がん患者の疼痛管理を考える
『トヨタ役員逮捕「オキシコドン」報道に対する米国での反応』
内科医師 大西 睦子
よく「痛みに耐えかねベッドサイドのカーテンを引き裂いてのた打ち回る」と言われるがん患者の疼痛。従前より日本では医療用麻薬の使用が少なく、もっと上手に利用して患者の苦痛を緩和すべきとの意見もしばしば聞かれる。
国や民族による文化の違いとでもいう様々な事象があり、文化的な摩擦が高じて、時として戦争にまで発展することすらある。日米を比較しても、日本では極めて麻薬に対する忌避感は強く、取り締まりも厳しいのに反して、アメリカではかなり自由に売買、使用されているようだ。
ところが脱税を含む金融犯罪については、日本では極めて寛容と言われても仕方がないのに対し、アメリカでは非常に厳しく、実刑を受けることが多い。日本で金融犯罪で実刑となるケースは極めて稀であり、国民も脱税などに対しては、「経費で落とす」などは一般的で、いわゆる節税と称する脱税などに寛容だ。
こうしたバックグラウンドもあり、日本では医療用とはいえ、麻薬を使うとなると抵抗感もあり、また、我慢という文化も手伝ってか、医療用麻薬の使用は少ないようだ。
医療用麻薬の使用量については、日米で比較すれば医療用の麻薬も、普段麻薬を使用していて、耐性ができているアメリカ人にはその分、使用量を増加させないと効かない上、もちろん体格、体重の違いも大いに関係あり、使用量はいや増すことになるだろう。
今回は偶々トヨタ自動車の常務役員であったジュリー・ハンプ氏が、麻薬成分の「オキシコドン」錠剤57錠を密輸した疑いで逮捕されたことで話題になった医療用麻薬オキシコドンに関し、ご自身も歯科治療後にオキシコドンを鎮痛目的で処方され服用された経験もおありの大西先生に、先生が寄稿された日米の資料、状況等を含めたレポートを掲載させていただいた。
ジュリー・ハンプ氏関連の記述は、「Foresight」にご寄稿当時のものであることをお断りします。
なお、この原稿は新潮社の会員制国際政治経済情報サイト「Foresight」(イラスト画像を含むオリジナル記事はこちら http://www.fsight.jp/articles/-/40201 )に寄稿されたものからの転載です、ご厚意に感謝申し上げます。
また、がん患者の疼痛管理については、医療用麻薬だけでなく、もっと放射線照射などを上手に使う、Sr−89などを上手に使うなど、医療者にも一層の研究を望みたい。
国や民族による文化の違いとでもいう様々な事象があり、文化的な摩擦が高じて、時として戦争にまで発展することすらある。日米を比較しても、日本では極めて麻薬に対する忌避感は強く、取り締まりも厳しいのに反して、アメリカではかなり自由に売買、使用されているようだ。
ところが脱税を含む金融犯罪については、日本では極めて寛容と言われても仕方がないのに対し、アメリカでは非常に厳しく、実刑を受けることが多い。日本で金融犯罪で実刑となるケースは極めて稀であり、国民も脱税などに対しては、「経費で落とす」などは一般的で、いわゆる節税と称する脱税などに寛容だ。
こうしたバックグラウンドもあり、日本では医療用とはいえ、麻薬を使うとなると抵抗感もあり、また、我慢という文化も手伝ってか、医療用麻薬の使用は少ないようだ。
医療用麻薬の使用量については、日米で比較すれば医療用の麻薬も、普段麻薬を使用していて、耐性ができているアメリカ人にはその分、使用量を増加させないと効かない上、もちろん体格、体重の違いも大いに関係あり、使用量はいや増すことになるだろう。
今回は偶々トヨタ自動車の常務役員であったジュリー・ハンプ氏が、麻薬成分の「オキシコドン」錠剤57錠を密輸した疑いで逮捕されたことで話題になった医療用麻薬オキシコドンに関し、ご自身も歯科治療後にオキシコドンを鎮痛目的で処方され服用された経験もおありの大西先生に、先生が寄稿された日米の資料、状況等を含めたレポートを掲載させていただいた。
ジュリー・ハンプ氏関連の記述は、「Foresight」にご寄稿当時のものであることをお断りします。
なお、この原稿は新潮社の会員制国際政治経済情報サイト「Foresight」(イラスト画像を含むオリジナル記事はこちら http://www.fsight.jp/articles/-/40201 )に寄稿されたものからの転載です、ご厚意に感謝申し上げます。
また、がん患者の疼痛管理については、医療用麻薬だけでなく、もっと放射線照射などを上手に使う、Sr−89などを上手に使うなど、医療者にも一層の研究を望みたい。
