少ないからと言ってバカにはできない。今回は相馬市立総合病院の尾崎章彦先生に、男性の乳がんについてご寄稿いただいた。
なお、この原稿は日経トレンディネットからの転載で、
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20150603/1065024/?rt=nocnt
ご了解を得、転載させていただきました。尾崎先生はじめご関係各位に感謝申し上げます。
2015年4月8日に、アコースティックデュオ「羊毛とおはな」のボーカル、千葉はなさんが、乳がんのために36歳という若さで死去されました( 関連リンク )。こうした女性の著名人が乳がんになったという話が多く伝えられることもあり、乳がんというと女性がかかる病気というイメージではないでしょうか?
確かに乳がんは女性で最も多いがんですし、かかった知り合いが身近にいる人も多いと思います。しかし乳がんは、女性に比べればわずかとはいえ男性もかかる病気なのです。
ではいったい乳がんとはどのような病気なのでしょうか? またどのような人が乳がんになりやすいのでしょうか?
冒頭で説明した通り、乳がんは女性がかかることが多いがんです。
生涯のうちに乳がんになる日本人女性は、現在12人に1人。また年間の新規患者数は8万人を超え、女性で最も多いがんです(図1)。
世界的にも約170万人の乳がん患者がいるといわれ、その数は途上国を中心に大きく増加しています。さらに発症年齢は40代後半〜50代前半が多く、他のがんと比べると若年層に多いのが特徴です(図2)。
図2:乳がんの年齢階級別がん罹患率推移。1980年は上皮内がん含む
(出典:国立がん研究センター がん対策情報センター)
つまり乳がんは一家族においても社会においても、責任ある立場の女性が多く患う病気だということが分かります。
では男性はかからない病気なのかというと、そうではありません。あまり知られていませんが、男性も乳がんになることがあり、近年、その数が徐々に増加しています。
例えば米国のロックバンド、KISSの元ドラマーであるピーター・クリスは、乳がんを発症し、2008年に乳房切除術を受けました。現在彼は「男性でも乳がんになる可能性がある」と、男性の乳がんに対する知識の普及と早期検診の必要性を訴え続けています。
さらに最近になって、メタボリック症候群が乳がんのリスクになることが分かり、男性ビジネスパーソンにも無縁な病気ではないことが明らかになってきたのです。
- Peter Chriss Official Site「To my Fans here we go --」
- US National Library of Medicine National Institutes of Health「Metabolic syndrome is associated with increased breast cancer risk: a systematic review with meta-analysis.」
乳がん発生の下地となる乳腺は、母乳を産生している組織であり、乳房に存在しています(図3)。
図3(出典:ウィキメディア・コモンズ)
乳腺は男性にも少ないながらも存在しています。よって男性も乳がんになり得ます。
男性の乳がんの頻度は女性の100分の1程度とまれで、そのためか男性が乳がんになるという事実は広く周知されていません。結果として男性の乳がんは、女性と比べて受診が遅れ、より進行した状態で見つかることが多く、転移も進んでいることが多いのが現状です。
- Oxford Journals「Male breast cancer: risk factors, biology, diagnosis, treatment, and survivorship」
男性の乳がんで最も多い症状は痛みのない乳輪下のしこりで、ほとんどの人が病院を受診するきっかけとなります。その他の症状としては、乳房の痛みや引きつれ、色調の変化、また乳頭からの血の混ざった分泌物や乳頭のただれなどが挙げられ、これらは女性における乳がんの症状と大差ありません(図4)。
ただ男性が乳房に触れてしこりがあることが分かっても、その原因は「女性化乳房」であることがほとんどで、乳がんと診断されることは少ないのです。
