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市民のためのがん治療の会
乳がん検診の落とし穴
『「中間期乳がん」はどれくらい発生している?』

相馬市立総合病院 尾崎 章彦
このところ北斗晶さんの乳がん報道で、検診件数が急増するなど、乳がん、特に乳がん検診についての関心が高まり、社会現象のようになっている。
以前にも報告したが、当会にも人間ドックなどを受診しているのに、なぜこんなことに、という切実な訴えが寄せられることも多い。
今回は乳がんについてのこうした疑問などについて、相馬市立総合病院の尾崎章彦先生にご寄稿をいただきました。

なお、この原稿は日経トレンディネットからの転載で、
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20151023/1067091/
2015年12月7日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp に掲載されたものを、皆様のご了解を得、転載させていただきました。感謝申し上げます。
(會田 昭一郎)
●毎年検査を受けていたのに発見が遅れた北斗晶さんの例
2015年9月23日、タレントの北斗晶さんが、乳がんになったことを告白しました。連日メディアで大きく取り上げられていたため、ご存知の方も多いでしょう。

公式ブログによると、北斗さんは、毎年マンモグラフィーと超音波検査を受けていたといいます。そのため、たまたま気づいた右胸のしこりを、乳がんによるものとは考えなかったようです。ただ、徐々に右胸に痛みも出現したために外来を受診し、乳がんを指摘されました。彼女の乳がんは、2cmを超えるものになっており、残念ながら、リンパ節への転移を伴っていました。

検診を受けていたにもかかわらず、どうして乳がんがあることを、それまで指摘されなかったのでしょうか? 

実は、このような形で発見される乳がんは、医療者の間では「中間期乳がん」として知られています。しかし、なかなか一般には認知されていなかったこともあり、今回驚きをもって受け止められたようです。今回は、この中間期乳がんの特徴について、見てみたいと思います。
●乳がん検診とは?
まず簡単に、乳がん検診についておさらいしたいと思います(関連記事「まさかオトコが乳がんに!? メタボな男性は要注意だった!」、「乳がん検診論争勃発!? マンモグラフィーって危険なの?」)。

がん検診は、公的な医療サービスの一環として行われる対策型検診(公的な補助金が出る)と、人間ドッグなどに代表される任意型検診に分けられます。対策型検診においては、40歳以上の女性に対して、2年に1回のマンモグラフィーを受けることが提案されてきました。これは、マンモグラフィーが、乳がんによって亡くなる方を減らす効果が広く認められた唯一の検査であることに由来します。超音波検査やMRIによる検査を公費で補助することも検討されてきましたが、これらの検査による早期発見率のデータが不十分であり、対策型検診に用いられるには至っていません。

一方で、日本人女性、なかでも若い方々には、「dense breast(厚い乳腺)」と呼ばれる乳腺密度(濃度)が高い方が多いことが問題視されてきました。マンモグラフィーだと、dense breastは、乳がんと同様に白っぽい画像となり、がん細胞があっても見つけられなくしてしまうことがあります。つまり若い人の場合、マンモグラフィーでは見落としが起きてしまうのではないかと懸念されてきたわけです。

その点、超音波検査はマンモグラフィーよりdense breastの影響を受けにくいとされており、dense breastに対する解決策の一つとして、超音波検査を追加することが提案されてきました。任意検査では本人の希望に応じて、マンモグラフィーに超音波検査を追加できます。一方で費用は自己負担となることに注意が必要です。

北斗さんは、マンモグラフィーに超音波検査を組み合わせた検診を行っていました。つまり対策型検診ではなく、任意検診を受けていたのでしょう。
●中間期乳がんはどのくらい起きている?
では中間期乳がんとは何か。

一般的には、2年ごとのマンモグラフィーの間に指摘される乳がんと定義され、古く欧米で確立された概念です。日本では近年、マンモグラフィーを中心に据えた対策型検診が普及するにつれ、その存在が問題になってきました。というのも、中間期乳がんは検診を定期的に受けている女性で見つかる乳がんの半分から4分の1を占めており、無視できない数になってきているからです。

中間期乳がんは、
  • 前回の検診時から存在していた場合
  • 検診と検診の間に急速に大きくなった場合
に分けられます。さらに、前者は、いわゆる「見落とし症例」のほかに、乳がんが見つかったあとに注意深く過去のマンモグラフィーを見返したとしても、一切その証拠が見当たらない症例も含まれています。

多くの方が気になるのは、見落とし症例がどの程度存在するかということではないでしょうか?