(會田 昭一郎)
トヨタ自動車のジュリー・ハンプ常務役員(55)が6月18日、麻薬取締法違反の容疑のため、滞在していた都内のホテルで逮捕されました。中身が「ネックレス」と記載されていた米国からの国際宅配便の小包に、麻薬成分の「オキシコドン」錠剤57錠が隠すように入っており、密輸の疑いが持たれているためです。ハンプ容疑者は、「麻薬を輸入したとは思っていない」と容疑を否認しています。現在、警視庁が詳細を調べていますが、7月1日、トヨタ自動車はハンプ容疑者の辞任を発表しました。
このニュースは、米国でも多くのメディアによって報道されましたが、日米の反応に温度差を感じます。逮捕直後に知り合いの米国人医師などと議論したところ、以下のような疑問や意見が投げられました。
「腰かどこか、体に痛みがあるのでは?」
「でも、ふつう57錠も一度に処方されないでしょう?」
「きっと海外に住んでいるからたくさん送ってもらったのかもしれない」
「彼女ほどのキャリアをもつ人が日本のルールを知らなかったというのは信じられない」
「処方箋を証明すれば疑いが晴れるのに、なぜ証明しないの?」
「そもそも日本ではオキシコドンは処方してもらえないの?」
「日米のオキシコドンの規制はずいぶん違うみたいだね」
そうなのです。実際確かに、日米の間では「疼痛(とうつう)管理」について現状に大きな違いがあるのです。
◆オキシコドンの管理が厳格な日本
日米ともに近年、病気やけが、手術などの医療行為による疼痛の緩和やケアがますます重要になっています。ところが、両国における鎮痛薬の規制は非常に異なります。今回問題になったオキシコドンは、オピオイド鎮痛薬とよばれる医療用麻薬に分類されています。医療用麻薬とは、医療用にのみ使用が許可されている麻薬です。オピオイド鎮痛薬は、オキシコドン、モルヒネ、コデインなどが臨床でよく用いられており、脳、脊髄や末梢神経にあるオピオイド受容体に結合して、痛みを和らげます。
日本でも、オキシコドンなどの鎮痛薬は医師が処方することができますが、厳格に管理されています。処方する対象の疾患は、主にがん性の疼痛です。
オキシコドンを処方する医師は都道府県単位で登録しておかねばならず、使用量を逐一記録・管理することが義務付けられています。一般的なクリニックでは処方されることはありません。従って、誰もが簡単に入手できる薬ではありません。
世界保健機関(WHO)の協力センターである、米国ウィスコンシン大学の痛みと政策研究グループ(Pain Policy Study Group:PPSG)は、バランスのとれたオピオイド鎮痛薬へのアクセスを実現することで、がんやその他の痛みを伴う病気に苦しむ世界中の人々の生活の質を向上させるための研究施設です。
そのPPSGは世界のオピオイド鎮痛薬の消費量を調査していますが、2012年の1人当たりの1年間のオキシコドン平均消費量(mg)は、世界71カ国のうち、日本は32位です。世界平均は13.5mgですが、日本の平均は3.6mgで、他の先進国と比較すると非常に少ない消費量です。
1.アメリカ:243.8
2.カナダ:140.6
3.オーストラリア:85.3
4.デンマーク:47.7
5.ノルウェー:44.6
6.スウェーデン:37.5
7.ドイツ:34.0
8.フィンランド:31.8
9.キプロス:28.6
10.スイス:26.6
32.日本:3.6
アメリカの消費量が飛び抜けて多いことが一目瞭然です。
ちなみに、同じオピオイド鎮痛薬のうちモルヒネについては、2012年の1人当たりの年間平均消費量(mg)は、世界158カ国のうち日本は42位です。世界平均は6.3mgで、日本は平均のほぼ半分の3.2mg。やはり他の先進国と比較すると非常に少ない消費量です。
1.オーストリア:199.2
2.カナダ:100.8
3.デンマーク:81.9
4.アメリカ:78.6
5.オーストラリア:40.0
6.イギリス:39.2
7.スイス:38.4
8.フランス:31.9
9.アイスランド:29.7
10.ニュージーランド:28.5
42.日本:3.2
こちらはアメリカの消費量も飛び抜けて多いわけではありません。いずれにしろ、日本は欧米の先進国に比べて医療用麻薬の使用が、極端に少ないのです。これは逆に言えば、日本は疼痛管理の面で法的にも医療制度としても非常に遅れていると言えるのです。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/dl/2012iryo_tekisei_guide.pdf
