大西 睦子(おおにし むつこ)
内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、2008年4月からハーバード大学にて食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。
内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、2008年4月からハーバード大学にて食事や遺伝子と病気に関する基礎研究に従事。