そこに付けこむ様々な科学的根拠のはっきりしない様々な治療やら民間療法などが跋扈し、高額な費用を支払って結局は悲しい結果に終わった話は枚挙に暇がない。
そこで我々も何とか科学的根拠に基づいた第4の治療法がないかと必死に求め続けているが、ここにきて、従来の採用機序とは全く異なる治療法が発見され、著効も認められている。
ところが大きな問題が起こった。それはこの薬の薬価が極め付きの高額であることだ。多くの人に適用されればされるほど保険財政は逼迫し、破綻する。
この問題はこの薬に象徴的に表れた問題で、医療すべてに亘って起こっている問題だ。財政審なども「コストパフォーマンス」などを持ち出し、医療費抑え込みに躍起になっている。
治ることが分かっていても薬を使わないとか治療をしないというような社会にするか、誰でも良質な医療が受けられる社会にするか。
このことは保育、教育、老後介護等すべてに関わる問題で、私たちは正にこのような対立軸で政治を選択しなければならないだろうし、その時期がきたのではなかろうか。
今回も前回に引き続き、この画期的な治療法についての解説と、実際の投与に際しての様々な壁について「ロハスメディカル」2016年7月号から同誌のご許可を得て転載させていただいた。
いつもながらのご厚意に感謝いたします。
これまでなら治療法がなかったような難治がんの人たちに希望を与えているオプジーボ(ニボルマブ)ですが、単独で使うと2〜3割の人にしか効かないこと、何かと組み合わせるともっと効く人の割合を増やせるかもしれないことが分かってきています。このため、組み合わせると効く割合が上がる「何か」を見つけ出すために欠かせない臨床試験は世界中で猛烈に行われています。しかし、そこに我が国の影は薄く、近い将来、導き出された成果のドラッグ・ラグに悩まされ高値で買わされることが懸念されます。
オプジーボは、これまでに承認されている悪性黒色腫、非小細胞肺がん共に、単独使用での奏効率は2〜3割です。免疫に働きかける薬を奏効率で評価するのが果たして妥当なのか、という論点はあるものの、「効かない」人が多いことは明らかな課題です。
その一方、悪性黒色腫で、やはり免疫チェックポイント阻害剤のヤーボイ(イピリムマブ)と併用したら6割の奏効率になったという試験結果があり、組み合わせて「効く」割合を増やす方法はあるはずと考えられます。また、極めて高い薬価や重篤な副作用もあることを考えると、効きそうな人を事前に見分けて、効きそうな人にだけ投与することも大切です。
この、効く人の割合を増やすのと、効きそうな人を事前に見分けるのは、本来なら別個の話ではなく、効く人と効かない人の一体何が違うのか分かれば、それを投与するかどうかの判定材料に使えますし、その状態に働き掛けて効く割合を増やす道も拓けます。ただ現時点では、効く人と効かない人の何が違うのか、決定的な違いは見つかっておらず、併用すべき治療法の本命も見えない状況です。
そして、理屈は何であれ効く割合の増える方法を見つければ良いのだと、世界中で様々なものと併用してみる臨床試験が盛んに行われています。オプジーボ自体も理屈に関して半信半疑の人が多かったのを実際のデータで納得させてきた経緯があり、効くことによって理屈の確かさが証明されるという側面はあるので、試験が行われること自体は当然かもしれません。ただ、実施するには巨額の資金が必要ということを考えると、「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、先に当てた者勝ちだ」としか表現しようのない試験の急増ぶりは、この分野がマネーゲームの舞台になっていることも表しています。
臨床試験に関する潮流ちょっと脱線して、皆さんがビックリするようなことを書きます。このことを知っておかないと、オプジーボを巡って起きている事態の本当の恐ろしさを理解できないと考えています。
ほんの10年ほど前まで、製薬会社が資金を提供する臨床試験は一部の関係者しか知らないうちに行われ、悪い結果は公表されずに握り潰されていたようです。そのことが明らかになってきて、悪い臨床試験結果が握り潰される(たまたま良い結果になったものだけ公表される)と、効果が過大に、副作用は過少に評価されてしまうことになり、場合によっては薬として認められるべきでないものまで市販されてしまったり、医師の判断を誤らせてしまったりするため、社会的な批判が高まって2007年に米国でFDA法が改正されました。これによって、米国で試験を行うか、製造を行うか、米国で新薬として販売しようとする場合は、米国国立衛生研究所(NIH)運営の「クリニカルトライアルズ・ガブ」というWEB上の臨床試験データベースに事前登録すること、「市販」された薬ではすべての臨床試験結果を報告すること、が義務づけられたのです。