http://www.painpolicy.wisc.edu/opioid-consumption-data
http://www.painpolicy.wisc.edu/sites/www.painpolicy.wisc.edu/files/global_oxycodone.pdf
http://www.painpolicy.wisc.edu/sites/www.painpolicy.wisc.edu/files/global_morphine.pdf
◆世界消費量の8割が米国人
一方、米国では、オキシコドンなどのオピオイド鎮痛薬は、手術後のような急性の疼痛から、さまざまな原因によって3カ月以上も続く慢性の疼痛まで、幅広く使用されています。医師の指示に従って使用すれば安全かつ効率的に痛みを管理することができる薬として広く認知されており、医師ならば一般的なクリニックでも処方できます。日本よりも比較的手軽に入手できるのです。
実は私自身、ボストンで通院している歯科で以前、治療のあとの痛み止めとして処方されたことがあります。オキシコドンを内服後、激痛が見事に全くなくなりましたが、その後、異様に効きすぎて逆に頭もクラクラしてきました。1錠で痛みは消失し、それ以後は服用する必要はありませんでしたが、それほど米国では非常に身近な鎮痛薬なのです。
実際、国立薬物乱用研究所(National Institute on Drug Abuse:NIDA)によると、米国ではここ20年あまりで、医師から処方されたオピオイド鎮痛薬の使用が急増しています。全米でオピオイド鎮痛薬が1年に処方された数は、1991年の7600回から2013年には2.07億回にまで増加しました。世界中におけるオキシコドン消費者の81%は米国人と報告されているほどです。
また、NIDAの全米調査によると、12歳以上の米国人1600万人が、過去1年間にオキシコドンなどの痛み止めを医療目的以外で1回以上使用した経験があるといいます。これは20人に1人という割合です。しかも、医療目的以外で使用した人の70%が、家族や友達からもらったり買ったりしているのです。それ以外では18%が医師からの処方、5%が麻薬販売人や知らない人間からの入手となっています。
ちなみに、私が歯科で処方されたオキシコドンは12錠です。私には1錠で十分でしたので、残りの11錠は余っています。米国人の知人が1錠10〜30ドルで街で売れると言っていました。もちろん、そんなつもりはまったくありません。
http://www.drugabuse.gov/about-nida/legislative-activities/testimony-to-congress/2014/americas-addiction-to-opioids-heroin-prescription-drug-abuse
http://www.addictionhope.com/oxycontin
http://www.health.harvard.edu/newsletter_article/painkillers-fuel-growth-in-drug-addiction
◆死亡者も依存症も急増
ただし、オピオイド鎮痛剤は、使用法を誤ると極めて危険な薬でもあります。たった1回でも大量投与をすると重篤な呼吸抑制を引き起こしたり、場合によっては死に至る危険性もあるのです。2010年には、医師に処方されたオピオイド鎮痛剤の過剰摂取による死亡者は年間で1万6651人にものぼっており、過去20年間で3倍以上に増加しています。
また、オピオイド鎮痛薬は、医療目的のための短期的な使用は依存症を引き起こしませんが、乱用すると、身体的や精神的な依存を引き起こす可能性が指摘されています。
NIDAによると、現在、がんや様々な疾病による慢性疼痛のため、約1億人の米国人が苦しんでいます。さらに、高齢者や軍の負傷者が増加しているため、慢性疼痛の管理はまさに差し迫った問題です。
しかし、乱用とまではいかなくとも、治療の長期化にともなってオピオイド鎮痛薬も長期間使用することになり、そうなると依存性のリスクも高まるのです。実際、長期の使用による依存症の発症は使用者全体の40%に及ぶという調査結果もあります。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24264508