実は、中間期乳がんのうち見落とし症例は、4分の1から3分の1と少数派です。つまり、検診と検診の間に急速に大きくなるケースや過去のマンモグラフィーを見返しても乳がんの証拠がないケースを合わせた数のほうが、多いということ。

その理由の一つとして、日本や欧米などの先進国においては、マンモグラフィーの精度や読影方法が、厳密にコントロールされていることが関係しているかもしれません。日本では「日本がん検診精度管理中央機構」が存在し、乳がん検診の質を高め、維持するためにさまざまな活動が行われてきています。また過去の研究において、マンモグラフィー検査における見落としは、明らかな証拠がある場合では多くなく、その発見や解釈が難しい場合に多く起きることが示されています。具体的には、dense breastがあったり、乳がんそのものが小さかったり、はっきりしなかったりする場合などが挙げられています。
●中間期乳がんになったら悪化は速いの?
医学において、「予後」という言葉があります。これは病気がたどる経過や結末に関する全体の見通しを指します。

総じて、中間期乳がんの予後は悪いと考えられてきました。なぜなら、以前から存在していた乳がんを検診で指摘できなかったということは、診断や治療の遅れにつながる可能性がありますし、急速に増大する乳がんの場合は、病気が急激に進行している可能性を示唆するからです。

過去、中間期乳がんに関して多くの研究が行われてきましたが、その予後に関しては必ずしも一定の結果が得られていないのが現状です。ただ近年、中間期乳がんの予後が、検診で指摘された乳がんに比較して悪いことは、共通見解になりつつあるようです。一方で、検診を一切受診していない方々の乳がんに比較すると、その予後は若干良い、あるいは同程度の結果であると示唆されています。

どうしても、中間期乳がんは乳がん検診においては、防ぎきれない存在です。その中間期乳がんの予後が、検診を一切受診していない方々と比較して、最低でも悪くないことを担保することは、乳がん検診の意義のうえからも重要なことだと考えられます。

もちろん、ひと口に中間期乳がんと言っても、実際にはさまざまなケースがありますから、単純には判断はできません。よって、がんが発覚したら専門の先生のもとで詳細な検査を行い、その結果に基づき十分に話し合ったうえで、治療の方針を決めていくことが重要でしょう。
●乳がん検診の落とし穴…対策は?
乳がん検診は乳がんによって亡くなる方を減らすことに貢献しますが、その一方で、中間期乳がんのような落とし穴が存在するのも事実です。

残念ながら、中間期乳がんの認知は十分ではありません。もちろん、多くの医療者や関係者が並々ならぬ努力のもとに、乳がん検診の啓発を行ってきたことには敬意を払うべきです。しかし、不十分な受診率や現場の忙しさのために、踏み込んだ部分まで説明を行うことが難しかったのかもしれません。もしかしたら、受診する女性の方々も、乳がん検診さえ受けていれば大丈夫と考えがちだったのかもしれません。

最近になって乳がん検診に注目が集まっていますが、医療者側、受診者側ともに、今後も正確な知識を得るように努めなければならなくなりそうです。
■参考文献
  • Coldman AJ and Philips N. Breast cancer survival and prognosis by screening history. Br J Cancer 2014;110:556-559.
  • Domingo L, et al. Phenotypic characterization and risk factors for interval breast cancers in a population-based breast cancer screening program in Barcelona, Spain. Cancer Cause Control (2010) 21:1155-1164.
  • Hofvind S, et al. Mammographic features and histopathological findings of interval breast cancers. Acta Radiol 2008;49:975.
  • Kalager M, et al. Prognosis in women with interval breast cancer: population based observational cohort study. BMJ 2012;345:e7536.
  • Loberg M, et al. Benefits and harms of mammography screening. Breast Cancer Res. 2015;15:63.

略歴
尾崎 章彦(おざき あきひこ)

福岡県出身。東京大学医学部医学科卒業。千葉県旭市の旭中央病院で初期研修、東総地域の医療者不足を目の当たりにする。福島県会津若松市の竹田綜合病院で外科研修を行った後、2014年10月より南相馬市立総合病院外科着任。

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