さらっと書いてしまいましたが、ご存じでなかったという方が、ほとんどだと思います。日本でこれについての一般報道は皆無だったと思われ、実は私自身も知ったのは最近です。EBM(科学的根拠に基づく医療)が大事で、それを推進することは患者自身の自律にも役立つと信じてきました。それなのに、科学的と思われてきた根拠自体を疑い直す必要がある、と知って、愕然としているところです。科学的根拠の怪しさを知った上で製薬業界のお先棒を担いできたわけでないことは、ご理解ください。
さて、このような世界の潮流が分かってみると、2013年に発覚した高血圧治療薬バルサルタン(商品名・ディオバン)を巡る臨床研究不正は、ノバルティスにとって存亡の危機につながりかねない大事件で、だからこそ日本法人幹部を直ちに放逐、地域的不祥事として扱い影響を最小限に食い止めたということに気づきます。逆に、関係者が居座っている日本の医療界は、臨床試験を行う場としての信頼を世界から失ったことも分かります。
そして改めて、臨床研究不正を受けて今通常国会に提出された「臨床研究の適正化に関する法律案」(臨床研究法案)を眺めてみると、その余りにも周回遅れの内容に悲しくなります。臨床研究は、プラスの結果が出たにせよ、マイナスの結果が出たにせよ、将来の医療に生かされなければ何の意味もありません。患者が協力しなければできないことでもあり、資金提供者や研究者が私物化して良いものではなく、資金提供者と計画と結果をすべて公開して、その知見を全人類共通の財産にすべきですし、FDA法もその発想です。公開すれば、不正はバレて社会的批判に晒される可能性が高まるので、その抑止効果もあります。ところが、臨床研究法案では研究データの公開を義務づけていないのです。
指導的立場の医師に袖の下を渡す手段として臨床研究が用いられていたという我が国の実態には適合し、その抑止効果はあるのかもしれませんが、より良い治療手段を患者に届けるため行うという臨床試験の大前提に立ち返ると、なぜ公開を義務づけないのか不思議でなりません。何しろ、FDA法の条件に該当するものであれば、日本でやっている臨床試験もすべて「クリニカルトライアルズ・ガブ」での登録・公開の対象です。英語で公開されている日本での試験結果を、日本語では読めないなんて、何かの悪い冗談でしょうか。
ただし、FDA法にも課題はあって、昨年11月にBMJ Openという科学雑誌に載った論文(※)によれば、よく守っている会社と依然として都合の良いものしか公表していない会社があるようです。罰金が、製薬会社の事業規模から見ると極めて小さく、しかも実際に課された例がないため、確信犯的に破っていると考えられます。規定を守らないことに対する制裁を社会が加えないでいると、元のような状態に戻ってしまう危険性は大いにあります。
※BMJ Open 2015;5:e009758 doi:10.1136/bmjopen-2015-009758
Clinical trial registration, reporting, publication and FDAAA compliance: a cross-sectional analysis and ranking of new drugs approved by the FDA in 2012
Jennifer E Miller, David Korn, Joseph S Ross
脱線が長くなりました。話を戻すと、オプジーボのような免疫チェックポイント阻害剤は、米国で新薬として売られる前提で開発されているはずなので、「クリニカルトライアルズ・ガブ」を見れば、冒頭に述べた探索競争がどのように行われているか、大体分かるということになります。
で、話が混乱しかねないので今回まで意図的に触れてこなかったのですが、実はオプジーボと同じ所で働くと考えられている薬、つまり市場を奪い合う関係になりそうな薬が、分かっているだけでも他に4種類あります。同じ抗PD−1抗体のペンブロリズマブ(商品名・キートルーダ)と、PD−1が結合する相手のPD−L1の抗体(ややこしいので図1をご参照ください)であるアテゾリズマブ、ダバルマブ、アベルマブです。ちなみに、キートルーダは米国ではオプジーボより先に承認され、日本でも承認申請済みです。