http://www.drugabuse.gov/publications/prescription-drugs-abuse-addiction/opioids/what-are-possible-consequences-opioid-use-abuse
http://www.drugabuse.gov/publications/research-reports/prescription-drugs/chronic-pain-treatment-addiction
◆悪質なクリニックが野放しに
日本にも、頭痛や神経痛などあらゆる部位の痛みを緩和する治療を専門に行う「ペインクリニック」という診療機関があります。この専門医は、先述した通り自治体に届けを出し、記録と管理を厳格にすればオキシコドンなども処方できます。
ところが米国では、「ピルミル(pill mills)」と呼ばれる悪質なペインクリニックが問題になっています。ピルミルとは「大量の薬剤を処方する医師や診療所」の呼称ですが、行政の監督下にないため、医療目的以外であっても不適切にオキシコドンなどの強い鎮痛薬を処方しているのが実態なのです。
ちなみに、アメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)によると、たとえば最も高齢者の人口の多いフロリダ州には1000以上のペインクリニックがありますが、2010年の調査で、全米の開業医のなかでオキシコドンの購入量が多かった上位100人のうち90人がフロリダ州の開業医だったそうです。
このように、つまり米国ではオキシドコンがあまりにも手軽に入手できるため、多くの人が痛みを緩和するために医療用麻薬としてオキシコドンを使用している一方、医療目的ではなくヘロインなどのように乱用されている現実があります。それだけに、過剰摂取や乱用、依存症が深刻な社会問題として認識もされています。錠剤を細かく砕いて粉状にして鼻から吸引すると覚醒剤のような陶酔感が得られるそうで、過去にはマイケル・ジャクソンが乱用していたと報道されたこともありました。
しかし、そうした悪しき現状はあるものの、慢性疼痛に苦しむ人々のために米国が法的や医療制度の面で挑戦し続けている面は評価してもよいのではないかと思います。そして逆に、そうした制度の整備が遅れていることを日本はよく認識し、充分な議論を経て対処していくべきだと思います。
http://www.cdc.gov/drugoverdose/pdf/hhs_prescription_drug_abuse_report_09.2013.pdf
◆トヨタの多様性に注目
最後にもう1つ、米国でより注目されているのは、今後トヨタ自動車が、今回の事件を受けてどのような取り組みを見せるかという点です。
現在、米国では、企業のグローバル化のために多様性が非常に重要視されています。
自動車業界専門の米誌『オートモーティブ・ニュース』によると、トヨタ自動車の売り上げの4分の3は日本国外でのものであり、従業員の80%(33万8875人)は、日本国外で働いています。
そうしたグローバル企業の先端をいくトヨタ自動車は当然ながら多様性を重視し、その結果として、今年4月、ハンプ容疑者が女性として初めて常務役員に就任したわけです。また同じ日に、アフリカ系アメリカ人のクリストファー・レイノルズ氏も常務役員に就任しています。さらに先日、フランスの自動車大手ルノーの出身であるディディエ・ルロワ氏が、外国人として初めて、トヨタ自動車の副社長に就任しました。まさにトヨタ自動車が、グローバル競争に勝つために多様性という扉を開放したのです。
ところがその直後に、今回の事件が勃発しました。果たしてトヨタ自動車は今後も扉を開放し続けるのか、あるいは事件を契機に扉を狭めるのか閉じるのか――。米国の産業界やマスコミは、むしろそちらの方を大いに注目しているようです。
http://www.autonews.com/article/20150622/OEM02/306229967/bumps-in-toyotas-road-to-diversity
略歴
このニュースは、米国でも多くのメディアによって報道されましたが、日米の反応に温度差を感じます。逮捕直後に知り合いの米国人医師などと議論したところ、以下のような疑問や意見が投げられました。
「腰かどこか、体に痛みがあるのでは?」
「でも、ふつう57錠も一度に処方されないでしょう?」
