有給休暇はなかなか完全消化されないが、土日や祝祭日のように法律で定めると原則として皆休める。日本では法律で定めないと色々な施策が実行されない。
「妊娠・出産・育児と就労」に関しては、企業は「労働基準法」「男女雇用機会均等法」等法律的に妊娠・出産・育児中の女性の就労支援等をしなければならないことになっており、多くの女性の職場復帰に役立っている。筆者ががん治療と就労を両立しやすい条件整備を法制度として整備するよう主張する所以だ。
今回はこのたびこの問題についての実態調査を行った東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学の遠藤 源樹先生にご寄稿いただいた。
日本初の「がん患者復職後追跡実態調査」から見えてきたもの
今まで、「がんと就労」に関するアンケート調査やパンフレット等は多数あるものの、「がんと就労」に関する実態を断面的に捉えた研究・調査が殆どで、その全体像は非常に分かりにくいものでした。今回、日本で初めて、長期のがん患者さんの就労実態に関する復職後の追跡実態調査を実施しましたので、その結果を報告致します。
2人に1人のがん患者さんは、復職後も、治療と就労を両立できる
今回の「がん患者の復職後の勤務継続実態調査」の結果、2人に1人のがん患者さんは、復職日から5年後も、治療と就労を両立できていたことが初めて分かりました。(東京女子医科大学公衆衛生学講座・遠藤源樹発表:2016年5月)この追跡実態調査は、2000〜11年末までにがんと診断され、治療後に復職した会社員1010人(長期の休業期間など復職支援が充実した大企業に属する人)を対象としています。
その結果、復職日から5年後までの確率(5年勤務継続率:復職後5年間、勤務を継続できたか)は51.1%であり、日本のがん5年相対生存率が約58.6%(がん研究振興財団 がんの統計15’)であることを考慮すると、この「5年勤務継続率」は、かなり高い確率であると考えられます。つまり、企業が、がんと就労の両立支援を充実させていけば、『2人に1人のがん患者さんは、復職後も、治療と就労を両立できる』ことを、このデータが示唆しているのです。しかも、このデータの対象のがん患者さんは、年次有給休暇が足りずに、医師の診断書にて「療養が必要」の診断書を提出・病休後に復職した、より重症のがん患者さん(長期の抗がん剤投与が必要等)であり、内視鏡手術など短期の治療を受けた人は含まれていません。実際の5年後勤務継続率は、この数字より、さらに高い可能性があると考えられます。
しかしながら、今回のデータは大企業に関するものであり、十分な病休期間、短時間勤務制度、産業保健サービス(産業医、看護職等のスタッフ等)の充実、企業の「がんと就労」に対する十分な理解・スタンスがその前提にあります。図にあるように、遠藤の推定する所、中小企業のがん患者の5年勤務継続率はかなり低いのではないかと推察されます。2015年2月に、厚生労働省から公表された「事業場における治療と職業生活の両立支援のためのガイドライン」等をベースに、中小企業が復職支援制度を整備していくことになれば、中小企業の5年勤務継続率の線(図の緑色の線)は、大企業の5年勤務継続率の線(図の青色の線)に、より近づいていくものと考えられます。
復職後の2年間が、がんの治療と就労の両立上、とても大切です。
がん患者さんが復職後、がん自体による症状(体力低下・痛み等)、再発、治療の副作用等により、働くことが出来なくなった時、「主治医の診断書による再病休(死亡を含む)」と「依願退職」のどちらかの選択となりますが、その5年再病休率は38.8%、依願退職率は10.1%でありました。
そして、図のように、復職後2年間が、特に再病休が多かったのです。復職日から1年後までに、再病休全体の57.2%、復職日から2年までに、再病休全体の76.3%が集中しています。つまり、がん患者さんは、まず復職日から1年間働くことが出来れば、「治療と就労の両立の壁」の半分をクリアしていることになり、復職日から2年間働くことが出来れば、「治療と就労の両立の壁」の75%をクリアしていることになります。
復職してからの2年間は、がんの治療と就労の両立上、とても大切な時期なのです。企業が、がん患者さんの復職後2年間の就労上の配慮を施すようになれば、がん患者さんの復職後の離職はかなり減るのではないかと思います。
乳がん、胃がん、子宮がん等であれば、平均勤務年数は10年以上
今回の追跡実態調査では、がんの種類により、復職後の5年勤務継続率が大きく異なることも分かりました。例えば、男性の肺がん(14.2%)▽男性の食道がん(28.7%)等は低かったのに対し、前立腺など男性生殖器がん(73.3%)▽子宮など女性生殖器がん(67.8%)▽乳がん(63.4%)▽胃がん(女性63.1%、男性62.1%)は高く、がんの種類によって、5年勤務継続率に大きな差を認めました。復職後の勤務年数の中央値を見ると、女性の乳がん、子宮がん等、精巣がん、前立腺がん、男女の胃がんは10年を超えており、これらのがんの種類のがん患者さんであれば、企業が両立支援の体制を整えていけば、かなり多くの方が働き続けられることを、このデータは示唆しています。
「がん治療と就労の両立」の為に、法制化と偏見払拭が必要
しかしながら、今現在、企業等で働き、ある日突然、がんと診断され、付与されている年次有給休暇で足りない程の療養期間が必要となった場合、復職できずに離職に至るケースなどは少なくなく、現状はあまり変わっていません。
今後、「がん治療と就労の両立」の為には、一体、何が必要なのでしょうか?