オプジーボは米国に本社のあるブリストル・マイヤーズスクイブ(BMS)の薬(ただし、日本・韓国・台湾では小野薬品工業が権利を保有)、キートルーダはやはり米国のメルク・アンド・カンパニー(MSD)の薬、アテゾリズマブはスイスのロシュ(日本では傘下の中外製薬が担当すると考えられます)、ダバルマブは英国のアストラゼネカ、アベルマブは米国のファイザーとドイツのメルクが共同で開発している薬です。
さて、クリニカルトライアルズ・ガブで、ニボルマブ、ペンブロリズマブ、アテゾリズマブ、ダバルマブ、アベルマブそれぞれの薬剤の開発コードを入力し検索すると、200件、291件、64件、96件、16件の臨床試験がヒットします(2016年5月25日現在)。このうちまだ終了や中断などしていないものだけ抜き出しても189件、286件、64件、95件、16件です。調べる度に件数が増えており、この号が出る頃には、もっと多くなっていると思われます。
試験の規模によって必要な費用は全く異なるため乱暴な話ではありますが、1件あたり平均で10〜40億円かかったという2009年の調査報告もあり(※)、試験には多くの市販済み薬剤も使われることから、ここ数年の薬剤費高騰まで考慮に入れると、想像を絶する額の投資が行われていることは間違いありません。それだけ投資した分に利息を付けて、成功した薬で回収するわけですから、値段が高くなるわけだ、とは思います。
それはともかく、問題は、ここからです。クリニカルトライアルズ・ガブは、地域別に臨床試験件数を表示することもできます。表示させてみると一目瞭然、米国が他を圧倒しており、ヨーロッパ、中国、カナダ、オセアニアが続きます(図2)。PD−1を発見しコツコツ研究してきたのは本庶佑・京都大学客員教授と研究室員たち、つまりこの分野の隆盛のきっかけを作ったのは日本の公的機関なのに、次の一手を探す競争で日本の影は驚くほど薄いのです。
この驚きは、各臨床試験を個別に眺めていくと、さらに強まります。登録されている臨床試験は、大きく分けて@別のがんへの適応拡大狙い A既存の治療への免疫チェックポイント阻害剤の上乗せ B免疫チェックポイント阻害剤をベースに何かと併用、の3パターンあることが分かります。
探索競争になっている「併用すれば効く割合を増やせる何か」は、明らかにAかBからでないと出てきません。詳細は次回説明しますが、オプジーボに関しても米国で行われている試験の主流はAとBで、未発売の物が多数試されています。ところが、日本で行われているAやBは、@との混合型を含めても9件に過ぎず、未発売の物に限定すると1件しかないのです(表1参照)。
これでは、もし「併用すれば効く割合を大幅に増やせる新しい何か」が見つかったとしても、日本での承認のためには追試が必要(審査を担当するPMDAが国内での臨床試験を要求する)になるはずで、その導入は遅れることでしょう。
「薬価をやたらと下げると、新しい薬が日本に入って来なくなる」という主張をよく目にしますが、世界中で最も高いと考えられる薬価をオプジーボに付けている現在ですら、実情はこれです。
思い起こされるのが、本誌創刊前後の2005年頃に大きな社会問題として取り扱われていた抗がん剤のドラッグ・ラグ問題です。先ほど述べたFDA法改正の前のことですから、今にして思えば「都合の良いデータ」だけで承認申請に至っていたかもしれず、そのデータで僅かの延命効果しか示せていないような薬ですら、「使えない」ことに対する患者たちの怒りは激しいものがありました。オプジーボ(そして、恐らく他の4剤も)の場合、効いたら長続きするので、その効く割合を増やせる薬に関するラグは文字通り生きるか死ぬかの境目になります。ラグが長期化したら、厚生労働行政への社会の批判はとんでもないものになることでしょう。結果として、お上の威光など吹き飛ばされ、メーカーにお願いして申請してもらい猛スピードで承認することになる可能性は高いです。当然の帰結として、その価格も、世界で最も医療費の高い米国を基準に定めざるを得なくなると考えられます。
こんなことで本当に良いのでしょうか。
有望な併用法が霞むAの臨床試験は、副作用の激しさも懸念されることから、日本で少ないことは理解できないでもありません。しかしBが少ないのは大問題です。
というのも、がんに対する免疫の基礎的な研究を日本の研究者たちはコツコツ積み重ねてきており、Bとして有望そうなタネも数多くあるからです。例えば、がんワクチンであり、樹状細胞ワクチンであり、T細胞療法やNK細胞療法、NKT細胞療法、です。