「きっと海外に住んでいるからたくさん送ってもらったのかもしれない」
「彼女ほどのキャリアをもつ人が日本のルールを知らなかったというのは信じられない」
「処方箋を証明すれば疑いが晴れるのに、なぜ証明しないの?」
「そもそも日本ではオキシコドンは処方してもらえないの?」
「日米のオキシコドンの規制はずいぶん違うみたいだね」
そうなのです。実際確かに、日米の間では「疼痛(とうつう)管理」について現状に大きな違いがあるのです。
◆オキシコドンの管理が厳格な日本
日米ともに近年、病気やけが、手術などの医療行為による疼痛の緩和やケアがますます重要になっています。ところが、両国における鎮痛薬の規制は非常に異なります。今回問題になったオキシコドンは、オピオイド鎮痛薬とよばれる医療用麻薬に分類されています。医療用麻薬とは、医療用にのみ使用が許可されている麻薬です。オピオイド鎮痛薬は、オキシコドン、モルヒネ、コデインなどが臨床でよく用いられており、脳、脊髄や末梢神経にあるオピオイド受容体に結合して、痛みを和らげます。
日本でも、オキシコドンなどの鎮痛薬は医師が処方することができますが、厳格に管理されています。処方する対象の疾患は、主にがん性の疼痛です。
オキシコドンを処方する医師は都道府県単位で登録しておかねばならず、使用量を逐一記録・管理することが義務付けられています。一般的なクリニックでは処方されることはありません。従って、誰もが簡単に入手できる薬ではありません。
世界保健機関(WHO)の協力センターである、米国ウィスコンシン大学の痛みと政策研究グループ(Pain Policy Study Group:PPSG)は、バランスのとれたオピオイド鎮痛薬へのアクセスを実現することで、がんやその他の痛みを伴う病気に苦しむ世界中の人々の生活の質を向上させるための研究施設です。
そのPPSGは世界のオピオイド鎮痛薬の消費量を調査していますが、2012年の1人当たりの1年間のオキシコドン平均消費量(mg)は、世界71カ国のうち、日本は32位です。世界平均は13.5mgですが、日本の平均は3.6mgで、他の先進国と比較すると非常に少ない消費量です。
1.アメリカ:243.8
2.カナダ:140.6
3.オーストラリア:85.3
4.デンマーク:47.7
5.ノルウェー:44.6
6.スウェーデン:37.5
7.ドイツ:34.0
8.フィンランド:31.8
9.キプロス:28.6
10.スイス:26.6
32.日本:3.6
アメリカの消費量が飛び抜けて多いことが一目瞭然です。
ちなみに、同じオピオイド鎮痛薬のうちモルヒネについては、2012年の1人当たりの年間平均消費量(mg)は、世界158カ国のうち日本は42位です。世界平均は6.3mgで、日本は平均のほぼ半分の3.2mg。やはり他の先進国と比較すると非常に少ない消費量です。
1.オーストリア:199.2
2.カナダ:100.8
3.デンマーク:81.9
4.アメリカ:78.6
5.オーストラリア:40.0
6.イギリス:39.2
7.スイス:38.4
8.フランス:31.9
9.アイスランド:29.7
10.ニュージーランド:28.5
42.日本:3.2
こちらはアメリカの消費量も飛び抜けて多いわけではありません。いずれにしろ、日本は欧米の先進国に比べて医療用麻薬の使用が、極端に少ないのです。これは逆に言えば、日本は疼痛管理の面で法的にも医療制度としても非常に遅れていると言えるのです。
http://www.mhlw.go.jp/bunya/iyakuhin/yakubuturanyou/dl/2012iryo_tekisei_guide.pdf
http://www.painpolicy.wisc.edu/opioid-consumption-data
http://www.painpolicy.wisc.edu/sites/www.painpolicy.wisc.edu/files/global_oxycodone.pdf
http://www.painpolicy.wisc.edu/sites/www.painpolicy.wisc.edu/files/global_morphine.pdf
◆世界消費量の8割が米国人
一方、米国では、オキシコドンなどのオピオイド鎮痛薬は、手術後のような急性の疼痛から、さまざまな原因によって3カ月以上も続く慢性の疼痛まで、幅広く使用されています。医師の指示に従って使用すれば安全かつ効率的に痛みを管理することができる薬として広く認知されており、医師ならば一般的なクリニックでも処方できます。日本よりも比較的手軽に入手できるのです。