図4(出典:ウィキメディア・コモンズ)
女性化乳房は、男性の乳房において乳腺組織が増える状態で、さまざまな年齢の男性がなり得るものです(図5)。
一方で乳腺ではなく、乳腺の周りの脂肪が増加する「偽性女性化乳房」という状態もあり、これは肥満体型の男性によく見られます。
図5(出典:ウィキメディア・コモンズ)
- US National Library of Medicine National Institutes of Health「Unilateral male breast masses: cancer risk and their evaluation and management.」
- The NEW ENGLAND JOURNALS of MEDICINE「Gynecomastia」
女性化乳房は、乳がんに比べると柔らかい状態のものが多く、また両側の乳房に同時にできるものが半数で、痛みを伴うことがあるなどの特徴があります。
また大きくは二種類に分けられ、10代男性に生じる女性化乳房の場合、青年期特有の一時的なホルモンバランスの乱れが原因で、ほとんどが自然に軽快します。一方、成人以降の男性に生じる女性化乳房は、種々の薬剤や肝硬変、低栄養など原因が多様で、その中に乳がんが紛れていることもあるため、女性化乳房のような症状が見受けられたら、自分で判断せず、受診したほうがいいでしょう。
乳がんには実に多くのリスク因子があり、女性ホルモン(エストロゲン)に影響を受けることが分かっています。女性の場合、初経年齢、閉経年齢、出産歴、授乳経験との関連が以前より指摘されています。また喫煙や飲酒、夜間勤務が女性の乳がんのリスクとして挙げられます。ただこれらは、男性の場合は今のところ、乳がんとの関連ははっきりと証明されていません。
では男性の場合のリスクはというと、前述の通りメタボリック症候群と乳がんの関連が明らかになっています。また運動不足や肥満が乳がんのリスクとなります。さらに男性の乳がんは年齢とともに増えますから、日々の正しい生活習慣の積み重ねが重要です。
その他、乳がんは遺伝的な要因と関連します。
親や兄弟に乳がん患者がいる場合、男女ともに重要なリスクとなります。
加えて技術の進歩により、乳がんの発症と関連する遺伝子の存在が明らかになってきました。代表的なものとして「BRCA1遺伝子」と「BRCA2遺伝子」が知られています。生まれつきこの遺伝子にある種の変化があると、男女の別に関わらず、乳がんになりやすいことが分かってきたのです。
最近では米国の女優、アンジェリーナ・ジョリーが、乳がんを発症していないにもかかわらず、この遺伝子に乳がんになりやすい変化があったため、乳房を摘出したことを公表し、話題になりました。
日本では、一般的にはまだ十分に周知されていませんし、遺伝子の検査そのものも国民皆保険でも認められてはいません。 とはいえ今後の課題となるのではないかと思います。
- 日本乳癌学会・編集「乳癌診療ガイドライン 2.疫学・診断編 2013年版 第2版」(金原書店)
- The NEW ENGLAND JOURNALS of MEDICINE「Management of an Inherited Predisposition to Breast Cancer」
乳がんのリスクを減らすためには日々の正しい生活習慣の積み重ねが重要ですが、一方で、乳がんによる死亡を減らすためには、早期がんを発見する必要があります。
乳がん検診は、乳がん亡くなる人を減らす目的で1987年に日本に導入されました。現在は40歳以上の女性に対して、2年ごとの乳がん検診が国主導で行われています。また病院や企業が主催する乳がん検診を受診している方も多いでしょう。
乳がんの早期発見、早期治療を促す「ピンクリボン運動」の効果もあり、受診率は少しずつ上昇しています。ただこの乳がん検診の是非に関して、近年、海外を中心に大きな論争が起きています。
一体何が問題になっているのでしょうか?
次回は乳がん検診の詳細と乳がん検診の是非を巡る論争に関して見ていきたいと思います。
略歴
福岡県出身。東京大学医学部医学科卒業。千葉県旭市の旭中央病院で初期研修、東総地域の医療者不足を目の当たりにする。福島県会津若松市の竹田綜合病院で外科研修を行った後、2014年10月より南相馬市立総合病院外科着任。