それぞれの治療法については別の機会に説明しますが、比較的安いものも多く、純粋に競争したら米国などのBの試験で試されている様々なタネに負けるとは限らない潜在力を秘めているのに、残念ながら臨床試験の土俵にほとんど乗れていません。理由を端的に言うと、費用を賄えないからです。そして、日本勢が大きく出遅れていることは、その研究をしてきた人たちにとって痛手であるだけでなく、国民皆保険制度にとっても痛手です。安くできるはずのタネであっても、出遅れると、高くなるか、一番手としては保険で使えなくなるか、のどちらかだからです。
前回も説明したように、現代の医療は、ひょっとすると他にも良い方法はあるかもしれないという留保は付けながら、有効性を示す臨床試験データのあるものから順番に治療法を選ぶことになっています。新参の治療法は、先にデータを出したものとの比較試験で勝たない限り、二番手以下として扱われます。要するに、ベストの治療法が自動的に一番手に選ばれるのではなく、早く結果を出した治療法が一番手になる、のです。現時点では、どの併用法も同等に一番手になれる可能性を持っていますけれど、ひとたび標準治療と位置づけられる併用法が出現した後は、それとの比較試験を越えなければ一番手になれなくなります。
一番手のメーカーが、挑んでくるものとの比較試験に協力する義理はないので、その薬剤費は挑戦者の試験費用に上乗せされることになります。つまり一番手の値段が高額だったら(この分野は、投資総額から見て間違いなく高額になります)、後から出てくるものの開発費も莫大になり、結局は高く値付けせざるを得ないという構造があります。
だからこそ「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる、先に当てた者勝ちだ」という開発競争になっているのです。そして、そのデータに関しては、社会がきちんと監視していないと製薬会社は都合の良いものだけを出してきかねない、というのが先ほど説明した過去の教訓です。投資額が巨大なだけに油断はできません。
製薬業界は盛んに、「イノベーションには、お金がかかる」と主張します。しかし、実際に起きていることを見ると、薬の値段が高くなり続けることを前提にしないと成り立たないバブルの部分が大きいのでないかという疑念も湧いてきます。そして、私たちは今回の問題を国民皆保険制度が破綻するかもしれないという被害者意識で見てきましたけれど、現実には、オプジーボにとんでもない薬価を付けたまま直さないことで、むしろバブルを加速させていると気づきます。
国民皆保険制度を守るためにも、内向き思考をやめて、世界全体にバブルを発生させないよう、発生しているなら軟着陸させるよう貢献する必要があり、制度運用の工夫と日本にあるタネの上手な活用を模索しないといけません。
(コラム)
奏効率と、その問題点
奏効率は、治療法の効果を簡便に判定するため、治療を受けた全患者のうち以下のRECIST基準で「完全奏効」「部分奏効」になった患者の割合で示される。
RECIST基準(バージョン1.1)では、以下の手順で、患者を4分類する。患部を透視撮影、計測可能な病変を最大で5つ(各臓器ごとに最大2つ)選び、その長径(最も長い部分)の長さを測定。治療終了後に再度透視撮影し、前回と同じ病変の長径を測定、比較する。
大まかに言うと、画像上病変の消失した状態が4週間以上続けば「完全奏効」、長径の和が30%以上縮めば「部分奏効」となる。長径の和が20%以上(かつ和の絶対値が5ミリ以上)増えるか測定対象でなかった部位で病変の明らかな増大があった場合(通常は新病変の出現)は「進行」、以上のどれでもない場合が「安定」となる。
奏効率で治療法を評価することの最大の問題点は、奏効率が高いからといって、延命期間が長いとは必ずしも限らないことである。がんは縮んだけれども、体力も奪われ、それほど長生きできなかったということが普通に起きる。
一般の抗がん剤は、効いたとしてもいずれ耐性が出て効かなくなるので、「安定」や「進行」の場合に、副作用のリスクを冒してまで投与を続ける価値は低いと判定しやすい。
これに対して免疫チェックポイント阻害剤の場合、自己免疫疾患の副作用が出ない限り、それほど体力を奪われることはなく、もし腫瘍と免疫が均衡状態を保つなら生き続けられる。よって「安定」の場合でも、投与を続ける価値はある。同じ奏効率で判定するのが妥当か、問題視される所以である。
ちなみに日本に存在する免疫療法のタネすべて、この奏効率の壁にはね返されて、標準治療への道を閉ざされてきた。免疫チェックポイント阻害剤を評価するのに適した新たな基準が導入されると、息を吹き返す可能性はある。