実は私自身、ボストンで通院している歯科で以前、治療のあとの痛み止めとして処方されたことがあります。オキシコドンを内服後、激痛が見事に全くなくなりましたが、その後、異様に効きすぎて逆に頭もクラクラしてきました。1錠で痛みは消失し、それ以後は服用する必要はありませんでしたが、それほど米国では非常に身近な鎮痛薬なのです。
実際、国立薬物乱用研究所(National Institute on Drug Abuse:NIDA)によると、米国ではここ20年あまりで、医師から処方されたオピオイド鎮痛薬の使用が急増しています。全米でオピオイド鎮痛薬が1年に処方された数は、1991年の7600回から2013年には2.07億回にまで増加しました。世界中におけるオキシコドン消費者の81%は米国人と報告されているほどです。
また、NIDAの全米調査によると、12歳以上の米国人1600万人が、過去1年間にオキシコドンなどの痛み止めを医療目的以外で1回以上使用した経験があるといいます。これは20人に1人という割合です。しかも、医療目的以外で使用した人の70%が、家族や友達からもらったり買ったりしているのです。それ以外では18%が医師からの処方、5%が麻薬販売人や知らない人間からの入手となっています。
ちなみに、私が歯科で処方されたオキシコドンは12錠です。私には1錠で十分でしたので、残りの11錠は余っています。米国人の知人が1錠10〜30ドルで街で売れると言っていました。もちろん、そんなつもりはまったくありません。
http://www.drugabuse.gov/about-nida/legislative-activities/testimony-to-congress/2014/americas-addiction-to-opioids-heroin-prescription-drug-abuse
http://www.addictionhope.com/oxycontin
http://www.health.harvard.edu/newsletter_article/painkillers-fuel-growth-in-drug-addiction
◆死亡者も依存症も急増
ただし、オピオイド鎮痛剤は、使用法を誤ると極めて危険な薬でもあります。たった1回でも大量投与をすると重篤な呼吸抑制を引き起こしたり、場合によっては死に至る危険性もあるのです。2010年には、医師に処方されたオピオイド鎮痛剤の過剰摂取による死亡者は年間で1万6651人にものぼっており、過去20年間で3倍以上に増加しています。
また、オピオイド鎮痛薬は、医療目的のための短期的な使用は依存症を引き起こしませんが、乱用すると、身体的や精神的な依存を引き起こす可能性が指摘されています。
NIDAによると、現在、がんや様々な疾病による慢性疼痛のため、約1億人の米国人が苦しんでいます。さらに、高齢者や軍の負傷者が増加しているため、慢性疼痛の管理はまさに差し迫った問題です。
しかし、乱用とまではいかなくとも、治療の長期化にともなってオピオイド鎮痛薬も長期間使用することになり、そうなると依存性のリスクも高まるのです。実際、長期の使用による依存症の発症は使用者全体の40%に及ぶという調査結果もあります。
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/24264508
http://www.drugabuse.gov/publications/prescription-drugs-abuse-addiction/opioids/what-are-possible-consequences-opioid-use-abuse
http://www.drugabuse.gov/publications/research-reports/prescription-drugs/chronic-pain-treatment-addiction
◆悪質なクリニックが野放しに
日本にも、頭痛や神経痛などあらゆる部位の痛みを緩和する治療を専門に行う「ペインクリニック」という診療機関があります。この専門医は、先述した通り自治体に届けを出し、記録と管理を厳格にすればオキシコドンなども処方できます。
