今回は2015年4月の国立がん研究センターの胃がん検診ガイドラインの改定を受けた厚労省通達に基づき行われた浦和医師会の検討などを踏まえ、胃がん検診について武蔵浦和メディカルセンターの多田 智裕先生のレポートを掲載させていただきました。
なお、このレポートは多田先生がJBpress 5月2日(http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/46734)にご寄稿されたものをご許可を得て転載させていただきました。いつもながらのご厚意に感謝いたします。
今から遡ること1年前の2015年4月、国立がん研究センターは「有効性評価に基づく胃がん検診ガイドライン 2014年度版」を発表しました。
この改定の一番のポイントは、ようやく胃内視鏡検査が「胃がん検診として有効である」と認められたことです。同時に、「検診対象は50歳以上、なおかつ検診間隔は2〜3年に1回で良い」とのお墨付きも公的に与えられました。
これらを踏まえれば2016年4月より胃がん検診は、「胃のバリウム検査もしくは胃内視鏡検査が選択可能」になり、なおかつ検診対象年齢は「50歳以上」で、頻度は「2〜3年に1回」と変更になっても良いはずです。ところが、そのような話はあまり聞かれません。
2016年度のさいたま市胃がん検診においても、検診対象年齢は「40歳以上」、なおかつ「毎年受診可能」と昨年と変わらない形での実施となりました。
最近、テレビのバラエティ番組で、ある有名な先生が「バリウム検査をなくすと多くの人が職を失ってしまう」と発言しておられました。それもある一面では正しいとは思いますが、今回のガイドライン変更はあまりにも大きな変化すぎて現場レベルではすぐには対応不可能だろうというのが私の正直な感想です。
■ バリウム検査しか選べないのは時代遅れ
胃がん検診には、「胃のバリウム検査」と「胃内視鏡検査」があります。
胃のバリウム検査は胸部レントゲンの150〜300倍もの被曝量があるとともに、早期の食道がんはほとんど発見することができません。また、飲んだバリウムを排出する際に痔を悪化させたり、便秘になって苦しんだりすることもあります。ですから、医師が胃がん検診を受ける際は、9割近くの人がバリウム検査ではなく胃内視鏡検査を選んで受けています。
一方で、鼻から細い管を挿入する胃内視鏡検査も普及しているとはいえ、硬い管を飲み込む胃内視鏡検査が苦手な方は、もちろん数多くいらっしゃいます。また、意識をボーっとさせる鎮静剤使用は呼吸抑制などの副作用があることから、検診においては使用しないように通達が出ています。
また、胃のバリウム検査であれば、放射線技師さんのみで撮影が可能です。また地域の医療事情により胃内視鏡検査のマンパワーが手配できない場合でも、胃がん検診を行うことができます。
このように胃のバリウム検査と胃内視鏡検査にはそれぞれメリットとデメリットがあります。ただし、「がんの早期発見」という点ではやはり胃内視鏡検査に軍配が上がります。また、放射線被曝がないという点も大きなメリットでしょう。そのため、胃のバリウム検査しか選べない現在の胃がん検診は、少し時代遅れであると言わざるをえないと思います。
■ 受け入れられなかった「50歳以上」「2年に1回」
ちなみに2015年4月の国立がん研究センターの胃がん検診ガイドラインの改定を受けて、厚生労働省は各自治体に向けて、2016年度からの胃がん検診は「50歳以上」「2年に1回」で行うよう努力するようにという通達を出しています。
私が働くさいたま市にも国から通達が来ています。浦和医師会の胃がん検診運営委員会では緊急会議が招集され、対応が議論されました。
ただし、この会議で決まったことは以下の2点でした。
- さらなる胃内視鏡検診の精度管理向上のために、胃内視鏡検査時の写真の撮影枚数を従来の20枚から30〜40枚に増やす。
- ヘリコバクターピロリ胃炎が強いほど胃がん発症確率が高まるため、胃炎の程度(胃の萎縮度)とピロリ菌除菌治療歴を記載して胃がん発生リスクに応じた読影が可能か検討する。
つまりは国からの通達のうち、胃がん検診の「精度管理体制の整備」の部分についてのみ対応が決定したということです。
「50歳以上」と「2年に1回」については、「40歳代で胃がんが見つかった方もいる」「1年前には胃内視鏡検診で異常なしでも、翌年に胃がんが見つかることもある」との意見が噴出して、とても受け入れられないという結論になったのです。
■ どこまでの誤差なら許容されるのか
2014年度のデータでは、さいたま市民検診で胃内視鏡検査を受けた40〜49歳の約4000名のうち胃がんが見つかった人は1人もいません。ちなみに、50〜59歳の方も、約4000名の受診者のうち胃がんが見つかった人はゼロです。つまり、胃がんは60歳以上の方に発症する場合がほとんどなのです。
また、1年前に胃がん検診を受けたときは異常がなくてピロリ菌感染もない人であれば、翌年に胃がんを発症する確率は、通常の胃がん検診における胃がん発見率0.1%よりも低い数字になることが見込まれます。つまり、99.9%以上は検診なしでも大丈夫ということです。
行政側は、「それであれば、胃がん検診対象年齢は50歳以上にして、2年に1回にするのが望ましい」との通達を出しています。一方、医師会側(検診センターなども含む)は「可能性がゼロではないので、これまで通り毎年40歳以上の方が受けられるようにすべきだ」と主張している構図です。
私は個人的には、いくら予防のためとはいえ胃がんの発見頻度は少ないので、公的に補助がつくのは2年に1回にして、毎年受けたい方は自費での検診を追加してもらえば良いのではないか、と考えています。
もちろん、それで100%大丈夫と保障できるということではありません。頻度が少ないとはいえ、40代でも「昨年は異常なしだったのに今年、胃がんが見つかった」というケースもゼロではないのです。
しかし、これからも1件1万5000円のコストをかけて50歳未満の方への胃がん検診を毎年続けるべきなのか、各々がどこまでなら許容できるのか、コンセンサス作りの議論が必要なのではないでしょうか。
略歴平成8年3月東京大学医学部医学科卒業後、東京大学医学部付属病院外科、国家公務員共済組合虎ノ門病院麻酔科、東京都立多摩老人医療センター外科、東京都教職員互助会三楽病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、日立戸塚総合病院外科、東京大学医学部付属病院大腸肛門外科、東葛辻仲病院外科を経て平成18年武蔵浦和メディカルセンターただともひろ胃腸科肛門科開設、院長。
日本外科学会専門医、日本消化器内視鏡学会専門医、日本消化器病学会専門医、日本大腸肛門病学会専門医、日本消化器外科学会、日本臨床外科学会、日本救急医学会、日本癌学会、日本消化管学会、浦和医師会胃がん検診読影委員、内痔核治療法研究会会員、東京大学医学部 大腸肛門外科学講座 非常勤客員講師、医学博士