それは、図にありますように、2点に尽きると思います。
『「がん治療と就労との両立」を支える法制化』と、『企業の「がん患者の就労」に関する偏見払拭』です。
妊娠・育児の就労支援に関する法律があるのに、「がんと就労」は・・・
特に、一点目の「がん治療と就労の両立」を支える法制化は、とても大切です。
下の図にあるように、「妊娠・出産・育児と就労」に関しては、法律的に、企業は、妊娠・出産・育児中の女性の就労支援等をしなければならないことになっており、早産予防の為の休暇、産前・産後休暇、育児休暇、そして短時間勤務制度等が、具体的に法律に明記されています。実際の企業において(遠藤の産業医経験からも)、これらの法律の御蔭で、より多くの女性が、職場復帰できる社会に劇的に変化しました。これは、まさに、法律の御蔭です。
逆に、これらの法律が無かった場合、果たして、妊娠・出産・育児中の女性の就労・復職を達成することができたでしょうか?・・・それはとても難しいでしょう。
一方、我々労働者が、がん、(脳卒中・心筋梗塞でも同じですが)と診断され、治療・療養等のために、年次有給休暇等で足りないくらいの療養期間が必要な場合、がん患者さんの雇用や就労を守ってくれる法律(病休期間の身分保障、短時間勤務制度等)は、現在の日本にはありません。
「がんと就労」に関する偏見払拭のために
一般的なケースとして、企業で健康に働いている人から見ると、ある社員が、がんと診断されて療養することになった場合、「もう同じように働くことができないだろう」「会社は、いつ職場復帰できるのか分からない社員を待つ程、余裕がない」「職場復帰しても、がんになる前のように働けないだろう」という偏見・イメージが強くあります。それは、がんによる病休日数、復職率、復職後の5年勤務継続率、再休務率などの情報が今までなく、がん患者さん達の就労実態がよく分かっていなかったからです。
しかしながら実際は、「年休で足りないほどの療養となっても、フルタイム復職なら平均で6か月半を要するが、短時間勤務であれば2か月半で復職できること」「復職支援を充実させれば、2人に1人のがん患者さんは、復職後に治療と就労の両立できる状態に近づけられること」等が明らかとなりました。
今後、これらの偏見・イメージの改善に向けて、遠藤は、本研究をベースとした「働く世代のがん患者さんのための就労支援ガイド」の作成を予定しています。
女性・シニア・中小企業・契約・派遣社員のがん患者さんのために・・・
少子高齢化が進む日本において、今現在より、多くの女性やシニア(60歳以上)の方々が働かざるを得ない状況になりつつある中、今後、医療と企業の狭間で、「がんと就労」問題に悩むがん患者さんが増加していくことが見込まれています。これは、先進国共通の現象です。
そのため、近い将来、がんサバイバーの就労を支える法律が必要なことは明らかです。
法制化することにより、企業の復職支援で、がんなどを患ったベテラン社員を切らずに戦力を維持でき、企業の為になることを、今回のデータが示しています。中小企業の社員・契約社員・派遣社員では、がん患者本人や企業が仕事をあきらめる例がとても多いと思います。
中小企業の社員でも、がん・脳卒中等で一時的に働くことが出来なくなっても、それなりに安心して職場復帰して働き続けられるよう、社会全体として支えていく仕組みづくりが、今、求められているのです。
東京女子医科大学医学部衛生学公衆衛生学第二講座助教
福井県大野市出身。産業医科大学卒。
医師、医学博士、日本産業衛生学会専門医(産業衛生専門医)等。
様々な大企業・中小企業の産業医として、多くのがん患者の就労支援を経験。
長年の産業医経験と、日本で初めて実施した「がん患者就労追跡実態調査」等をもとに、疫学研究・社会活動を行っている。
主な研究テーマは「病休(Sick leave)」「復職(Return to work)」。