ところが米国では、「ピルミル(pill mills)」と呼ばれる悪質なペインクリニックが問題になっています。ピルミルとは「大量の薬剤を処方する医師や診療所」の呼称ですが、行政の監督下にないため、医療目的以外であっても不適切にオキシコドンなどの強い鎮痛薬を処方しているのが実態なのです。
ちなみに、アメリカ疾病管理予防センター(Centers for Disease Control and Prevention:CDC)によると、たとえば最も高齢者の人口の多いフロリダ州には1000以上のペインクリニックがありますが、2010年の調査で、全米の開業医のなかでオキシコドンの購入量が多かった上位100人のうち90人がフロリダ州の開業医だったそうです。
このように、つまり米国ではオキシドコンがあまりにも手軽に入手できるため、多くの人が痛みを緩和するために医療用麻薬としてオキシコドンを使用している一方、医療目的ではなくヘロインなどのように乱用されている現実があります。それだけに、過剰摂取や乱用、依存症が深刻な社会問題として認識もされています。錠剤を細かく砕いて粉状にして鼻から吸引すると覚醒剤のような陶酔感が得られるそうで、過去にはマイケル・ジャクソンが乱用していたと報道されたこともありました。
しかし、そうした悪しき現状はあるものの、慢性疼痛に苦しむ人々のために米国が法的や医療制度の面で挑戦し続けている面は評価してもよいのではないかと思います。そして逆に、そうした制度の整備が遅れていることを日本はよく認識し、充分な議論を経て対処していくべきだと思います。
http://www.cdc.gov/drugoverdose/pdf/hhs_prescription_drug_abuse_report_09.2013.pdf
◆トヨタの多様性に注目
最後にもう1つ、米国でより注目されているのは、今後トヨタ自動車が、今回の事件を受けてどのような取り組みを見せるかという点です。
現在、米国では、企業のグローバル化のために多様性が非常に重要視されています。
自動車業界専門の米誌『オートモーティブ・ニュース』によると、トヨタ自動車の売り上げの4分の3は日本国外でのものであり、従業員の80%(33万8875人)は、日本国外で働いています。
そうしたグローバル企業の先端をいくトヨタ自動車は当然ながら多様性を重視し、その結果として、今年4月、ハンプ容疑者が女性として初めて常務役員に就任したわけです。また同じ日に、アフリカ系アメリカ人のクリストファー・レイノルズ氏も常務役員に就任しています。さらに先日、フランスの自動車大手ルノーの出身であるディディエ・ルロワ氏が、外国人として初めて、トヨタ自動車の副社長に就任しました。まさにトヨタ自動車が、グローバル競争に勝つために多様性という扉を開放したのです。
ところがその直後に、今回の事件が勃発しました。果たしてトヨタ自動車は今後も扉を開放し続けるのか、あるいは事件を契機に扉を狭めるのか閉じるのか――。米国の産業界やマスコミは、むしろそちらの方を大いに注目しているようです。
http://www.autonews.com/article/20150622/OEM02/306229967/bumps-in-toyotas-road-to-diversity
略歴
大西 睦子(おおにし むつこ)
内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。『「カロリーゼロ」はかえって太る!』(講談社+α新書)。『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)などがある。
内科医師、米国ボストン在住、医学博士。1970年、愛知県生まれ。東京女子医科大学卒業後、同血液内科入局。国立がんセンター、東京大学医学部附属病院血液・腫瘍内科にて造血幹細胞移植の臨床研究に従事。2007年4月からボストンのダナ・ファーバー癌研究所に留学し、ライフスタイルや食生活と病気の発生を疫学的に研究。2008年4月から2013年12月末まで、ハーバード大学で、肥満や老化などに関する研究に従事。ハーバード大学学部長賞を2度受賞。現在、星槎グループ医療・教育未来創生研究所ボストン支部の研究員として、日米共同研究を進めている。著書に『カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側』(ダイヤモンド社)。『「カロリーゼロ」はかえって太る!』(講談社+α新書)。『健康でいたければ「それ」は食べるな』(朝日新聞出版)などがある。